拉致問題の新しい見方 (三)

  
 弱点を握られた特権階級が、一番従順なスパイになり易いという。体制への反抗心を強く抱いていればいるほど扱い易い。親か子のどちらか一方の身柄を押さえてさえおけば、思想的に西側自由社会の色に染まっていてくれたほうが、西側に浸透し易く、東側にはかえって便利で、ありがたい。顔色ひとつ変えずに西側の人間になり澄まし、東側の体制の悪口を言い、裏切り者の顔をして、いよいよ最後のところで逆転してもう一度裏切ればいい。
 
 自由社会に浸透したこの種の二重仮面の人間は南北朝鮮の間にも数えきれぬほど存在するだろう。日本の政治家や言論人にも必ずいるにきまっている。そういう人間を育てるのが謀略国家の目的の一つであったからだ。
 
 東ドイツの場合に、東ドイツ社会に反抗的な一家の子供は、家庭で話すことと学校で話すこととをたえず厳密に区別しなくてはならなかった。西側自由主義社会がいかに物資が豊かで、情報が自由であるかを、親子はよく知っている。子供はそれをその侭学校で喋るわけにはいかない。彼らは言えと学校で自分を使いわける演技を幼い頃からつづけている。これは一流のスパイを育てる技術を幼児期から毎日磨いているようなものである。事実、東ドイツの超一流の名を轟かせたスパイは、国際的学者や演奏家など、東西を行き来する特権をもつ者の家庭の子供から育てられた場合が多い、と関係書にしばしば書かれている。
 
 東ドイツには西のテレビや書物が入って、今の北朝鮮の息づまるような閉ざされた密封社会とは少し情勢が違うかもしれない。しかし、共産主義的全体主義社会の基本性格には変りはないと思う。
 

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