つくる会定期総会での私の話(二)

 「夢はどこまでも夢ですから空想めいて聞えるかもしれませんが、いつだって半分は現実なんです。」私はそうつづけて、二つ目の夢はつくる会が広報に関するマーケティング戦略を展開できるようになることだ、と言った。

 「今回の総選挙で小泉首相が『改革を止めるな』と言っただけで国民はそうだ、そうだと雪崩を打って、言われた方へ走りだしました。四年間も首相の座にいて、改革を果すべき立場にあり、ちゃんとした改革をしてこなかったのは誰のせいでしょう。あの人の責任ではないですか。それなのにその人が『改革を止めるな』は、何という言い草でしょう。自分が止めていたんじゃないですか。私は笑えて仕方がなかった。

 けれどもこの鉄面皮こそが、勝つためには大切なんですね。つくる会にもいい教訓です。で、われわれも発想の転換が必要です。『新しい歴史教科書こそ反戦平和の教科書だ(笑)。国際協調を絵に描いたような教科書だ(笑)!』と堂々と言いつづけるような、胸を張った臆面のなさがを示すべきなんです。

 今度の自民党は参議院の世耕議員の肝入りで広報のためのPR会社が参入し、戦略を組み立てたと聞いています。広報と広告とは違いますよ。小泉さんも武部さんも大分前から広報会社とよく会い、よく打ち合わせをしていたらしい。解散はかなり前から研究していた。『改革を止めるな』は首相おひとりのアイデアではなかったようですね。

 つくる会もできれば広報会社に依頼したいのです。でも、そんな巨きなお金はありません。だから夢なんです。夢ですが、とても現実的な夢ではあるんですよ。

 それから三番目の夢はまた小泉さんに関係があります。8月8日の解散から9月の第一週目くらいまで、日本の大マスコミは小泉批判をピタッと止めてしまいました。テレビは女性刺客V.S.抵抗勢力の対決を面白おかしく追いかけるだけで、首相の仕掛けた罠にはまったのか、背後で見えない権力が動いたのか、薄気味の悪いほど同じ一色に染まった。皆さん、ご記憶にあるでしょう。小泉万歳を一番煽ったのは産経ですよ。そして産経から朝日まである意味で論調が一つになった。

 権力というものはもの凄いことができるのだということが証明されました。権力は小泉さんかどうか分りません。その背後にいるアメリカかもしれません。何か分らないが権力が本気になるとこういうことができる。

 それで三番目の夢です。夢ですからいいですか、無責任ですよ。

 教科書問題においては権力がまだ本気になっていない、そういうことだなと思いました。権力が危機感を覚え、本気になったら、地方の県教委なんてみんなふっ飛ばされてしまいます。みんな右へならえしちゃうんですよ。その程度の暗い闇なんです。

 以上三つの夢、申し上げました。夢ですから、すぐ醒めてしまいました。そして、私たちは再び自分の非力を悟らざるを得ません。

 ですが、非力でも、無力でも、ずっと旗を掲げつづけることが大切なのではないでしょうか。さもないと夢のつづきも見られません。

 尚、最後に八木秀次会長が今回の総会を機に自ら会の編成替えを示し、新しいプロジェクトを打ち樹て、本格的に会長の職責を全うせんと実力を発揮し始めたことを申し添えておきます。今までは前任者の後継ぎという立場を外さぬように慎重になさっていましたが、今回ご自身でどんどんアイデアを出し、指示し、命令し、活発に動き出しました。私の知らない間に新理事が増え、本部は若返りました。

 各地方支部におかれましても活動のより一層の活性化と次の時代への課題の継承をにらんだ組織の若返りをぜひにお願い申し上げる次第です。ありがとうございました。」

「つくる会定期総会での私の話(二)」への2件のフィードバック

  1. 権力はすごい力を発揮するけど
    もうひとつ、すごい力を発揮するものがあります。
    本当にいいものがあらわれたときです。
    それは自然に爆発して広がっていきます。
    魂が歓喜していやでもみんなの間でひろがっていきます。

    今はネットという強い味方があります!
    つくる会の活動はあまり一般に知られていませんが
    みんなで教科書を作ろう! なんてブログをつくって
    良識のあるひとたちだけじゃなくて、
    犯罪者でもニートでもだれでもいいたいほうだい、
    参加できるようにしてみるって手もあります。
    月間教科書なんてつくってみてもよくない?
    賞金だして、徹底的にたのしんじゃう。
    みんなのこころを吸収して、まんがよりおもしろい教科書ができたら
    どんなコマーシャルも必要なくて広がっていくでしょう。
    今はなにやってんの、、なにやらこむずかしすぎるよ~。
    いや~ん、眉間にしわよっちゃう、、。
    こいずみさんのすごいとこは
    社会の底辺まで参加できるようによびかけてるところじゃないでしょうか?
    よくもわるくもみんなをふりむかせるのはすごい。

    巨大財閥の教科書、秘密兵器には、
    彼らはいかなるものより個人を恐れると書いてあったと思います。
    すべての企みもものともせず、転覆できるのは、
    いかなるものにも組せず、命がけで情熱を注ぎ
    本当の幸せのためにメッセージを発する卓抜な個人によるもの
    だって当局もみとめてるんだ。

    小泉さんは鉄面皮というより
    な~んにも信じてないんじゃないでしょうか。
    すくなくとも他の政治家にくらべて。
    それが彼のすごさであり弱点でもある。
    そういうのに横っ面ぶちのめされてたちあがってくるのは
    こだわりまくりの血と地のパワーかもですよお。

    おかねなんかなくたって
    あなたの情熱で日本は溶ける!
    もっともっと夢みてください。

  2. 「人生の深淵について」の冒頭にある「怒り」についての先生の言葉を思い出します。
    たしか・・・
    「今まで本気で怒りを表した人間がどれくらいいるだろうか・・・」というような内容だったかと記憶しています。
    人はとかく相対的に物事を判断し、偏ることを拒みやすいものですが、今回の解散騒動では、それへの怒りを発した日本人の数があまりに少ない事実に、現代の「怒り」というものの正しさが問われるべきなのかもしれない・・・と感じる次第です。
    本当の怒りとは既にこの世に存在しにくいものとなってしまったのならば、私たちはいったいそれに代わる何を備えなければならないのか?
    あまりに無防備なこの世の現実に私は呆れ返るしかない。
    ここ数ヵ月私は身の回りの整理で忙しく、あまりネットを見ていなかった。
    そうした、時代に逆行した行為をしていると、本当の自分が見えてくる。情報が無いという自由を現代人は知らなさ過ぎるかと思えてくる。情報という罠(束縛)から解き放たれると、人間は案外自由を感じやすくなれる。そして同時に自分らしさの発見もできる。
    ただ残念なのは、それでさえもそれを下支えしているのが過去に得た情報によるものだと見るべき角度がある事実だろう。
    こうして我々はどうしても相対的に物事を判断したがる。そして決断が鈍る。
    やはり真の怒りの欠如が齎す所以としか言えないのだろう。

    少し時間ができたので、携帯からアクセスしました。PCは九月一杯でプロバイダー契約を破棄しました。
    何かとっても身軽さを感じています。

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