「チャンネル桜 「闘論、倒論、討論」出演(2)」への2件のフィードバック

  1. 今回の桜は知識者たちをもうならせる内容だったでしょう。
    特に政治家は固唾を飲んで見ていたのではないかと思うほどです。
    私も今回はかなり驚かされる場面が多々ありました。
    具体的なことはあえて避けますが、全体的な印象は、西尾先生がほかの方々に比べて、論を焦らないようにしようとしている印象がありました。それはけして討論をうちこわすという意味のものではなく、(実際、西尾先生は桜ではいつも、良き聞き手に回る役どころをされる印象も、私にはあるのですが)とにかくこの世情を論ずるに当たり、他の方々が盛りだくさんの情報を訴えていらっしゃったことに、視聴者の側に立つ聞き手を演じていただけたことは、まずその点で番組がさらに奥深いものになったという印象があります。専門的な理論が先走りしないよう、先生がタイミングよく質問や疑問を投げかけてくれたおかげで、討論の道筋が読めるようになりました。

    結論から行けばそういった先生の小さな配慮が功を奏して、世界の最大の問題点とその解決策というものが、番組としても表示できたのではないかという印象です。
    番組中先生が水島さんと「政治家のスタンス」における問答が少々ありましたが、ここは見逃せない一場面だったのではないかと感じております。
    というのは、西尾先生も水島社長も、いわゆる行動派ですが、しかし一般人はどこまで踏み込んでいいのか、また踏み込むべきなのか、と言う点で両者の信念が違っていることを認識できました。

    私は別に先生の方を持つ意味で言うのではないのですが、何もかも世の中が失敗を恐れていたら何も生まれないのと同じように、よっぽどのこと以外は他人がおかす失敗も必要悪だと考える立場の人間なので、その意味で、政治家という立場の方を、その職務を全うさせるためにも、げたを預ける方法の方が、いわゆるヒューマニズムという点では、バランスが保てるのではないかと思います。
    理念と行動がけして同一のものではないという、いわゆる人間的なバランス感覚と言うべきでしょうか、そういった言葉にはなかなか表しにくい人間の有るべき姿の理想は、個人差はあるのは当然ですが、しかしそうしたものが案外大きな体制によってもろくも崩されることが多々ありますので、昔から「保守が集団化できない真意は、個々の考えがそれぞれ違うと言う、いわばその理想的な感情の背景が、人間の奥底にあるからだ」というようなことを先生は以前おっしゃられていました。
    簡単に言ってしまえば、ばらばらだから理想的なのであって、それが集団化してしまうと、その理想はそこから瓦解するという理論ですね。
    例えば、小売店業界の次世代の社長候補が集まるJCというのがありますが、その実態は本当にばかばかしくて、言ってみれば彼らの時間つぶしなんですよ。こんな方法でしか次世代の社長さん方は世の中を渡り歩けないのかいというくらい、あまりにも幼稚な集団です。
    でもそこにあるのはつまり「集団化」に頼る、その個人の「弱さ」だと思うんです。言ってみれば弱い者同士の集まりなんです。
    そしてそのような団体が、いわゆる「保守」を持論しています。
    私は運よくそれには入りませんでしたが、従兄妹の多くは入っていました。
    なにしろ私の父も入っていましたから。その後はどうなるかというと、年収に応じてライオンズクラブにはいったり、ロータリーに入ったりするわけですが、JCはそういった活動団体の登竜門のようなものです。

    これらが要するに自民党を支えてきた一つの団体なんです。
    ですから、左翼集団という言葉があるのなら、右翼・・・とまではいかなくても、保守集団も実際にはあったわけです。それでなければ自民党が長期政権など保てなかったわけです。秩序と言う観点から言えばその団体はけして間違ってはいないのでしょうが、個々の理念を磨きあっていたのかと問われると、それは疑問です。
    そうならないようにするべきは、個人の意識改革に頼るほかないのでしょう。無念ですがそれが理想なのです。
    私はその意味で、西尾先生がおっしゃられた「政治は政治家に任せるべきだ」というご発言が一番正しいと思います。
    しかし一方で言論家の無念さも現実としてあります。
    なかなか届かない正しい理念。しかしそれこそが現実であり、だからこそ人間は自分を磨こうとするのだろうし、そしてそれが永い歴史の中で一番のヒューマニズムとして成り立っているということかと思います。
    おそらく皇室と言うものも、静かに戦っているお立場だろうと思っています。そしてそれは我々国民に対してもささやかに注がれているんだろうと。

  2. 続けます。

    本日日韓外務省の合同発表がソウルで行われ、慰安婦問題に関する共同声明がありました。
    もうみなさんもご存じのとおりです。

    ある意味突然の出来事だと思います。
    こうした結論しか選択できなかったということに、無念さが漂います。

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