中国、この腐肉に群がるハイエナ(五)

 さしあたり大動乱が起こる兆しはもちろんまだない。AIIBにしても、世界銀行やIMFやアジア開発銀行と最初協調しようとするだろうし、日本やアメリカも監視役として内部にはいったほうがむしろいい、という声にも一理あり、六月末にもそうなるのかもしれない。それは政策論上の議論であって、思想の問題ではない。

 アメリカは外からであれ内からであれ、自分の望ましい方向にAIIBを変えて行くであろうし、アメリカがやらなければ日本が率先してそれをやらなくてはいけない。両国の参加または監視は、明白な意図を持つ中国の帝国主義的野望にとって必ずや邪魔になるだろう。中国が知的財産権無視、非法治主義、人権問題を改善せずに、この侭プレゼンスを高めていくことは許せないという気運は、共和党優位の米議会の大勢を占めるようになるであろう。近頃ではキッシンジャーやブレジンスキーのような反日親中の指導者たちですら中国非難の声を挙げるようになってきている。

 半世紀先は分からないが、経済の世界ではさし当たり十年はアメリカが独り勝ちで、中国は下降線を辿るばかりであると考えられている。中国経済はもう成長できないと見込まれている。国内が右にも左にも行かなくなっているのにグローバルに風呂敷を広げてもうまく行くはずはない。まずは内需を高め、消費を増やす方向に行かなくてはならないのに、いきなり海外展開、それも中国の自己都合で展開しようというのだから、外国との摩擦が生じ、国内経済にもマイナスに働くだろう。すでにミャンマーやスリランカやアフリカ諸国から、中国不評判の現地との摩擦はすでに多数報道されている。アメリカは必ずや大がかりな中国封じ込め政策――9・11同時多発テロ以前には手をつけていた――を再開するだろう。大統領選挙の行方も勿論これに大いに関係してくる。

 ただアメリカ民主党は過去において共産主義を理解し許容した兇状持ちである。このことに一言触れておきたい。

 中国に毛沢東政権を作るに任せたのは後に国務長官になったマーシャル将軍だった。毛沢東は確信的共産主義者ではなく、民衆のために働く「農地改革者」だという甘い触れ込みをアメリカに流布し、信じさせた。毛沢東によって中華人民共和国が成立したのを黙認していた早くも翌年に、中共軍が朝鮮半島に侵攻し、朝鮮動乱となって交戦を余儀なくされたのは、たしかにアメリカの手痛い誤算だったことは間違いない。けれどもそれを誤算だったと声を大にして、マーシャルの非を唱える人はほとんどいない。戦後の初期になぜ中国を共産主義者に譲り渡したのか、今日問われるべき価値のある重大な問いは、その後も久しく、そして今もなお、アメリカでは伏せられている。容共的進歩主義をムード的に歓迎するリベラリズムへの傾斜は日本だけでなく、アメリカをも席捲しているのである。それゆえ、AIIBの見え透いた虚偽は分かっていても、現代中国封じ込め政策が断固として行われるかどうかにはまだ疑問の余地がある。

 以上のような次第で、世界どこを見ても暗雲の晴れる場所はなく、各国迷走しているようにみえ、それがまたモンスターには絶好の機会を与えることになるが、大きなカネが動きそうな処にハイエナのように群がる国々を尻目に、日本はたとえ孤独でも、アメリカを主導して法治主義を知らない国の闇を取り払わなければなるまい。なぜなら戦前においてすでに共産主義の危険を知り尽くし、甘い迷妄からの脱却を国家方針として確立していたのはアメリカではなく、わが国であったからである。


「正論」6月号より

「中国、この腐肉に群がるハイエナ(五)」への6件のフィードバック

  1. 以前読んだ先生のご著書から、こんな文言があったのを、今思い出しています。
    一言一句正確に表せないことをお許し頂きたいのと同時に、次の文章はその本を読んだ私が、自分の心に刻んだものであります。

    >現代日本人の多くは、内側に強くあろうとする。過去にもそれはあった。その意識は間違いではないが、正しくもない。なぜ、外を拒絶するのか。その意図はなんなのか。理性によるものなのか、それとも感覚的なモナなのか。いろんな理由はできるが、なぜ外を拒絶しなければならないのか。
    もしやそれが「鎖国ある歴史に起因する」と理屈付けするなら、その意識自体が大間違いである。なぜ両足でしっかり立って外を懲らす眼力を鍛えられないのか。打ちのめされれば死も免れない、荒波に立ち向かう意思がどうして生まれないのか。なぜ日本人は黙視するのか。なぜ行動に移らないのか。何に遠慮しているのか。もしやそれを自国の歴史に責任を負わせるというなら、それが大方の現代日本人の素のあり方だというのなら、何を覚悟にその決断を下すのか。歴史のためか。文化のためか。自国の安全を憂慮してのことか。
    なぜそこに、「戦う」意思が存在しないのだ。何に怯えているのだ。何を条件にその行動を自ら阻止する必要があるのか。
    もしもそれが自分の中に原因があるなら、自分を戒めれば変化は期待できるが、いつまでも外にその理由付けを続けているなら、今後日本人はどんな理由があれ、世界の常識の外でひっそりと息づかねばならない運命を背負うに違いない。<

    普段の私は押取り刀で書き込んでいますが、上の文章は、私なりの西尾イズムの骨子であります。
    AIIB問題・・・火中の栗を拾える日本人が、今どれだけ存在しているのか。
    本来なら、中国の首根っこを掴んでいるアメリカが立ち振る舞うべきこの問題。はたして、現代日本人に、その行動の余裕は存在しているのだろうか。

  2. 「それがまたモンスターには絶好の機会を与えることになる」のではなく、その状況そのものが「モンスター」に主導されているのでは?それが資本的グローバリズムであれば、日本に限らず各「国」の意思は一種の「グローバリズム」に向かうか、若しくは内面的になるしかない。足踏みですね。

  3. シュペングラーのヨーロッパの没落は現在のユーロ経済圏をあらわし元経済圏と提携し円とドルの日米経済同盟に対抗しようとしていると思います。しかしシナは崩壊を回避するためにしているのであり、戦国策の合従を意図し日米のTPPの連衡に対抗しようとしている。しかし秦帝国の強大隆盛さではなく文革中の内的危機を外的に転嫁したベトナム戦争での成功例に倣ってのことでしょう。彼らの意図は常に日本を意識しどう支配下に置くかという視点で動いています。ここ数年の安倍政権の踏ん張りで日本の将来が決まりそうな気がします。やっと憲法9条に手を付けることができそうになりました。国家数百年の大計がいま問われているように思います。しかし気になるのは英国の加盟がかつて中共をいち早く承認した動きを連想します。かの国の強かさは歴史的に証明されているからです。偏見かもしれないがユダヤの金融家たちの意思が背後にあるような気がします。

  4. コメントがダブルしました。毛沢東および紅軍は所詮緑林の徒輩であり、アメリカの認識は間違っていました。かつて聖なる紅軍と賛美されていたのは嘘だったことが今の彼らの所業で証明されたと思います。

  5. 日本人はケンカ慣れしてない。ケンカというのは心は熱く、頭は冷静じゃ無いとダメなんだけど、日本人は本気で怒ると頭に血が上って冷静さを失う。少しは中国人を見習った方がいい。中国人は常に芝居をしている。本音が出ない。

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