怪メール事件(三)

 ここで遡って私の日録の「産経新聞への対応」(一)3月29日13時50分付及び(二)4月2日16時36分付を思い出していただきたい。3月28日に理事会があり、29日の朝刊の渡辺記者報道が「つくる会」本部の「FAX通信」で訂正された、あのときのことである。

 「『西尾元会長の影響力排除を確認』『宮崎正治前事務局長の事務局復帰も検討』は明らかに理事会の協議・決定内容ではありません」という記事の訂正内容であった。ここで私の名前が出たので、初めて私の抗議行動が始まった。始めてみると次々とおかしなことが判明した。

 渡辺記者に28日夜に事実と異なる情報を流した理事会参加者がいるということは明らかとなり、天麩羅屋の一時間半の八木・新田両氏その他の会談が怪しい、なにか臭うぞ、という話になったのは周知の通りである。そしてだんだん臭うどころか、くさいものの蓋が取れて中味が次第にあからさまになってきている。

 以上の日付を再確認した後で次の展開を読んでいただきたい。3月30日に、平成5年7月3日付『赤旗』の総選挙応援の「各界各層の人びと」一覧が私に差出人不明で送られてきた。そこに、枠をつくって、舩山謙次(元北海道教育大学学長、元日本学術会議会員)の名が大きく刷られ、「藤岡先生の岳父、舩山謙次先生の活動のごく一部です」と大書されている。

 藤岡氏の岳父が共産党の有力な支持者であることがこの際何の関係があるというのだろう。西尾は共産党アレルギーだろうと思って、こんなものを送ってきて西尾と藤岡を分断させようとする人の気が知れない。こんなことをするのを「右翼」という。親族に誰がいようが、個人の思想信条に関係はない。私の叔父は野呂栄太郎の片腕、共産党草創期の党幹部で、昭和9年に治安維持法にひっかかって逮捕されている。知識人の家庭なら身内にそんな人の一人や二人は必ずいる。

 このバカバカしい一枚が八木=宮崎=新田一味ないしそれと密接に関わる方面から送られてきたことは次の「怪文書2」で十分に推定できるのである。

 4月1日、私が丁度、天麩羅屋の密談の可能性に疑問を抱きだしたか、あるいはまだその動きをキャッチしていたかいない頃のことだが、夜2時頃、ファクスの前の紙の山を整理していたら、その中に記号をすべて消した白紙に次の文字の並んだ一枚がふと目に入った。

 深夜だったせいもあるが、私は異様に不気味なイメージを受けた。

福地はあなたにニセ情報を流しています。伊藤隆に言い含められて八木支持に回りました。理事会で「これからは西尾が何を言っても相手にしないようにしよう」と言い出したのは福地です。西尾先生の葬式に出るかどうかの話も出ました。「フジ産経代表の日枝さんが私に支持を表明した」と八木が明かすと会場は静まり返りました。

宮崎は明日付で事務局に復帰します。

藤岡は「私は西尾から煽動メールを受け取ったが反論した」と証拠資料を配りました。代々木党員問題はうまく逃げましたが、妻は党員でしょう。

高池はやや藤岡派、あとは今や全員八木派にならざるを得なくなりました。八木はやはり安倍晋三からお墨付きをもらっています。小泉も承知です。岡崎久彦も噛んでいます。CIAも動いています。

                                     (怪文書2)

 私はからかわれているのであるが、理事会に出席していない私に詳しい情報はなく、不安を抱かせるに十分に巧妙に仕組まれた文章である。狡智をもってうまい所を突いていて、よく出来ている。

 「FAX通信」で産経の記事の誤報を知った私が29日13時50分付で、当日録で、「理事会に出席していたある人に電話で聞いた処によると、新聞は他にも事実に反することを書いている。八木氏が先に解任された主な理由が会長としての職務放棄、指導力不足にあったことが昨夜の理事会で確認されているのにそれは述べられていない、など。」と書いた内容に即座に反応している文面なのだ。

 私が理事会の様子を教えてもらった「ある人」は福地惇氏である。後からさらに二人の協力も得たが、しかし最初の日は福地氏であった。敵はそのことを調べあげたのである。

 30日藤岡氏の岳父の情報を流した理由もここに出ている。そして1日にこれを送ってきた。「産経への対応」(一)29日13時50分付の段階で、早くもあの手この手で私を黙らせようとする。まだほんの一寸しか疑問を述べていないあの早い段階で、私の臭覚を恐れ、拡大を防ごうとする人々が知力をしぼっている。

 私は初め誰か親切な人が私に理事会での確かな事実をそっと教えてくれようとしているのかと思った。情報をもたないということは恐ろしい。もし私があのあと独房に入れられたら、内容をそのまゝ信じてしまったかもしれない。

 私は福地氏とのお付き合いはまだ浅い。氏が伊藤隆氏の弟子筋であることは知られている。福地氏が師匠に振り回されるような玉でないことは最近はっきり知ったが、そのときはまだ氏をそこまで理解していない。私の人間信頼をぐらぐら揺るがす内容だった。

 国家の情報部員でもないのに友人にこういう謀略を仕掛けるのはじつに悪魔の所業なのである。

 葬式云々はわざとらしいいやがらせであろう。不吉なイメージのことばを唐突に出す出し方はうまい。最後の「安倍、小泉、岡崎、CIA」も私を社会的に孤立させる負のイメージで、しかもCIA以外はそれぞれ理由らしきものがあるのはご承知の通りである。いかにも自民党主流派とフジサンケイグループが八木秀次氏を担いでいて、もう西尾には用はないと言っている、と言いたげな内容である。

 自民党にも、岡崎にも、CIAにも私は用はないから、どうぞご勝手にと言うだけだが、八木氏をこういう全体的イメージで自らがあるいは周囲が持ち上げようとし、種子島会長が彼のその戦略にまんまと嵌まってしまったことが今の問題でもあるのだ。

 理事会のメンバーが「今や全員八木派にならざるを得なくなった」はマッカな嘘であることは翌日にもすぐばれた。ここに述べられたことで真実は、八木氏が日枝氏の名前を自分から言い出したただその一行だけである、と複数の出席者から証言を得た。それは次のような情景だったらしい(会話は推定)。

種子島  八木氏をフジサンケイグループが支持している。
勝岡   そこにフジTVが入っているのですか。
田久保  誰が支持した、と確認しているのですか。
      つねづね産経は第一に「つくる会」の人事に無関心であり、
      第二に教科書という大目標だけを支持する。
      特定の人を支持するというはずがない。おかしいのでは?
種子島  産経はたしかに人事介入はしないと言った。
八木   (色をなして)フジの日枝さんが「あなたを支持する」と私に言った。

 このとき会場は静まり返ったのではなく、みんな鼻白んで呆れて言葉が出なかったというのが正しいらしい。

 私はよほど日枝氏に「八木さんからこんなことを言われていますよ、大丈夫ですか」と電話で聴いてみようかと思ったが、「そんなこと私は言うはずないよ。人事の件で言ったんじゃないよ」とすぐにたしなめられてしまいそうで、迷惑もかかり、失礼なので止めた。

 いったい何ということであろう。八木という人物は何を考えて生きているのであろう。

 田久保氏はいつも正々堂々としていて立派である。「怪文書2」の件で電話で全文根拠なきことの説明を受け、私は心から安心した。いったん電話を切ってから田久保氏はさっき言い忘れたともう一回掛けて来られた。大切な一語なので書き記すことを両氏にお許しいたゞく。

 「福地さんの名誉のために言っておくけど、何ヶ月か前電車で一緒に帰るとき、『自分は恩師の伊藤先生よりも今は西尾先生の方を信じます』と言っていましたよ。」

 怪文書の分断工作の直後だっただけに、田久保氏のこの内輪の話は私に深い安堵を与えた。私はずっと前から福地氏を信頼し、何かと話し合う機会が多かったが、心ない怪文書で不必要に苦しまなければならない処だった。私は人を信じるということがいかに大切か、そして今でもそれが可能であることをあらためて知ってうれしかった。

 田久保氏の誠実さ、福地氏の剛毅さ、高池氏の智謀――この三つはいまだ「つくる会」に望みを託せる人間の存在を告げ知らせてくれる。何らかのことで三氏が会を去れば、この会は本当に終焉を迎える。

 それにしても、つくる会の会長のポストは人生に損害を与えることの多い危険な仕事なのに、いつそんなにおいしいポストになったのであろうか。これは不思議でならない。

 藤岡氏と八木氏以外に有力な名前が理事に並んでいるのに会長になろうとする人がいない。藤岡氏も自ら会長に向いていないことをむしろよく知っている。それで他にいないので今の事態を迎えている。なりたいというその人の動機が「稚気」でなければよいがというのが本当に私だけでなく、多くの関係者の抱いている心からの憂慮であり、警戒なのである。

 なにしろこの「怪文書2」もまた紛れもなく、「つくる会」内部の人間関係の微妙さを良く知った人の、奸智に長けた文書であって、こんなものまで「八木サイド」から投げこまれたことはまことに人間不信の底をつく、教育者の団体ではあってはならない呆れ返った事実なのである。

「私の党籍問題について」という藤岡信勝氏の文章が「怪メール事件」(一)に掲載されています。

「怪メール事件(三)」への41件のフィードバック

  1. しかし面白すぎますねぇ。先生に推理小説が書けるとは思いませんでした。
    当初「怪メール事件」をはじめたときは、西尾先生らしくないとか、著書に集中せよとか、匿名諸氏のありがたい忠告がありましたが、みなさんこの一件にかたずを飲んで見守っているにちがいない。アクセスが相当増えていることは確実ですね。私も日に2度、3度RSSで更新をチェックしている始末ですから。西尾ブログ始まって以来、あるいは総選挙のときに続いて、うけたネタであることは間違いないですね。

  2. ブログを固唾を呑んで拝見していました。産経新聞-私の対応まで、今回の騒動がなかなか理解できず少し不安でしたが、怪メール(一)の藤岡先生のコメントでようやく安心しました。
    ことの次第が少し見えてきました。今までの「つくる会」のトラブルとは異質(悪質な作為があり)ですね。

    「つくる会」のミッションが忘れられることのないように!!
    今回の異状ともいえる「つくる会」の原状回復を先生にお願いするしかありません。

    長谷川さま、ご苦労さまです。私の思いは長谷川さんと同じです。(高2の娘が長谷川さんと同じ名前、それが誇りです)
    (^^;

  3. >青森赴任中@新潟県人さま

    実は西尾先生も、私も、コメントで参加している皆さんもリアルタイムではらはらしながらの展開ですね。渡辺記者がとても良心的な方だったようで、彼の証言と藤岡先生の問題点を冷静に見る目が、今回の問題を単なる「つくる会」批判活動から、真の「つくる会」再建運動への展開点になりました。

    西尾先生が「つくる会」のことを本当に考えているからこその、展開でもありました。

    お嬢さんと名前が一緒とのこと・・・・さぞかし、おっちょこちょいの、あわてんぼさんでしょう。

  4. それにしても八木さん、および八木派の人々が沈黙を守っているのが気になってしょうがないです。
    八木氏はブログとか持ってないのでしょうか? 

    八木さんの言い分も聞いてみたい。西尾先生の八木さん批判に嘘があるとは思わないのですが、相手
    の言い分も分からないと客観的な判断ができない。

    今後も西尾先生がブログで批判を続けていれば、耐えかねたように反応してくるかもしれませんね。
    それでも沈黙しているとしたら、いよいよ何か、疑わしいということです。

  5.  日録を読む限り八木先生は面白い方ですね。おそらく早大法学部自治会を牛耳る民主青年同盟と闘った頃に回帰してしまったのではないでしょうか。我が国の公安調査庁は基本的にどこの官庁にも採用されなかった方がいく官庁でありアメリカ合衆国CIAや旧ソ連KGBなどの足元にも及ばぬ三下情報調査機関です。我が国でもっとも情報収集能力がある官庁はいうまでもなく東京地検特捜部と東京警視庁です。
     ただし学生運動に従事している青年にとっては公安調査庁ってのは脅し文句でもあるし勲章でもあるのです。「お前の顔写真は公安調査庁にばっちし撮られているぜ」「俺は公安調査庁にマークされているんだぜ」。
     私の同級生の友達も大学生時代、革マル派にシンパシーを抱いており「俺は公安調査庁にマークされているんだぜ」と自慢していました。それがいまや財閥系企業の本社中枢社員になって私に「はやく身元を固めろ」や「ふらふらするな」等、保守的な人生訓話を説いております。
     大学を卒業して大学院に進学しそのまま大学研究員になればサラリーマンになった人とは違っていつまでも大学生時代のメンタリティーを引きずってしまうのかもしれません。
     私はむしろ西尾先生や藤岡氏を公安調査庁はマークして欲しいです。あらゆる思想信条のめぼしい人間すべてをマークできないようでははっきしいって世界に通用する諜報機関とはいえません。
     もっとも八木先生の幼児性(日録に書かれていることが真実だとすれば)は硬直した我が国の社会システムの中で生きるにおいて誰もが陥る罠なのかもしれません。評論だけではなく床屋政談でも我が国の公安調査庁の無能さを指摘しながらそのくせ「公安調査庁にマークされているぞ」といった陰謀論をふりまく人がいっぱいいます。全く矛盾しております。
     しかしながら西尾先生も年長者なわけだから八木先生を高田馬場の飲み屋にでもつれていって、「お前はまだ若い。だからまだ大きくなれるチャンスはある。今日はとことん飲もうや。」と言って酒を飲みながら腹をわって話をし人生訓をたれる必要があるでしょう。もし、「西尾は東大閥だから嫌だ」「藤岡はたがだが地方教育大学出身のくせに東大教授の名をかたり生意気だと」言うようであれば、同じ早稲田閥の高池先生が腹をわって八木先生に人生訓をたれればいいでしょう。
     まだ私は八木先生はこれからだと思います。更に伸びる素質はあると思います。生意気で幼稚な若造と思わずに後もう少しの間、八木先生に真摯に接するべきだと思います。

  6. 怪文書は、西尾先生側の信頼関係の分断と力を背景にした脅しであり、八木グループ側に有利に働くようにする目的を持った内部(=八木サイド)の仕業であることは間違いないでしょう。
    しかし、退会され、つくる会に関わらないと宣言された西尾先生に対して、八木サイドは、なぜ執拗な謀略が必要なのでしょうか?
    恐らく、逆に退会されたことで、彼らは、自由な立場で会を批判してくるであろうと考え、自分たちに少しでも不利なコメントを発したと同時に、宣戦布告ととらえて恐怖したのではないでしょうか?
    通常なら過敏すぎるどころか異常な反応ですが、彼らが自分たちの行為をどこかで間違っていると認識しているなら、正々堂々と言論で戦わず、ありえない行為で対抗してきたとしても不思議ではないと思います。
    つまり、誠にたちが悪いですが、確信犯の悪事であると言えないでしょうか。

  7. >永吉さま

    八木派の人びとは本当に沈黙を守っておられるのでしょうか?

    私はここのコメントに怪文書を削除せよと、しきりに言っておられた方々の中に、混じっておられると思います。
    不利なものを表にさらしてほしくない、とりわけ今回の「怪文書2」はあまりにも醜い。自分たちもそれを自覚しているので、あわてているように感じました。

    ただ、総合学としての文学さんもおっしゃっているように、八木先生他、前途ある若い先生方がこのたびのことを反省されれば、本当の意味での再出発になると思います。そうしなくてはならないと思います。

  8. 怪メールを送った人は、からかったのではなく親切心でやったのかもしれません。虚実取り混ぜた情報を吹き込まれて。

    真実かどうかはともかく「日枝氏は私を支持しています」と理事会という場で宣言する八木氏の虚栄心。ご立派です。

    私が最も興味があるのは、種子島会長が何故変心したかです。
    次回を楽しみにしています。

  9. 追伸
    「総合学としての文学」さんのこれ、賛成です。

    > しかしながら西尾先生も年長者なわけだから八木先生を高
    >田馬場の飲み屋にでもつれていって、「お前はまだ若い。だ
    >からまだ大きくなれるチャンスはある。今日はとことん飲も
    >うや。」と言って酒を飲みながら腹をわって話をし人生訓を
    >たれる必要があるでしょう。もし、「西尾は東大閥だから嫌
    >だ」「藤岡はたがだが地方教育大学出身のくせに東大教授の
    >名をかたり生意気だと」言うようであれば、同じ早稲田閥の
    >高池先生が腹をわって八木先生に人生訓をたれればいいでし
    >ょう。
    > まだ私は八木先生はこれからだと思います。更に伸びる素
    >質はあると思います。生意気で幼稚な若造と思わずに後もう
    >少しの間、八木先生に真摯に接するべきだと思います。

  10. 総合学としての文学氏のおっしゃることのほとんど全てが私にとって理解不能です。

    これは、保守言論界の道徳的威信の問題なのです。謀略を弄して人を陥れる、それが明らかに本人がやったとみなさざるをえない証拠が揃っている。人としてやってはいけない一線を超えてもなお、お咎めなしで許されるのが保守言論界であるのなら、保守言論界の道徳的権威は地に堕ちます。西尾先生は、「昔ならそれだけで言論人としての資格剥奪である。今だってそれに近い措置をされても文句を言えまい。」とおっしゃっていますが、私もその通りだと思います。もしも今ここで形だけの反省で済まされるなら、10年後20年後の保守言論界は、謀略を弄して人を陥れることが当たり前に許される世界になってしまいます。これは、日本の精神の死を意味します。

    (Posted by: 長谷川 at 2006年04月14日 10:10)
    >八木先生他、前途ある若い先生方がこのたびのことを反省されれば、本当の意味での再出発になると思います。そうしなくてはならないと思います。

    私も、可能ならば今回の一件に荷担した八木氏一派が本当に心を入れ替えて再出発されることを望みます。しかし、それは本当に自分の犯した過ちを真摯に反省したうえでの話で、ふてくされたままの再出発ならば意味がありません。また、真摯な反省は、口で言うほど簡単なことではありません。自らの過ちを公の場で告白して贖罪し、最低半年は言論活動も自粛する。つくる会や番組審議会等の言論人としての活動も辞退する。つまり、これまで築いてきたものをいったんゼロにして、そこから再び再出発する。真摯な反省とは、そのぐらいの覚悟が伴うものです。もしも八木氏が本当に力のある言論人ならば、そこから再びはい上がって来るでしょう。そのときには、今回の一件は人格的成長の糧となるはずです。

  11. ピンバック: なめ猫♪
  12. 「総合大学としての文學」さんのこれ、贊成ではありません。

    八木さんは教育者であり學生ではないですよね。「つくる会」の会長としての資質が問われているわけで、それがどうして西尾先生に真摯に接するべきだなどといふのか、全く私には理解不能です。

    性善説、性惡説は置いておいても、此の世の中には明かに「反社會的性格者」は居るものです。反社會的性格者は社會のあらゆる階層に居るので、別に教育界に居ても不思議ではない。政府首脳の中にさゑ居る場合がある。

    ここで論はれているのは、八木先生が「反社會的性格」かどうであつて、そこをあいまいにすることは許されないのです。

    ここに言われていることが事實であるなら、八木先生は「反社會的性格」の特徴を備えている。

    反社會的性格者が「越脱した行為」をする根本理由といふのは、他の人たちに対する秘められた恐怖のせいだとされていますね。さふいふ人は實は使い物にならないのです。

  13. 今回の西尾先生の一連の日録記事についてはわからなかったんです。やっと少し見えてきたのは西尾先生は言揚げするためのフリーハンドを得るために名誉会長職を辞任したように見えます。私には気付かない何かの理由があって、現在の作る会のリーダー群には西尾先生の基準から見て致命的な問題点があるからなのでしょうかね。どちらにしろ先生の論説は後になって正しかった実績がありますから、私はわからないなりに理解しようと努力しているわけですが。

    今回の一連の記事は先生ご自身の名誉を守るためというのもどうもそうじゃなさそうだ。また幾つかある先生への批判というより非難もポイントをついてないように見えます。今になってみれば西尾先生の藤岡先生への批判も藤岡先生を非難するために書いたんじゃなくてむしろ守るために書いたようなウルトラCの印象がしています。

    「怪文章」も無視すればいいようなものでしょうが、「怪文章」を使って何かの工作を誰かがやろうとしているのなら卑怯者でしかないわけですが。作る会のリーダーにそういう方がいないことを祈るしかないのですが。

    現在の自民党小泉一派は国益で「NIPPO IS FIRST(日本の国益を最重要視)」を目指しているように見えないからこんな政権に力を借りてもいい加減な教科書しか出来ないのじゃないかと私なんか思ってしまいます。欧米世界も、中華人民共和国世界も対立で成立していて、日本は和や調和で成立していますから、西洋や中華世界のありようが多くの日本人には見えないのでしょ。せめて政治家がエリートとしての見る目があったらいいのだけど。

    「驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子」という本があります。私から見れば西尾先生はこの筆者の松原久子と同じ非日本文化的な言揚げする立場に立っているように見えます。で想像ですが両者ともつらい目にあっているのでしょう。
    この女性は独逸の放送局で欧米の批判をして、その後であった興味深い経験を書いています「テレビ局からケルン駅に出てハンブルグ行きを待っていると人ごみのなかから中年の女性が近づいてきた。(中略)彼女は私の前に立ち、『我々のテレビで我々の悪口を言うものはこれだ。日本へ帰れ』と言うなり私の顔をぴしゃりと平手打ちをくらわし、さっさと消えていった」

    この松原久子という女性は日本人としては珍しく言上げを敵地でやっているのです。松原氏自身はえらいものです。何がってこの女性は日本文化が和を重視していることや対立を軸にしていないことを自覚しながら、対立の道具として「論理」を駆使して積極的に言揚げをしているからです。この本を読むと欧米が日本へやってきた論理が如何にいい加減か(「欧米が常に絶対的に正しい」、「強いものが最後には勝つ、勝ったものは正義である」という暗黙の前提が政治上や歴史観にあるから論理はこうならざるを得ないのでしょうけど)わかります。

  14. >長谷川さん
    確かに混じっているかもしれません。ブログというのは書く人間の独壇場ですから、反対者にとってはこれほど困るものはありません。一般人を装って反発のコメントを書き込むのがせいぜいでしょう。ただしつこいようですが、やはり八木さんからの直接の言い分を聞いてみたくてなりません。兎にも角にも、いま八木さんは何を考えているのか。会をどうしたいと思っているのか。西尾先生のブログからの間接ではなく、本人の口、
    ないし文章から知りたいです。

    >産経新聞読者さん
    ご意見に賛成です。
    今の会の現状は、道徳や常識の腐敗であって、思想信条いぜんの問題だと思います。

    私は総合学としての文学氏に賛同できません。
    先生の書かれている八木氏像が本当であるならば、人生訓を垂れて聞くような人とはとても思えませんし、真摯に接するべきというような次元とも思えません。

  15. 「反社會的性格者」が組織に存在した場合、組織の生存が脅かされるの常である。

    八木氏は、「反社會的性格者」でなのか。「つくる会」といふ組織に對し破壊者となつてしまつた。

    このような「反社會的性格者」に對して、お互いに両方の言ひ分もあるよな、などといふ中途半端な態度はよろしくない、と常々私は考えているものである。

    それが國家的レベルであれば、尾崎秀實のやうな姿となつて現れる。彼は「愛情はふる星のごとく」といふ本を殘したが、日本人の生存を危くしたことには疑問の挾む餘地はない。

    彼は陰謀してソ連に通じて居た。彼こそ反社會的性格の代表である。彼は当時の一級の知識人とされていたし、政府の中樞にも入り込んで居た。実際、「愛情はふる星のごとく」はベストセラーにもなつたし、戰後彼を讚美する人も多かったのだ。

    彼にどんな心情があつたにせよ、日本に革命をもたらさんとしてソ連に通じ、仲間を欺瞞して利用したのは許されることがあつて良い筈が無い。彼は自分の妻にさえその活動を知らせず欺瞞した。

    仲間の生存を脅かすこと。倫理の根本にはこれがある。自己の生存、家族、そして會社や地域社會、そして國家いずれも大きくは仲間だ。そのそれぞれの仲間のレベルを通じての、もつとも生存的なものが、すなわち倫理と呼ばれる。

    我々にとつて最低限大事なことは生存なのだ。だから、生存を護るために村の掟などができたりするわけだ。この掟といふのはすなわち村の道徳なのだ。道徳に反すればすなわち制裁が行われる。だから、道徳とは法だと云へなくもない。

    ところが、倫理とはそういつた制裁とは関係なく、個人の意思で護るもので、護ることが高貴性の証であり名誉のなのだ。

    彼は倫理を護ることが自己の尊厳として重要なのであり、だれからも強制されるものではないのだ。最高の精神的贅沢なのである。

    我々保守はそうした精神的高貴性といふものこそ重要であり、そうした精神性の貴族であることが要請されると言へるだろう。

    八木氏はさふした精神の高貴性からもつとも遠い存在であると断定せざるを得ないのある。

  16. 八木秀次氏は学者になろうというより、政治家を志望している。
    高崎経済大学の恩師を裏切り、行き着くところは「つくる会会長」という全国的知名度を得て、子飼いの事務局員を秘書に使い、日本会議や宗教組織の後ろ盾を求め、議会へ出ようと考えている。

    皇室典範問題では、時流に乗り、オピニョン誌やテレビ出演などして、十分なメディア露出を果たした。
    したがって、学者生命などはすでにどうでも良いと思っていた。

    ところがどっこい、利用するだけ利用して今は邪魔になった目の上のたんこぶの西尾氏、藤岡氏を排除するための裏工作が、すべて露見し、保守論壇からもそろそろ勘当されかかっている。

    天網恢恢疎にして漏らさず
    日本の伝統と文化を守るべき「つくる会」に野心を持ち込んだがために、自ら墓穴を掘っている。

  17. >永吉さま
    八木さんの弁明?を聴いてみたいというお考えには賛同いたします。

    永吉さまは学生さんとお聞きしましたが、いつも冷静で、しかも礼儀正しくていらっしゃいますね。

    ただし、
    >ブログというのは書く人間の独断場
    とのご意見は間違っていると思います。

    藤岡先生のように、反論をエントリー内に入れてほしいと言われれば、西尾先生はその場を提供することにやぶさかではないことは皆様の前で証明されています。

    また、コメント欄も現在一つのコメント(無内容の罵倒のみ)を一件不掲載にしているだけで、どのような反論にも門を開いております。

    つまり、独断場ではなく、反論の場をも提供しているということです。

    沈黙は金なりという時代は終りました。
    是非、反論のある方はしていただきたいと思います。
    そして、西尾先生の推測などが間違っているなら、説明をしていただきたいと思います。

  18. 皆さんは、八木秀次さんの学者としての精神の高貴性を問題にしています。私も、西尾先生の文章を拝読すればするほど、同様な感想を強くもちました。

    しかし問題がそれに留まらないことも、忘れてはならないと思います。八木さんを副会長に、そうしてまもなく会長に復帰させようとする力は、八木さん個人の私利私欲とか野心では説明できないからです。

    「つくる会」は、新しい教科書採択という具体的な数値目標をもって、左や中道の人たちと対峙する行動的な保守運動です。いやおうなく全国運動ですし、その一挙手一投足がマスコミに注目されます。ですから保守論壇の最も華やかな『劇場』でもありました。

    そんなことから、私利私欲や野心がふくらみ、学者、言論人同士の個人的な主導権争いが起こっても不思議ではありません。

    しかし、皆さんがご指摘するような余りにも見苦しい振る舞いが公然と横行し、皆が目をつぶってみて見ぬふりをするという状況は、私利私欲や野心だけでは説明しきれるものでは有りません。

    これってもしかして、サヨクの人たちが好んでお使いになる「路線対立」ということではないでしょうか? 隠然たる勢力が、2月28日理事会決定に対して本腰を入れて巻き返しに掛かった。そうした、大きな組織が絡んだ、保守論壇の主流争いが隠れているような気がします。

    西尾先生と八木先生はつい最近まで共著を出された間柄です。そんなことから、『意地の張り合い』といった狭い問題として、誤解してしまう人も多いかと思います。

    私は、西尾先生の最初の文章「顛末記」を読み返すことに致しました。

  19. 一読者です。始めて投稿させて頂きます。
    このように状況が明らかになって来ると,あらゆる陰謀も児戯のように見えるかも知れませんが,それはあくまで後から見た話で,「独房に入れられたら……」と書かれているように,その時々ではやはり非常に恐ろしいものです。オレオレ詐欺ですらあれほど多くの人が引っかかってしまうのですから,周到な陰謀がどれほど多くの人を惑わすかは言うまでもありません。陰謀に惑わされた人は,それによってまた混乱した行動をとります。そしてその行動がまた別の人を混乱させる。陰謀の二次感染と呼ぶべき事態です。行き着く先は大規模な人間不信であり,大なり小なりの社会集団の崩壊でしょう。西尾先生は二次感染を何とか食い止めて,他の人にも感染しないよう呼びかけておられ,その結果現在治療効果が発揮されつつある訳です。元々陰謀が恐ろしくなかったのではありません。
    今回の件のポイントは,「人間は目的のために手段を選ぶ。そこに人間の品位がかかる」という一言に集約されると思います。そして目的のために手段を選ばなかった者は,「言論人としての資格剥奪」をされても当然でしょう。
    興味深いのは,西尾先生がブログをお持ちで広く読者に訴える手段があるのに対して,八木氏側はどうもブログなどもなく,非常に閉鎖的な手段しか使えないようだ,ということです。これがもし逆で,西尾先生にブログが無く,彼らがブログ等で大規模な宣伝を行えるような状況だったと想像するとぞっとしますね。彼らは昔の学生運動の仲間だそうですが,そうしてみると,むしろ古いのは彼らの方で,西尾先生の方が意識や方法の面で先を言っているとは考えられないでしょうか。「顛末記」で,つくる会に「新人類」が登場してもうダメだと思ったという意味のことを書いておられましたが,私から見ればそうした「新人類」はもはや過去になった学生運動の「旧人類」に他ならないように見えます。
    でも「旧人類」よりさらに古い人類には,「旧人類」の手法も非常に有効なはずで,今後はこうしたブログを知らない/見ることのできない人,産経新聞だけ見てよく分からんと思っている人,等にどうやって広く事態を知らしめるか,ということが問題になってくるのではないでしょうか。当ブログのコメント欄ではもう結論は出たような格好になっていますが,現状ではまだまだ,いつのまにかこの件がうやむやにされてしまう可能性も残っていると思います。

  20. >>長谷川さま
    いえ、最初のときはずいぶん無礼な書き込みをしたりしましたので反省しております。
    あと私が独壇場といったのは、書く内容に制限がないという意味で言ったので……掲載原稿であれば編集者や雑誌にテーマや内容をある程度、固定されてしまうわけで、いつでも書きたいことを書けるとは限りません。ブログならそれができる。怪メールがきたら、すぐ載せられる。書きたいことも、そのままに書ける。誰もそれに妨害も制限もできない。これは反対派にしてみれば弱みではないかと。独壇場とはそういう意味ですのでご了承願います。

  21.  西尾先生、この問題は西尾先生からの一方的な情報しか流されていないので真実誰が怪メールなりファックスを流しているのかは私たちにはわかりません。もしかしたら八木先生とは全く無関係な人なのかもしれません。仮に八木先生にシンパシーを抱いている人だったとしても八木先生のなんらかの指示が無いようであれば一部のエキサイトしてしまった人の暴発にしか過ぎません。ひょっとしたら親米系の宗教団体の組織的な仕業かもしれません。
     結局のところ、西尾先生が八木先生に連絡をとって真偽を確かめるしかないと思います。それで逃げるようであれば本人の家か職場にいって強引に二人で会談する場を設けるしかありません。これは西尾先生にとっては「なんで自分がそんな手間をかけなければならないのか」と腹立たしいことかもしれませんが相手のレベルに合わせないと話はかみ合いません。そこまで西尾先生が下手に出ても全く埒があかないようであれば、正真正銘八木先生は愚か者ということになります。論壇誌も昔に比べて論客の数が減ったのか若手に非常に甘いです。結構ずさんな論考がまかり通っています。そういう現状の中ではアホらしい話ですが、結局は、西尾先生の方が動かざるをえないという不条理は避けれないのではないかなと思います。

  22. ピンバック: KuropanのIQ70
  23. >永吉さま
    なるほど、そういう意味でということなら、分りました。

    言論人は言論が命です。
    そしてその言論を発するのに、今までは規制のメディアを利用するほかありませんでした。
    月刊誌にしても、週刊誌にしても、編集者の意向しだいで、どんなに書きたいものでも書けないという不自由があります。
    インターネットの自前の場というものは、どんな人にも発信の自由をもたらすものなのです。

    ですが、それが文章を売って生活している人からすればただ働きのようにも思えるのでしょう。この武器を上手に利用しさえすれば言論人の最終目的――自分の思想を社会に広める――達成が容易になるのですが、それに二の足を踏む方がまだまだ多いようです。

    「つくる会」のように世に日本の歴史観を自虐的なものから解放しようという運動にこそ、このようなインターネットの有効利用が必要なのです。何度も何度も、つくる会事務局に私は訴えてきました。このことに理解を示してくださったのが、西尾先生のみです。

    足掛け5年という年月をかけて、西尾先生の日録が実力を蓄えてきたということですね。

  24. 怪文書2の末尾にある「CIAも動いています」という一文は、非常に重大な問題を孕んでいる。

    怪文書2が真実を語っているのかどうかはわからないが、未来の日本国と日本の若者のための歴史教科書が、CIAの工作絡みで親米日本史教科書なる奇妙な教科書になってしまったのであれば、看過できぬ重要な問題である。これがもし、米国でなく中国の工作による親中日本史教科書であったならば、マスコミを揺るがす大問題になっているだろう。

    現在の日本人、特に親米保守派の中には、親米のあまりに米国に対する警戒心を全く欠き、過度に米国を信頼し依存する傾向が強すぎる。戦後60年経っても、日本が普通の独立国に戻れぬのは、米国依存症がもたらした平和ボケのせいだろう。
    つくる会の親米日本史教科書により、米国依存症患者が増産されるのであれば、サヨクの教科書同様、非常に問題がある。

  25. 一読者様
    はじめまして。

    あなたのご懸念には同感です。新手の米国依存症患者が増えているようです。これらも、国を売る人たちの一種といって良いと思います。これらの人たちは、あからさまに、売国せよと宣伝しています。

    引用です。
    =======
    6カ国協議復帰会議が東京で開催されているさなか、
    横田めぐみさんの夫がDNAで韓国から拉致された当時
    16歳の少年だったことが判明した。

    実にいいタイミングのこのニュース!
    日本政府もいいチャンスを狙いました。
    (中略)
    結局、このシナリオは米国と日本による共同作戦の成果
    であり、
    EU=イスラエル=米国=日本が一本の線でつながっている
    からできた実に緻密な作業です。
    http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=119209&log=20060412
    =======
    唯の保守追従家である彼女(筆者)に拠れば、
    日本はもはや日本ではないのです。イスラエルの属国かもしれません。

    小泉さんだけでなく、彼女に褒め称えられている安倍さんも、
    とても心配です。

    つくる会権力亡者たちの裏側に、そうした国際勢力も絡んでいるのでしょうか?(怪文書がそれをにおわし、長いものに巻かれろ、といっているのですが・・・)

  26.  西尾ブログへ寄せられたこれらのコメントは興味深い。 
     ●ブログというのは書く人間の独壇場
     ●八木氏側はブログなどもなく,閉鎖的な手段しか使えないよう
     ●掲載原稿であれば編集者や雑誌にテーマや内容をある程度、固定されてしまう
     ●インターネットの自前の場というものは、どんな人にも発信の自由をもたらす
     ●この武器を上手に利用しさえすれば言論人の最終目的??自分の思想を社会に広める??達成が容易になる
     ●「つくる会」のように世に日本の歴史観を自虐的なものから解放しようという運動にこそ、このようなインターネットの有効利用が必要。
    など至言がちりばめられていると思った。

    学会や著述業界などを相対化するような時代がもう直ぐ来る
    http://blogs.dion.ne.jp/hirokuri/archives/2896389.html

    と共通するような問題意識だと思った。

  27. ピンバック: なめ猫♪
  28. 怪文書2を読んで、此れがそれなりの威力を持ちふると云ふことはどういふ意味を持つのだらうかと考へざるを得ませんでした。

    ひょつとすると、そこに帝國の壓政と云ふものが存在してゐるのだらうか、日本には本当の意味で言論の自由が無つたのではないかと疑つてしまひました。この帝國にはだれか特定の獨裁者がゐるわけではない。壓政は日本人の議論の土壌にあるのではないか。

    ここで怪文書2の文章を改めて引用するのは止めておきたい。

    あの怪文書は差出人が血迷つてやつたことにせよ、西尾先生ほどの人でも威嚇できると考えたわけで、一人の言論人をパージできるんだと言つているやうに見へてしまふ。

    堂免信義氏がネット上で、日本には表現の自由はあるが言論の自由はないと書いていたが、今回此のブログを通していまさらながら實感することになつた。堂免氏は、日本人の議論が「日常の生活実感に反する仮定」を「形式論理といへども受け入れられ」るのは、算数レベルまでで政策レベルになると途端に冷静さを失ふと嘆いている。

    残念ながら日本には、山本七平氏が云ふやうに自由談論(フリートーキング)の傳統がないと認めざるを得ないようだ。ひとたび政策の論議になるといつでも政治論になつて、人格を賭けた勝負事になつてしまう。戰後の我々は戰争中の日本人を笑へない。

    戰時中、この際満州も捨てて大陸から引き上げたらどうなるだろう、などといふ自由談論は皆無であったはずである。非国民を通り越して精神異常者として葬り去られたことだろう。

    さふいふ自由談論のない中での言論活動は、非常に窮屈な言論の自由なのではないかと大いに危惧する。

    願はくばインターネットによつて、帝國の壓政から開放され人々に自由が得られんことを。

  29. 先ほど投稿した後ふと思ひ出した。

    >残念ながら日本には、山本七平氏が云ふやうに自由談論
    >(フリートーキング)の傳統がないと認めざるを得ないよ
    >うだ。ひとたび政策の論議になるといつでも政治論にな
    >つて、人格を賭けた勝負事になつてしまう。戰後の我々
    >は戰争中の日本人を笑へない。

    宮本常一の「忘れられた日本」の中に、村の中で決め事する時に、主だった人間がみな集まつて、決まるまで3日でも4日でも期限をきめず徹夜したりしながら話し込んで行つて最終結論を出していく話があつたのを思ひ出した。

    もしかすると日本人は自由談論を忘れてしまつたのぢゃないか。

  30.  ウソの付き方が下手じゃないかな、怪文書って?

     いくらなんでも「CIA」は大げさすぎるでしょ?(ここで化けの皮が剥がれた気がするけどねw)

     やれ、CIA陰謀史観とか、ユダヤ陰謀説とか、オカルトが好きな人いますよね?

     漫画の読み過ぎじゃない?(苦笑)

    (世間が見えていないよ。。。だから、おかしな陰謀説にはまって、自閉しておかしな企みするんだよ。。。「学者」って、ある意味、「隠れニート」って気がしない? じゃなきゃ、「知識マニア」とか?)←「一般人」の方が、よっぽどバランスの取れた健全な思考を持っているので、そこからよく学んで欲しいね、見下すんじゃなくてさ?

  31. 木下あやめ様

    はじめまして。

    私は以前、つくる会の教科書を読み、乃木大将が全く扱われていない事を非常に不思議に思いました。明治を代表する歴史的な人物である乃木について教えずに、幸徳秋水や片山潜を子供達に教えるような教科書が、本当に偏向していない日本史教科書と言えるのだろうか、と強く疑問に思いました。
    結局、つくる会の教科書も占領軍が作り出した閉ざされた言語空間の空間内の教科書でしかないのかと残念に思うとともに、真の日本史教科書をつくる為に徐々に改正されるのだろうと期待しておりました。

    しかしながら、その期待に反し、つくる会の教科書は「親米日本史教科書」なるものに改悪され、占領軍が目指した「米国の属国としての日本」を磐石とする日本史教科書へと向かっているようです。乃木将軍の中にある護国の精神、すなわち「独立国としての日本」を子供達に伝えぬまま、親米のみを植え付けるという事は、結局、日本の弱体化を目指した占領軍の国際的な謀略に頭を洗脳され続けているのだろうと思います。

    つくる会の権力亡者の裏側に国際的な謀略があるのか無いのかは分からないのですが、少なくとも、国際的な謀略により大きく洗脳された頭で教科書をつくろうとしているように、私には思えます。

  32. つくる会が一回目の教科書にて本来の路線から歩み寄り親米路線の色を付け加えた理由には、私達の想像に及ばない圧力があったのだろう事は想像できる範疇ではないでしょうか。
    立ち上げた時代から時を経て色々と採用に至までの苦労はあったのは間違いないはずです。
    それに関しては、タカジンの番組ではっきりと先生が述べています。
    しかし、それをテレビで発言する人間が今までいましたかね?それをまずメディアでハッキリ言える先生のキャラこそが、本来大事であり、相手には驚異であり、そして結果的に近隣諸国にも驚異であるわけです。どうしてもネットでは多大な期待をつくる会に期待しますが、現実路線というものがあるのは、普段社会で活躍されているROM者面々には容易に想像できますでしょう。だからといって、けしてなあなあに事を終わらせてはいけないのも事実で、その点でつくる会内部の温度差があったのかもしれないと私は想像してます。その意味から、今回は教訓という形になりうる可能性もまだあると思います。時間を無視することの恐ろしさを会は知りました。貫く事の大切さも知りました。しかし、本当に大切なのはやはり日本にとって大切な教科書をつくることに尽きます。その原点に早く戻ることです。

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