新保祐司さんの出版記念会

kaidou

 去る11月17日に新保祐司さんの『「海道東征」への道』(藤原書店)の出版記念会が銀座ライオンズビル5Fで開かれ、私は求められて次の挨拶を行った。

 新保さん、本日はおめでとうございます。いつの頃でしたか、もう10年以上も前になりましょうが、美の概念の中には「崇高」の美というのがあるとしきりに言っている人がいると知って、今どき珍しいし、得がたいことを言う人がいるものだと思ったのを覚えております。それが新保さんとの出会いでした。

 日本人の美の概念は調和のとれた、日常的世界、具体的で私小説風の小じんまりした、つつましい小世界を映し出した例が多く、それに対し「崇高」は偉大や雄大に境を接し、悲劇的概念でもあります。いわゆる普通の美が個人の範疇にとどまるのに対し、「崇高」は個人を超え、超個人的なものに関わる概念です。今の時代にこういうことを言える人は本当に限られた貴重な方だと思いました。

 そういう方向に関心を寄せている新保さんが産経新聞のコラム「正論」にたびたび登場するようになりました。すると小林秀雄についての言及が多いんですね。たびたび小林さんが取り上げられ、引用され、尊敬されている。それはいいんですが、私なんかの世代には絶対にできなかった。小林秀雄に託してものを言うことは難しいし、なぜか恥しい。余り小林さんのことは口にしない。〝小林秀雄に腰かけてものを言う人″と思われたくないという意識が強く働いていました。

 私より上の世代のことを言うと、これはもっと面倒だった。福田恆存氏が小林さんに最初に会ったとき、いきなり「貴方ほど邪魔な人はいない」と言ったといいます。さすが私の世代では小林さんの前でそこまで言った人はいないし、聞いたこともありません。けれども「邪魔」という意識は私にもあります。痛いほどこの一語はよく分る。

 皆さん、それはそうではありませんか。小林さんは時代の精神のほとんどすべての問題の問題点を語っています。全部彼に言われてしまっている。20世紀のヨーロッパの知識人がすべての問題の問題点をニーチェに言われてしまっている、というのにも似ています。
 
 小林さんは「尺度」として扱われてきました。物を書いている評論家の多くが、私を含めてですが、永い間あなたは小林の「尺度」に従えばどのあたりに位置し、今のところまだ頂上からほど遠く、何合目あたりを歩いているようにみえる、といった風な意識でみられてきました。これほど「邪魔」な存在はないではありませんか。

 ところが新保さんにはそういう意識はまったくないみたいなんです。あっけらかんとして小林の名を持ち出す。尊敬の対象として何のけれんみもなく平然と小林秀雄をもち上げる。私はそれが久しく気になってならなかった。でも、彼はびくともしません。

 で、だんだん気がついたんです。あゝ、そうか、これでいいのかもしれないな。私と新保さんとの年の差は18歳もあります。小林さんは私の世代には余りにも生々しかった。しかし、今小林の名はついに歴史になった。福沢諭吉や乃木将軍と同じ歴史上の人物になったのであろう、と。

 でも、私にとってはそうではありませんでした。小林と同じ道を歩んではいけない。小林と違うことをしなければいけない。小林と同じテーマでも違う型にしなければならない。一口でいえば、小林と戦わなければいけない。「邪魔だ」と言った福田恆存だけではありません。中村光夫も、江藤淳も、吉田健一も、小林を意識した同時代人はみなそこからの「脱出」を企てなければなりませんでした。けれども、新保さんはその必要がないみたいです。時代が動いたんですね。この問題意識そのものが「歴史」になってしまったんです。私の世代まであった苛立ちは誰ももう理解してくれないでしょう。

それにはこういうこともあるようです。私の時代には小林のエピゴーネンがわんさといた。だから自分はそうでないというために、小林を無視した風をしていなければならなかった。しかし今のこの時代では、小林秀雄をきちんと読む人さえも少なくなっている。エピゴーネンなんかいない。この環境の違いもあるのかなと考えるようになりました。

 新保さんのお書きになっているテーマでもうひとつ心に響くのは先の戦争の問題、「開戦」をめぐるテーマ、日本は無謀な戦争を始めた、勝ち目のない戦争を始めた、という戦後を蔽いつくした俗耳に入り易い言い方にきちんと疑問を呈しておられることです。

 加藤陽子の例の本に反論して、勝ち目のない「にもかかわらず」、それでも日本は短期決戦の方針で開戦に踏み切った。この「にもかかわらず」が大切なのではないかと論じています。「戦わなければ、戦わずして敗戦後の日本と同じ状態にさせられていた」(209ページ)と新保さんはお書きになっている。これは現実を正確に見ている表現です。こういうことを今明言する人が少なくなったので私は嬉しいのです。

 勝ち目のない戦争を戦ったというのなら、日露戦争だって同じだったのではありませんか。結果的に勝ったといっても、薄氷を踏む思いの辛勝だったじゃないですか。ロシアが内政で倒れた面がかなり大きい。とにかく二つの戦争は日本が愚かだとか、間違えていたとかいう前に、あっという間に襲ってきた運命の襲来でした。

 私は日本の近代化が短すぎた無理が祟った、とは思っていますが、道徳的に非難する気にはなれません。今はその話はこれ以上止めましょう。

 ともあれ、新保さんの新しいこのご本は静かな決意と勇気を与えてくれるもの言いや分析に数多く出会え、貴重なご本と拝察しました。ありがとうございました。

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