人民元国際化の「脅威」と戦え

産経新聞 12月9日 正論欄より

 今年入手した外国情報の中で一番驚いたのは、ドイツに30年以上在住の方から中国の新幹線事故、車両を土中に埋めたあの驚くべきシーンが、ドイツではほとんど知られていないという話だった。

 中国の否定面の情報統制は欧州では十分に理由がある。良いことだけ伝えておく方が政財界にとって都合がいいし、一般大衆はアジアの現実に関心がない。アメリカでも中国の反日デモは十分には報道されていないと聞く。

 ≪≪≪ ドルを揺さぶる国家戦略の弾み ≫≫≫

 負債総額約三千兆円、利払いだけで仮に年150兆円としても返済不能とみられている中国経済。主要企業は共産党の所有物で、人民元を増刷して公的資金を企業に注入しては延命をはかってきた砂上の楼閣に中国国民も気づいている。早晩、人民元は紙くずになると焦っているからこそ、海外に巨額を流出させ、日本の不動産の爆買いまでするのではないか。天津の大爆発、鬼城(ゴーストタウン)露呈、上海株暴落、北京大気汚染の深刻さ。中国からはいい話はひとつも聞こえてこない。

 日本人はこの隣国の現実をよく見ている。にもかかわらず、まことに不思議でならないのだが、欧米各国はにわかに人民元の国際化を後押しし始めた。中国経済の崩壊が秒読み段階にあるとさえ言われる時機にあえて合わせるかのごとく、国際通貨基金(IMF)が人民元を同基金の準備資産「特別引き出し権(SDR)」に加えることを正式に決めた。

 これで中国経済がすぐに好転するわけではないが、長期的にはその影響力は確実に強まり、ドル基軸通貨体制を揺さぶろうとする国家戦略に弾みがつくことは間違いない。IMFは準備期間を置いて、中国政府に資本の移動の自由化、経済指標の透明化、変動相場制への移行を約束させると言っているが、果たしてどうだろう。昨日まで恣意的に市場操作していた人民銀行が約束を守るだろうか。言を左右にして時間を稼ぎ、国際通貨の特権を存分に利用するのではないだろうか。

 ≪≪≪ 資本主義が変質恐れも ≫≫≫

 欧州諸国は中国が守らないことを承知で中国を救う。それが自分たちを守る利益となると考えていないか。ドイツはフォルクスワーゲンの失敗を中国で取り戻し、イギリスはシティの活路をここに見ている。

 私は中国と欧州の関係を「腐肉に群がるハイエナ」(『正論』6月号)と書いた。米国の投資家は撤退しかけているが一枚岩ではない。中国の破産は儲けになるし、対中債務は巨額で、米国は簡単に手が抜けない。中国経済は猛威をふるっても困るが、一気に崩壊しても困るのだ。ちょうど北朝鮮の崩壊を恐れて周辺国が「保存」している有り様にも似ている。

 しかし、日本は違った立場を堂々と胸を張って言わなくてはいけない。共産党の都合で上がったり下がったりする基軸通貨などごめんだ。為替の変動相場制だけはSDR参加の絶対条件であることを頑強に言い張ってもらいた。

 「パニックや危機が起きた瞬間に中国当局が資本の移動を取り締まるのではという恐れがある限り、人民元をSDRの準備通貨とすることはできない」というサンフランシスコ連銀総裁のコメントを私は支持する。さもないと、資本主義そのものが変質する恐れがある。目先の利益に目が眩む欧州首脳は「資本家は金儲けになれば自分を絞首刑にするための縄をなう」の故事を裏書きしている。

 
 ≪≪≪ 民主化のみが唯一の希望 ≫≫≫

 忘れてはいけないのは中国は全体主義国家であって近代法治国家ではないことである。ヒトラーやスターリンにあれほど苦しんだ欧米が口先で自由や人権を唱えても、独裁体制の習近平国家主席を前のめりに容認する今の対応は矛盾そのもので、政治危機でさえある。この不用意を日本政府は機会あるごとに警告する責任がある。

 思えば戦前の中国大陸も今と似た構図だった。日本商品ボイコットと日本人居留民襲撃が相次ぐ不合理な嵐の中で、欧米は漁夫の利を得、稼ぐだけ稼いでさっさと逃げていった。政治的な残務整理だけがわが国におしつけられた。今度も似たような一方損が起こらないようにしたい。

 歴史と今をつないでしみじみ感じるのは“日本の孤独”である。誠実に正しく振る舞ってなお戦争になった過去の真相を、今のアジア情勢が彷彿させる。

 欧州はアジアがすべて中国の植民地になっても、自国の経済が潤えばそれで良いのだ。東南アジア諸国連合(ASEAN)のうち一国でも中国の支配下に入れば、中国海軍は西太平洋をわがもの顔に遊弋し、日本列島は包囲される。食料や原油の輸入も中国の許可が必要になってくる。

 米国も南シナ海の人工島を空爆することまではすまい。長い目でみれば中国の勝ちである。中国共産党の解消と民主化のみが唯一の希望である。わが国の経済政策はたとえ損をしてでもそこを目指すべきで、IMFの方針と戦う覚悟が差し当たり必要であろう。

「人民元国際化の「脅威」と戦え」への1件のフィードバック

  1. 感銘深く拜讀しました。

      思えば戦前の中国大陸も今と似た構図だった。日本商品のボイコットと日本人居留民襲撃が相次ぐ不合理な嵐の中で、欧米は漁夫の利を得、稼ぐだけ稼いで、さっさと逃げていった。
    政治的な残務整理だけが我が国におしつけられた。歴史と今をつないでしみじみ感じるのは ”日本の孤独”である。誠実に正しく振る舞ってなお戦争になった過去の真相を、今のアジア情勢が彷彿させる。

    欧州はアジアがすべて中国の植民地になっても、自国の経済が潤えばそれでよいのだ。

    米国もシナ海の人工島を空爆することまではすまい。

    一々仰せのとほりと首肯しました。
    彼等は「自國の經濟が潤へばそれでよい」のですから、遠く離れて自國の安全には關係の薄い支那のことを殆どなにも知らなくて(知らうとしなくて)も、當然でせう。
    支那が、事故を起した高速鐵道の車輛を埋めようとしたことがドイツで報じられないのも、英國がバッキンガム宮殿に習近平を泊めたのも、そのせゐでせう。
    米國もほぼ同樣です。ただ、南支那海については、習がオバマに對して、あまりにも臆面もなく、しらじらしい嘘をついたのに少し驚いただけです。そして、軍艦を二度ばかり、ほんのちょろちょろと通過させました(人工島の準備段階から工事ほぼ完了まで放つたらかしておいて、なにを今さらといふ感じでした)が、仰せのごとく「空爆」する勇氣はないでせう。
    御指摘の「過去の眞相」について考へ、明治から大東亞戰爭に到る道のりを辿りました。米國外交の權威ジョージ・ケナンの「我々は、日露戰爭以來日本に對して嫌がらせばかりしてきた」といふことばを思ひ出したりしました。先人たちの ”孤獨”を想像しました。そして大袈裟ながら、近代日本の宿命について、絶望的にならざるを得ませんでした。
    歐・米・支の理不盡に對するには、「誠實に正しく」だけではだめだといふことを我々は十分に學んでゐないのではないでせうか。
    のみならず、日本人はかなり變質してゐるやうにも思はれます。先生は以前、テレビで(この欄にも輯録)ユネスコ大使のことを問題にされました。あの女大使は、戰時下の朝鮮人徴用工につき、They were forced to work under harsh conditions.

    と演説しました。彼女としては、これは「強制勞働」を意味しないと思つたさうです。どうも、嘘ではなく、自國を罵つたり、貶しめたりする意圖はなく、よかれと思つてのことだつたやうです。だからこそ問題なのです。嘘をついてゐたのなら、彼女を張り倒せばすみますが、嘘の自覺がない者にたいしては、手の打ちやうがありません。

    どうも、この數十年、彼女の演説に象徴されるやうな癡呆症状(それは發狂したといつてもいいくらゐです)が國を蔽つてゐるやうな氣がします。
    嘗ては敗戰を經驗したが、この先は、戰はずして亡國を待つことになるのでせうか。

       
     

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です