「プライムニュース 動画(1)~(4)」への21件のフィードバック

  1. 三島事件・・・たしか当時はそんなニュアンスで報道されていた記憶がある。

    お久しぶりです、あきんどです。

    時代がまさに日本の経済の飽和状態の一丁目の最中、彼は行動を現実に晒した。私は当時たったの10歳。流れてきた映像は、受け止める心の余地などあるはずもない年齢の自分だ。
    まるで映画のワンシーンを見ているかのごとく、その時代の「色」の中にしか、私の印象は蘇らない。
    三島由紀夫が割腹自殺をしたというニュースだけが、テレビを賑わすだけで、それ以上の心の揺さぶりを自分の中に探し出すことは到底不可能な私であった。
    しかし、不思議なくらいこのニュースは記憶にとどめている。
    普通ならこんな暗く、子供にとって面白くもない情報は、スルーされても不思議でないことだと思うのだが、なぜか私の幼い記憶の一ページとなって、当時の現実が今につながっているのは事実なのだ。
    一番記憶に残ったのは、三島の衣装だった。
    軍服姿ではあるが、前ボタンが妙におしゃれなイメージだった記憶がかなり印象的だった。そのせいか、子供心に、この人間は本当の軍人ではないのだろう・・・という、最初のインスピレーションが私の中にはっきりあった。

    以上が私の三島事件での、いわゆる「体験談」である。

    仮にこの事件がその後の時代で何も語られなかったとしたら、私のこれに対する気持ちの持ちようは、ある人間が、突拍子もなく何かを語ったかと思ったら、その数分後に割腹自殺をしたという「事実」だけが記憶に残るだけの結果だったに違いない。
    騒ぎ出す内面など、当然当時の私には存在しない。その意味では、要するに傍観というか、他人事だと受け止めることが許される範囲の世代だったことは間違いないと思う。

    三島由紀夫という名前の響きを、私のその後の人生で聴くことになるのは、1976年の3月、当時ロッキード事件の首謀者、児玉誉士夫邸に、セスナ機が突っ込み、操縦者の前野霜一郎さん(俳優:芸名)が亡くなった際、彼が三島由紀夫の思想に傾注していたという、当時のニュースを見て、「三島」という言葉の音の響きを久々に聴くことになる。
    当時私は高校生だった。三島事件から約六年後の事件だ。
    しかし、そのたった六年の歳月は、当時の私にはえらく長く感じる時間の長さであった。当時高校生だった私には、三島事件が遥か昔のことのように感じ取った記憶がある。まだ大人になりきっていない自分にとっては、その六年間が、遥か昔の出来事として受け止めていた記憶がある。

    つまり、三島事件は、その事件後、社会では全く話題にされていなかったことを物語ると言えるのかもしれない。
    三島事件という言葉の記憶だけはあっても、その事件の真髄を、おそらく多くの日本人が、当時は探ることはもちろんのこと、心を悩ますことすらしなかった結果が、この現象を撒き散らしたと言っても過言ではないのだろう。

    それも詮無いことが、今回の村松英子さんと西尾先生のビデオからも伺うことができる。お二人はしっかり記憶にとどめていらっしゃるが、このお二人以外は、避けて事済ますの世界だと言うべきなのだろう。
    もちろん多くの著名人が心を悩ますことがあっただろうが、悩んだのは全て自分の心の中心に向かったのは間違いなく、おそらく当時の成人たちは、心の葛藤を、自分中心に差し構え、自己問答したに違いないだろう。

    これは結果的に三島の意図する現象となったわけだが、しかし、逆の意味でこの現象はあまりにも当時の日本を象徴している現実でもあると言える。
    いや、その色は今も脈々と受け継がれていて、三島の予測は一寸たりとも的を外していない。

    恐ろしい程の的中率だ。

    戦後70周年に何思うか・・・が、今年のテーマだが、70年前に意識を遡らせる前に、立ち寄らなければならないのは、三島事件なのかもしれない。
    戦後まもない時代は、全国民が「当事者」であったわけだが、こと三島事件においては、単なる傍観者に成り下がっているこの現実。
    恥じるべきことだとはあえて言わないが、しかし、内面の葛藤が多くの人間を襲ったことを認める立場なら、事件を知った立場の人間は、この時点で全て「当事者」である自覚が必要になってくる。
    三島はけして目の前の人間のみに姿を晒したのではないだろう。
    その後の時代に生きる人間全てに、三島という名を知る運命の人間全てに、人生価値の自問自答を要求をしたと言えないだろうか。

    三島は結局、自らの口を経由して他人の感情を高めることの限界を知っていた。知り尽くしていた。自分の理想を貫くことも大切だが、日本人の隅々に自分の信念を響かせるには、自分の行動を正しく感じ取った第三者の言葉の方が、はるかに自分の生の声より、正しい伝説を成し遂げることを期待したという判断はできるのではないか。

    村松英子さんはおそらくその事は十分ご理解され、演劇という世界でその生き様を重ね合わせ、時にご自身を批判し、時に誰よりも自分を評価し、三島氏の思想真髄を自分がどう向き合うべきかを最大のテーマとし、演技の評価の基準は、ご自身にしか正しく判断されない孤独感を熟知されていると認識する。

    私は以前「迷い」というテーマで論文を書き、先生に日録にアップしていただいたのですが、今考えてみると、このテーマはある意味あまりにもナイーブすぎるものだったと言わざるを得ない。
    私はこのテーマで「人間の弱さ」を肯定する角度で書かせていただいたわけだが、こうした趣旨は、つまり人間が生きる上では口にするべきではないことなのかもしれないことを、今回の件で認識でた。

    人間の弱さは、たしかに存在するが、しかし人間は普通にしていれば誰もが強く生きたい。弱さを理由に生きることは、行動を阻む最大の要因だという、大方の解釈こそが正しいものであるという認識を持った。

    このような、私個人の一つの成長を鑑みても、三島氏の「死」は確実に時代を生産していないだろうか。
    いや、間違いなく何かが生産されようとしている。仮にそれが芽が出ないという結果ならば、それは単に何かがそれを育つ前に摘み取ってしまっているか、もしくは育て方を知らないだけではないか。
    西尾先生は言葉ではその事実を否定されていたが、本当はその発芽の匂いを一番早く嗅ぎ取っていらっしゃると感じるのは気のせいだろうか。

    番組では敢えてそれを否定して、本当は誰よりもそれを期待していると解釈すべきだと思う。

  2. こんにちは
    「西尾先生は言葉ではその事実を否定されていたが、本当はその発芽の匂いを一番早く嗅ぎ取っていらっしゃると感じるのは気のせいだろうか。番組では敢えてそれを否定して、本当は誰よりもそれを期待していると解釈すべきだと思う。」というあきんど氏のコメントに関して。
    「その事実」「その発芽」「それ」「それ」の部分が、全体から判読して、不明、不明瞭なのだが、いずれにせよ、西尾先生が言葉で明言されていることを、「本当は期待しているが、番組では敢えて否定している」などと、何故勝手な解釈をされるのだろうか?
    評論家の発言にはプロとしてのプライドがかかっていて、生命がかかっていて「肯定するところを否定する」など、ありえない。
    あきんど様、人の話を聞くときは、まずは素直に聞くべきで、つねに御自分の見解に沿う筈だ、という思い込みは取り払ったほうがいいと思います。
    「気のせいだろうか」とありますが、「気のせいだと思いますよ」

  3. 戦争を国策としているのは、何処か?

    それを見習っているのは、 何処か?

    自衛隊を引き摺り出したいなら、常に日本を的にする。

    アジアの縛りは、この様なシビリアンと仮定して宜しいでしょうか。

    子路 14:43

  4. 「昭和90年の肖像」の第1回目に、三島由紀夫大人(うし)が選ばれ、西尾先生が語られたことに大きな意義と深い意味を観ずる。
     偽善と保身を激しく憎み、それが国を滅ぼすことを鋭く警告された三島大人(うし)に共鳴する想いは、今も色あせることは鮮明に胸裏に残る。そして、西尾先生の結びの辞立がまた小生の胸裏に共感とともに刻み込まれた。
     どこかにしまい込んでしまってある三島大人(うし)自筆の「檄文」のコピーを捜し出し、心読することとしたい。

  5. あきんど樣 un beau jour樣

    お二人のやりとり、興味深く拜見しました。
    お二人が問題にしてをられるのは、番組の次の部分ですね。

    (男性の司會者)「三島が生命をかけて訴へたかつたことは、(45年
    經つた今)全然進んでゐない?」
    (西尾先生)「進んでゐない(でせう)」
    (司會)「ぢや、自決を、我々は何も受け止められてゐない?」
    (西尾)「止められてゐない。その問ひは巨大な形となつて我々を襲つ
    てゐるぢやないですか」
    司會「まだ問ひかけはつづいてゐる?」
    西尾「つづいてゐるといふのが、三島さんののこした遺言」
    司會「我々はまだこたへてゐない?」
    西尾「ゐない」
    司會「安倍さんのやつてゐることは遲い?」
    西尾「遲い。遲々としてゐる。どうなつてゐるのか」

    以上でせうか。
    そしてun beau jourさんは、あきんどさんの次のコメント

    西尾先生は言葉ではその事實を否定されているが、本當はその發芽の
    匂い」を一番早く嗅ぎ取つていらっしゃると感じるのは氣のせいだろ
    うか。番組では敢えてそれを否定して、本當は誰よりもそれを期待し
    ているのだと思う。

    に對して、次のやうに批判されてゐるのでせうね。

    西尾先生が言葉で明言されていることを・・・何故勝手な解釋をされ
    るのだろうか。

    評論家の發言にはプロとしてのプライドがかかっていて、生命がかか
    っていて「肯定するところを否定する」などありえない。

    「氣のせいだろうか」とありますが、「氣のせいだと思いますよ」。

    ずゐぶん嚴しい批判ですが、私にはまづun beau jourさんの
    おつしやることが、正論と感じられます。ただし評論家の發言について、
    「解釋」、想像が全く許されないのかは分りません。
    あきんどさんの「期待しているのだと思う」は未來のことかとも感じま
    したが、「一番早く嗅ぎ取つていらっしゃる」からして、明かに(現在
    を含む)過去のことですね。
    とすると、私には、先生がそのやうな感懷をお持ちになつてゐるやうに
    は思へませんでした(あきんどさん「個人の一つ成長」のやうな例まで
    は否定されないかもしれませんが)。

    私は、先生の言及されてゐない未來について、想像しました(これも許
    されないのでせうか)。先生は未來に期待をかけてをられる、そして、
    苛立つてをられる、安倍さんは「遲い」「どうなつてゐるのか」とのお
    言葉から、さう考へました。

  6. 左派では、日本が混乱の元凶。

    右派では、大義の為に戦った。

    見方次第でどうとでも語れます。

    論の解釈も、また然り。

    戦争の忌まわしさを伝える世代が、戦後の論拠で洗脳されているよ?

    ・・・そんな印象を、幹二先生の著書を読み感じます。

    GHQ統治は、同じく先を見据えての洗脳プログラム&憲法なのでしょうか?

    矛先を散らすべく様な、

    憎しみが同民族の間で成されるのは悲しい事ですね。

    H 27 05/18 22:03

    子路

  7. > un beau jour様
    初めまして、あきんどです。

    ご指摘の箇所、批判されても仕方のない文章であることは認めます。
    コメントとは言え、書き込む以上はわかりやすく理論建てて書くということは、最低限のマナーですからね。以後肝に銘じます。
    その意味で、その後補足していただいた池田俊二さんの解説が、ほぼ私の書き込みたかった意図を表していただけていると言えます。

    もっと詳しく説明しなければご納得いただけないいのだろうとは思いますが、なにぶん今は時間的にそれが不可能です。
    私が勝手に西尾先生の内面を断定的に表した箇所の問題に関しては、間違いなく私の推測の範囲内ですので、一つの意見として受け止めて頂ければ幸いです。

    >池田俊二様
    今回の件、誠にありがとうございます。
    以前にも何回か経験しましたが、気持ちが高ぶって書いたときは、それが後読みすると以外に書いた本人が一番理解に苦しむほど、内容が飛び飛びになっていることってありますよね。
    今回はその例の一つです。
    もっとじっくり理論建てて書く事を肝に銘じ、このことに屈せずまた書き込むことに挑戦していく所存です。
    色々なお気遣いのあるレス、誠にありがとうございました。

  8. 多分、

    僕は儒者なのでしょう。

    神も仏も無く、人が人を語り。

    言葉を交わし、相照らす。

    H 27 05/19 02:19

    子路

  9. 核のカードは JOKER ですね。

    引いた方終わり。

    勿論、”” 沈黙の歓待 / かわぐち先生 “”から 学びました。

    04:12

    子路

  10. あきんど樣

    御叮嚀な御挨拶、恐縮しました。
    「じつくりと理論立てて書く」ですか、大事なことでせうね。といつて、
    自分では失敗したことが何度もありますので、人樣に對して立派なこと
    は言へません。
    パソコン(は始めて間もないので)での經驗ではなく、以前、紙の上で
    のことですが、先輩から「原稿は一週間(ブログへの投稿なら一晩?)
    寢かせろ」と忠告されたのを無視して、發表を急いで、あとで、しまつ
    た、あれは言ひ過ぎた、別の事例を使ふべきだつた、あの部分は舌足ら
    ずだつたなどと悔みました。
    「原稿を寢かせる」ことの大切さを知らないわけではありません。けれ
    ども、特に論爭のやうな場合、相手の言ひ分を十分駁撃しえたと感じる
    と、一刻も早くと氣が急きます。もともと、昂ぶつた氣持で書いたのに、
    推敲の作業を少くする(かういふ時こそ、入念に點檢すべきでせう)の
    ですから、危ふいことです。そして後悔先に立たずといふことになりま
    す。
    ぎりぎりまで推敲を重ねるべきことは申すまでもありません。しかし、
    その時の自分の状態によつて、いつが「ぎりぎり」か、違つてきます。
    結局、自身に言ひ聞かせられるのは、急くな、騷ぐなくらゐのことし
    か思ひつきません。

    駄辨、失禮しました。

  11. あきんど様、どうか気になさらないでください。誰でも、自己の思いに沿う内容を聞きたいという期待を 持って番組を見るのは、あたりまえで、過半数以上の方が、ひょっとしたらあなたと同じ感想を持たれた かも知れません。ですから「もっと詳しく説明しなければご納得いただけないいのだろうとは思いますが 」などということはなく、少なからずお気持ちの理解はしているつもりです。
    ただこれは三島の番組で、安部さんよいしょ、に何が何でも繋げて居酒屋で宴会しているような盛り上がり方をしてほしくはない、という気持ちが私にはあります。
    「自衛隊決起」など三島先生は露ほども思っていらっしゃらなかった、という村松氏のきっぱりとした証言も出てきました。西尾先生も、現状を見れば、われわれは何をも受け止めず、また何の回答も出せては いないのがわかるでしょう、と言う内容のことをおっしゃっています。これは池田俊二様が書き起こしされた部分をみれば理解できると思います。ただ池田俊二様のおっしゃるように、西尾先生の「まだ」とか 「遅い」とかという言葉を糧として「(西尾先生も)安部さんの未来、日本(安部政権の)の未来には充分期待しておられる」と即判断されるのは、それは個人の自由といえばそれまでですが、私から見れば、 居酒屋の宴会に走っていると思わざるを得ません。なぜなら「まだ」も「遅い」も、司会者からの誘導語だからです。しかもこの箇所では司会者はまるで糺すように質問をたたみかけています。映像が残っていればもう一度確認していただきたい箇所です。
    村松英子氏の提言、西尾幹二先生の提言、この両方がこの番組のクライマックスで、われわれが受け取るべき最も価値のある情報だったと思います。前にも申しましたように、すばらしい番組でした。
    この番組の趣旨や構成や目的までは全くわかりませんが、安部政権をよりスムーズに加速するための道具として、今、三島由紀夫を取り上げたのではないかとも、チラと感じました。あきんど様のコメントに口を挟んだのは、そのためで、あきんど様や池田俊二様のお気持ちは充分にお察しし納得し、かつ理解しているつもりです。

  12. 再度失礼いたします。
    一つ前の記事に早速コメントを入れて「西尾先生がおっしゃったことで、一番印象に残ったのは、佐藤栄作のノーベル平和賞受賞、をターニングポイントの一つにあげられた事です。なるほどと思いました。この点を改めてさらに深く考えてみたいと思います。」と書いていますが、書いた直後にすぐに思い出したことがあります。
    日録のこの記事です。
    三島由紀夫の自決と日本の核武装(その五)
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1034
    Tel Quel Japonのこの記事
    http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/blog-entry-251.html
    の追記:2011年3月2日に、西尾先生のこの日録の記事に触れていて、そこに以下のように書いた部分があります。
    -OSSの「日本計画」によると、罪悪感を植え付ける一方アメリカは、究極の平和を愛する反省国家という服を無理矢理に着せて復興を支援した。佐藤内閣の非核三原則は明らかにそれに繋がっていく流れである。つまり大筋で行くと、むしろ平和国家日本のイメージ促進として肯定しなければならないのではないだろうか。肯定も否定も紙一重なのだ。日本は生き延びるために一切の抗弁をせず自立を諦め、だまって理想的平和国家として「(常に無抵抗でマゾヒスチックな)平和」というjoker(日本語で言うところのババ)を掴まされたままなのだから。-
    これが積極的平和主義の実体で、「まだ」ババをしっかり掴んでいて、比喩を変えれば「ふくろを破る気配すら」「遅々として」見えないのです。
    この司会者は三島が目指したものは「再軍備か、核武装か、憲法改正」かよくわかりませんが、安部さんが、その志を継承・牽引していると自分は考えている、というようなことを言っています。だから多くの視聴者もその線で受け止めてしまっているのです。なるべく言葉を短くして言えば、積極的平和主義ということばは、その路線はノーベル平和賞の親戚のおじさんの、路線を実質的に継承・牽引しているということで、政治の嫌いな三島の志とは「内容」も「質」も「温度」もその本質からして真逆なのです。

  13. コメント投稿カッパエビセン状態なのをどうかお許しください。
    直前のコメントに二つのリンクを貼りましたが、それを読んでいただけたかどうか、ご理解いただけたかどうか心配になってきました。
    西尾先生が「佐藤栄作のノーベル賞」について解説されているところを、たとえば村田良平氏の名前が登場する辺りの状況が、読者の目の前に理路整然とたち現れているのかどうか。
    それで今回はさらに二つのリンクを貼らせていただく事にしました。
    佐藤栄作総理
    http://www.tourism.co.jp/novelprize.html
    そして特にこの放送を付け加えさせていただきます。
    http://www.pideo.net/video/pandora/7c29c035e3e6fff4/
    登場人物は皆すでにご高齢者が多く、番組と現代の日本との乖離さえ感じてしまいますが、だからこそ、若い人たちには特に視聴していただきたいのです。複雑すぎますが、複雑だからこそ、(居酒屋の宴会での共感ばかり、仲間ばかりを求めず)独自の目で、思考することの孤独と苦渋と至福を味わっていただきたいのです。
    おせっかいを大目に見ていただければ、幸せです。

  14. 古新聞を片付けようとして1月1日の産経新聞の9頁、オピニオン、14版、宮家那彦のWorld Watchに行き着いた。タイトルは「対外発信強化の元年に」-なかなか期待できそうなテーマで、うきうきと読んでみたのだが以下のような文章に出会った。
    「日本が発信する内容が普遍的かつ公平である限り、国際世論は日本の主張に共感するだろう。逆に、日本から弁解じみた情報のみが発信されれば、それは誤解を生むだけでなく、中韓に付け入る隙を与えるだろう。」-
    えぇ?普遍的かつ公平な情報を発信すればいいだけなのに、何故「弁解じみた情報のみが発信されれば」などという発想がなされるのだろうか?それは何を指すのか?「弁解じみた情報のみを発信しようなどと誰が考えているのだろうか?」
    公平な発信、弁解じみた発信、とは彼においては何を意味するかはすぐにわかった。WGIPに脳髄をやられた大多数保守(左翼ばかりがやられているわけでは決してない)の重要人物の一人なのだろう。1月1日産経新聞オピニオンの記事なのだから、左翼やチンピラが書くわけはない。
    慰安婦や南京に対する攻撃に反論発信はするな、またいまさら東京裁判を覆さずにあっさり大日本帝国の戦争犯罪をみとめてダメ押しの謝罪をせよ、そういうとんでもない「対外発信強化の元年に」せよと、宮家那彦氏は新年早々論説しているわけだ。保守の人気論客であることも前々からよく知っている。
    だとしたら、米国議会における安倍首相の演説を天に突き抜けるくらいに「よいしょ」しているのだろう。
    よいしょ、していました。馬鹿馬鹿しくて見ていませんが。
    宮家邦彦「良くやった安倍総理!アメリカ人の涙腺のツボを直撃した上手い演説:米議会上下両院合同会議演説」
    https://www.youtube.com/watch?v=nf-U6Eo79Jo#t=36
    苦労して問題の産経新聞の記事も探し出しましたので、ご覧ください。対外発信強化元年に:
    http://www.canon-igs.org/column/security/20150114_2903.html
    彼が政治の中心に関与できる経験と実績をかねた政治の、あるいは政治論説のプロであることも、ちょっと調べれば、すぐにわかることだ。
    ただ私は、彼が、論客としてどのような「対外発信」をしているのか知りたくなった。見つけた。
    (January-March 2015) A View from Tokyo on Regional Political-Military Developments
    http://www.canon-igs.org/research_papers/CIGS_EASQ_2015_Q1.pdf
    いつものように必要部分を抜粋します。

    ーAbe delivered a speech at the US Congress on April 29 and the following is what he said and it is crystal clear: “Post war, we started out on our path bearing in mind feelings of deep remorse over the war. Our actions brought suffering to the peoples in Asian countries. We must not avert our eyes from that. I will uphold the views expressed by the previous prime ministers in this regard.” The day before the speech, Abe stated to President Obama as well as to the world, including his fellow conservatives in Japan, that the Abe Administration would not revise the Kono apology on comfort women.
    The fact that Shinzo Abe himself said that is significant. Now that Abe said before the U.S. Congress that he will uphold the previous prime ministers’ statements that Japanese conservative or right wing politicians may no longer be able to effectively challenge the Murayama statement. This could, hopefully and finally, contribute to the making of a minimum national consensus on history issues which is indispensable for Japan (especially for the parliamentarians in the Japanese Diet), in moving forward to start pursuing a real international reconciliation with our Asian neighbors.ー

  15. un beau jour 樣

    4,について
    私は、西尾先生が安倍政權の未來に期待をかけてをられるとは露考へてゐま
    せん。

    5 ~7について
    貴重な資料の御提供忝く存じます。ずゐぶん參考になります。

    どうでもいいことですが、私の佐藤榮作觀について數行。

    久しく(政權の坐にあつた時から退陣後も)、箸にも棒にも掛からない低能
    として輕蔑してきました。
    だつて非核三原則なんて不謹愼極はまる語呂合せをスローガンに掲げるなん
    て、まともな日本人とは思へなかつたものですから。
    更に、佐藤政權全體のスローガンが「寛容と調和」でした。これは池田内閣
    の「寛容と忍耐」を手直ししたものです。どちらにも、世の趨勢に擦り寄ら
    うといふ淺ましい姿が目に見えます。ただ池田さんの方は、多少の意味も讀
    み取れますが、佐藤さんの方は全くの意味不明で、私には彼が思考能力のな
    い白痴のやうな男だと感じました。

    いつだつたか判然たる記憶はありませんが、西尾幹二先生を初めとする數人
    の方から「佐藤榮作は核武裝を考へたことがある」と教へられました。そし
    て、見直しました、佐藤さんはそれほど馬鹿ではなかつたのだ、と。
    カーター(平和賞)、金大中(平和賞)、大江健三郎(文學者)などの、ノ
    ーベル賞受章者に較べれば、佐藤さんはずゐぶんマシだ。彼らと同列におい
    てはかはいさうだと、今では考へてゐます。

    また御指導のほど願ひ上げます。

  16. 西尾幹二様のブログにおじゃまして数カ月。

    さかのぼって過去の文章、動画興味深く
    拝聴、拝読させていただいてます。
    読者陣からのコメント、これがまた楽しみで
    考え方の幅が広がりヒントになります。

    ・・・・・・
    「三島事件」は地方在住でTVで
    みていました。
    それから半世紀近く記憶のかなたへ。

    数年前より日本の今に
    注目するようになり猛読書。
    三島関連の本(除・小説)もかなり読み
    今回の対談の中に出てくる人物は
    ほぼわかりうれしくなります。

    数年前に市ヶ谷のホテルに
    「三島由紀夫」シンポジュウムに参加。
    偶然にも同じ場所で
    2015,9月待ちに待った西尾様の講演。

    去年だったか横尾忠則の写真展
    (薔薇刑)もリバイバルみました。
    劇団四季「鹿鳴館」も華麗な文体
    聴きに出向く。
    旧市ヶ谷の移築された建物見学は
    予約が今だ取れず。
    などなど関東在住は色んな機会に
    恵まれます。

    西尾&村松、お二人の対談、すごい迫力。
    どちらも大学教授経験者で講義の居眠りは皆無。
    また三島由紀夫と時を一緒に生きた方。
    聞き手(反町さん)もいいです。

    D・キーン、美輪明宏、ストークス、
    若尾文子、瀬戸内寂聴など存命中の方の
    コメント追加はこの時間では足りないかな。

    肝心の日本とは、防衛とは、これを
    今読むと予言されているようで
    ドキッとします。
    死の美学、バイブル的「文化防衛論」など
    については一読者が書きだすと
    だらだら文になりそうで
    皆さまに託します。

  17. 20番の訂正です。

    三島由紀夫の「薔薇刑」は細江英公の撮影でした。
    写真集の装丁を手掛けた一人に横尾忠則。

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