「プライムニュース 三島由紀夫」への3件のフィードバック

  1. 素晴らしい番組をありがとうございます。
    司会者の突っ込みも要点をついていて鋭く、内容が深くなりました。
    西尾先生の三島論もより深く理解できたような気がします。
    村松英子氏のお話も、ここまで聞けたのは初めてのような気がします。
    go go世代のものは、あの時代の空気をよく知っていて、一言で言えば、敗戦後(の日本)をどのように振り切るべきか、そういう思いが左にも、右にも充満し、爆発していたような気がします。
    今は左も右(保守)も、ワンパターン、何処まで行っても鸚鵡の繰り返しで、和を持って尊しとなすを信条としているせいか、聞く前に読む前に見る前に内容が完全予測できる、極論すれば、みんなの思考停止状態が続いています。政治もまた然り。ますますアメリカの袋の中、耳も持たず、目も持たず、口も持たずが現実です。
    西尾先生のおっしゃるように、私も反米ではありません。あの時代は袋の外に突き出ていたからこそ、安保賛成だったのです。それはもう命がけです。(保守)などと言うと、あの時代の知識人からは、無知蒙昧そのものの扱いしか受けることが出来ませんでした。祖父母の世代が消えていった頃から、すこしづつ現時代の(保守)が登場し始めました。
    この辺は複雑なところですが、保守とか革新とか、親米とか反米とか、愛国とか売国とか、本質よりもレッテルに過ぎなくなっているように思います。

    盾の会に知人がいて、三島由紀夫は結構身近でした。入会は現実的に無理でしたが、制服に憧れていました。三島の死後、週刊誌で村松英子氏の後追い自殺未遂の報道がありました。当時お届けした私の詩集に対して、詩人でもある村松英子氏はすぐに直筆の感想をくださいました。なにより後追い自殺未遂が週刊誌のでっち上げだということの証拠です。
    この番組を通して、三島由紀夫や村松英子が、一般の人にも遠くの人ではなくなってきたのではないかと、期待しています。

    西尾先生がおっしゃったことで、一番印象に残ったのは、佐藤栄作のノーベル平和賞受賞、をターニングポイントの一つにあげられた事です。なるほどと思いました。この点を改めてさらに深く考えてみたいと思います。
    素晴らしい番組をありがとうございました。

  2. un beau jour樣

    コメント拜見しました。

    素晴しい番組に負けないくらゐ素晴しいコメントでした。

    上から順に讀んだので、最後まで筆者名は見ませんでしたが、四五行進んだところで確信しました。この内容、文章のこの勢ひとリズム! これだけのものが書けるのは、あの人しかゐない、と。

    そして、我が推理はぴたりと當たりました。私の鑑識眼も相當なものですね。

    あの頃の保守と今の「保守」、仰せのとほり、似ても似つかぬ別ものですね。
    以前、靖國反對や日本の侵略戰爭の責任追及などで華々しく名を賣つてゐた人が、今では「保守」を名乘つて、拉致被害者救援活動などを華々しく行つてゐます。似た例は無數にあります。
    さういへば、私の若かりし頃、『學者先生 戰前戰後言質集』といふ、あまり品のよくない本がありました。當時、平和・民主主義のチャンピオンとして大活躍してゐた學者先生が、その昔は八紘一宇・大東亞新秩序・聖戰の意義etcを國民に説き、煽つてゐた、つまり彼らは敗戰と同時に看板を塗り替へたに過ぎないと暴露したのです。
    當然のことですが、新しい看板には、商賣になりやすいものが選ばれます。とすれば、靖國反對から「保守」に囘つたやうな先生がたのことを本にするとしたら、「言質集」の前にどんな言葉をおけばいいのでせうか。

    村松英子が「後追ひ自殺未遂」などといふ週刊誌のでつちあげ報道があつたことは初めて知りました。

    三島が現實をしつかりと見てゐたこと、全ての行動はその現實に基いてゐたことを改めて教へられました。西尾先生の隨筆に、駐日ドイツ大使が「三島にはhostile enemyがゐなかつた」と評したといふことが書かれてゐましたが、この大使にも、世間一般と同樣に、三島の眞の姿は見えてゐなかつたやうですね。

  3. 1970年2月NPTの署名では「自国の利益を危うくしていると認めるときにはこの条約から撤退することに留意する」必死の思いも伝わってきます。そして、この条約の批准は西尾先生が解説されたように6年後の1976年のことでした。

    さて、その後NPTの改正のチャンスは過去に一度だけありました。NPT発効(1970年)後25年目の1995年に、同条約を無期限に延長するか、一定期間の延長とするかを決定するときでした。
    元外務官僚の金子熊夫氏によれば無期限延長を反対した行動を起こしており(当時氏は外務省を退官していた)各国に呼びかけも行い一部の国から理解もあったようです。しかしながら、当時、マスコミも国民もこの件に関する危機感はまったくなく(~これは番組中先生から説明のあったとおり~1970年代同様国民的議論などあるはずもなし~すでに平和ボケ重症)

    肝心の日本政府も、当初は広島出身の宮沢喜一氏が首相であったこともあり無期限延長に反対でしたが、偶々東京サミット(1993年)で、「日本自身が将来核武装するためではないか」とのあらぬ疑いをもたれ、米英仏などの核兵器国側から強力な圧力をかけられたため、無期限延長反対を断念せざるをえなくなりました。その直後首相になった細川護煕氏が同年秋の国連総会であっさり無期限延長支持を表明してしまいました。

    NPTの歴史をみても

    佐藤栄作からの自民党がダメになって、細川政権~とんでもない民主党と繫がってゆくことに。結局自民党をダメにしたのは自民党なんですね。安倍さんはたいへんよく頑張っておられるけど(ここ数年酷い宰相ばかりだから)、みんな安倍さんに期待しているんだろうけど、なんだかちっともすっきりしない。私だけでしょうか?
    「アメリカの袋を破らない」~「日本の安全保障は立ち行かない」と私なりに勝手に先生の提言を捉えています。

    意義ある番組でした!!

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