『男子、一生の問題』の反響にこと寄せて(六)

 
 今の会社では年代を越えて会話ができない。若者は年寄りの話題のグループに入りたがらない。社会や家族のあり方はどうあるべきか、という年配者の好むテーマを口にするのを若い人は好まない。ましてや政治、ことに国際政治の話はさらにもしない。親米も反米も関心がない。

 「そういう話は出版社の編集者からも聞きました。」と、私は応じた。「インテリの集団のはずの編集者同士が会社で話すことといえば、銀座のどの店のフランス料理はうまかったとか、そんなことばかりらしい。それで私が、シリアスな話題を交すときもあって、平生はバカ話なのだろう、と問うたら、否、そうではない、シリアスな話題を交すときは絶無である、と言っていました。」

 お二人の勤務する会社はエネルギーという、国家の背骨を支える企業である。そんなことは社員の誰もが分っているらしい。国家のために必要な重要企業、国策として行われている仕事だということは勿論社員の中で知らない人はいない。けれども今のこの国がどうなっているのか、世界の中でいかにきわどい位置にあるのかについて、誰ひとり雑談中に口にする者はいない。国際問題なんぞ誰も決して論じない。

 そういう重要な問題は誰かが教えてくれるに違いないと思っている。誰かから情報が届けられる。自分は考えなくてもいい、というスタンスである。私の前にいるお二人はそのことが不安でならなかった。長い間に二人だけでヒソヒソ声で何となく話し合うようになり、近づき合った。ほとんど例外らしい。

 小池さんはこんな話をした。

 「日本の空港の多く、三沢、厚木、那覇などでは民間航空機は恐ろしく狭い空路しか飛べないんです。米軍基地があり、軍事レーダーが優先していて、民間航空機は制限されています。霧が濃くなると降りられないんですよ。こんなこと、東京に住んでいると気がつかないでしょう。自分で自分の国を守ろうとしないから、こういう不自由を耐え忍んでいる。私が会社でこういう話題を持ち出すと、若い人はまったく反応しないんですよ。」

 柏崎出身の小池さんはまたこんな印象的な発言もした。

 「柏崎近辺では、蓮池さんのような若い人ではなく、非常に数多くの年配者が25年前のあのころ行方不明になっています。拉致だろうとみんな噂しているんですが、口をつぐんでいる。今も黙っている。誰も自分は拉致されなくて良かった、とそれだけで終りです。気が狂ったように騒ぎ立てる人なんか誰もいなかったし、今もいません。自分にさえ害が及ばなければそれでいいんです。」

 すべてはまさにこの通りだと私は思った。これが現代の日本の精神風景である。

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