「移民問題連絡会」の立上げと「トークライブ」(観覧報告)

〈ゲストエッセイ〉                  平成26年7月6日

  

                      小川揚司(坦々塾事務局長)   

 今般、西尾幹二先生は「移民問題連絡会」を立ち上げられ、関岡英之氏(評論家)、三橋貴明氏(経済評論家)、河添恵子氏(ノンフィクション作家)、坂東忠信氏(元警視庁北京語捜査官)がそのメンバーとして参加されるところとなりました。そして、西尾先生は、雑誌「正論」の小島編集長と語られ、この気鋭の論客四氏に呼びかけ、河合雅司氏(産経新聞論説委員)も加わり、7月6日(日)のトークライブ「日本を移民国家にしてよいのか」(雑誌「正論」主催)に出演される運びとなりました。

 この「移民問題」と云う深刻なテーマに、主催者の観覧者募集広告に対し、応募者は6月半ばの時点で会場の収容能力の限度である八百名を超え、主催者が更に殺到する応募を断るのに大童になる一幕もあり、この問題に心ある国民の関心が如何に高いかを如実に表すところとなりました。そして、当日、会場の「グランドヒル市ヶ谷の大広間」は、忽ちのうちに真摯な観覧者で埋め尽くされました。

 開演冒頭、主催者の挨拶に続き、西尾先生は、約7分間、満場の観覧者を前に、このトークライブの趣旨とするところを次のように語られました。

「私は丁度25年前、中国人に偽装したベトナム難民の渡来事件が起こり、 外国人単純労働者受け入れの是非が世の中で問われだしたときに、外国人受け入れに慎重論を展開した。聴衆の中でご記憶の方も居られるかと思う。
そのとき確認したメインポイントが8点あり、今もなお有効かどうか、本日のトークライブを聴かれた皆様にご判断いただきたい。

1.日本人は必ず加害者になる。
   被害者にもなるが、加害者とされ、国際誤解を招くような事件が必ず起こる。フィリピン人女性の変死事件で、日本では話題にならなかったが、フィリピンでは連日新聞が書き立て、悲劇のヒロインの映画までつくられた。

2.労働者受け入れ国は送り出し国に依存する。 
  大相撲をみれば分かるように、彼等送り出し国のパワーに日本側が取り込まれてしまう。ドイツではお金をつけてトルコ人を帰国させたが、同じ数の別のトルコ人がドイツに戻ってきてしまった。ドイツ側が特定の職業の専門集団であるトルコ人を必要とするからである。例えば、洗濯屋さんはトルコ人の仕事になっていて、代わりがいない。同じようなことは日本にもあるだろう。

3.入ってくるのは人間であって牛馬ではない。
   一度入ってきて日本のために働いた人を、強制的に帰れとは言えない。妻子を呼ぶなとは言えない。大事なことは、外国人もまた日本に来たら、日本で「出世」を望むことだ。彼等も老人になり「介護」を必要とすることになるだろう。

4.期限を切っても大半は必ず定住化に転じる。
   今までの各国の実例が示している。

5.日本には労働者階級はいない。
   日本は階級差が少なく、永続的な「カースト」は日本には存在しない。   
   移民達は自国の「カースト」を日本に持ち込む。日本に来て民族間の差別、中国人→ベトナム人→フィリピン人 といった格差を持ち込み、日本の流動的な社会を固定化し、創造的な日本文化を脅かす。

6.日本人は諸外国のように外国人を冷酷に対応できない。
 シンガポールでは、フィリピンメイドが多数働いているが、彼女等は定期的検診を受け、妊娠が判明すると国外退去を命じられる。シンガポールの雇い主の男性が原因でも、責任はメイドだけが問われ、追放される。
世界中どこでも外国人に対する「差別」が構造化している。日本人は 冷酷に対応できないだろう。メイドと一緒に食事をしたりするようになるだろう。我々は犬猫の前で裸身になっても平気だが、外国の使用人の前でも裸身になることができるだろうか。欧米人は犬猫を前にしたように外国人を扱う。

7.世界は鎖国に向かっている。
   移民国 カナダ、オーストラリア、アメリカでも導入を拒否し始めている。

 8.石原慎太郎氏は判断を間違えている。
   SAPIO(6月号)で石原氏は「太古から世界の人材と文化受け入れてきた日本の寛容を知れ」と言っている。氏は25年前から似たようなことを言っているが、勘違いしている。二千年にわたって少数づつ入ってきた技術者などと、今、地球の人間大移動期、イスラム教徒と中国人の大量移動の場合とは意味が違うので同一視はできない。
   それに、宗教的に包容力のある日本文化も、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、韓国儒教などの原理主義は基本的に受け入れていない。型どおりに包み込むが、歴史の中に取り入れず、歴史の片隅に置き去りにして行くだけだ。
   日本文化は選択している。大量の原理主義の導入は、日本文化の包容力を壊す恐れがある。
石原氏に再考を求める。」

 そして、西尾先生の司会により、パネリスト報告に入りました。

 パネリスト五氏の報告は、いずれも現実を具に見据えた視点から問題の本質を鋭く指摘するものであり、憂国の熱誠と相俟つ熱弁に満場の観覧者も文字通りざわめき一つなく熱心に聴き入り、結節毎に拍手で応え、場内の熱気と凛とした緊張感は高まり続けました。途中15分の休憩をはさみ、後半のフリートークに入ってパネリストの熱弁は更に舌鋒の鋭さを増し、聴衆もパネリスト達と一体化して呼吸する空気を、聴衆の一人として筆者もヒシヒシと感じました。

 やがて、トークライブも終演に近づき、司会者の西尾先生が、パネリスト達の諸提言を素早く集約され、次の8項目にまとめて、力強く再度読上げられました。

1.外国人受け入れ政策は、諸外国の事例を踏まえるべきであり、国民的議論なく進めることは認められない。

2.外国人単純労働力の受け入れ拡大は、日本の移民国家化と同じである。(国連における移民の概念は、1年定住)

3.高度人材の受け入れ要件と審査こそ、その厳格化を必要とする。

4.外国人労働力の受け入れ拡大は、国内労働者の賃金を下げ、格差社会を拡大するため、景気回復にはつながらない。

5.労働力不足は日本人だけで解決することができる。

6.日本在留者の犯罪検挙率・犯罪検挙数・犯罪検挙人口が国別で上位3カ国の出身者については、特に厳格な受け入れ基準を設けるべきである。

7.移民政策は少子化対策・人口問題の解決にはならない。

8.移民問題は、国防問題にほかならない。

 観覧者の少なからぬ方々がこの8項目を書き留める姿を筆者も目撃し、また、大きな拍手により、満場が賛同の強い意志を表したことを筆者は確認した思いでした。そして、残り時間も僅かとなって、ようやく質疑応答の時間となり、少なからぬ方々が挙手をされましたが、当てられたのは数人の方々で、斉しくパネリストに謝意を表した後「これらの提言は具体的に政府に建白すべきである」「何故、政府が外国人労働者の受け入れを閣議決定し、法案成立に向けて画策していることをマスコミは積極的に報道しないのか」と云った厳しく鋭い真摯な質問も相次ぎ、西尾先生をはじめ壇上のパネリストの先生方も大いに意を強くされたことであろうと、また、会場に参集された方々のご見識と憂国のご熱誠も本当に高いものであったと、筆者も深く感じ入ったところです。

 その気運を反映されてか、終演の挨拶において主催者も「今後、産経新聞においても、雑誌「正論」においても、特集を組んでこの問題に関する国民的議論にしっかりと取り組み、向かい合ってゆく」旨を言明されるところとなり、移民問題連絡会 代表の西尾先生をはじめとする諸先生の堅固なご決意とともに、この運動の行く手に確かな光明を見出した、そのような思いを筆者も強く感じた次第です。

 而して、降壇される西尾先生達パネリストの諸先生を、満場の観覧者は万雷の拍手で見送り、トークライブは大成功裏にお開きとなりました。

 あらためて、壇上で熱弁を奮われた西尾先生と気鋭の論客諸先生達に、またこのトークライブを企画・運営された「正論」の小島編集長達に深甚の敬意を表し上げ、そして、それを支えられた編集室のスタッフの方々、坦々塾の有志の諸兄に深く感謝を申し上げて、ご報告の筆を擱くことといたします。
以上

西尾追記

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「「移民問題連絡会」の立上げと「トークライブ」(観覧報告)」への12件のフィードバック

  1. 都合でいけなかったので対談が動画公開されるのを楽しみにしております。慰安婦問題や移民問題など日本の名誉または生存にかかわる切実な問題に対して獅子奮迅のご活躍とご提言、そしてそのエネルギーには(月並みな表現ですが)ひとりの日本人としてほんとうに頭が下がり感謝いたします。

    各種問題について安倍内閣への提言部分もありますので、少し大げさかもしれませんが、ほぼ見えてきた安倍首相の戦略の全貌について以下に箇条書きでまとめてみました。

    1)憲法改正まで機が熟してないので、まず安全保障の法整備を最優先する(前回の安倍内閣で達成できなかった最大の懸案事項)
    2)外交の最優先事項は、鳩山など民主党政権で毀損した日米関係を修復する。
    3)経済は金融緩和などアベノミクスを実行するが、国際公約に近いものと見なされている消費税UP、TPPは前向きに取り組む(ただし景気や国益への影響を慎重に精査する)
    4)歴史認識は村山談話、河野談話を一応継承しつつ、韓国や中国の脅迫には屈さない。(これを体現しているのが菅官房長官など)。
    5)中国や韓国からは敵と思われているので安倍さん個人としてはできるだけ余計な発言しないし刺激しない(ただし政治家個人が歴史認識で個人的見解を述べるのは言論や表現の自由の範囲内とする。つまりそうしなければ中国や韓国にとって都合のよい政治家しか内閣に参加できないことになるため)。尖閣や竹島は粛々とできることを実施する。
    6)尖閣の領土問題やアジアの軍事バランスについては米国や東南アジアとの共闘体制を構築する。
    7)アベノミクスを補完する成長戦略や国際化戦略として各種施策(企業向けの施策、女性や外国人労働者の取り入れなど)を検討する。安倍氏個人の願望というより巷で話題となっている施策を実験的に試行したり国民の議論を喚起することに目的があると思います。(もちろん外国人労働者や移民問題は慎重に取り組んでいただきたい)
    8)よりダイナミックな経済成長戦略に挑戦する。(ダボス会議などで主張した既得権益の打破などを国家経済特区をもうけて産業改革し世界の投資を呼び込むなど。デフレ時期にやる対策ではないという批判がありますが、将来につながる理想モデル、特に農業など、をつくろうとしているのでしょう。鄧小平の経済解放区ほどの破壊力はないと思いますが、農業など改革を必要としている分野に対しては民間の多様な知恵の呼び水となれば良いのでしょう)

    何事もいっきに改善はできないので、一歩一歩取り組んでいるように思われます。それしかないように思います。文部大臣が「日韓併合には良い面もあった」と発言して有無をいわさず更迭された1980年代にくらべれば少しはまともになっていると考えたいです(当時は狡猾な反日左翼カルトが日本中を席巻してマスコミも支配下において、中国や韓国の反日を容赦なくたきつけ、愛国心が多少でもある政治家を見つければ外国勢を動員して集中砲火を浴びせるという異常きわまりない時代でした)。

    慰安婦問題は組閣直後のころ安倍首相が国会での質問に答えて「私が慰安婦問題について今後発言することは控えたい。各担当者が対応する」という言葉が、今ふりかえると安倍さんの意向を象徴していたと思われます。何度も慰安婦問題で墓穴をほったので、過去の敗北に学んだのでしょう。(ほとんど日本の偏向マスコミに負けたという状態でしたが)

    捏造と歪曲を行って従軍慰安婦騒動を演出した朝日新聞が、自社記事で「河野談話を補完する意味で安倍内閣が2007年に<強制連行否定>の閣議決定を行った」としばらく前に解説を行ってました。朝日にもいろんな記者がいるのでしょうが、もしこれが現在の朝日新聞の総意であるなら、現在の安倍氏はほぼ朝日新聞と同じような認識に立っていると思われます。
    つまり「人権問題の観点から慰安婦への補償を行ったアジア女性基金というものがあり、それは河野談話に基づいている。ただし国際的デマとなった吉田清治の証言に象徴されるような日本軍による組織的な指揮系統の強制連行の実態はなかった(散発した軍人の性犯罪は除く)。そのため河野談話を否定ではなく補完する意味で、<日本軍による強制連行の否定>の閣議決定を2007年に行った。また今回、河野談話の作成過程の検証でも再度確認した(つまり当時の韓国人慰安婦の強制連行証言は日本側が厳密検証を行わないかわりに、今後韓国政府も騒ぎ立てないという外交交渉の結果として成立したもので、日本側は軍の強制連行を認めていない)」
    これが現在の安倍氏の見解ではないかと思われます。

    そして今後、韓国政府が蒸し返して「慰安婦は性奴隷だ」などと国際的に騒ぎたてれば、「慰安婦は性奴隷ではかった」「強制連行は無かった」と日本側は延々と反論していけばよいという考えなんでしょうね。(米軍むけの韓国人慰安婦が集団訴訟を起こそうとしたので、それとの関連を日本側から指摘していくのも得策と思います)。
    安倍さんは上記の経緯の帰結として、慰安婦問題を今後むしかえそうとはしないでしょう。だから延々と慰安婦騒動を検証していかに朝日新聞の悪質な報道の産物であったか、それに米国の一部議員が問題の全体像をろくに把握せずに反日工作に便乗したかなどを延々と主張して反論していくのは、安倍氏以外の政治家や日本人によって今後に受け継がれていくべき作業と思います。
    「慰安婦問題での捏造認識を日本人が丸呑みして認めることは旧日本軍の人間性を極致までおとしめることであり、いくら戦争で敗北したとはいえ、そこまで軍人の尊厳を徹底しておとしめることは許されない」という常識(つまりこの常識があるからこそ米国でも他国でも自軍が慰安婦を利用したお得意さんだったなどと政治家が言明することは100%絶対にありえないのであり)、日本人が、この当たり前の常識に立脚して考えるようになってほしいです。

    河野談話を全面否定にもっていければそれに越したことがないと思いますが、韓国では慰安婦は日本に心を蹂躙された朝鮮民族の婦人の象徴みたいにされていて、しかも当時の時代を知る韓国人よりも知らない若い世代のほうが憎悪を煮えたぎらせて日本を糾弾しているという現状なので、日本の政治家にこの集団ヒステリーに立ち向かって河野談話を破棄するというのは至難であると思います。安易に朝日新聞に妥協した河野談話や宮沢内閣などがこの問題を悪化したという認識であることはわかっているのですが、現実的対策としてはどの辺が政治家と国民との共闘にもっていける範囲であるか悩ましいところです。

    渡部昇一氏の提言は素晴らしいですが、渡部氏や西尾先生が直接討論されるのもよいと思います。
    渡部昇一氏でふと思い出したのは、ドイツのテレビ局でのゲルハルト・ダンプマンとの討論「日独対決・天皇とヒトラー」です。正々堂々と渡部氏は対決され、その結果はテレビで放映され雑誌に掲載されました。(対談内容をあちこちで検索したのですがそれは見つかりまでんでした。ネットの文書は膨大ですが、過去の重要ドキュメントがまだまだ穴だらけです)。この対談では、渡部氏が「ドイツはナチスを粛清したというが、戦後体制のなかにナチス残党はおおぜいいた。そうしなければ体制を維持できなかったからだ。なのに100%粛清したかのようにドイツはふるまっている(こんな極端な表現ではないと思いますが)」と言ったのをテレビや雑誌ではカットされていたと記憶しますが、正しいでしょうか。
    私はドイツ人にはほとんど敵意がありません。バカなのはシュピーゲルなどエセ知識人の集団で、彼らが日本を反省していないと攻撃したのは朝日新聞のたびかさなる狡猾な宣伝と洗脳にひっかかったからだとほぼ確実に推測しています。南京大虐殺をホロコーストに対置させたのもおそらく朝日新聞など日本の極左勢力ではないでしょうか。
    ニューヨークタイムズの狡猾さはときどき話題になりますが、むかしはドイツのシュピーゲルが誠ににいやらしかったようですね。東大名誉教授の西義之先生がシュピーゲルの独りよがりの記事に抗議をして反論も掲載しろと申し込んだがたしか一切とりあわなかったようです。日本の朝日新聞は狡猾さにおいてシュペーゲルと共通点があったように思います。最近ではシュピーゲルも購読者数が低下してむかしほどの存在感はなくなったようでザマ見ろという感じです。(先日のたかじんの委員会で田母神氏が沖縄の新聞と見比べれば朝日新聞がウヨクに見えるといいましたが、ご認識が甘いです。朝日新聞は国際的な反日勢力を集結させて世界的規模で反日フェステバル、反日カーニバルをやらかしてきたとんでもない反日扇動の極左新聞で、局所的にあばれまくっている沖縄の新聞社とはとんでもなく悪質さが天と地ほどの差があります。沖縄紙は米国の報道官の記者会見までおしかけて日本非難を催促することなどほとんどありえません、反日左翼がそれをやらそうとそそのかしているからどうなるかわかりませんが)

    ヨーロッパの人もいろんな発言をしてますが、欧州評議会人権委員のトーマス・ハマーベルグによる「大切なことは、真実を誠実に追求し、異なる歴史認識について事実に基づく分別ある協議を積み重ねていくことである。そうすることができてはじめて、歴史から正しい教訓を共に学び取ることができる(過去の残虐行為の歴史を政治利用してはならない)」は妥当な意見と思います。
    トルコのアルメニア大虐殺も米国の外交委員会で非難決議をやりはじめましたが、トルコとの関係を重視するヒラリーやオバマが明確に米国の最上位の国家意志としてトルコを非難することは拒絶しました。慰安婦も朝日新聞が騒動をまきおこした後に優良な日本の政治家がうまく反論しておけば米国の首脳の対応も同じようになったはずです。
    トルコはこの非難決議に対して猛烈に国家全体で抗議して
    「せっかくアルメニアとトルコの関係がよくなりつつあるのに過去をむしかえして関係を破壊するつもりか」「これを突き詰めれば確実にアルメニアとトルコの両国民の感情は悪化すると断言できるが責任がとれるのか」「原爆で一瞬に何十万人も虐殺した米国が虐殺国家としてトルコをさらし首にする真意はどの辺にあるのか」と米国等に詰め寄ったのです。日本はボンクラやバカがマスコミを構成して気骨のある政治家が少数だったから現在のように米国で慰安婦の銅像を建てられまくっている体たらくとなっているのです。客観的に歴史をふりかえればせっかく北朝鮮問題で日本と韓国との協調体制が見られようとした時期に朝日新聞が極左勢力と結託して、その強調体制を破壊したことが客観的に見てとれます。いかなる怪しい学者が詭弁で言いつくろうと、この事は否定しようがありません。

    なんら貢献できないのに恐縮ですが、移民問題は世界の実態に関する情報公開を地道に行い国民参加を呼び込み今後も継続的にもりあげていくべきと思います。
    ポイントはいくつかありますが、避けなければならないのが、たとえば大量の移民が集中した地域は日本語が通じなくなるので母国語で学校教育をしなければならなくなる、そしてますます日本語が不要になり、テレビ放送も母国語でやろうとする。そして最悪には日本語という単一の言語で支えられている平等で公平な義務教育などの公共資産が破壊される。社会不安を起こして日本をかく乱しようとする社会の不満分子が社会の多様性を口実にして日本文化の破壊をたくらむなどは容易に予想できることです。(日本の進歩派ほど信頼できない連中はいません。アルカイダよりひどいです。国内社会には警察が必要なのに国際社会には軍隊など強制力はいらない、なんかあったら他国に守ってもらえ、軍隊をもつから中国と韓国に嫌われるという思想的変態で冷血漢です。とうてい日本人とは認められません。連中はかつてソ連を支持して米国を非難していたのに、ソ連だけ支持するのがむずかしくなって連中は米国が軍備拡張するから緊張感が高まるのだと非難しました、北朝鮮がきな臭くなってきたら日本が北朝鮮を仮想敵国にするから緊張が高まる、軍備を廃棄したら狙われないはずと言いました。日本が安全保障体制を強化したら中国との緊張感を高めるというのは同じ流れです。極左こそが中国に歴史認識の外交カードを何枚も与えて、中国人民の反日感情をあおり緊張関係を高めた張本人ですが、日本のウヨクが元凶と罪をなすりつけています。要するにアルカイダよりも手に負えないのです)

    外国人労働者をホワイトカラーとブルーカラーに分類すると、ホワイトカラーの移民はほぼ問題にならないような気がします(オフショアですんでるし急激な需要が見込まれない)。死語かもしれませんがブルーカラーでいうとどうでしょうか。ベビーシッターなどは待遇がよいし楽なのでほぼ日本女性で埋まると思います。看護師は非常に人気ある職業なので外国人登用は実験台でとどまり試験的少数で終わるのではないかと。すると一番大きなのは介護、建設業、小売りの店舗ですが、肉体労働に中国人が殺到するかというと、今後日本と中国の人件費の差がちじまるので殺到はしないと思われますが、急激に中国の景気が冷え込んだら殺到しますね。小売りのサービス業は外国人を使う企業と使わない企業がはっきり分かれてます。バカかと言われるかもしれませんが、私は外国人を使う牛丼屋ではなく使わない牛丼屋に行きます。日本人の店員のほうがサービスがきめ細かい感じがします。インドカレーは好きなのでよく行きますが、西葛西はインドカレーをはじめたインド人がどんどんインド人をよびこんで大勢になっていますが、日本人とも特に問題を起こさず、なじんでいて町もそれなりに活性化しているようです。とはいえ私の兄弟のひとりは西葛西は外国人が増えすぎて環境が悪くなったので子どもを育てる環境に適してないと都内に移住しました。世界の情勢も重要ですが、外国人が増えた国内の地域で何か起こっているかウオッチしていく必要があると思います。継続的に流量と影響をウオッチしていく必要があるためにも急激な一括大量移入は認めてはならないと思います。

    3行ほど応援文を書こうとしたらえらく長文および駄文になり失礼しました。

  2. 昨年の7月6日、都内の日仏会館で開かれたシンポジウムで、来日したフランス人社会学者の報告によると、フランスは労働力不足を補うために移民を入れた所、その移民が高齢者となり、介護が必要になり、社会保障費の支出が増加して問題になっているそうです。
    しかも、移民は低賃金ですから、結婚できなかった人も多いのです。つまり、身寄りも財産もない貧しく老いた移民達が、現在フランスの財政を圧迫しているのです。今更、追い返すこともできずに、フランス政府は、負担の重さに頭を抱え込んでいるとか。
    これは、ほかの国も同様です。移民を入れた国は、今や移民の高齢化問題が深刻です。
    ですから、移民の多いドイツやスウェーデンは高齢化率が高く、年金の支給開始年齢を引き上げたり、イタリアは年金を減額して対処しているわけです。もう答えは、出ています。「移民は、高齢化の問題解決策どころか、高齢化を深刻化、複雑化させる」と。

    すすむ在日伯人の高齢化=しのび寄る老後の不安=教育、雇用より関心高く
    http://www.nikkeyshimbun.com.br/2014/140204-71colonia.html

    高齢化進む在日ブラジル人=増える慢性病やうつ患者=活躍する電話健康相談=14年間で5万件対応
    http://www.nikkeyshimbun.com.br/nikkey/html/show/101113-71colonia.html

    日本に住む日系ブラジル人が抱える 就労・高齢化・精神疾患問題
    http://www.nipo-brasil.org/?p=4449

    事実上の労働移民であるブラジル人労働者の間では、高齢化、精神疾患、貧困、麻薬など、欧州で起きている移民問題と全く同じこと起きています。
    移民政策云々を論じる以前に、わが国はすでに移民政策に失敗しているのです。
    ブラジル人の多い群馬県の大泉町では、生活保護受給者の四分の一が外国人であり、外国人の税金滞納も深刻で、町の財政を圧迫しています。
    移民推進派は、こうした事態が見えないのでしょうか?

    人口ピラミッド 2012年末現在
    在日ブラジル人、在日中国人、在日フィリピン人
    http://tspublic.jimdo.com/data/brazilians-age-pyramid/

    在日外国人も少子高齢化状態です。このままだと外国人の生活保護受給者は、さらに増えるでしょう。
    移民とは違いますが、ベトナム戦争の時の難民も高齢化が深刻で、認知症患者も増えています。
    移民にしろ、難民にしろ、外国人も人間である以上年も取るし、病気にもなるし、老いた親がいること全く考慮していない移民推進は、移民達も不幸にすると思います。

  3. 仁王門さん。いつも詳しいコメントをありがとうございます。朝日新聞やシュピーゲルの果たした悪質な役割についてのご意見はまったくその通りと思いました。

     移民問題でいちばん最後の段落にお書きになった内容は、今回のトークライブをご欠席になったために生じた認識の不足が感じられます。中国人はほんの少しのチャンスをつかんで国外に逃げ出したい人々が圧倒的多数で、日中の人件費の差の問題ではありません。河添、坂東両氏が実例をもって語っていました。「外国人が増えた国内の地域」は北池袋を例に犯罪地帯になっている実態が説明されました。

    トークライブは「正論」9月号に一挙に掲載か、9、10月号に分載かいずれかでお目にかけることができます。

    よろしく。

  4. 西尾先生へ

    7月6日に移民問題についてのトークライブが開催されたようですが(私は今まで知らなくてすみません)、それについての、ASREADのこの↓の記事、もしくは、産経新聞の7月8日の移民問題トークライブの記事はもう読まれましたでしょうか?

    http://asread.info/archives/932

    産経新聞の記事を読んだパネリストの関岡氏が産経新聞に対して大変に憤っている記事です。

    産経新聞では、関岡氏の主張が真意をねじ曲げられ、
    「関岡氏は『現在でも企業が外国人に安い残業代しか払わなかったり、パワハラがあったりと問題を起こしている。日本人が加害者にもなり得る』と訴えた。」
    と掲載されたそうです。
    しかも、全パネリストの発言の中で、産経新聞が取りあげた発言はこれが全てだったそうです。

    関岡氏の他にも豪華な面子が揃っていたあのトークライブで、他のパネリストも西尾先生も、そして関岡氏の真意すら全く無視して上の記事だけが掲載されたのは、産経新聞の暴挙と言わざるを得ないでしょう。

    産経新聞だけは全国紙の中で唯一良識をもった新聞社であるというこれまでの幻想を木っ端微塵に砕かれました。

    これを許してはいけないと思います。

    できれば、関岡氏を応援してあげて頂ければと思います。

  5. 今月発売の文芸春秋で、イタリア在住の作家、塩野七生氏が書いておられましたが、イタリアでは中国人が住み着いた場所では、土地や建物など不動産価格が下落し、丸ごと乗っ取られる事態が発生しているそうです。
    中国人は不潔で騒々しいので、居住環境が悪化させるのが原因です。
    南アフリカに留学していた方が書いておられましたが、その方は自分が以前に滞在した町を再訪したところ、中国人の町になっていて驚いたそうです。
    元の住民はどうしたか?逃げ出したそうです。
    中国人が住み着く→治安か悪化し、町が汚くなり、悪臭が充満する→経済力のある人が逃げ出す→隙間を別の中国人が埋める→ますます居住環境が悪化する→経済力のない人も我慢できずに、逃げ出す→中国人の治外法権と化す。だいたいが、このパターンです。
    町全体が乗っ取られるのに、10年かからなかったのです。
    私の父は、私用で東京へ行った際に、埼玉県の川口市の中国人が居住する団地に興味半分で訪れたことがあるのです。
    その時のことを聞くと、帰ってきた答えは、「あそこは、ひどい場所だ」でした。経済的余裕のある人は、とっくに逃げ出し、逃げられない年金生活者ばかりになっているそうです。
    団地のルールは守らない、階段の踊り場で平気で排便をする、窓からゴミを投げ捨てるなど、まともな日本人なら、我慢のできない状況だそうです。
    こうした事例は、世界各地で散見されるのですね。
    5,6年前に、あるテレビ番組で、移民問題を討論した際、出演者の一人が、「移民には、反対です。古い考えかもしれませんが、自分の生活圏に外国人を入れたくありません」と答えたと記憶しております。私は、この人の感覚のほうがまともだと思います。
    文化、習慣、価値観、言語、常識、宗教、思考回路の異なる外国人と大勢で、生活空間を共有すると毎日が摩擦とストレスとの戦いにになり、心理的負担は、平穏な生活が不可能になるからです。これは、実際に経験してみないとわからないでしょう。
    移民と実際に、同じ場所で生活する意思などない、責任をとるつもりもない人間たちが、綺麗ごとや理想論を並べ、面倒だけを一般国民に押し付けようとするのは、心底うんざりです。
    在日エジプト人タレントのフィフィさん(三橋貴明氏とテレビで共演したことがあります)という方が、「移民など入れたら、日本は日本でなくなってしまう」「移民政策で成功例はない。海外では、移民政策の失敗から、露骨な外国人排除運動が起きているが、なぜ海外の失敗から学ばないのか」と書いておられましたが、現実に移民政策で成功例はありません。シンガポールですら、国民が移民排除運動を起こし、政府が沈静化に懸命なほどです。
    成功例があるのならともかく、見事なほど失敗例しか存在しない移民政策を推し進めようとする人間は、その思想、背後関係を徹底的に洗うべきだと思います。

  6. 移民問題で粗雑なコメントをしまして申し訳ございません。不勉強であることを自覚しております。トークライブを熟読させていただきます。
    この問題で過去に西尾先生が徹底的に反駁された石川好氏は現在パソナグループがもうけたシャドー・キャビネット(これは半分遊びの要素もあるのでしょうが)の官房長官に指名されていました。ホームページで現在の主張を読むと(安倍内閣に期待することはTPPと日中和解なのだとか)、あまりにむかしのイケイケドンドンの論調や感性と雰囲気がかけはなれているので、年月の経過というものをしみじみと感じました。現代の石川好に相当するのは大前研一などでしょうか。

  7. 6日のトークライブ当日、会場は噂通りほぼ満杯になり、この問題に対する関心の高さが感じられましたが、比較的年齢層の高い人々がほとんどで、若者が少ないのが気になりました。
    ただ終了して会場を出る時には、学生らしき若者たちや、若い夫婦連れも見かけたので多少安心しました。

    壇上に立たれた皆様は、西尾先生を始め近年ご活躍の若い論客の方々で、その説得力ある内容には感銘を受けました。
    特に、恐らくは底辺のシナ人と直に接した数少ない日本人の一人である坂東氏の指摘されていることには、多くの人が耳を傾けるべきでしょう。

    ところで最初にまず先生が開口一番指摘された、「日本人が必ず加害者になる」という内容を、本当に身に染みて理解している人は、我々の中でどれだけいるでしょうか。
    というより、我々日本人のほとんどは「加害者になりたくない」という意識で、恐れおののいているのではないでしょうか。

    つまり以前先生がチャンネル桜の討論会で指摘されたように、日本を覆っている「国を開かねばならない」という空想的な強迫観念は、国を開いて移民を受け入れてもまずいが、さりとて民族差別もしたくないという、いわば行くも地獄帰るも地獄の意識に、我々を陥れているように思います。

    しかし我々一般人が知らなければならないのは、今まさになだれ込もうとしているシナ人とは、もともとが差別意識の高い人々であることでしょう。

    というのは宮崎正弘氏も指摘しているように、大陸では福建人や上海人など、地域によって彼ら自身が人を差別していること、また自国内でも、例えば知識人と農民などというように、決してシナ人同士が連帯感を持っていない事です。
    彼らはシナ人同士であっても、自分に合うか合わないかを本能的にかぎ分けて付き合っているのです。

    都内では池袋にある実質的な中華街のことばかりが取り沙汰されていますが、地方でも別な形で浸食が進んでいます。
    私事を申すと、ついこの間郷里に帰ったら、長年結婚していなかった向かいの家の長男に、シナ人の嫁が来て既に幼子をもうけている様子、聞けば次男の嫁もシナ人だといいます。

    福島の友人も、人が少ないはずの農村にも、ロクに日本語もできないシナ人や、子連れの韓国人の嫁まで見たことがあるそうです。

    ネットを見ると、外国人妻紹介所といういかがわしい結婚ビジネスが横行しています。中を見ると、スカイプでネット見合い、日本人男性が大陸に出向いて現地で結婚式、嫁を連れて帰国するというスピード結婚です。

    昔香港(返還前)に行った時、恐らくはメイド志願のフィリピン人女性が広場に大勢たむろしているのを見たことがありますが、もし日比谷公園にそんな光景が出現したら、我々日本人は耐えられるでしょうか。

    トークライブで関岡氏が紹介したように、高度人材ポイント制に認定された人のほとんどがシナ人であることを考えると、現在日本にメイドを入れようとしている政府の方針は、こうした「高度人材」と言われるシナ人の要請ではないかと、疑りたくなります。
    少し前のニュースによると、現在シナの富裕層は、英語が出来るフィリピン人をメイドに雇うのが流行っているからです。

    デパートで、70代位の白髪の男性が、30代ほどの外国人女性(恐らくはシナ人)を連れて歩いているのを見かけたことがあります。容貌もごく普通のその女性が、子供のように甘えるその様子は、女性が日本人ならほぼあり得ない光景のように感じました。

    一方では、高度人材として日本社会の支配層に潜り込もうとしているシナ人、他方では社会の最底辺にありながら、日本の豊かさを求めてどんな手を使っても来日しようとするシナ人に対するには、我々の受けた教育はあまりにもお粗末でした。

    かつて満州国に漢人がなだれ込み、他民族を排除して行ったように、今度は日本になだれ込んで、そのうち日本人を排除していくのは目に見えています。その証拠に、一部の識者が指摘しているように、コンビニの店員はほとんどがシナ人です。まして経営者がシナ人であれば、シナ人しか雇いません。現実にそうしたコンビニを知っています。

    最近ある都内の有名私立大学で、学費に困ったシナ人留学生に対し、支援のためにファンドを立ち上げたという話を聞きました。
    個別的には美談といえるこの話も、我々の受けた教育のなせる業でしょう。

    こうした支援で自己陶酔に陥っている人をよそに、我々は巷に漂っている庶民の本当の声を聞く必要があります。
    既にシナ人居住区となった集合住宅を逃げ出した日本人や、就職で留学生と闘わねばならない若い学生たちは、苦々しい思いを抱きながら、声に出せずにいるはずです。

    語学力他どんなに個人的能力があっても、よい組織、国を作ることだけは決してできないシナ人に対して、日本人が先祖から受け継いだDNAを改めて自覚しようとする人々を、全力で以って支援することが我々の急務でしょう。

    その意味で今回のトークライブは、大変有意義なものでした。

    竹中平蔵は、「日本人であること自体が既得権益である」との考えを持っているそうですが、竹中氏には、是非シナ人研修生を束ねる奴隷長のような役割を担ってみるか、或は日本人として差別される立場に立ってみてもらいたいものです。

  8.  以前、テレビでデンマークだか、ノルウェーだか失念しましたが、北欧から来た観光客が、真冬の北海道の川で平気な顔をして泳いでいる映像を見たことがあります。アフリカなど、氷点下にまで気温が下がる地域では黒人は殆ど暮らしていないそうです。
     明治時代、お雇い外国人のドイツ人医師ベルツ博士の日記によると、日光まで人力車で旅行した際、車引きに「体力をつけるため」に、肉をたくさん食べさせた所、体力が喪失し、車引きは走れなくなり、食事を戻すと(握り飯とたくあん)に戻すと、また走れるようになったとか。
    私は、何をいいたいのかというと、「人種や民族は同じではない」ということです。寒さに強い人種や民族、アルコールに強い人種や民族、肉を食べると体力をつける人種や民族、肉食に適さない人種や民族がいます。つまり、人間は、肌や毛髪の色素、体型だけに限らず、身体機能、運動機能、内臓機能には、人種や民族ごとに明確に差異が存在するということです。
    私は科学者ではないので、証明することはできませんが、脳だけがすべての人種、民族を問わず同じように作られているのは、いささか甘いような気がします。何かで読みましたが、人種間、民族間における脳の違いを研究したりすることはできない、研究しても成果を発表できないそうです。
    なぜなら、「人種や民族は違っても、同じ人間だから脳の違いがない」というのが建前だから。

    しかし、世界中の紛争の多くは人種紛争、民族紛争であるという現実、移民による社会の混乱をみるにつけ、「人間は、すべて同じなのか?」「異なる人種や民族を混ぜるのは間違いではあり、、地域ごとにすみわけするのが、本当の民族共存方法なのではないか?」という考えを捨て去ることはできません。
    現代では、国際化、グローバル化の名のもと、人種、民族を混ぜることはあたまも健全であるかのように、何の疑問もなく思われていますが、それは思考停止であり、人種や民族は混ぜてはいけないのではないのでしょうか?
    混ぜると戦争の原因になりますから。
    しかし、そうした意見を主張すると、すぐさま「差別主義者」「排外主義者」の烙印を押されるという「空気」が存在しますが、民族自決の原則、お互いの文化、価値観、生活様式の尊重しあうためには、お互いに距離置くこと、垣根を作って、干渉しあわない以外に方法はないと思います。
    「お互いの価値観や文化を大事にしましょう。ですから、私たちの縄張りに入ってこないでくださいね」ということが、民族間の争いを回避する方法であり、そのことを古代人は知っていたからこそ、垣根(国境)を希求し、国という概念を作ったのではないのかと思います。
    埼玉大学教授の長谷川三千子教授は、「すみ分けることが人間の平和的なシステム」「棲み分けの回復が必要」と述べていますが、同感です。
    失敗例しか存在しない移民政策、悲劇しか生まれなかった多文化主義の思想を振りかざす人間たちの本心を探ると、結局他人の作った快適な環境に否定するために、尤もらしい理想論を並べているとしか思えません。
    今こそ、多種多様な文化の保存のために、平和のためにすみわけましょう。

  9. 訂正

    結局他人の作った快適な環境に否定するために、尤もらしい理想論を並べているとしか思えません。


    結局他人の作った快適な環境に寄生するために、尤もらしい理想論を並べているとしか思えません。

  10. 移民推進論者の本質はグローバリズム志向と思われます。
    グローバリズムについてはいろいろな概念・理解があるようですが、私はグローバリストの核心的な主張は次のようなものと思います。

    「国民国家はナショナリズムを基礎としており、健全なナショナリズムといえどもいずれ暴走する。そのような国民国家群で構成される世界では、戦争と国内少数派迫害は防ぐことは不可能である。本来の人類は平等であり個々人は助け合うことができるはずであるが、それに反して国境を設け国家を至上とし、自国民の福祉のみを追求し他を排斥することは、人間の本性に反し自国民の福祉すら達成できず全ての人類を不幸にする。国家の無いのが人間の自然な生き方であり、国境を無くしたワンワールドこそが人類の理想であり、その方向へ人類社会が向かうのが摂理である。

    加えて、近年の通信情報処理と交通機関の進歩は、世界を小さくしており経済の相互依存も進展する一方で、これらの動きは加速している。したがって前世紀以前は国家が人間社会の適正統治単位であったかもしれないが、今世紀以降は、世界は狭くなりその世界が適正統治規模であり、民主的なワンワールドの世界政府の樹立は可能だ。この摂理に逆らうナショナリスト達は犯罪者であり、結局ナチスだ。彼らから人類を守るために、彼らの息の根を止める必要がある。 したがって、移民政策を各国に使嗾することは正義であり、人類の平和のためである。」

     これは、各国国民にとって、国家を否定するものでまさに亡国ですが、グローバリストにとっては亡国こそが世界人類の正義というわけです。 もし、中学生に、グローバリズムは世界を一つにして人類の平和を目指すが、ナショナリズムは世界より自国を第一とする考え方だといったら、中学生はグローバリズムの方が正しいというでしょう。 
    グローバリズムはわかり易く一見道徳的理想的で、多くの若者や普通の人々は、いや人文系の学者までもがグローバリズムの罠に嵌っているのが日本のいや世界の問題ではないかと思います。

    グローバリズムにはバリエーションがありますが、国境のないワンワールドを目指すという点で、新自由主義や共産主義も含まれます。また、ディアスポアラのユダヤ人資本家達は国民国家内で迫害を受けたこともあって、世界に住むとの意識からワンワールドを推進しているとの説もあります。そして、以上のような理想に燃えて、多くのジャーナリスト、教師、芸術家、企業家、経営者、庶民、がグローバリズムを推進し、ナショナリズムを矯正しようとしているといっていいでしょう。

    この動きは、強烈です。理想とメディアと資本が一体となって推進しているのですから。 小川栄太郎氏が、「近代の嵐」といったのがよくわかります。反日日本人の多くがグローバリズムの正義を信じて胸を張って亡国に勤しんでいると思われます。安倍首相は近代の嵐による日本の毀損は既に大きくそれを逆用するしか方策がないと考えている、との小川栄太郎氏の推測は首肯できます。

     一方、ユダヤ人哲学者アーネストゲルナーや英国の政治学者デビッドミラーらは、民主主義はナショナリズムを基礎にしており、ナショナリズムがないと民主主義は育たず、ナショナリズムは悪ではないと言っています。しかし、これまでの世界の歴史を見ても、現在のウクライナ情勢を見ても、ナショナリズムは厄介な側面を持っています。
    どうしても民族間対立は過激になり易く、何らかの条件下におかれるとナショナリズムは戦争と国内少数派迫害の原因となります。
    また、自民族を優先し人類的観点を二次的にするため、利己主義的で博愛精神に欠けるとの印象は免れません。 さらに、技術的グローバリゼーションの進展に対して、国境や文化障壁はその進展の障害として認識され忌避されつつあり、これに多くの人々が共感しつつあります。

     ナショナリズムの問題の解決案として、これまで共産主義グローバリズムと市場原理主義グローバリズムが提示されています。共産主義グローバリズムは私有財産を否定した計画経済によるワンワールドを目指し、市場原理主義グローバリズム(新自由主義)はミルトンフリードマンらの完全自由放任経済によるワンワールドを目指しています。

    前者は20世紀の悲惨な実験で人間の本性に反し民主主義を死なせ、どの民族も幸福にしないことが判明しました。後者は、米国で実験が現在進行中ですが、弱肉強食の淘汰が進展し、自己責任と片付けられて極端な格差社会になり、大多数の民族・文化が失われ、富裕者によるロビー政治となり民主主義が廃れることは明らかになりつつあり、これもどの民族も幸福にしないことがすでに判明したと言ってよいと思われます。 

    しかし、懲りないグローバリストは第3のグローバリズム(民族尊重かつ抑制市場主義世界政府)を提示すると思われます。(詳細は http://rakuaki.blog.fc2.com/blog-entry-28.html 参照)

    グローバリズムの描く世界を眺めて、直ちに気づくのはその実現性の問題です。確かに米国や欧州はその前段階かもしれないが、これをサラダボール世界に持っていくだけでも至難のわざであり、ましてメルティングポッド世界にするのは全く不可能と思わざるを得ません。それは宗教を考えれば早いでしょう。

    例えばイスラムは政教不分離であり、世界がイスラム化しない限り世界政府は不可能です。また、中国人が世界人口で最大勢力であり、民主主義であれば世界は中華世界になる可能性が高い。そのような中で日本人と日本文化は百年程度で消滅してしまうでしょう。日本以外の中小の国民文化の多様性の消失は明らかです。そして有力民族の横暴と民族弾圧と紛争の激化が必至です。

    加えて、思考実験(もし、日本が死滅すれば地域(例えば日本を除くアジア)が救われ、日本が生き残れば地域が死滅するような極端な情況に陥った場合、どちらの選択が正義か? この場合、たいていの人は日本の生き残りを是とし、それを利己主義とは非難しないであろう。など、思考実験詳細は http://rakuaki.blog.fc2.com/blog-entry-30.html 参照)から、 人間は国・民族レベルの集団を維持しようとする、そのためには自己犠牲を厭わない存在であることが浮かび上がってきます。 

     これは、最近の生物進化論や生態学でいう、種の絶滅を避けようとする性質と合致すると思われます。 人間は自然の性質から大きく逸脱する行動はとりずらいし、取ろうとすると不具合やしっぺ返を受け、結局その集団は崩壊することが運命づけられているのかもしれません。

     結論としては、グローバリズムは人間性に反し人類を幸せにできず文化的貧困と惨禍をもたらす可能性が高く、政策に採用すべきではないが、それに熱狂する人々とそれに利益を見出す人々の数が優勢な状況が当面続くことを止めるのは至難で、共産主義の熱狂と衰退の歴史を同様に繰り返すことになると思われます。

    そう考えると、やはり、うまくなだめすかして被害が最小限になるよう嵐をやり過ごすしか実務的には方法がないようです。
    ただし、言論に置いては、徹底的にグローバリズムとナショナリズムの論争を巻き起こし、反日日本人や反日メディアを少しでも減らす努力をすべきと思います。  

    その言論戦でのナショナリストの主張は、「グローバリズムは一見魅力的だが、やはりユートピア論に過ぎない。困難はあるが、ナショナリズムが暴走しないように統御しつつ、あらゆる知恵を絞り汗をかいて、国際関係の維持改善で世界を各国の協力で運営してゆくしかない。ユートピア論にとらわれた絶対正義などを振りかざさず、それらの努力の蓄積が数百年も続けば、有効な国際調整機関や国際法の確立と、多彩で魅力的な民主的多文化世界が確立する可能性は高い。」でしょうか。 これを私は「健全なナショナリズムによる国際主義」とグローバリズムに対抗して名づけたらよいと思います。
     また長文で申し訳ありませんでした。

  11. 虚構の楽浪郡平壌説?帯方郡、玄菟郡、馬韓の場所?

    暁 美焔(Xiao Meiyan)  2013.7.19(原案), 2014.5.25(完成)

     東アジアの古代史は魏志倭人伝の謎ばかりでなく、倭国の朝鮮半島支配の謎、百済の遼西支配の謎、北魏の百済攻撃の謎、など説明できない謎に満ちている。 ここでは、「玄菟郡の遼東移動の怪」、「消えた万里の長城の怪」、「夫余の楽浪郡攻撃の怪」、「馬韓の玄菟郡攻撃の怪」の4つの謎を紹介し、絶対に正しいと信じられている楽浪郡平壌説が実際には破綻した説である事を説明する。
    玄菟郡の遼東移動の怪とは、前107年に衛氏朝鮮の跡地に楽浪郡と共に置かれた玄菟郡が、設置後まもなくの前75年に朝鮮半島から遼東(遼河東部地域)へと大移動が行われた謎である(東亜蛮族図0から東亜蛮族図1へ)。
    消えた万里の長城の怪とは、楽浪郡逐城県を起点とする万里の長城が朝鮮半島から跡形もなく姿を消した謎である。
    夫余の楽浪郡攻撃の怪とは、111年に夫余が玄菟郡、遼東郡、高句麗などを通り越して楽浪郡を攻撃した事件の謎である。
    馬韓の玄菟郡攻撃の怪とは、122年に馬韓が帯方郡、楽浪郡、遼東郡を通り越して、高句麗主導で?貊と共に遼東の玄菟郡を攻撃したが、夫余によって撃退された事件の謎である。
     そして邪馬台国論争が実は氷山の一角に過ぎない程の驚愕すべき東アジアの古代史の真実と、 楽浪郡平壌説による古代史改竄の驚くべき手口を説明する。
    3.1 中国史書が示す楽浪郡、帯方郡の場所

    楽浪郡の場所は遼東

     楽浪郡は平壌周辺と教えられているが、中国史書では楽浪郡がどのように記述されているか知っている者はほとんどいない。 楽浪郡の位置は400年の間に変遷するが、朝鮮半島を示す中国古代史書は存在しない。 中国史書が示す楽浪郡の場所とは遼東である。 遼東とは現在の遼東半島ではなく、遼河(流れは現在と異なる)東部の地域である。
    史記夏本紀:太康地理志云「樂浪遂城縣有碣石山,長城所起」
    楽浪郡遂城県には碣石山があるが万里の長城が始まる所だ。(注:碣石山は秦の始皇帝も登った有名な山で、記述に間違いはないだろう。)
    漢書列傳:東過碣石以玄菟、樂浪為郡,[八]師古曰:「樂音洛。浪音郎。」
    碣石より東は玄菟郡、楽浪郡。
    後漢書郡國志:樂浪郡武帝置。?陽東北五千里(中略)列口:郭璞注山海經曰「列,水名。列水在遼東。」
    楽浪郡は武帝が置いた。洛陽東北五千里。(中略)列口「列は川の名前で列水は遼東にある」
    後漢書光武帝紀:樂浪郡,故朝鮮國也,在遼東
    楽浪郡は故朝鮮国であり、遼東にある。(注:「朝鮮」という国号は高麗王朝を滅ぼした李成桂が明の初代皇帝である洪武帝により国号を選んでもらい、 古朝鮮にちなんで権知朝鮮国事に封じられた事により定められたもので、「故朝鮮国(古朝鮮)」と「朝鮮半島」は位置的に関係は無い。 もう一つの国号の候補であった「和寧」も李成桂の出身のカラコルムの別名であり、やはり朝鮮半島とは位置的に関係は無い。)
    後漢書列傳:長岑縣,屬樂浪郡,其地在遼東
    長岑県は楽浪郡に属し、遼東にある。
    後漢書列傳夫餘:安帝永初五年,夫餘王始將歩騎七八千人寇鈔樂浪,殺傷吏民,後復歸附。
    安帝の永初5年(111年)、夫余王は歩騎7~8千人を率いて楽浪郡を寇鈔し吏民を殺傷したが、間もなく再び帰附した。(注:満州北方にいた夫余が平壌を攻めるのは不可解であり、楽浪郡は遼東にあったと考えるしかないだろう。)
    中国古代史書が示す楽浪郡の場所の中に朝鮮半島を示すものは存在せず、全てが遼東を示しており例外は一つも無いのである。

     高句麗の軍事力は強大で歴代王朝は遼東支配すら不安定であった。 中原と朝鮮半島の間には高句麗の根拠地である険しい長白山脈があり、その支脈である千山山脈は遼東半島まで伸びている。 中国王朝にとって朝鮮半島は山や海を越えた遠方の場所である上に、高句麗の首都である集安の向こう側にあり、兵站の維持が困難な場所だ。 半島を支配しようとした唐・新羅戦争や紅巾の乱でも中国側は朝鮮側に敗北している。 渤海国を滅ぼした契丹による高麗侵攻でも契丹は兵站の維持が続かなかった。 隋の煬帝による高句麗遠征の大軍も朝鮮半島ではやはり兵站の維持が続かず、清川江にて乙支文徳により壊滅した(薩水大捷)。 日本や樺太までも支配しようとしたモンゴルの執拗な侵攻による80年間の支配を例外とすれば、後の王朝は丁卯胡乱、丙子胡乱など、一時的に攻め込む事はあっても朝鮮半島を冊封国とするのみで、直接支配しようとは考えなかった。 朝鮮半島はこのように兵站の維持が難しく、モンゴル帝国でさえ江華島(韓国No.4の島)に逃げ込んだ高麗王朝を攻めきれず、簡単に占領できたわけではない。 その上、遼東は鮮卑による度重なる侵攻だけでなく、高句麗、夫余にも何度も侵攻され、その他にも烏桓、?貊、馬韓にまで侵攻された。 異民族による侵攻だけでなく、公孫氏の独立宣言による遼隧の戦いなどの内乱も発生し、遼東支配は決して安定していなかった。 遼東のはるか先、そして集安の向こう側にある朝鮮半島を、紀元前108年から313年までの420年もの間、中国歴代王朝が前漢、新、赤眉の乱、後漢、黄巾の乱、三国時代、西晋、八王の乱、前趙などの激動と波乱の時代を通して、一貫してこの地に執着し、安定的に支配できた理由とは一体何だと言うのだろうか。 楽浪王調の乱のような反乱が起きる度に、朝鮮半島に大軍を送り込んでいたのだろうか。

     このような荒唐無稽にも見える説に対し、学者達が誰一人として何の疑問も全く抱かない理由とは、一体全体何故なのだろうか。
    帯方郡の場所も遼東

     帯方郡とは楽浪郡の南に置かれた郡である。 定説ではソウル付近となっている。 帯方郡の場所の記述は多くないが、中国史書が示す帯方郡の場所もやはり遼東である。
    後漢書高句麗伝:「郡國志西安平、 帶方,縣,並屬遼東郡」
    郡國志では西安平、帶方県は遼東郡に属す。
    魏志高句麗伝:順、桓之間,復犯遼東,寇新安、居?,又攻西安平,于道上殺帶方令,略得樂浪太守妻子
    順帝と桓帝の間、度々遼東に侵犯し、新安や居郷で略奪し、西安平を攻めて、帯方令を殺し、楽浪太守の妻子を誘拐した。
    晋書地理誌:帶方郡公孫度置。列口, 長岑, 含資
    帯方郡は公孫度が置いた。列口県(後漢書郡國志によると列水は遼東), 長岑県(後漢書列傳によると長岑は遼東), 含資県(魏書地形志によると含資は遼西県属)
    帯方郡を置いた公孫度は黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立し、遼東王を自称した人物である。公孫度には遼東王の地位の確立が重要で、はるか南方のソウル地方の運営に興味があったというのも奇妙な話である。
    平壌で発見された考古学的発見の正体は?

     では楽浪郡が遼東にあったとすると、平壌で発見された考古学的な遺物は何だったのだろうか。 それは辰韓人などの亡命中国人の遺構だったと推測している。 「辰韓」とは秦人が万里の長城建設の苦役から逃亡して韓の地に定住したという国である。 魏志韓伝には次のような記述がある。
    馬韓の東の地を割いて辰韓人を住まわせたという伝承がある。
    韓は帯方郡の南、東西は海で尽き、南は倭と接する。
    楽浪郡の使いは大船に乗って辰韓に入り、千人の仲間を奪還した。また「万余の兵を船に乗せて攻撃する」と辰韓を威嚇した。
     定説では辰韓は釜山のあたりとなっているが、釜山では南に倭と接していない。 平壌から大船に乗って行く場所ではないばかりか、朝鮮半島南西部を回っての渡海作戦は陸上作戦に比べて極めて困難であり、楽浪郡が渡海作戦を行う理由が全く説明できない。 そもそも建国できるほどの多数の人間が逃亡するには、秦から遠すぎる。 平壌は「馬韓の東」「南は倭と接す」「渡海作戦」を満たし、秦から千山山脈を越えて逃亡した者がたどり着く場所だ。 公孫氏の滅亡に伴う東アジアの激動に辰韓は飲み込まれ、 景初年間(237年?239年)辰韓は8国に分割されて楽浪郡に与えられた。 238年に隣国の女王卑弥呼に親魏倭王の封号が与えられたのは辰韓滅亡と無関係では無かろう。 その後約定が異なり、韓と楽浪、帯方は全面戦争となった。 楽浪郡によって辰韓の地が一時的に直接統治されたのは間違いあるまい。 亡命中国人の墳墓と楽浪郡統治時代の遺構を掘り当てて楽浪郡と判断してしまったのではなかろうか。

     平壌から出土した考古学的発見は絶対的な証拠とされているが、それが果たして江戸時代や平安時代よりも長い420年間の朝鮮半島支配の証拠となるのであろうか。 建築物、宗教施設、生活用具、記録など多種多様の遺物が出土すべきではなかろうか。 楽浪郡の長い歴史の中で史書に名前が残されるような人物や事件の痕跡が見つからないのは何故なのだろうか。 万里の長城が朝鮮半島内で見つかるべきではないだろうか。 その程度の遺物しか朝鮮半島から出土しなかったのは、むしろ楽浪郡ではなかったことの証明ではないか。

     最近の発掘調査報告(資料1)では楽浪郡平壌説の基盤となった木槨(もっかく)墓は「紀元前3世紀以前から紀元前1世紀末まで存在したと見ることができる」とされた。 その後3世紀までにグィトル墓、レンガ墓と形式が変遷し、中国で発掘される墳墓とは異なるとされた。 この報告が正しければ、楽浪郡設置(紀元前108年-313年)の百年以上前の始皇帝の時代から木槨墓が作られ始めた事になる。 万里の長城建設の苦役から逃亡した秦人達が建国したという辰韓と仮定した方が、楽浪郡と仮定するより自然である上に、文献と考古学が完全に一致するだけでなく地理条件やその後の歴史の経過とも符号するのではなかろうか。 検討すべき重要な考古学的報告に思われるのだが、北朝鮮人の研究報告など当然のごとく無視されるだけである。
    3.2 楽浪郡平壌説による古代史改竄の方法

     楽浪郡平壌説とは単に楽浪郡が平壌にあったかというような説ではなく、朝鮮半島の歴史を箕子朝鮮から倭の消滅までの数百年に渡って改竄する、壮大な虚構の古代史の基盤となっている説である。 そしてその最大の目的は倭国の歴史を日本列島の歴史に改竄する事にある。 歴史改竄の方法は複雑だが、資料2の山形氏の説を簡単にまとめると次のようなステップで構成される。
    倭国を朝鮮半島から消去して日本列島に移動させる。
    倭国の抜けた穴を埋めるために朝鮮半島北部や遼東半島にあった三韓、百済、新羅などを朝鮮半島南部へ移動させる。
    それらの国々が抜けた穴を埋めるために遼東(遼河東部地域)にあった古朝鮮、楽浪郡や玄菟郡などを朝鮮半島に移動させたり高句麗を巨大化させる。
    最後にそれらが抜けた穴を埋めるため、燕、秦、漢、高句麗などを全て巨大化させる。 そして楽浪郡と共に朝鮮半島に移動した玄菟郡だけを遼東に戻し、楽浪郡だけを平壌に残したりする。
     以下においてはそれぞれのステップの改竄がどのような問題を発生させたかについて説明する。
    1. 倭国は朝鮮半島国家

     最初のステップを否定し、倭国を朝鮮半島と考えれば倭人伝以外の中国文献、朝鮮文献の記述に対する以下のような疑問も解消する。
    山海経海内北経に、「蓋国は鉅燕の南、倭の北にあり。 倭は燕に属す」とあり、陸続きであったような書き方である。燕は河北省北部(北京周辺)のあたりにあった国で、蓋国(韓の前身か?)がどこにあったにせよ、 倭が燕の属国であった以上、遼東半島か朝鮮半島北部あたりにあったのではないか?
    漢書地理誌には「樂浪海中有倭人」とある。楽浪海が何を意味するかは不明であるが、遼東湾、西朝鮮湾、黄海あたりを意味し、太平洋は意味しない。倭人は朝鮮半島にいたのではないか?
    魏志韓伝では「南は倭と接する」、「?盧国は倭と接する(與倭接界)」とある。倭が朝鮮半島にあったという明白な証拠ではないか?
    北史百済伝では百済の構成民族に倭人が挙げられているが、倭と百済は陸続きだったのではないか?
    宋書倭国伝では倭王武を倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に叙爵した、とある。高句麗 好太王碑でも倭は朝鮮半島の覇権を巡って高句麗と争った事が記されている。倭国が朝鮮半島に固執した理由は何故か?帆船の無い時代に日本列島から朝鮮半島に大軍を派遣するのは現実的だろうか?
    宋書倭国伝で記述された倭の五王に関し、記紀に記述が全く無い上に天皇の在位期間と合わないのは何故か?
    高句麗と倭が朝鮮半島で死闘を繰り広げた時代に、大和政権が資金や労働力を戦争ではなく大規模古墳の作成に費やしていたのは何故か?
    旧唐書には「日本国は倭国の別種」とある。倭国と日本国は別の国だったのではないか?
    三国史記新羅本紀によると第四代国王脱解は多婆那国で生まれ、その国は倭国東北一千里にあったとある。倭国を九州とすれば東北に国は存在せず、畿内とすると脱解は倭人となり、新羅の王になるのは不自然ではないか?
    三国史記新羅本紀では度重なる倭国の侵入記録があり、5方向から侵入した記録もある。倭は毎回対馬海峡を越えて侵入したのだろうか?
    2. 馬韓、百済は遼東半島国家

     二番目のステップを否定し、馬韓やその跡地に建国された百済の位置を朝鮮半島南西部ではなく、遼東半島と考えれば以下のような疑問も解消する。
    魏志韓伝では馬韓の西海上の大島に州胡があったされる。この大島は現在も存在するはずだが、一体どこか?
    後漢書高句麗伝では建光元年(121年)高句麗が馬韓や?貊と共に玄菟郡へ侵攻し、夫余によって撃退されたとある。馬韓が朝鮮半島南西部とすると、高句麗が楽浪郡の向こう側にあった馬韓と共に遼東にあった玄菟郡に侵攻するのは不可解ではないか?馬韓は玄菟郡の近くにあったのではないか?
    宋書百済伝では百済国、本は高句麗とともに遼東の東に千余里に在ったとされる。朝鮮半島南西部と考えるのはおかしくないか?
    宋書百済伝では百済が遼西を支配したある。朝鮮半島南西部にあった百済が遼河の西部を支配するのは不自然ではないか?
    北史百済伝では「東は新羅、北は高句麗、西南は大海、小海の南に暮らす」とある。朝鮮半島南西部とすると「小海」とはどこか?
    北史百済伝では百済の南、海行三カ月に耽牟羅国(済州島)がある、とあるが朝鮮半島南西部から三ケ月というのは長すぎないか?
    南斉書では北魏が数十万騎で百済を攻めたとあるが、渡海作戦を行ったような記述は無い。百済が朝鮮半島南西部にあったとすると陸路でも海路でもかなり困難な作戦だ。そればかりでなく、北魏と百済の間には高句麗が有り、高句麗の向こう側に数十万騎を送るのは不可能ではないか?
    魏書勿吉伝では勿吉が百済と共謀して水路から高句麗を攻撃する計画を立てたが、北魏はこの計画を了承しなかったとある。百済が朝鮮半島南西部にあったとすると、不自然な計画ではないか?
    史記夏本紀では「百済国西南渤海中に大島15有り、皆百済に属す」とある。百済は渤海に面していたのではないか?
    3. 古朝鮮は遼東国家

    楽浪郡平壌説では衛氏朝鮮、箕子朝鮮、楽浪郡なども朝鮮半島にあったとされているが、3番めのステップを否定し、遼東にあったとすれば次のような疑問も解消する。
    後漢書光武帝紀には衛氏朝鮮の跡地に楽浪郡を置き、その地は遼東にあったとある。衛氏朝鮮は遼東にあったのではないか?
    史記朝鮮列伝では「朝鮮には濕水、洌水、汕水が有り三水が合流して洌水となる」とあり、後漢書郡國志では「列水は遼東にある」とあるが朝鮮は遼東にあったのではないか?
    史記蘇秦列伝では「燕東有朝鮮(潮仙二音,水名)遼東、北有林胡、樓煩」とある。燕は北京のあたりにあった国である。記載順序によれば朝鮮は遼東より西側にあったのではないか。「朝鮮」は川の名前だとあるが、朝鮮とは遼河流域そのものを表す地名だったのではないか?
    魏志韓伝では、衛氏朝鮮の宰相が東の辰国に亡命した、とある。朝鮮を平壌付近、辰韓を釜山付近とすると辰国の方角は東ではなく南ではないか?
    史記朝鮮列伝では衛氏朝鮮王の右渠を打つために斉から渤海へ楼船に5万の兵を載せて出発したとある。衛氏朝鮮は渤海に面していたのではないか?
    旧唐書では「遼東之地,周為箕子之國,漢家之玄菟郡」とある。箕子朝鮮は遼東にあったのではないか?
    晋書地理誌では「樂浪郡漢置。朝鮮県:周封箕子地。遂城県:秦築長城之所起。」とある。箕子朝鮮があった場所は秦の始皇帝の築いた長城の始まる所(碣石山)の近くにあるとされているが、箕子朝鮮は遼東か遼西あたりにあったのではないか?
    隋書では「高麗之地,本孤竹國也。周代以之封于箕子,漢世分為三郡,晉氏亦統遼東」とある。孤竹国は河北省にあった国だが箕子朝鮮は遼西あたりにあったのではないか?
    遼史地理志には「東京遼陽府は、本の朝鮮の地なり」とある。箕子朝鮮は遼陽市のあたりにあったのではないか。
     楽浪郡、玄菟郡と同じく衛氏朝鮮、箕子朝鮮も朝鮮半島にあったという記述は古代史書には存在せず、その場所は遼東か遼西である。「朝鮮」とは漢書地理志では楽浪郡の25あった県の一つ、後漢書郡国志では楽浪郡の17あった県の一つでしかない。即ち、元々「朝鮮」という地域は朝鮮半島のような広大な地域を示す地名ではなく、川の名前なのだ。そしてその川とは朝鮮半島ではなく、遼陽市を流れる太子河付近の河川だったであろう。
    4. 漢帝国の版図の拡張

    衛氏朝鮮の跡地には漢四郡が置かれたが、真番郡・臨屯郡はすぐに廃止されたため、実質的に設置されたのは楽浪郡と玄菟郡の2郡だけである。 第4のステップである漢帝国の版図拡大は、 朝鮮半島部分は楽浪郡と後に設置する帯方郡が担当し、 遼東半島部分は遼東郡が担当、 遼東部分は楽浪郡を追い出した分を玄菟郡が担当することになった。 このステップを否定すれば、次のような疑問も解消する。
    楽浪郡と共に衛氏朝鮮の跡地に置かれ、その28年後に廃止されて楽浪郡に統合された臨屯郡。 定説では江原道の江陵市のあたりにあったはずの臨屯郡の太守章封泥が、 1997年に江陵市から海と山を越えて遥か離れた遼西の遼寧省の葫芦島市で発見された。 江原道と葫芦島市は現在でもほとんど政治的交流の無い地域であるが、短い期間しか存在しなかった臨屯郡の太守章封泥が遼西で発見されたのは不自然ではないか。 この臨屯太守章封泥争議は無視して良いのだろうか。
    遼東郡の文県と番汗県が離れすぎているのは不自然ではないか?この問題は馴染みがなくわかりにくいが、遼東郡の説明に文県と番汗県が併記されているため、この2県は近くにあるものと推定される。 「満潘汗」が朝鮮国との国境であり、 「文」と「満」が同じ音であるため「満潘汗」は「文県と番汗県」を意味するものと推測される。 ところが朝鮮国を朝鮮半島に置いたことによって番汗県は清川江河口にある博川付近に比定されることとなった。 しかし文県は遼寧省 営口市付近に比定されており、 文県と番汗県が離れすぎているのが不自然ではないかという疑問である。これも古朝鮮を朝鮮半島に移動した結果として遼東郡を巨大化させてしまったために発生した疑問だろう。
    玄菟郡が設置後まもなく遼東に移動されたのはあまりにも不自然ではないか? この「玄菟郡の遼東移動の怪」の問題もわかりにくい。 確かに?が強大となり玄菟郡が移動したような記述はあるが、そのような大移動の跡は見られない。 玄菟郡と楽浪郡は朝鮮跡地の郡として同時に頻繁に現れ、玄菟郡は楽浪郡の近くにあった事が推測される。
     楽浪郡が衛氏朝鮮の跡地に創設された事から、楽浪郡を遼東から朝鮮半島に移動させるためには、衛氏朝鮮を朝鮮半島に移動させる必要があった。 衛氏朝鮮を朝鮮半島に移すとなると、衛氏朝鮮の跡地に楽浪郡と共に置かれた玄菟郡も朝鮮半島に移動する必要があった。 ところが、玄菟郡を朝鮮半島に移すと遼東を統括する郡がなくなってしまう。 それに玄菟郡は誰がどう見ても遼東に存在した郡である。 楽浪郡を平壌とするためには、玄菟郡だけをすぐに遼東に戻して楽浪郡や遼東郡が抜けた遼東部分を全て玄菟郡に分担させる必要があったのだろう。 あまりにも無茶苦茶な改竄の手口ではなかろうか。 玄菟郡が朝鮮半島に出張している間、遼東には一体何があったと言うのだろうか。
    5. 万里の長城の大移動

     歴史書には戦国時代に燕が朝鮮に侵攻し、障壁(燕長城、遼東長城)を築いたとの記述がある。 燕人満は長城を出て東に向かい、朝鮮との国境である?水に向かった。 国境があった番汗県や?水を清川江とすると、燕長城は朝鮮半島内にあったはずだ。 しかし、どれだけ探しても長城はどこにも見つからなかった。 ?水を鴨緑江や大同江などに比定してみても、やはり長城はどこにも見つからなかった。 広範囲に建築された建造物であるにもかかわらず、跡形もなく消えてしまったのだ。

     楽浪郡や古朝鮮を朝鮮半島に移した事により楽浪郡遂城県の万里の長城の起点も朝鮮半島に大移動される事になった。 朝鮮半島に長城が存在しないとなると衛氏朝鮮が朝鮮半島に存在しないという事になり、即ち楽浪郡平壌説が成立しないためだ。 万里の長城の起点は碣石山と明記されているにもかかわらず。 これも「玄菟郡の遼東移動」と同様に無茶苦茶である。 中国側から朝鮮半島を攻撃するのは困難だが、同じ理由で朝鮮半島から中国側を攻撃するのも困難だ。 豊臣秀吉の朝鮮出兵時にも、小西行長は清川江を越えられなかった。 朝鮮戦争においても、補給線が伸びきった米軍は鴨緑江を越えてきた人民義勇軍を前に敗走した。 歴史上で朝鮮半島から千山山脈を越えて中国に攻め込んだ国家は大日本帝国だけである(百済の遼西侵攻は除く)。 朝鮮半島まで長城を伸ばす必要性などあったのだろうか。

     中国全土の森林割合は13%と非常に少ないが、千山山脈や長白山脈は例外である。 この地域は黄海、渤海、日本海から供給される水蒸気により降水量が多く、そのほとんどが森林地帯だ。 長城には見張台としての機能が重要であり、本来見晴らしの良い国境地帯に建設するものだろう。 森林地帯に障壁として機能する長城を作るためには、簡単な土塁程度では存在自体が無意味であり相当の高度を持つ頑丈な障壁でなければいけない。 朝鮮半島どころか千山山脈、長白山脈を横断する長城の建設自体が既に困難なのだ。 建設されたのならば当然その痕跡が残されているはずであるが、現在でも見つかっていない。 歴史的にも千山山脈自体が天然の要塞であり、長城など作る必要はなかったのだろう。 朝鮮半島まで長城を建設したという説は地理的条件やその後の歴史を考えていないばかりか、技術面、経済面、戦術面などについても考えていないだろう。 明代に作られた虎山長城などを根拠に朝鮮半島まで燕の長城が建設されたという説は、考古学的に成立しない。 その虎山長城ですら中国側は遼東半島を貫く明史の長城の一部であるとしているが、明史の記述は長城の建設というより単に防衛線を記述しただけとも見られる上、虎山長城自体が実際には高句麗が建設した泊灼城とも言われている。

     仮に千山山脈を横断するような長城が存在したと仮定したところで、朝鮮半島北部を分断できる地理的な線は河川以外に存在しない。 それ故に朝鮮半島内における国境線としては河川以外は誰も主張していない。 長城など存在しないのだから主張できないのは当然である。 そもそも北朝鮮の山岳森林地帯には長城を建設すべき防衛線が存在しないのだ。 長城とは森林の存在しない平原の国家が人工的に作り出す障壁であり、日本列島には不要であるのと同様に朝鮮半島にも不要である。 それに長城のような大規模な建造物ならば人目につくはずであるが、朝鮮半島内で長城を見た者は当然ながら有史以来一人もいない。 遼東半島にすら見つかっていないのだ。 しかし学会は何ら考古学的資料を示す事がないまま、 鴨緑江流域のみにしか存在しない後世の城壁を根拠にして朝鮮半島まで長城が建設されたと主張しているのだ。

     朝鮮半島に長城が存在しないとなると、それは即ち楽浪郡平壌説の破綻を意味する。 それ故に長城は何があっても存在しなければいけない。 地理的、歴史的、技術的、経済的、戦術的な問題など、すべて無視すべき問題なのだ。 学会にとって最も重要視すべきはずの考古学的確証があるかどうかすらも無視しなければいけない。 定説を守るためには千山山脈の森林地帯を横断して朝鮮半島の満潘汗に至る長城が存在しなければならないのだ。 こうして学会は遼東から長白山脈を越えて朝鮮半島に至る架空の万里の長城を作り出した。 歴史地図にはその妄想の長城を書かせ、「当時の万里の長城は現在の物よりかなり北に設置されて、その東端は朝鮮半島に及んだ」などという何の根拠も無い説明を書かせる事にしたのである。 長城が見つからない理由など、北朝鮮の政治体制のせいにでもしておけば良いのだろうか。

     定説という神聖不可侵な前提によって思想と行動のすべてが支配され、理性すらも失ってしまったのだろうか。
    3.3 破綻している楽浪郡平壌説

     楽浪郡平壌説は100年間守られてきた説であり、その論理は簡単に崩せないと思われるかもしれない。 あまり知られていないが、楽浪郡平壌説は歴史書で朝鮮や楽浪郡の場所を示す?水、列水、帯水などの川の古名を遼河、東遼河、渾河、太子河などではなく、 鴨緑江、清川江、大同江などに比定する事によって成立している。 従ってこれまで楽浪郡平壌説を批判してきた者達は、文献や地理的条件を調査してこれらの川が朝鮮半島の河川ではない事を証明しようとしてきた。 しかしどれだけ丁寧に説明し主張したところで、学会は文献や地理的条件にはそもそも興味がなく、これらの主張は無視されるだけだった。 そして一般人にとっては遼東や北朝鮮の河川の話などには興味が無く、そのような主張に耳を傾ける者はほとんどいない。学会にとっては考古学的確証のみが重要であり、地理的な条件などの他の分野の専門家の意見など考慮する必要は無いのだ。 その考古学的確証ですら出土物だけが重要であり、当然出土すべき物が出土しない理由などは特に説明しなくても良い。 それ故に楽浪郡の歴史上の人物や事件の痕跡も、万里の長城も何も出土しなくても問題視する必要性は皆無である。 都合の悪い考古学的発見も話題にしなければ良いだけである。 そして北朝鮮が閉鎖国家であるために、誰にも再検証不可能な上に北朝鮮人の研究報告など無視すれば良いのだ。 これが荒唐無稽な楽浪郡平壌説が100年間も維持されてきた理由である。

     しかし実際には定説は論理破綻した説であり、100年間それを隠してきただけである。 本来ならば先人達が示した?水、列水、帯水などの地理条件を示すだけで定説破綻の証明は成立しているが、もっと分かりやすい方法でも証明は可能である。 定説では漢帝国の版図拡大を無理に行ったため、楽浪郡(朝鮮半島)、遼東郡(遼東半島)、玄菟郡(遼東)の3郡の位置関係にはほとんど自由度が無い。 これらの位置は東亜蛮族図1のような関係でなければならない。 定説破綻の証明は意外に簡単で、この位置関係が成立しない事を証明すれば良いだけである。 歴史書を調べればいくらでも例は出てくるだろう。
    後漢書列傳/祭遵從弟?では「(烏桓の)東は玄菟郡及び樂浪郡」とあり、玄菟郡と樂浪郡は南北に隣接し、その西側は遼東郡ではない事が示されているが、楽浪郡平壌説の破綻を意味しているのではないか?
    前述ではあるが、漢書の「碣石より東は玄菟郡、楽浪郡」という記述は楽浪郡平壌説の破綻を意味しているのではないか?
    前述の「夫余の楽浪郡攻撃」であるが、夫余にとって楽浪郡は攻撃できる範囲内の距離にあったはずだ。玄菟郡、遼東郡、高句麗などを通り越して楽浪郡を攻撃するのは不可能であり、楽浪郡平壌説の破綻を意味しているのではないか?
    前述の「馬韓の玄菟郡攻撃」であるが、馬韓にとって玄菟郡は攻撃できる範囲内の距離にあったはずだ。帶方郡、楽浪郡、遼東郡を通り越して玄菟郡を攻撃するのは不可能であり、楽浪郡平壌説の破綻を意味しているのではないか?
     楽浪郡平壌説はとっくの昔から論理破綻しており、それに気付いている人は多いのだ。 しかし、定説は絶対に否定してはいけない説なのである。 それ故に、一般人には定説の「問題の認識」がされないように細心の注意が払われている。
    420年の歴史の中で史書に残されるような人物や事件の痕跡が見つからない問題については、「上級官吏は生まれ故郷の墓に葬られるという漢の習慣に従ったため、楽浪漢墓には葬られていない」などと適当にごまかす。
    広範囲な建造物であったにもかかわらず万里の長城が見つからない問題については、「この時代の長城は粘土質の土を固めて作った簡単な物で、当時の遺構は消失した」などと適当にごまかして、場所も示さないままとにかく朝鮮半島を起点としたと平気で主張する。
    夫余が玄菟郡、遼東郡、高句麗などを通り越して楽浪郡を攻撃した問題については、「玄菟郡攻撃の間違いだろう」と適当にごまかす。
    馬韓が帯方郡、楽浪郡、遼東郡を通り越して玄菟郡を攻撃した問題については、ごまかしようが無いほど奇怪なのでそもそも話題にしない事にする。
    遼西地域において臨屯太守章の封泥が出土した問題についても、そもそも話題にしない事にする。
    楽浪郡設置の100年以上前から楽浪漢墓が作られたという報告についても、そもそも話題にしない事にする。
    これらの問題に比べると「玄菟郡の遼東移動の怪」などはさらに巧妙で、表沙汰にはならないように必死だ。 すぐに廃止された重要でない真番郡・臨屯郡や漢四郡を強調して朝鮮跡地に玄菟郡が設置された事は目立たないようにして玄菟郡には興味を持たせないようにしたり、 玄菟郡に興味を持った人に対しては第一、第二、第三玄菟郡などという怪しげな名称を用意して焦点をぼかし、 まるで頻繁に移動される奇妙な郡であるような印象を与え、 「玄菟郡の遼東移動の怪」に対する疑問を持たないように細心の配慮をしている。 そのような数々の障壁を越えてまでも玄菟郡の遼東移動に疑問を持った強者に対しては、 嫌韓感情までも持ち出してその主張の動機を激しく個人攻撃して叩き潰すのだ。 このような手法に騙されている者達は哀れである。

     定説が破綻しているかどうかなど問題ではないのである。 定説は公理であり、 学会が100年かけて構築した歴史はこの公理に基づいている。 これを否定するのは自己を否定をする行為なのだ。 定説の間違いなど疑ってはならず、 定説の間違いには気付かせてはならない。 定説の間違いを主張する者は無視しなければならず、 声を出して間違いを主張する者は抹殺しなければならない。 そしてそのような主張には決して耳を傾けないように世論を誘導しなければならないのだ。 「考古学的確証が必要だ」というと聞こえが良いが、その実態は論証からの逃避である。 築き上げた砂の城が現実という波によって流されてしまわないようにするために。
    3.4 虚構の古代史と決別せよ

     楽浪郡平壌説によって倭国が半島から消去されたため、つじつまを合わせるために高句麗は巨大な国家となってしまった。 対馬海峡の向こう側にいた倭国が半島国家群を属国にして、その強大な高句麗と朝鮮半島で覇権を争う事になったのである。 当の大和政権は巨大古墳の作成に夢中で、高句麗との戦争の記録が記紀に全く無いにも関わらず。 こうして荒唐無稽な虚構の古代史が出来上がっただけではなく、そのような偽歴史が教科書にまで書かれているのである。 定説は歴史教科書の朝鮮半島から倭国を消去する事には成功したが、歴史書の朝鮮半島の倭国までをも消すことができなかった。 ましてや、邪馬台国の移動先までは用意してはくれなかった。 定説に基づいて100年という長い期間、おびただしい数の人間が邪馬台国を探し続けたが誰にも見つけられなかった。 もちろん、未来永劫見つかる事はない。 邪馬台国とは夢の中にのみ存在する国家であり、現実において見つけ出す事は許されていないのだ。

     見つからない邪馬台国、見つからない侏儒国、見つからない州胡、見つからない万里の長城、 裸国黒歯国の謎、倭国の半島支配の謎、夫余の楽浪郡攻撃の謎、玄菟郡の遼東移動の謎、 馬韓の玄菟郡攻撃の謎、百済の遼西支配の謎、北魏の百済攻撃の謎、文県と番汗県が離れすぎている謎、 日本国は倭国の別種だという謎、倭の五王や高句麗との戦争が記紀に記録されていない謎。 これらは全て謎などではない。 誤った定説に基づいて組み立てられた虚構の古代史の中で、どうしてもつじつまが合わせられない問題として一斉に噴出したものだ。 楽浪郡平壌説という壮大な嘘を否定するだけでこれらの謎は全て氷解し、 嘘で塗り固められた東アジアの古代史から解放される事だろう。 これまでに失われた膨大な時間はもう、取り戻すことはできない。 しかしせめて我々の次の世代だけにでも、真実の歴史を教える義務があるのではなかろうか。
    4. 邪馬台国論争の真相(問題の真相へ)

    参考資料1):「平壌一帯楽浪墓に関する研究」李淳鎮(北朝鮮)
    参考資料2):「卑弥呼の正体?虚構の楼閣に立つ「邪馬台」国 ?」山形明郷

    漢文資料:台湾中央研究院「漢籍全文資料庫」
    「免費使用」(無料で使用)を選ぶ。次の画面で「先秦」、「秦漢」、「魏晉南北朝」のみをチェックすれば古代史書のみを検索するように設定できる。検索箇所に「楽浪」、「帯方」などを入力し、「捜尋」を押して楽浪郡や帯方郡がどこにあったのか、自分の手で調査してみよう。一般人が東大教授の過ちを指摘できる便利なツールだ。日本の大学は一般人に真実がばれないようにするためか、このような史書は公開していない。台湾という奇跡の存在に感謝すべきだろう。

    暁美焔(Xiao Meiyan):学生時代に古田武彦氏の「邪馬台国はなかった」に出会い、邪馬台国論争の世界に入る。 その後長い空白期間を経た後、山形明郷氏の著作に出会い衝撃を受ける。 山形氏の説の真偽を確かめるために倭人伝以外の古代史書を読み始め、やがて魏志東沃沮伝を目にする。 そして古代中国人が日本列島を認識していなかった事に衝撃を受け、山形説の正しさを確信すると同時に邪馬台国の位置に関する数学的証明を思いついた。 理系的な感覚では反論のしようがない程の完璧な証明に思われたので、興奮して学会関係者数人にその証明を打診する。 しかしその全員から何の反論も無いまま「我々は文献だけでは物を言いません」とか「中国史料の翻訳が正しくないので翻訳し直しなさい」などと門前払いされる。 その時山形氏の心境を理解すると共に、邪馬台国論争が解けない真の理由は学問的な理由とは別の所に存在する事に気付く。 それは例えどのような混乱が発生したとしても日本人が自ら向き合い、日本人の手でいずれ解決しなければならない問題だ。 知らないまま永遠に放置して良い問題でもなければ、棚上げして不幸の再生産を繰り返して良い問題でもない。 そしてすぐに「邪馬台国論争の真相」の執筆を始め、現在に至る。 なお、山形明郷氏の著作は論争仲間の友人に貸し出したところ、立腹した上に返してもくれなかったので彼の著作は一度読んだのみである。

    謝辞:草葉の陰から常に無言の激励を送り続け、ついに邪馬台国論争の真相へと導いて下さった故山形明郷氏に感謝します。

    あとがき:最近は嫌韓感情の高まりから、朝鮮半島の歴史を全て否定する者が増えている。高麗時代は軍事的にあなどれない国家だったし、技術的にも高麗製の船は中国製よりも丈夫だった。文化的にも仏教美術が盛んな時代であり、決して価値の無い国ではなかった。どうか現代人の民族感情という色メガネを通して過去の歴史を論じないでほしいと願っている。なお、倭人伝には倭国が猿がいたとの記述があるが現在の朝鮮半島には猿は生息していない。伝説の高麗産の猩猩毛筆を作るために乱獲してしまったのだろうか。

  12. こんにちわ。最近YOUTUBEの動画でヨーロッパにおける移民問題のニュースを見ました。おおよそ去年からおととしぐらいにアメリカやロシアのテレビ局で放送したものです。それをみて正直怖くなりました。自分は無知でした。
    日本のテレビ局のニュースではこういった報道は見受けられないのですが、いまヨーロッパではこの移民問題は非常に深刻な状況で彼ら(ヨーロッパ人)の文化社会がまじで崩壊する危機です。びっくりです。私自身は無頓着な一般的な日本人ですが将来の日本がああならないか心配で仕方ありません。怖いので具体的に「どこ」とはいいませんが、中国が尖閣せめたとかアメリカの帝国主義だとか基地問題とかそんなのより脅威を感じました。

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