近刊『「狂気の首相」で日本は大丈夫か』をめぐって(五)

 佐藤優氏は私の本に収録されている「ハイジャックされた漂流国家」を掲載当時の『正論』(2005.11)から引用しつつ、次のように自説を展開している。

 問題は小泉政権が新自由主義政策を軌道転換し「優しく」なる場合、もしくは来年(2006年)9月の自民党総裁任期終了後、小泉氏が党規約に従って総裁から退き、総理大臣の座から離れた後の与党が絶対過半数の議席を維持しながら国民に「優しく」なり、国民を束ねる新たな原理を見出そうとするときだ。この原理の内容如何によっては、日本にファシズムが到来する現実的危険が生じる。この点に関して、『世界』の読者は違和感をもたれるかもしれないが、小泉政権がファシズムに転化する危険性についての西尾幹二氏の指摘は傾聴に値する。少々長くなるが正確に引用しておく。

 〈(小泉総理は) 何をしでかすか分らない人である。国家観、歴史観がしっかりしていないから、この国は外交的に、政治的に、軍事的に、国際社会の荒波を右に左に揺れ動く頼りない漂流国家である性格を今以上に露骨に示すようになるだろう。しかも操舵席は暴走気味の人格にハイジャックされている。

 今までは政府内に右もいれば、左もいて、自由な発言や提案が飛び交い、首相の意志決定に一定の歯止めがかけられていた。しかしこれからはそうはいかない。首相の鶴の一声ですべてがきまる。党内に意見具申の勢力が結集すれば「親衛隊」に蹴散らされる。

 今までの自民党を知る人はこんなはずではなかったとホゾを噛むだろうが、もう後の祭りである。米中の谷間で国家意志をもたない独裁国家、場当たり的に神経反応するだけの強力に閉ざされた統制国家、つまりファシズム国家らしくない非軍事的ファシズム国家が波立つ洋上を漂流しつづけるだろう。

 世間はファシズムというとヒットラーやムッソリーニのことを思い出すがそうではない。それだけではない。伝統や歴史から切り離された抽象的理想、外国の理念、郷土を失った機械文明崇拝の未来主義、過度の能率主義と合理主義への信仰、それらを有機的に結びつけるのが伝統や歴史なのだがそこが抜けていて、頭の中の人工的理念をモザイク風に張り合わせたきらびやかで異様な観念が突如として権力の鎧をつけ始めるのである。それがファシズムである。ファシズムは土俗から切り離された超近代思想である。〉(西尾幹二「ハイジャックされた漂流国家・日本」『正論』2005年11月号)
 
 10月17日に小泉総理は靖国神社を参拝し、これに対して中国政府、韓国政府が激しく反発している。今後、マスメディアで現下日本のナショナリズム言説が、排外主義的傾向の言説を含め、結晶化する。その中で、近未来、国民を束ねる軸となる原理の萌芽が見られるかもしれない。今後、2、3ヶ月の総合誌、オピニオン誌に掲載される論文を精査した上で、連載最終回に再度ファシズムの誘惑についての情勢分析を行いたい。
 
 ファシズムの危険を阻止するためには、東西冷戦終結後、有効性を失っているにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」を突破し、ファシズムという妖怪を解体、脱構築する必要がある。そのためには論壇人一人ひとりが少しだけリスクを冒して、「敵」陣営の有権者の言説でも評価できる内容はきちんと評価するという当たり前の対応をとることが重要だ。開かれた精神、私の理解では、新自由主義ではなく、他者危害排除の原則を唯一の例外として、個人の愚行を認めるという旧自由主義(オールドリベラリズム)的価値観の復活が重要だ。

 日本の論壇の悪弊、左だ右だという固定観念の「バカの壁」の打破が必要だという考えはまったくその通りと思う。いうまでもなく保守言論界にも「バカの壁」は張りめぐらされている。オピニオン誌の編集者が固定観念に囚われている。

 国民を「束ねる」方向として今はすでに道徳的秩序主義が強まる方向にあると思う。「個人の愚行を認めるというオールドリベラリズム」というのはいい言葉で「党議拘束」で反対を封じるなどは最低である。ポスト小泉に誰がなっても小泉の強権的手法へのしばりが強くのこり、小泉以前に戻らないであろう。東京都庁にまでそういう空気が及んでいる。精神的統制が強化され、ご清潔主義が横行するのはウンザリする傾向なのだ。

 他方、竹中やホリエモンの「新自由主義」はファシズムとは逆方向で、国家が「負け組」に配慮のある新政策を示すときにかえって危くなるという佐藤氏の指摘は新鮮で、面白い。それこそポスト小泉に誰がなっても、人気取りは必ず「負け組に優しく」の方向に転じざるをえまい。

 ナチスもたしかにドイツ民族の平等と福祉には特別の意を用いたのだ。国民の関心を買うために、ポスト小泉内閣は弱者保護に乗り出すかもしれないが、しかし、財政が果してそれを可能にするだろうか。

 次に「排外主義的ナショナリズム」の強化ということがくりかえし指摘され、ファシズムの要因として強調されている。佐藤氏は「日朝関係について言えば平壌宣言(2002年9月17日)の廃棄という形で、国交正常化を断念するという形で現れよう。」という大胆な予測を書いている。

 これはあり得ることかもしれない。また、「関係悪化という観点では、潜在力をほとんど用いていない日米関係が今後悪化するかもしれない」と言っている。基地問題や財政問題で気になる諸点が現存しているのは事実である。

 しかし「排外的ナショナリズム」の語で指摘されている内容は日本の独立自存への意志と切り離せない。精神的な日本の自立は私の目指す方向でもあり、ファシズムといわれても困る。

 米中の谷間にある日本の外交は財政面でアメリカに好き勝手されない防御法を身につけ、軍事面でアメリカに依存せざるを得ない現実を知った上で自存の道をさぐり、基本において「親米」、しかし歴史研究においては自国の戦争の正しさを再認するためにも基本において「反米」にならざるを得ないであろう。

 中国・北朝鮮・韓国のうち韓国への外交は関心のレベルが下がり、中国に対する最大限の警戒の必要はさらに強まるであろう。以上の情勢から、佐藤氏の言う「排外的ナショナリズム」がすぐ結晶するとも思えない。

 たゞ市民生活における道徳的秩序主義や官僚統制の外から見えない強化、表向きの弱者への「優しさ」を装った首相を取り巻く一部の人間の独裁というソフトファシズムの進行には、佐藤氏の言う通り注意しなくてはならない。次の政権においてさらにそうである。小泉内閣はやがてくるものの露払いの役割を果しつつあることは十分に考えられ得る事柄なのである。

「近刊『「狂気の首相」で日本は大丈夫か』をめぐって(五)」への19件のフィードバック

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  2. ピンバック: ふしぶじゑ日記
  3. つい最近までの東京都は石原慎太郎都知事が絶対権力を握っていましたが、石原チルドレン東京都官僚達による浜渦副知事更迭劇が成功していらい、財務行政に関しては大塚副知事、教育行政に関しては横山副知事が石原慎太郎都知事に代わって全権を握るようになってきました。財務行政は所詮は武士の商売でありまあどうってことはないのですが、横山副知事が全権を握る教育行政はかつての東京都の教育行政に比べて強権的になったのは確かです。横山副知事ご自身は保守的な思想をもった見識ある官僚ではありますが、その部下達が必ずしもそうとは限りません。もともと東京都教育庁は左よりの役人が多い組織でした。役人は統制を好むのです。特にキャリア国家公務員でない東京都キャリア官僚にとっては今こそ統制政策を実現できる時だと張り切っているわけです。それを実現させる道を作ったのが石原慎太郎都知事であり、実行部隊リーダーである横山副知事です。いまのところは、東京都の教育行政は概ね妥当な路線ではあります。しかし、もし石原慎太郎都知事が東京都から去ればどうなるか?横山副知事が退官すればどうなるのか?統制の政策理念がいっきょに保守的教育行政から革新的教育行政、ジェンダーフリー教育行政に変化する可能性もなきにしもあらずです。東京都教育庁のライバル文部科学省がジェンダーフリー教育なりゆとり教育の見直しをすればなおさらそうです。

    これからは安倍が総理大臣になれば安心だ、石原が都知事なら安心だ、横山が副知事なら安心だと、政治家個人の政治理念だけをみて政治の動き、行政の動きを判断するのは危険です。現に保守派といわれている安倍氏に、選挙で勝てる、国民的人気があるという理由で安倍氏をよいしょしながら安倍氏の政治理念と本来相容れない政治家や役人、財界人が集まっているという話を聞いたことがあります。西尾先生が昨年から主張している「ソフトファシズムの危険性」というテーゼをもっと多くの人が自覚する時がきているでしょう。

    その一つの方法が政治なり行政は決して一人の人間によって動いているわけではない。その一人の人間を中心とした無数の人間、組織の束があるという当たり前の事実を認識することです。そして、単なる保守対革新、右翼対左翼といった目で政治・行政を見るのではなく丹念に多くの政治勢力、権力機構なりの動きと世論の動きを把握していき、その中から点と点をつなぐ普遍的な構造をあぶりだすことこそが現代の政治・行政を分析するにあたって不可欠な作業なのです。

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  5. 総合学としての文学さんへ
    >その中から点と点をつなぐ普遍的な構造をあぶりだすことこそが現代の政治・行政を分析するにあたって不可欠な作業なのです。

    この作業は、あなたがやるのですか?

  6. ファシズム化というより、親米独裁政権化・後進国化が進むような気がします。

  7. ピンバック: なめ猫♪
  8. ピンバック: 帝國愁報

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