ゲストエッセイ
投稿者:純桜
この本を読んだら、皆さんきっと多くの気づきを得るはずですし、今の自分自身を見直す良い機会になるのではないでしょうか。
私も読んでいて、自分の命を何のために使っているのかを考えさせられました。 まず、西尾幹二先生の本を手にしたきかっけについてお伝えします。
先生のことは知人である(亡き父と一緒に仕事をしていた)松山久幸様から「先生に魅了された」とのお話しを伺ったのと、内海聡氏の『99%の人が知らないこの世界の秘密』という本の中に、先生の著書が紹介されていたのを目にしたことがきかっけです。先生がどのような研究・活動をされているかが次第にわかり大変興味を持ちました。
特に『GHQ焚書図書開封』は読み進めるとすべてが衝撃的でした。振り返れば、学校の歴史の授業は一体何だったのかと思うくらい表面的で印象に残っていることが殆どありません。もし、学校の教科書の内容がこの本に近いほどのものだったら、日本の世の中は変わるのではないでしょうか。
私も戦後教育を受けているものですから、先生がご指摘されているとおり「日本が悪かった」を確かに刷り込まれていたと思います。小学生の時に先生(先生は日教組でした)から本多勝一著『中国の旅』をすすめられて読んだ記憶もあります。読んだ時の印象は今でも残っています。
ただ家庭内においては少し違いました。祖父は戦時中フィリピン諸島におり、父は13歳の時に予科練で訓練を受けた経験があります。二人がそれほど多くのことを語っていたわけではありませんが(祖父の戦争体験の本もありましたが)、子供ながらに「お国のために懸命に勇敢に戦っていたのだな。」という印象を持っておりました。そして戦争悪の話しを聞けば「それでは戦った人たちが報われない。」と悔しく思う感情もありました。 体験者が家庭内にいたわけなので、幸いに学校の先生方にはそれほど影響されなかったと思っています。
父はいつも「日教組が悪い。」「日本の教育がおかしくなった。」ということをよく口にしておりましたが、それも先生の本を読んでようやく納得できました。
もう一つ、先生の本を読む以前に戦争直後の隠された事実を知る機会がありました。現在の私の住まいの近くに白洲次郎旧邸宅があるのですが、そこで資料を閲覧した際、戦後の日本に対し、どのような占領計画が立てられようとしていたのかを記したものがあり、それには大変恐るべきことが書かれておりました。例えば日本語をやめ英語にするとか、小学校の教科書は「アメリカに占領されて万歳!万歳!」とするとか(つくづく「さくら さくら、さくらがさいた。」で良かったと胸をなでおろしました。)そして日本人を奴隷として扱おうとしたこと等々、実にひどいものでした。
先生の本の内容と自分の経験が重なり合い、これが真実なのだなと何とも言えない気持ちになりました。 そして最近『日本の希望』も読みました。こちらも現代における真の実態をここまで把握されている方が他にいらっしゃるだろうかと思うくらい、ただただ共鳴、共感するばかりでした。そして先生の熱い想いに心を打たれました。
気づきや感想を以下にまとめました。
一点目は、私たちの置かれている現在の状況の中で感じることです。
「日本悪」を洗脳された私たち世代も、水面下では「アメリカの傘下」という感覚は多くの人が持っていると思います。何かに支配されている感じは明らかに肌で感じます。そう感じるけれど、どうしたらよいのかわからず、常に 悶々とした気持ちを抱えているのではないかと思います。
私もその一人ですが、就職した時はバブルとグロール化が叫ばれた時代です。(個人的にはその時の浮かれた状態にとても失望していました。)私は保険会社に勤務しておりますが、郵便局の民営化後に(国内生保導入の検討もあったようですが)いつのまにかアフラック(アメリカンファミリー)の医療保険を販売するようになり、不思議な感じがしました。
また一方では、外国人が採用されるようになってきました。しかしながら、今定年まで勤めた人がいるかといえば皆無です。会社も気安く入社させながら面倒はすべて現場任せで、一緒に働く人たちだけが苦労するだけです。(大体規則をきちんと守らないので大変です。) そしてこれもグローバル化の影響なのか、次第にハラスメント問題が増え、今や日本人でさえ、何でもかんでもハラスメントだと言いたい放題です。(もちろん中には本当に深刻なハラスメントもありますが)。権利の主張ばかりが多すぎて、社内においても上司や会社がひたすら謝るというわけのわからない状態です。外国人労働者と一緒に働くことにも難しさがありますが、最近では日本人でも扱いが難しいなと感じることが多いです。
こんなに他人ばかり攻め、責任をなすりつける人間ばかりになっては、コミュニケーションも上手く取れないでしょうし、いつまでも自立できない、生きていくことさえままならない、ましてや戦争となったら戦えないような情けない人間ばかりになるのではないかと心配になります。これ以上、日本には合わない海外の秩序に巻き込まれないようにしたいものです。
二点目は、国はどうなることが理想なのかということについてです。
国家がこのままではやっていけないということを国民は気がついているというお話しに同感です。日本においては、先生がおっしゃるように「貿易大国」ではなく「内需大国」で良いのだと思います。そしてサプライチェーンを中国から日本に呼び戻す必要は大いにあると思います。
私が一番気になるのは食糧です。国内では食糧の自給率が驚くほど低くなりました。
周囲の駆け引きに振り回されずに国内で食糧が賄えるよう自給率は上げていくべきだと思います。すでに災害やコロナ禍で凝りているのではないでしょうか。
人口も減少しているし、一部の団体が進めているように「農地の都市化」から「都市の農地化」にでも切り替え、まずは自分の身近なところで、日本の国土で育つものを栽培し、食することができればよいのではないかと思っています。
外国人労働者に頼らなくともまだまだやること、できることはたくさんあると思います。特に若い人たちを懸念します。「働く喜び」という言葉が響かなくなったら、おしまいのような気がします。
三点目は、核を保有することによる「道理なき平和」だと平和が武器に使われている点についてですが、これもインチキ、でたらめで遺憾に思います。本当に正義はどこへ行ったのか。『ここでは勇気とか、理念への忠誠心とか、人間が古来大切にしてきた普遍的な善の大きな部分が育たない、成長や老成が起こらないといった「永遠の未熟」』と先生がご指摘されている点に関し、今もうすでに、そうなりつつあるのではないか、人類がこのままで大丈夫なのかという気がしています。
ただ日本には武士道等人間の魂を磨くような良い教育がたくさんありましたので、もう一度そういうものを見直して、誠実で垂直な、自立したたくましい人間を教育・育成していくことの方が、本来の喫緊の課題なのではないかと考えます。(GHQ焚書図書開封第6巻の“座談会”の話しにありましたように。)そして、日本においては皇室を柱とした従来のような日本らしい国づくりができると良いのではないかと思います。先生のコマに例えた表現がとてもわかりやすく皇室がコマの芯棒になってまっすぐ立つように、国民が活動し回るイメージになればと思います。
以上になりますが、どのようなことも簡単にはいかない歯がゆさがあります。しかし、日本を覆う見えない抑圧を絶対に良いエネルギーに転換していかなければと思います。
岐路に立たされた時には、日本人はきっとそのようにして力を発揮できるはずと信じています。先人たちの魂、想いが私たちのバックモチベーションになると考えているからです。
人は授かった命をどのように使うのか、どう未来につながるように使うのかを課題に人生を全うできたとき「生きていた価値があった」と思え、安心してあの世に行ける…そんなふうに思えます。最近の若者の中には「生きている感じがしない。」とあえて困難に立ち向かう人もいて、頼もしく感じるときがあります。確かに子供のころから生活に不便なことも無いし、不自由さを感じることも殆どないでしょうし、刺激がなさすぎる世の中なのかもしれません。多くの人は現状に甘んじているように見受けますが、わずかながらも、そうした若者がいることは救いだと思います。
はたして、自分もそんなふうに生きているかといえば、堂々とそうだと言える自信はありません。しかし、先生の本を読んでいると何か士気が鼓舞されるような感じがいたします。先生の想いを次世代につなげていきたい、一人でも多くの人に先生の本を読んでもらいたいと思いながら、今地道に声をかけております。コロナ禍で外国人の入国を制限しているので再び「SAKOKU」などと言われ、海外の行き来もしにくくなっていますが、逆にこれを機に日本国民自身が国内(日本)にもっと目を向けるようになればと思います。そして「真実の歴史を知ろう!日本を見直そう!」といったブームでも沸き起こってくれたら…と期待をしております。
最後にいつの日か先生にお目にかかり一緒に語ることができたらと夢を描いております。
令和4年2月17日
フィナンシャル・プランナー
純桜
58歳