猪口邦子批判(旧稿)(一)

 本当はもう相手にしたくないのである。子供相手になにか言っても仕方がないという気持でいる。だから、ことさら新しくは書かない。

 『中央公論』(1989年3月号)に「当節言論人の自己不在――猪口邦子氏と大沼保昭氏と」というさんざんからかった文章を書いた。今から約15年前で、まだこんな人たちについてむきになって論を立てていたのだから私も若かった。

 しかしこの批判文は当時好評を博した。八方から賛意の声をいたゞいた。大沼氏は反論にもならぬ変な反論を寄せてきたが、猪口氏はなにも言ってこなかった。

 仄聞する処によると、ご本人の内心のショックは大きかったらしい。批判をされるということがなくて育った方なのだろう。同論文がPHP刊の私の単行本に収められたとき、ご夫君の猪口孝氏が酒場でPHPの編集者に腹を立てからんだという話を聞いている。ご夫婦仲は良いのに違いない。

 しかし女房が大臣になったとき、カメラの前にのこのこ出てくる男というのも絵にはならないよ。こういうことすべてが私の流儀に合わないのである。

 以下に大沼保昭氏に関する論述部分を外して、掲載する。私は後日再読して、攻撃文(ポレミック)として悪くもないと判断して、著作集『西尾幹二の思想と行動』③に収録した。

 いささか大上段に振りかぶりすぎた書き方で、ここまで大仕掛けに書く必要はなかったかもしれないが、その部分もそれなりに再読に値すると思われるので、一考を煩わしたいと思う。

「猪口邦子批判(旧稿)(一)」への3件のフィードバック

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