宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(三)

● 携帯電話は「プロメテゥス」になるのか  宮崎正弘

  携帯電話の脅威について、申し上げたいと思います。こんどよく言われましたのはインターネットが武器になったと。インターネットで動員されてですね、それであれだけ若者が集まったと言っておりますが、今のインターネットは完全に中国国家公安部中共版KGBの統制下にあります。毎日モニターしている人が大体3万6千人、24時間モニターしている。

  それから、インターネットカフェですけれど、これは営業許可を取らないと、営業できないのです。

  許可が取れないところは閉鎖されます。そこを国有企業といいますか、とにかく国のお墨付きを持った人たちがやっている。まだ特徴的なことは、インターネットカフェには防犯カメラが備えつけられておりまして、一日に二回、公安が検査に来る。経営者はいろいろな誓約書を出さなくてはならないし、もうひとつは外国にアクセスすると必ず罰則規定があるのです。ですからインターネット時代に、海外にアクセスが出来ないインターネットなんていうのは、これはLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)でありまして、インターネットとは言えない。

  アメリカの専門家は「中国のネット検閲というのは、今やおそらく世界一の技術であろう」とへんなお墨付きを与えている。

  これは勝手な書き込みは出来るし、秘密の内容の文章はさっと削る能力がある。たとえば反政府的な意見を書き込めば一秒か、二秒のうちに消されてしまうのです。そういう意味で世界最大の検閲をインターネットでやっているということがいえます。そうしますと、これは自発的な学生の意見とかいうのは、非常にクェスチョンマークです。

  やはり自分達の気に入った意見じゃなくて、もっと言えば、公安当局が書き込みをやっているんじゃないかというふうにも思われるんですね。

  携帯電話こそが中国共産党にとって脅威です。

  携帯はもちろん盗聴しておりますけれど、今盗聴が出来ない携帯があるんです。しかも普及が3億3千万台。いったい、どうやってモニターするかというと、アメリカのようにNSA(国家安全局)があって、キーワードを選んで、モニターする。

  中国にはそういう装備はございませんので、どうやら、携帯電話というのは、制御不能の状況になっている。

  4月10日、北京の反日デモの翌日ですが、北京で退役軍人のデモがあって、参加しているのは1000人と言われている。

  同じ日に、折江省で農民暴動が起きて、参加したのは5万人です。炭坑ストはしょっちゅうですが、ほかには麻薬ルートで犯罪者達が携帯電話を使っているのです。それから脱北支援組織も携帯電話を使っている。数年前、中南海で、突如2万人座り込みをしたのは「法輪功」でした。やはり携帯電話を使っていたらしい。こういう風に見てまいりますと、インターネットは制御できるけれども、携帯電話は次の段階では火之神「プロメテウス」になり得るのではないか。

● 反日デモはいかにして演出されたか(1)

  さて反日デモが如何に演出されたかという観点から、経過を振り返ってみたいと思います。

  昨年の「反日サッカー」以来、表面的には反日感情というのは沈静化していたんですが、完全に消えていたわけではありませんでした。

  3月21日に、アナン国連事務総長が日本の常任理事国入りを歓迎するという発言がありました。そして日本の教科書検定があり、扶桑社の教科書が合格するということがあり、そういうところから、書き込みが急増している。反対署名を呼びかけたところ、2200万人とか、3000万人とか集まってきたとか。書き込みの中には、日本にそんな資格はないとか、日本が常任理事国になれば、必ず第三次世界大戦が起るとか、こういう乱暴な意見が並んでいます。

  それで、いくつも愛国ネットはあるんですけれど、一番大きいのは「中国民間保釣連合会」、これは尖閣諸島に上陸した過激派です。もう一つの大手は「愛国者同盟網」で、これは去年、日本の新幹線導入反対で、相当騒ぎました。他にも「中国918愛国ネット」とかなんだかんだと、たくさんありますけれど、これを当局との阿吽の呼吸の下に対日批判をずっと広げてきたということが言えるのです。そして、3月24日になりますと、「国際先駆導報」という、これは共産党の機関紙ですね、内部情報ですけれど。これが誤報に基いてアサヒビール、三菱重工、いすゞ、味の素その他日本の企業を名指しで非難して、全部「つくる会」に資金援助しているというようなことから、アサヒビールに対する不買運動が起きた。起きたのですが、これは吉林省の長春だけで、他には広がらなかったんです。どうもあそこは、ライバルのビール会社がアサヒの排撃に使ったのではないか、というふうに思われる節があります。

  それは1972年にタイで、日貨排斥運動がありまして、バンコックの大丸デパートが爆破で脅かされたんですが、小さな爆弾が破裂しました。あの時、私もすぐにバンコクへ行ったことがあるのですが、当時はタイも言論の自由がないんですが、日貨排斥だけは許されたんですね。その翌年にタノム打倒の血の日曜日事件に至るのですが、どうもあの時のスポンサーは大丸を嫉んだ華僑が資金を出していたということが、後でわかったのです。そうなりますと、このアサヒビールもどうも、その辺がおかしいんですけれど、ただ今のところ、証拠を掴んでおりませんので、なんとも申し上げられません。

「宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(三)」への1件のフィードバック

  1. 何時も拝読しております。「中国の最終目的」杉山徹宗著・祥伝社・を読むと核ミサイル24基が固形燃料に切り変えられて日本を狙ってる事が分かってるのに何故謝罪外交を繰り返し、国内財政が窮迫してるいるのに中国へ経済援助や技術支援を続行し続けるのか全く意味が分かりません。又東中道修道氏もこの祥伝社から「ザ・レイプ・オブ・南京」を出されておりますし政府の関係者は歴史の勉強をしないのでしょうか?特に今回バンドン会議の首相の謝罪演説が何とロシアでの招待への途中で立ち寄ったオランダで日本がオランダへ謝罪する奇妙な出来事は散り返しのつかない失態と思います。だいたい、オランダは450年間インドネシアから略奪・収奪・搾取を繰り返し、わずか数日で日本軍に追い出された。日本はインドネシアを独立させるために占領したのです。だいたいオランダはインドネシアに共通語さえ制定しようともしなかった。オランダ軍は日本敗戦後再びやってきて再び占領。その際の仕返しは残虐を極めたことでしょう。インドネシアが独立宣言したそのあとに時代錯誤の植民地支配を継続しようとしたが、日本軍の指導の下、独立戦争になり、インドネシアの勝利。 しかも、過去同国の女王はこともあろうに宮中晩餐会で「日本兵はオランダ兵を虐待した」とヌケヌケと言い放ったずうずうしい国である。しかも、独立の際に「独立金」を請求している。謝罪するのはオランダである。サンフランシスコ講和条約1952年4月28日発効して初めて日本は世界から独立国として認めれる事になる。この調印は 日本は1951年サンフランシスコ平和条約で48カ国と講和を結び、多くの国が賠償を放棄したが、日本は個別に二国間協議を行って賠償問題を解決すると約束し、日本はその通り実行しました。各種請求権を含めて日本が何らかの賠償を行った国は25カ国以上にのぼります。中には、インドやラオス、カンボジア等のように、「アジア諸国の独立に寄与した日本に賠償は請求しない」と声明した国々にも何らかの補償を行いました。それらの総額(借款を除く)は1兆362億5711万円にものぼります。ここで最後までゴネタ国がオランダです。オランダとの私的請求権解決に関する議定書(1956.3.13/1956.6.1)。損害賠償
    請求権1000万ドル(36億円)本当にこういう’馬鹿な歴史音痴、米つきバッタ外交をアジア地域以外にまで行きばら撒くとネットで世界に配信されて今まで好意的に中国の「反日デモ」を見ていた海外報道機関も日本の見方ではなくなり離れてゆきます。ドイツは講和条約を締結して、近隣周辺国に謝罪もしていません。謝罪したのはナチスのユダヤ人虐殺についてだけです。これは徹底して個人補償して謝罪しています’。だから日本と同じように同盟国だったのにと過去を蒸し返されると不利になるから一層、日本から距離をとり 海外
    メディアにも働きかけて日本の外交批判の方へ行きます。ネット時代は日本の悪評にも宣伝にも自由に都合良く利用されます。

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