謹賀新年平成27年(2015年)元旦

 昨年は当ブログにおける私の文章の更新は少なく、このことに関する限り不本意でした。お詫び申し上げます。
 
 病気したわけでも海外旅行をしたわけでもなく、全集の刊行が難しい局面を迎え、編集校正に追われ、しかも昨年内刊行予定の第10巻が遅延して1月刊となる不始末でした。間もなく刊行されます。

 第10巻は『ヨーロッパとの対決』と題し、世界に中心軸は存在しないこと、西欧は閉鎖文明であること、西欧の地方性、周辺性、非普遍性を、ドイツやパリで言って歩いた記述を元に展開しています。

 たまたま『GHQ焚書図書開封』⑩は『地球侵略の主役イギリス』という題で年末に刊行されました。西欧の先端を走ったイギリスの閉ざされた闇を問いました。

 ただこの本はそれだけでなく、第1章「明治以来の欧米観を考え直す」に注目していたゞきたいのです。近年ウォラスティーンなどに依存し、再び西洋中心史観に溺れかかっている現代日本の歴史の学問、人文社会科学系の学問一般に疑問を突きつけています。

 もうひとつ『正論』連載の「戦争史観の転換」も第11回を迎え、スペインからイギリスに移動したヨーロッパのパワーが中世以来のカトリック政治体制の闇を背後に秘めてアジアに向かってくることを論じ始めています。

 以上三つの仕事がどれも手を抜けず、息もつけない有様で、昨年はあっという間に一年が過ぎました。三つの仕事が期せずしてバラバラでなく、一つの結論に向かって同一方向を目指していたことに自らやっと気がつき、計画外のことでしたので、吃驚しております。

 以上三つの歴史像が今私の中でひとつになって熱っぽく回転しています。今年もその駒を回しつづけることになるでしょう。

 皆さまのご健勝を祈ります。

(追記)『GHQ焚書図書開封』は①~⑤の徳間文庫化が始まりました。

GHQ焚書図書開封1: 米占領軍に消された戦前の日本 (徳間文庫カレッジ に 1-1) GHQ焚書図書開封1: 米占領軍に消された戦前の日本 (徳間文庫カレッジ に 1-1)
(2014/10/03)
西尾幹二

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GHQ焚書図書開封〈2〉バターン、蘭印・仏印、米本土空襲計画 (徳間文庫カレッジ) GHQ焚書図書開封〈2〉バターン、蘭印・仏印、米本土空襲計画 (徳間文庫カレッジ)
(2014/11/07)
西尾 幹二

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GHQ焚書図書開封〈3〉戦場の生死と「銃後」の心 (徳間文庫カレッジ) GHQ焚書図書開封〈3〉戦場の生死と「銃後」の心 (徳間文庫カレッジ)
(2014/12/05)
西尾 幹二

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GHQ焚書図書開封10: 地球侵略の主役イギリス GHQ焚書図書開封10: 地球侵略の主役イギリス
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「謹賀新年平成27年(2015年)元旦」への9件のフィードバック

  1. >管理人様

    どうかそんなにお気苦しくなさらないでくだい。
    せっかくのご旅行が、どこか台無しになってしまいます。

    ここは役足らずは覚悟の上、わたくしきんどが仕切らせていただきます。

    皆様新年明けましておめでとうございます。
    旧年中同様、「西尾幹二のインターネット日録」をご贔屓に、様々なご意見をおよせいただけますことを、切にお願い申し上げます。
    まずは新年のお祝いとして簡単ではございますが、ご挨拶に代えさせていただきます。
    本年も宜しくお願い申し上げます。

    こんな感じでよろしいでしょうか。

    ここからはあきんどの意見です。
    今年は「未(HITUJI)歳」ですが、どうかこのサイトを盛り上げるためにも、そして真の日本を築き上げることを念頭に、個々の向上はもちろんのこと、時には厳しい試練も覚悟の上、どうか様々なご意見が寄せられますことを・・・つまり閲覧者からの(HITUUTI)とはならないような「歳」になりますことを、個人的に願うばかりです。

    HITUJIとHITUUTIはたった三文字の語尾の違いですが、そこには「自」と「知」に置き換えることができる皮肉な語呂合わせがあります。
    私は今西尾先生のご著書「真贋の洞察」を読み返しております。
    その中で福田恆存先生の貴重な諸批評をご紹介されている章があります。
    福田先生は「自己」と「知識」のあり方と申しますか、「知識」の過剰の嫌いを素直に表現されていまして、そこを私なりに解釈しますと、「西洋の情報をいくら取り寄せても、それを自分だけの生き様で露骨に表すことは稚拙だろう。そこで問われることは、様々な情報や知識となるものが、いかに個人の苦悩を乗り越えて流れてきたものかが重要だ。たゆまぬ情報習得への努力と、情報収集での忍耐力の混合による貴重な個人の意見として、この世に誕生することが望ましいと言えるのだろう」

    もちろんこれは私の個人的解釈ですので、ご認識を履き違えないでいただきたいです。
    ただし、私はこの本を読み返してこう感じたのです。
    人間なら誰しも自己の向上心を望むのが自然で、それをあえて抑制するような観念はよろしくないのではないかと。
    しかし、よくよく読み込んでいきますとこんなふうに感じるようになりました。

    「たとえば道端に光る石ころがあったとする。ある人間はその光る石の謎を解くため家に持ち帰り、よく分析し光のなぞを解析し、その解明を世に知らせ、自分の手柄となる行動に走り出す。一方別の人間は、その光る石がより輝きを華てるように、その場所からできるだけ離れないところの最高の場所を選び掲げ、さらには本来あった場所が石の移動により危険に晒されるならば、その穴埋めを自分の躰で補おうとする。どっちの人間が真実を携えているのだろうか」

    この文章を読めば、多くの人間は後者の方を崇めるだろうが、ではその崇めた当人はそのように普段から生きているのだろうか。それが問われているということなのでしょう。
    かえって前者のように生きる素質を理解し、人間のそうした部分を認識し、そうなる心理を受け入れる心が存在しなければ、逆の心理など到底認識できた証にはならないということを言いたのだろうと、私は解釈した。

    実に人間とは身勝手なものか、さらには「恐ろしい」ものを内部に潜ませているかを、福田先生は語りたかったのではないだろうか。
    その存在を無視してどうやって「個人の自由」や「世界の平和」を語ることが出来るのかと。

    そんな貴重な言葉をこの本はしっかり語っているのです。

  2. 訂正

    >ここは役足らずは覚悟の上、わたくしきんどが仕切らせていただきます。

    ここは役足らずは覚悟の上、わたくしあきんどが仕切らせていただきます。

  3. 誤解を招かない為にも・・・

    >「たとえば道端に光る石ころがあったとする。ある人間はその光る石の謎を解くため家に持ち帰り、よく分析し光のなぞを解析し、その解明を世に知らせ、自分の手柄となる行動に走り出す。一方別の人間は、その光る石がより輝きを華てるように、その場所からできるだけ離れないところの最高の場所を選び掲げ、さらには本来あった場所が石の移動により危険に晒されるならば、その穴埋めを自分の躰で補おうとする。どっちの人間が真実を携えているのだろうか」<

    上記の文章は、わたくしあきんどが心に描いたものを書き連ねたものですので、けして福田先生が語ったものではありません。あくまでもわたくしの解釈を述べたものであります。

    余計な紙幅を要したことをお許しください。

  4. あけまして、おめでとうございます。

    昨年、
    チャンネル桜・GHQ焚書図書を拝見させていただきました。

    教えていただくことを、
    自分の血肉とさせていただいております。
    誠にありがとうございます。

    陰ながら応援させて頂きます。

    ありがとうございます。

  5. 新年あけましておめでとうございます。(頻繁に出没して恐縮です)
    イギリスといえば、私が育った時代は「日英同盟を破棄したから日本は滅亡につきすすんだ」という史観が社会を覆った時代でした。元外交官の岡崎久彦氏などがさかんにこの手の主張を行い、説得力もありました。
    ですので、そもそも戦前の日本人がイギリスをどのように見抜いていたかを
    沈思黙考することなどまったく視野の外でした。私にとっては、とてつもない執念で日本を貶める左翼イデオロギーに覆われた史観にくらべればはるかにまともに思えたので日英同盟維持史観もそれなりに納得感ありました。
    当時の左翼が日本人を追い込もうとしていた史観の要点は2つであり、一つ目は「いかに近代の日本は悪魔的で絶対悪であったかという史観」それと二つ目は「いかに旧日本軍(要は戦前戦中の日本人)が残虐であったか」でした。
    前者も執拗でしたが、後者の洗脳状態は朝日新聞の狂ったような日本軍の
    残虐物語の特集記事を道連れにしてピークに達していました。
    これは自衛隊が国民に認知され憲法9条の完全非武装を額面どおりに達成できなくなったために、自国の祖先を悪魔のように描いて反軍思想をうえつけるという左翼の断末魔に似た悪あがきでしたが、偏向マスコミにより日本全体が催眠状態にかかってしまいました。
    その二大ツールが南京大虐殺と従軍慰安婦であり、この「いかに日本軍または日本人が残虐であったか」は国民間の啓蒙が進んだ結果、だいぶん悪質な
    洗脳は淘汰されるようになったと思います。当時を知っているので実は個人的にはこれだけでもかなりの進歩だと内心で思っております。
    問題は前者であり、安部首相も談話で植民地支配を反省するなどと述べていますがそもそも植民地はなんであったか、イギリスの例もふまえて日本人が深く思考を沈殿させて自問自答する段階に入ったと思います。
    私は歴史観とは複眼的で相対的でありながらも主体的でなければならないという理想像をもっておりますが、今後も西尾先生の御著書からいろいろ啓発を受けたいと思います。
    今年の夏で傘寿を迎えられる西尾先生のさらなるご活躍を陰ながら祈っております。

  6. 遅れましたが、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願います。

    さて、私達は、徳川幕府が、開国を躊躇した理由を、単なる偏狭な島国根性であるかのように思いこんで、開国を美化して考える傾向がありますが、そうではありません。
    幕府は、アンテナを伸ばし、海外の情報を集め、分析を重ねていたからこそ、鎖国を維持しようとしたのです。
    幕府は、知っていました。英国の支配下のインドが如何に悲惨な状況か、そして、阿片によってシナがズタボロにされている状況を。理解していました、阿片は大砲を搭載した蒸気船以上に強力な武器であり、国家を弱体化させる戦略物資であったことに。
    麻薬が、国家弱体化のための戦略物資であることは、現在でも変わりありません。
    下手に通商条約など結んだら、麻薬が大量に流入し、経済的に植民地化される危険性を幕府は知っていたからこそ、開国を恐れたのです。
    そして、阿片だけは何とか持ち込ませまいとして、条約調印に踏み切りましたが、狡猾さでは向こうが上手で、騙されて不平等条約を結ばされました。その結果、事実上植民地同然の状態になり、日本の富は外国に吸い上げられ、日本人は貧窮のどん底であり、外国人は犯罪をやり放題で、幕府は取り締まることもできない。幕府が招聘したオランダ人医師ポンぺは、「日本人から、我々に対して呪いと罵りの言葉しか聞こえなくても不思議ではない」と書き残しています。
    これが「開国」の実態でした。
    幕府は、決して無知でもなかったし、ましてや能天気でもありませんでした。私達は、頑固に鎖国に固執した幕府を嘲笑していますが、むしろ今の日本人の現実から乖離したお花畑頭こそ、嘲笑すべきでしょう。

    そうそう。「今こそ、平成の開国」だとはしゃいで移民受け入れを主張する人達がいますが、今ドイツではこんなことが起きています。

    中東からの移民巡り独各地でデモ
    イスラム過激派組織「イスラム国」への懸念から中東からの移民の受け入れ制限を求める声が高まっているドイツで、5日、反対派、賛成派双方が各地で大規模なデモを行いました。

    ドイツでは、イスラム過激派組織「イスラム国」に参加した若者らが500人以上に上るとみられ、国内でのテロの懸念が強まるなか、中東からの移民の受け入れを制限するよう求める声などが広がっています。
    東部のドレスデンでは、去年の秋以降、毎週、イスラム原理主義に反対するデモが行われていて、5日のデモには、これまでで最も多い1万8000人が参加しました。
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150106/k10014477241000.html

  7. [AFP通信] 新聞社での殺傷事件以降、フランスにあるモスク(イスラム教寺院)に対する
    複数の襲撃が発生- 当局

    Agence France-Presse @AFP
    #BREAKING Several attacks against France mosques since magazine killings: officials
    18:43 – 2015年1月8日
    https://twitter.com/AFP/status/553124875708420096

    フランス西部のイスラム寺院に手榴弾が投げ込まれる
    仏ル・マンのサブロン地区で、何者かがイスラム寺院の敷地内に手榴弾4発を投げ入れた。
    Le Main Libreが伝えた。
    Le Main Libreによると、現地時間で8日00時30分頃に爆発が発生した。
    手榴弾1発が爆発したが、けが人はいなかったという。

    移民政策、多文化主義のなれの果てです。

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