宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(四)

● 反日デモはいかに演出されたか(2)  宮崎正弘

 次に3月下旬に、共産党は各大学、職場にオルグを.派遣して、反日デモへの参加要請をしております。要するに当局が動員指示を出していたのです。

 たとえば上海の例ですが、集合場所は「人民英雄記念碑前」と「人民広場」に集合しなさい、集合時間午前8時その他、と書いてあるんですね。コースは南京路へ向い、人民広場で合流し、延安路から日本領事館へとなっています。

 延安路というのは、日本でいう昭和通りみたいに、クルマ専用道路なんですね、ほとんど人通りがない。

 周りにデパートも何にもない道です。本当は平行して走っている上海の銀座に匹敵する盛り場もある。そこには多国籍企業が山のようにあって、ここで暴動を起されると困る。その先には江沢民の豪邸がある。

 これを非常に巧妙に迂回させて、それで日本領事館に向っていくというコースの演出があるのです。

 それから、注意事項が書いてありまして、まず「飲料水など各自が用意すること、日本製品は携帯しないこと、貴重品も持参しないこと、排便をすませておくこと、そして、日本製のデジカメ、携帯、パソコン、ラジカセ、ウォークマンなどは誤解を与えてはいけないので携帯をするな、それから出席をとるので、筆記用具を持参しなさい。領事館前では投石はいけない、小泉のポスターや国旗を焼くために、ライターなどを持参しなさい。シュプレヒコールは「日本製品を買うな」「歴史教科書改竄抗議」「日本製品排斥、国産品愛用」「日本の国連常任理事国参加反対」「魚釣島を取戻そう」など決まっているんです。これ以上のことは言うなという意味です。

 さらに細心の注意事項が追加で添付されておりまして、先ず一番「日本の右翼を刺戟するような破壊活動を慎みなさい」「付近の日本商店やレストランに投石するな」三番目「国旗を焼くときは自分の衣服に燃え移らないように気をつけよう」「警備の警察の指示にしたがいなさい」「上海の国際都市のイメージを保持するため、リーダーの指示に従って整然とデモ行進をしなさい」「以上を踏まえて広く友人に参加を呼びかけてください」というような指示書が書いてある。

 これらを見てまいりますと、どうも直前の4月9日に起きた広東省深センで起きたデモは武装警官が、まさに便衣隊の伝統がありますように、かれらが市民に化けてデモをやっていた。

 すると、上海もどうも最初のデモを組織して、最初の行進あたりまでは、相当公安が市民に扮装して入っていて、途中から携帯電話で入ってきたので、ややこしいことになったんだろうと思うのです。携帯電話の呼びかけは「今日は、石を投げてもいいみたい」とか、そういうことで、集まっているんですね。

 4月10日、広州の領事館(花園ホテルのなかにある)や付近の日本料亭が襲撃を受けた。

 深センでは「ジャスコ」が投石被害が出ておりますけれど、ここで蘇州に広がっているんですね。

 蘇州は日本企業と台湾企業が集まっているところですが、しかも蘇州といえば、これは江蘇省ですから胡錦濤にとっても非常にまずいのですが、この辺から反日が本格的になってきた。

 北京の場合はかなり、上海と比べるとかなり整然としていたんですね。勿論暴力行為はありましたけれど、大使館前にはレンガがいつの間にか積み上げられて、生卵がケースで用意されて、帰りのバスも用意されて、ただこれは相当の失業者が北京では加わっているというようなことが、大体確認されております。上海の場合は今申し上げたとおりで、同じ日に反日感情の薄いとされた広州、天津でもあったというところは気になるところです。

 4月17日には瀋陽、寧波、長沙、アモイ、と広がっていった。

 アモイでのデモを友人に確認したところ、やはり1万人くらいが参加して、自動車を二台燃やしたということです。

 東莞ですが、これは日本企業が二社、ストライキに遭遇しております。それから広州、珠海、南寧(江西省チワン自治区ですが)。どうして南寧にまで広がったのかわかりませんが、香港でも5千人のデモがあって、この時に町村外務大臣が北京にとんで、「日中外相会談」を開きました。

 その時、李肇星外務大臣が「日本側に責任がある。だから謝罪しない」ということを言明して、一方では町村外務大臣が謝罪をしたという一方的な報道を中国はしました。

 これは中国が勝ったイメージを捏造して、しかも当日愛国ネット指導者らは「ゴルフ・リゾートホテル」に招待されている。これは、まあ隔離をしたのだろうとは思われますけれども。

 翌日から今度は外国メディアの中国批判が激化します。

 そこで中国は柔軟路線に突如転換して、大使館修理の修理を申出たり、上海当局は賠償するなどと言ってみたり、今度は犯人逮捕に踏み切るんですね。上海では20数人から40人くらい逮捕したなんて、言っておりますけれど、逮捕の現場の写真が出ませんので、公で逮捕した、したと言っているだけの可能性もあります。

「宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(四)」への4件のフィードバック

  1. 国内の世論は、上記の解説が引用されているのではないか?と思う事が多い。要するに、マスコミの報道は、個人の情報に依拠してるのでは?
    講釈師見てきた様な部類か。奥田先生は、「靖国は行くな」と言いながら、文芸春秋で「武士道」を説いておられますが、武士道とは、ココロの底は、隠しておいて、イザとなったら、勝負する事を言うのでしょうか?

    汗だくで、「小渕さんは靖国へ参拝せー!」とデモった者としては、奥田流は、難解。

    毛利元就の子孫は、徳川を伐つという儀式を毎年やっていたそうですが、表面上は恭順の意を顕わし。連続性の無い日本政府や為政者に、毛利の爪の垢を期待出来ない?

  2. 五月12日の産経「正論」は読んで気持ちの落ち着くものでした。「戦争については、謝罪はいらない」というのには目が醒めました。

  3. 山崎行太郎氏のホームページ
    http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/

    4月10日にネット上に設立された「中国民間反日聯合同盟」の解散が特に重大だ。同組織は、北京、上海、広州、深セン、成都、瀋陽に支部を持ち、民間会社の資金援助まで受けたという。各地からの主要メンバーらが、4月25日に深センで集会中、当局から流血の粛清を受けた。「中国反日同盟」と「中国保衛反日同盟」は官製の団体だから 逮捕、拘束、警告、解散で済みました。(官製デモ隊)
    共産党脱退者続出に関してのニュースや『中国のネット検閲 その“手口”』(東京新聞)だった。けれどこれで証拠が出て
    踏み込まれ、いきなり銃殺したとは・・「死人に口無し」と言う粛清は21世紀のこの世に起きる事が信じられない。
    現在支那のネット人口は1億人を越えてる。支那でパソコンを購入してネット接続できるような世帯というは、明らかに裕福層(中流階級~エリート層)。このような人達が世界中からの情報をネット上だけで調べることができるようになるとするならば、政府からすれば脅威になるのだろうね。支那共産党が教える日中間の歴史やらなにやらを、政府以外の他所から情報として仕入れられたら困るわねー。としか思っていなかった。
    人間が甘いのねー。っしかし此れは’逆にもなる。諸刃の剣です。
    小泉さん、なぜオランダにまで謝罪しなきゃならないの?のタイトルであちこち投書しましたが小泉首相の歴史認識のなさはこれから日本へネット攻撃が広まる危険視も持っています。
    アジア地域なら兎も角ロシア訪問途中でオランダへ立ち寄りオランダにこの謝罪外交をしたのです。省略しますがサンフランシスコ講和条約締結の時にも最後までゴネタ国です。
    本当にこういう’馬鹿な歴史音痴、米つきバッタ外交をアジア地域以外にまで行きばら撒くとネットで世界に配信されて今まで好意的に中国の「反日デモ」を見ていた海外報道機関も日本の見方ではなくなり離れてゆきます。ドイツは講和条約を締結して、近隣周辺国に謝罪もしていません。謝罪したのはナチスのユダヤ人虐殺についてだけです。 これは徹底して個人補償して謝罪しています’。だから日本と同じように同盟国
    だったのにと過去を蒸し返されると不利になるから一層、日本から距離をとり 海外
    メディアにも働きかけて日本の外交批判の方へ行きます。

  4. ++++++++++++++++++++++++++++++
     謝罪する必要が無いというのは、「日本が起こした戦争」に限定されるのではないでしょうか。

     明治以降の日本が起こした戦争は、すべて相手に仕掛けられたために、「やむを得ず」に「応戦」したにすぎないからであります。

     日清戦争しかり(これは、支那からの圧力を跳ね返したもの)、日露戦争しかり(もちろん、ロシア帝国の圧力を跳ね返したもの)、大東亜戦争にしても、アメリカを首謀とする欧米諸国によって、すでに「経済戦争」をしかけられていて、日本は存亡の危機に瀕していたために、昭和天皇も苦渋の決断をされて、「止むに止まれず」戦争という手段に訴えたわけです。

     日本は、いずれの戦争においても、最後まで「平和的解決」つまりは「話し合いによる解決」を強く望んでいました。
     平和を最も愛する歴代天皇が、なによりも強く日本の平和、ひいては世界の平和を望んでおられたことは、天皇陛下の御製を読めば一目瞭然ですよね。

     日清戦争においても、朝鮮半島の独立を望んでいた日本に対して、支那の方は、あくまでも自らの属国にしようとする野望を剥き出しにしてきたために、それで対立が生じたわけです。

     支那が、日本を「日の出ずる国」として対等に見てくれたなら、話し合いで上手くいったのでしょうが、「中華思想」という優越思想に染まっていたために、日本を見下していたことが原因で話がこじれたのが残念ですね。

     日露戦争についても、すでに日本国内で対露開戦ということで国論がほぼ固まっている段階になっても、日本の代表的な政治家である伊藤博文は、わざわざロシアまで赴いて、戦争回避の道を模索するために尽力していたということです。

     大東亜戦争については、アメリカの「歴史認識」では、「戦前の日本は国際的に孤立する道を歩んだ」ということになっているそうです。
     しかし、しっかりとした「歴史認識」を持っている「日本人」ならば、すぐさま次のように叫ぶでしょう。

     「日本を孤立させた張本人はアメリカじゃないか!」

     小泉首相が、「ぼくは、戦前の日本は、国際的に孤立の道を選択した、それが問題だと思うんだ」といようなことを語っていたのを、テレビで見たことがあります。
     完全に、アメリカの都合のいいように「歴史認識」を「改竄」させられていますね。

     しっかりとした、「日本人」としての「歴史認識」をお持ちいただきたいと思います。
     安部さんの爪の垢でも煎じて飲まれてはいかがでしょうか?(^^
    ++++++++++++++++++++++++++++++

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