私は12月中ごろに全集第16巻の『沈黙する歴史』を出します。全集編集部から文中より選ばれたなにかいい言葉があったら、箱の帯に用いたいので、といわれて、以下のイからトまでの七つの短文を本文のテキストから拾い出しました。実際に用いられたのは最初の四つでしたが、ここでは七つ全部をご紹介しておきます。これらの短文集で「沈黙する」歴史という言葉の意味はお察しいただけるでしょう。
イ 今はもう終わった自分の戦争を是認することと、未来の戦争一般を忌避することとは、少しも矛盾しない。(62ページ)
ロ 終戦の日から二週間たってなお、日本の新聞は公然と「戦意」を表明していた。(69ページ)
ハ たいていのことに関し米国に調子を合わせ利益を損なうようなへまをしない戦後日本が、「謝罪問題」にだけはこだわり、抵抗するのはなぜだろうか。平成七年夏の戦後五十年国会謝罪決議に五百万人もの反対署名が集まったのはなぜだろういか。(77ページ)
ニ われわれはたしかに戦争をした。しかしなぜ戦争もしたと考えることができないのだろう。(97ページ)
ホ あらゆる国が自国の利益を第一にしている。「自存自衛」のために戦うのが戦争の第一目的であって不思議はない。さりとて他方、日本が「アジア解放」という戦争目的を心に秘め、一部にそう公言して戦ったことも紛れもない事実なのだ。そこには当然、二重性がある。戦後の日本人がおかしくなったのは、この意識の二重性を失ってしまったことである。(96ページ)
ヘ 過去の行為の間違いを正すことにおいて、現在の人間は果てしなく自由であるが、現在の行為の間違いを正すことに、それがほんの少しでも役立つと考えるのは、ほろ苦い自己錯誤であろう。(186ページ)
ト 日本人は戦闘に負けたが、戦争に負けたわけでは必ずしもない。その自覚が戦後なおつづいている間はまともだったが、戦勝国が占領政策を通じて仕掛けてきた功名で粘り強い戦後における戦争にやがて敗れることになるのである。」このほうがずっと影響は大きい。(71ページ)
目 次
序に代えて 歴史には沈黙する部分があり、沈黙しながらそこから声を発している
Ⅰ 沈黙する歴史
歴史は道徳の課題ではない
限定戦争と全体戦争
不服従の底流
日米を超越した歴史観
『青い山脈』再考
日本のルサンチマン
ニュルンベルク裁判の被告席に立たされたアメリカ
焚書、このGHQの思想的犯罪(講演)
全千島列島が日本領
Ⅱ 世界史の中に大東亜戦争を置いて見る
日本人の自尊心の試練の物語
日本人は運命の振り子を自ら動かせたか
二つの世界大戦と日本の孤独
オレンジ計画について
イラク戦争が「人道への罪」を変質させた
そもそも「世界史」は存在しない
Ⅲ 内と外からの日本の幽愁
あらためて「終戦の日」に思うこと(二〇〇〇年八月十五日)
日本人が敗戦で失ったもの
「第二占領期」に入った日本
健全な民主主義は権力の集中を必要とするワイマル時代のドイツと今の日本
日本人の自己回復(講演)
中国の無法と米国の異例な法意識
一〇〇パーセントの「反米」も一〇〇パーセントの「親米」もない
『沈黙する歴史』新版まえがき(二〇〇七年)
Ⅳ 台湾の精神的自立を信じればこそ
わたしの台湾紀行
「わたしの台湾紀行」補説
Ⅴ 公開日誌(二〇〇二年七月十五日~二〇〇三年五月十八日)私は毎日こんな事を考えている
Ⅰ ノルウェーの森と峡江フイヨルド
Ⅱ みかんの花咲く丘
Ⅲ 「小泉訪朝」終日テレビ・ウォッチング
Ⅳ 韓国人の対日観は変わるのか
Ⅴ 拉致家族五人の帰国とその後
Ⅵ 嗚呼、なぜ君は早く逝ったのか
Ⅶ 日日是憂国
Ⅷ 元旦・朝まで生テレビに意味ありや
Ⅸ アメリカ政府に問い質したきこと
Ⅹ 靖国会館シンポジウムでの私の発言
ⅩⅠ クラウトハマーとブキャナンとイラク戦争
ⅩⅡ 世界は安定を捨て次の局面に入った
あとがき
Ⅵ 「路の会」合同討議 日本人はなぜ戦後たちまち米国への敵意を失ったか
第一章 「静かなる敗戦」の衝撃
大島陽一 井尻千男 高森明勅 遠藤浩一 尾崎 護 田中英道 西岡 力 宮崎正弘
片岡鉄哉 小浜逸郎 藤岡信勝 黄 文雄 萩野貞樹 西尾幹二
第五章 失われた「国家意識」
萩野貞樹 小浜逸郎 宮崎正弘 田中英道 藤岡信勝 東中野修道 小田村四郎
黄 文雄 高橋史朗 西尾幹二
追補一 『沈黙する歴史』解説(徳間文庫)・西岡 力
追補二 『沈黙する歴史』解説(WAC文庫)・高山正之
追補三 富岡幸一郎・西尾幹二対談 林房雄『大東亜戦争肯定論』をめぐって
後記