「人権擁護法」という狂気の法案 (その二)

 ある新聞記者から、「先生、すごい反響ですよ」との電話があった。「先生のコラム『正論』の一文で『人権擁護法』は吹っ飛びますよ。」

 にわかには信じられない話だが、ささやかな言論が効果を発揮するということはうれしいことだ。11日朝の自民党役員連絡会で、古屋圭司議員が拙文を朗読して同法案の国会提出に反対。賛成派が誇張した書き方だというと、安倍晋三氏が元検察官の堀田力氏までが、政治家が「公平で公正な放送を」求めればそれだけで「圧力」になるというようなことを平気で言うあぶない政治風土の国なので、上程反対と言ったそうである。

 詳しいことは分らないが、その記者は「先生のように分り易い物語にして展開してくれないと政治家はピンとこないんですよ。今度のことで官僚がどんな瞞し討ちをしてくるか分らないって、政治家は肝に銘じたと思いますよ。」

 与謝野政調会長が党内に強い反対がある限り国会上程は見合わせると言ったそうだ。次の段階として討議は15日朝の法務委員会に持ちこされる。

 男女共同参画基本法の抜き打ち採決にわれわれは懲りているからと私が言うと、その記者は「この法律は男女共同参画基本法よりもっと恐ろしい法律ですよ」と言っていた。

 産経「正論」路線がいかに大切かが実感された出来事だった。ライブドアーなどに毀されてたまるか、と思う。

 以下に昨日付の同コラムの拙文をもう一度掲げておく。

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 「人権擁護法」の国会提出を許すな

 ――自由社会の常識覆す異常な法案――
 
 《《《定義のない「人権侵害」》》》
 
 国会に上程が予定されている「人権擁護法」が今の法案のままに成立したら、次のような事態が発生するであろう。

 核を背景にした北朝鮮の横暴が日増しに増大しながら、政府が経済制裁ひとつできない現状がずっと続いたとする。業を煮やした拉致被害者の家族の一人が政府と北朝鮮を非難する声明を出した。すると今までと違って、北朝鮮系の人たちが手をつないで輪になり、「不当な差別だ」「人権侵害は許せない」と口々に叫んだとする。

 直ちに「人権擁護法」第五条に基づく人権委員会は調査を開始する。第四十四条によってその拉致被害者家族の出頭を求め、自宅に立ち入り検査をして文書その他の物件を押収し、彼の今後の政治発言を禁じるであろう。第二十二条によって委嘱された、人権委員会は北朝鮮系の人で占められている場合がある。

 韓国政府の反日法は次第に過激になり、従軍慰安婦への補償をめぐる要求が再び日本の新聞やNHKを巻き込む一大キャンペーンとなったとする。代表的な与党政治家の一人がNHK幹部の来訪の折に公平で中立な放送をするようにと求めた。ある新聞がそれを「圧力だ」と書き立てた。

 すると今までと違って、在日韓国人が「不当な差別だ」「人権侵害は許せない」と一斉に叫び、マスコミが同調した。人権擁護法の第二条には何が「人権侵害」であるかの定義がなされていない。どのようにも拡張解釈ができる。

 《《《全国各地に巨大執行組織》》》
 
 かくて政治家が「公平で公正な放送をするように」といっただけで「圧力」になり、「人権侵害」に相当すると人権委員会に認定される。日本を代表するその政治家は出頭を求められ、令状なしで家を検査される。誇り高い彼は陳述を拒否し、立ち入り検査を拒むかもしれないが、人権擁護法第八十八条により彼は処罰され、政治生命を絶たれるであろう。人権委員会は在日韓国人で占められ、日本国籍の者がいない可能性もある。

 南京虐殺に疑問を持つある高名な学者が143枚の関連写真すべてを精密に吟味し検査し、ことごとく贋物(にせもの)であることを学問的に論証した。人権擁護法が成立するや否や、待ってましたとばかりに日中友好協会員や中国人留学生が「不当な差別だ」「人権侵害は許せない」の声明文を告知したとする。人権委員会は直ちに著者と出版社を立ち入り検査し、即日出版差し止めを命じるであろう。

 南京虐殺否定論はすでに一部のテレビにも登場し、複数の新聞、雑誌、とりわけミニコミ紙で論じられてきた。人権委員会は巨大規模の事務局、2万人の人権擁護委員を擁する執行組織を持つ。まるで戦前の特高警察のように全国をかぎ回る。

 人権擁護法第三条の二項は、南京事件否定論をほんのちょっとでも「助長」し、「誘発」する目的の情報の散布、「文書の頒布、提示」を禁じている。現代のゲシュタポたちは、得たりとばかりに全国隅々に赴き、中国に都合の悪いミニコミ紙を押収し、保守系のシンクタンクを弾圧し、「新しい歴史教科書をつくる会」の解散命令を出すであろう。その場合の人権委員の選考はあいまいで、左翼の各種の運動団体におそらく乗っ取られている。

 《《《国籍条項不在の不思議さ》》》
 
 私は冗談を言っているのではない。緊急事態の到来を訴えているのである。2年前にいったん廃案になった人権擁護法がにわかに再浮上した。3月15日に閣議決定、4月の国会で成立する運びと聞いて、法案を一読し、あまりのことに驚きあきれた。自民党政府は自分で自分の首を絞める法案の内容を、左翼人権派の法務官僚に任せて、深く考えることもなく、短時日で成立させようとしている。

 同法が2年前に廃案になったのは第四十二条の四項のメディア規制があったためで、今度はこれを凍結して、小泉内閣の了承を得たと聞くが、問題はメディア規制の条項だけではない。ご覧の通り全文が左翼ファシズムのバージョンである。もちろん、機軸を変えれば共産党、社民党弾圧にも使える。自由主義社会の自由の原則、憲法に違反する「人権」絶対主義の狂気の法案である。

 外国人が人権委員、人権擁護委員に就くことを許しているのが問題だ。他民族への侮蔑はいけないというが、侮蔑と批判の間の明確な区別は個人の良心の問題で、人権委員が介入すべき問題ではない。要するに自由社会の常識に反していて、異常の一語に尽きる法案である。予定される閣議決定の即時中断を要請する。(にしお かんじ)

産経新聞 2005.3.11

「「人権擁護法」という狂気の法案 (その二)」への6件のフィードバック

  1. 人権法案の話しを聞きたかったのですが、時間切れで残念でありました。生の話しを聞くという事は、インターネットから得る情報と同じであるとしても、大きく違うのだと。要路の議員諸姉諸兄が参集すると、一段と意義深い。その様に思いながら帰途についた次第です。

  2. この「人権委員会」とは名ばかりで、実は「革命委員会」とも「人民委員会」とでも呼んだ方が判りやすいものでしょう。これは、政府の中に政府をつくる、中国や北朝鮮の「共産党支配形式」と同じものです。自ずから、どの勢力が力を入れているかよくわかりますね。バックラッシュ!

  3. 西尾先生、

    20年くらい前の夏休みに先生のドイツ語の授業を受けた者です。

    人権擁護法案ですが、1997年に5年間の時限組織として創立された「人権フォーラム21」という団体が、まさしくこの人権擁護法案の成立と、政府から独立した人権擁護機関の設立を目的として活動していました。5年間の時限組織であったのは、当時国会で制定された人権擁護施策推進法に基づいて設置された、人権擁護推進審議会の答申期限が、最長で5年であったからです。人権フォーラム21は、組織としては2002年末に解散したことになっておりますが、この組織のHPの内容を見ますと、以下のことがわかります。

    1)代表者は5年間一貫して武者小路公秀中部大学教授(反差別国際運動日本委員会理事長、チュチェ思想国際研究所理事)が務めた。

    2)役員には解放同盟、日教組、在日コリアン人権協会、日本労働組合総連合会、日本婦人会議(現・I女性会議)の幹部が加わっていた。

    3)2002年の法案提出の段階では、第二条は「人権侵害」を定義していた。これを、”新設される人権委員会の判断基準を明確にし、また人権の範囲が恣意的に矮小化されることを防ぐためにも、明確な「人権」の定義が必要”であるとして、人権フォーラム21は、抜本改正を要求していた。望ましいモデルとして韓国で2001年に制定された「国家人権委員会法」第2条を参照するべきであるとしている。一般に、「してはならないこと」を規定した法律と比べて、「これこれのものを尊重しなければならない」を規定した法律のほうが、拡大解釈の余地がはるかに大きい。

    4)2002年の法案が差別禁止事由としてあげていた「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」に加え、人権フォーラム21の提言は、民族的・国民的出身、皮膚の色、国籍、妊娠・出産、年齢、言語、性的自己認識(=肉体的・生物学的な性にかかわらず、当人が自分の性を男女いずれと認識しているか)、婚姻上の地位(=既婚か未婚か、法律婚か事実婚か、世帯主か否かなど)、家族構成(子どもの有無、親との同居など)などの追加を求めていた。このことから、人権フォーラム21は、ジェンダーフリー指向がきわめて高い法案をめざしていたと言える。

    5)人権委員会について、人権フォーラム21は、「人権委員会の独立性を確保するため、韓国が2002年に設置を決めた、憲法裁判所に匹敵する独立性を持つ人権委員会を見習って、法務省の管轄下ではなく、他の省庁の上位にある内閣府の下に置くべきである」、「中央だけでなく地方にも人権委員会を設置するべきである」、「『人権に関する活動に従事した経験』を要件に加え、被差別の当事者団体や人権NGO/NPOのメンバーなどを積極的に委員に登用すべきである」、などの提言を行なっている。

    要約すれば、チュチェ思想国際研究所理事を務める人物が、人権擁護施策推進審議会のスケジュールに照準をあてて、(1)拡大解釈の余地がきわめて大きい人権擁護法案の制定と、(2)省庁レベルを超える権限を持つ人権委員会の設置と、(3)『人権問題に関する活動をした実績のある』、”市民団体”人脈の人権委員会への送り込み、に向けて活動した、と言えます。

    人権フォーラム21のリンクはこちらです。
    http://www.jca.apc.org/jhrf21/

  4.  この法案の内容を見たときにドイツ社会労働党の台頭や文化大革命を連想して青ざめました。先生が書かれた通り、まるで現代の特別高等警察設立の為の法律です。
     いつの世も巨悪は正義の美名を纏って登場するものです。こんな馬鹿げた法律が通るようではいよいよ日本もお終いだと戦々恐々としています。
     先生や賢明なる政治家諸氏のご検討を願うばかりです。

  5. >人権擁護法の第二条には何が「人権侵害」であるかの定義がなされていない。どのようにも拡張解釈ができる。

    この部分における危険視を持って、私も人権擁護法に反対です。
    他にも、肝心のところが定義されておらず、いかようにも拡張解釈ができる変な法案は少なくないですね。
    憲法第9条も、その拡張解釈においていつも論点になっているのですが。

  6. 小倉秀夫の「IT法のTop Front」
    http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/e/ffed357a4ee1500f5ed11b353f2c7be8
    というところでコメントしたものをここに書かせていただきます。

    大方の流れでは、この法案が通った場合、事務局職員は法務局の役人が就くものと思われますので、制裁の濫用などはあまり起こらないだろうというのが、みなさまの意見を聞いた上での感想です。

    あと、気になっていることについて、もう何点か挙げさせていただきます。

    ひとつは、人権擁護委員に国籍条項がないことで、朝鮮総連の人間が擁護委員になってしまった時のことです。この場合、まさに日本国民の人権が侵害される可能性が出てきます。日本人拉致に関しては北朝鮮政府が関与していることはほぼ確定なので、人権擁護委員になった総連の人間がスパイ活動をする可能性はあります。法案によれば擁護委員は立入検査などはできませんが、調査はできるようです。

    >第三十九条 人権委員会は、人権侵害による被害の救済又は予防に関する職務を行うため必要があると認めるときは、必要な調査をすることができる。この場合においては、人権委員会は、関係行政機関に対し、資料又は情報の提供、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる。
    >2 人権委員会は、委員、事務局の職員又は人権擁護委員に、前項の調査を行わせることができる。

    ということで、個人情報などを入手しやすくなります。この情報を利用して拉致工作などができないように、スパイ防止法などを整えておくべきだと思います。

    もう一点は、公立の学校教育への影響です。公務員の人種等差別を禁じていて、もし差別していると疑われる場合、立入検査などの特別調査をされる可能性があり、差別と認定されると勧告や勧告内容の公表などの処置までいく可能性がある。よって、圧力団体などの公教育への干渉が助長される恐れはあるように思います。

    「人種等差別」の「人種等」には「信条」も入っていますので、例えば、「日の丸・君が代」問題でも、「信条によって生徒を差別している」と公立教員を告発することは、状況によって可能になってきます。例えば、君が代を斉唱しない生徒を体育館から追い出したり、逆に居残りで斉唱させたりした場合です。

    逆に日教組などが信じる自虐史観などに反論したら完全に無視されたり定評価の成績にされたなどとして告発することも不可能ではないのですが(笑)。

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