無能なオバマはウクライナで躓き、日中韓でも躓く(四)

 気鋭の歴史研究家、渡辺惣樹氏が『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』(草思社)という日米開戦に関する新しい観点の一書を世に問いました。フランクリン・ルーズベルト大統領の戦争責任に関する、アメリカにおける論争史を整理したような内容です。ジェフリー・レコードという国防政策の専門家が分析し、二〇〇九年に発表した開戦に関する文書、「米国陸軍戦略研究所レポート」と題されていますが、これを渡辺氏が翻訳し、自ら詳細な解説を付して二部構成の書物に仕立てています。解説の方では当時のアメリカの世論の動向をていねいに説明し、ルーズベルトの功績を高く買ってその戦争指導は大筋において正しかったと評価する従来の説と、そこに陰謀やソ連への無警戒、悪夢のような冷戦、共産国家中国を作ってしまった罪責などを見届けようとする否定的な説、前者を「正統派」とすれば後者は「修正派」と呼ばれていますが、この二つの織りなす解釈の流れを語っています。

 歴史観にはやはりこのようにオモテとウラがあります。オモテは最初に公認され、通説として確立されて根強いのですが、ウラも無視できず、ウラが有力な証拠を突きつけて、通説を破壊し、少しずつ習慣化したオモテの公認史観を修正し、色を塗り替えていくプロセスは、日本の戦後史のようにオモテが硬直化し、観念化し、動かなくなってしまったのと違って、大変に参考になります。

 先述の「米国陸軍戦略研究所レポート」は基本的には「正統派」に属するのですが、日米開戦に関しては「修正派」の立場でもあり、その結論はルーズベルトが過重な経済制裁を加えて日本を「戦争か、アメリカへの隷属か」の二者択一へと追い詰めた外交政策に開戦原因の一半があったと見る方向の考え方を大胆に検証したものです。

 最近はフーバー大統領の回想録やビーアドの『ルーズベルトの責任』等により、この方向を模索する動きは勢いを得ていますが、だからといって現民主党政権内のオバマ大統領やケリー国務長官やサキ報道官の頭の中まで変えるにはまだ至っていません。第二次大戦の戦争責任はアメリカにもあった、と認めさせることはいつの日か可能でしょうが、アメリカにこそあった、と認めさせることは恐らく容易ではありません。まして慰安婦問題を持ち出せばこれは人権問題だ、と別件扱いされるでしょうから、戦争責任の問題(「侵略」の概念の問題)に結びつけるのは得策ではないと思います。(という意味は河野談話と村山談話は別テーマだということです。)

 渡辺氏の本の結論にさながら符合するかのごとく、私の最新刊『GHQ焚書図書開封9』(徳間書店)は『アメリカからの「宣戦布告」』という題で、三月三十一日付で刊行されたばかりです。開戦の直接の原因となったアメリカによる経済封鎖の実態、石油、鉄と屑鉄、非鉄金属、機械類などの禁輸、船舶航行禁止、そして最後に資産凍結に至った、日本人が今やすっかり忘れてしまった恐怖の日々の実相を伝えた内容の本です。あのときの世界情勢の中での、アメリカの暴戻と戦争挑発、ぎりぎりまで忍耐しながらも国家の尊厳をそこまで踏みにじられては起つ以外になかったわが国の血を吐く思いを切々と訴えた、貴重な記録となった一冊であります。

 いま読者の注意を促したいのは単にこの本自体のことではなく、渡辺さんの本と私の本との二冊の開戦動機の内容の接近です。私の本は昭和十八(一九四三)年刊行の古書に依拠しています。「米国陸軍戦略研究所レポート」は二〇〇九年に書かれ、渡辺さんの著作自体は二〇一三年刊です。ルーズベルトの過酷な経済封鎖に開戦の原因を見出している点で両者は共通しています。細部はいま措くとして、六十六年という長い歳月を間に挟んで、歴史は敵味方を越えて同じ現実を露呈させつつあるのが興味深いのです。あの過去は政治ではなく、だんだん歴史に、本当の歴史になりだしているのです。

 敗者が体験していたものが真の現実で、永い間勝者がそれを蔽い隠してきました。勝者のプロパガンダが真相に蔽いを掛け、敗者は法令、教育、放送、言論などを通じて、現実にあったことは考えてはならない、言ってはならないこととして、「洗脳」を強いられてきました。オモテがウラを押し隠してきたのです。そのため日米開戦については最初のうちは敗者の挑発であり、犯罪であるとされ、やがて少し時間が経っても敗者の失敗か愚行であったと言われつづけ、いまだにそのようなマインドコントロールが色濃くて、一定の締めつけを続行しているのですが、時間とはこわいもので、勝者もまたウラを覗くようになります。オモテの胡散臭さに耐えられなくなるからです。

 ただしすべての戦争がこのような経過を辿るとは考えていません。ナチスとの戦いでは右のようなことは言えないでしょう。日米戦争は欧州大戦とは異なります。戦勝国アメリカの側に日本に対する戦争目的そのものの曖昧さの自覚があり、第一次大戦後のパリ講話会議より以後に日本を一方的に追い込んだ外交上の無理強いの自己認識があるのだと思います。というのも対独戦争の記録は開戦前からほぼすべて公開されたのに、対日戦争の記録は外交も軍事も含めて未公開のものが多く、どのくらい蔵されているのかも分らないほどです。なにか表に出したくない理由が英米側にあるのだ、と国際政治学者は言っています。後めたさがあるのでしょう。全部公開されたらウラがすべてオモテになり、東京裁判の悪行が白日にさらされることになるのではないでしょうか。

 そういうわけですから日本人は自分の歴史に自信をもってよいのです。私がGHQに没収された古書の文字をこつこつと拾い出しているのは、そこからは愚直な声、真実の響きが聞こえてくるからです。例えば東欧やフランスのナチ協力者は民族への薄汚い裏切り者とされますが、アジア各国の旧日本軍の協力者は各民族の愛国者であり、戦後も民族国家の建設に邁進した人々です。もうそれだけで二つの敗戦国は決定的に違うのです。

 最近のドイツが中国や韓国の口車に乗って反日プロパガンダに興じるのは哀れな自己欺瞞です。ホロコーストは今の自分たちとは関係ない、あれはナチがやったのだと言ってドイツとナチを区別したがる彼らは、他の国の歴史の中に悪の道連れを無意識に欲しているのです。そういう苦しいドイツ人を利用しようとする中国人や韓国人のほうがよほど悪魔的ですが、最近ではユダヤ人の発言に、ホロコーストと慰安婦とを同一視されるのはたまらない、いやだというクレームをつける向きがあるそうです。それはそうでしょう。ナチスドイツはルーマニアやポーランドからの若い女性の強制連行も軍が直接手を出した慰安施設の経営管理もやっていましたが、そのていどのことはホロコーストの惨劇に比べれば影が薄く、戦後だれも問題にしませんでした。常識は物事のバランスや程度をつねに秤りにかけて考えます。いまアメリカ政府が韓国の主張にもならない主張を使って日本の不満を抑えにかかろうとするのは、考えによれば中国人や韓国人よりも悪魔的なことなのかもしれません。

 日本は外交上の戦術を考えるべきです。ワシントンで安倍首相に日本人の名誉のための記者会見を開いて欲しいという渡部提案に私は先に賛成しましたが、このほかにも日本が意図的に打って出すべき主張はあります。戦前から人種平等の精神を謳っていたわが国政府はユダヤ人排斥に政府として反対でした。五相会議で「猶太人対策要綱」を国策として決定しましたが、これを主導し提案した人は板垣征四郎陸軍大臣(A級戦犯)でした。また、ユダヤ人問題ベテランの安江仙弘陸軍大佐や樋口季一郎陸軍少将の行動をドイツ外務省の抗議から守って、ユダヤ人擁護に道をつけたのは東條英機(A級戦犯)や松岡洋右(A級戦犯)でした。くりかえしますが日本は国策としてユダヤ人排斥に反対していたのです。杉原千畝はただそれに従っていただけで、勇気ある個人的善行であったとは必ずしも言えません。杉原の行動はそれはそれで立派ですが、戦後日本の外交当局が東京裁判をひたすら恐れて、史実の全貌を示さず、杉原の個人芸を強調したために、国家としての日本の名誉は失われました。また過去の指導者たちの天に恥じない義に従った行動が曲げられてしまいました。日本政府はユダヤ世界とユダヤ人の多いアメリカ社会に向けて右の史実を明瞭な言葉で公表し、併せて東條英機をヒットラーとするたぐいの中国韓国にはびこる妄論を一掃していただきたい。

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