憂国忌シンポジウム(一)

三島由紀夫 11月25日は三島由紀夫自決から35周年目で、九段会館大ホールに800人近くが参集し、憂国忌が催された。

 最初に第一部として、舞台上で乃木神社が司る厳粛な鎮魂祭がおこなわれた。次いで国際的に有名な写真家・細江英公氏の解説付きで、スライド『薔薇刑』が映写された。天皇制や自衛隊入隊や檄文や愛国とはまったく異なる三島の世界である。裸体と「光と闇」とイタリアルネサンス。私が「三島さんには国境意識がない」とシンポジウムで語った仮説はこのスライドを見せられた直後であったせいもある。

 第二部は記念シンポジウムで、私のほかには井尻千男、入江隆則、サイデンステッカー、そして村松英子(司会兼任)の諸氏が加わる。一人6分ずつ三回話すだけの時間しか与えられなかった。

 この日の出来事については文芸評論家山崎行太郎氏ご自身のブログで上手に語ってくれているので、最初にその一部を引用させて頂く。

 

 昨日は憂国忌に出席。35周年ということで、例年と違い今年は、九段会館大ホールで鎮魂祭とシンポジウムが行われた。僕は、25周年の憂国忌以来、発起人にもなり、毎年出席している。僕にとっては、憂国忌は今や、年末が近くなる頃にやってくる年中行事のようなものになっている。保守論壇の友人や先輩達に会えるのも楽しみの一つだ。たまには未知の若い読者やフアンに遭遇することもないわけではない。(中略)

 シンポジウムでは西尾幹二さんや井尻千男さんの話も、たっぷり聞くことが出来た。西尾氏が、最近の保守に象徴されるような、他者を見失った「一国中心主義的歴史観と愛国論」を批判して、外部や他者を意識した「複眼的・相対的な歴史観と愛国論」を主張したのが印象的だった。これは、僕なりに言い換えれば、昨今の唯我独尊的な「左翼なき保守」思想批判である。つまり昨今の保守論壇や保守思想の貧困と退廃という問題である。西尾氏の保守思想・保守論壇批判に、僕は共感する。

 また入江氏が最後に、江藤淳に触れて、三島の死を「病的、衰弱」と言って批判的に嘲笑した江藤淳も、最後は三島の死の意味を理解し、それを反復せざるを得なかった形で自決・自死した、と語ったのが、江藤淳の弟子を自認する僕には印象的だった。(中略)

 二次会は神保町の中華料理屋だったが、出席者の多くが実は思想的には「反小泉」で、言い換えれば、主催者の宮崎正弘氏を中心に保守論壇の「反小泉一派」が総結集したような形で、なかなか盛況だった。帰りがけに、一昨日、西尾幹二氏から新著が届いていたのでお礼を言うと近づいて行くと、意外な話になった。「あなたに送ったあの本は、10冊の中の一冊だからね。」と言うではないか。まだ見本刷りの段階で贈ってくれたものらしい。「エッ!」というわけで驚きと共に感激したわけだが、西尾氏は実は、僕のこのブログを読んでいるらしいのだ。「小泉マンセー」ブロガーで、西尾氏のブログを荒らしまくった「ゴリ氏」一派のの話をすると、「あんなもの小さい、小さい…」と意に介していない様子だ。「それよりあなたのブログ期待しているよ」と言われて、またまた感激した次第である。

 西尾氏の新著は、『狂気の宰相で日本は大丈夫か』(PHP)というタイトルだが、徹底的な「小泉政権批判」の書である。冒頭には、産経新聞「正論」に掲載を拒否されたというエッセイをかかげ、本文は「保守論壇を叱る」という最新作から始まっている。「保守論壇」内部で孤独な戦いを続ける西尾氏の気迫がヒシヒシと伝わってくる過激な論争の書である。

「憂国忌シンポジウム(一)」への6件のフィードバック

  1. はじめまして。Mergeと申します。

    >最近の保守に象徴されるような、他者を見失った「一国中心主義的歴史観と愛国論」を批判して、外部や他者を意識した「複眼的・相対的な歴史観と愛国論」を主張したのが印象的だった。

    漱石の『三四郎』に登場する、鼻から哲学の烟を吐く広田先生の

    「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」

    というセリフを思い出しました。

    ガツンと目が覚めたような気持です・・・

    いつも楽しみにしております。どうかお体を大切に、息の長いご活躍をお祈り申し上げます。

  2. ピンバック: なめ猫♪
  3. >西尾氏の新著は、『狂気の宰相で日本は大丈夫か』(PHP)というタイトルだが、徹底的な「小泉政権批判」の書である。

     月刊『自由民主』12月号に、西尾幹ニ氏著『民族への責任』(徳間書店)の書評が載っていました。

     編集者は、「小泉政権批判」論者であることを知らずに載せたのか?

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