村山秀太郎の選んだ西尾幹二のアフォリズム(第十回)

46)ヨーロッパ人にとっては、今も昔も「日本」などはあってもなくても良い存在でしかない以上、両者の関係は徹底した無関係である。

47)外国人が日本をどう評論しているか(中略)しきりに気になって仕方がないという心理が一方にあり、それでいて他方には、外国を少しでも馬鹿にして安心してしまいたいというもうひとつの別の心理が日本人にはたしかにある。(中略)自信のなさ、孤独に耐ええない弱さの表明である。

48)自然科学のあの真理への情熱は、キリスト教の世俗化の一形式にほかならない。

49)終末に向って無限に進行していくという時間観念をもたない世界では、一般に歴史意識というものは育たなかった。

50)弁証法的な発展の思想、すなわち進歩の観念は(中略)、キリスト教の時間観念の裏返しであり、世俗化にほかならない。

出展 全集第一巻ヨーロッパ像の転換
46) P197上段より
47) P198上段より
48) P203下段より
49) P204上下段より
50) P203上段より

“村山秀太郎の選んだ西尾幹二のアフォリズム(第十回)” への 1 件のフィードバック

  1. 48)自然科学のあの真理への情熱は、キリスト教の世俗化の一形式
       にほかならない。

    キリスト教には、発生時点から嘘がある。嘘だからこそ信じようという
    ことがあるのじゃないか。科学も、ある意味、嘘なのだ。
    そーゆー点で、キリスト教と科学とには親縁関係がある。

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