北朝鮮核問題(五)

足立誠之(あだちせいじ)
トロント在住、元東京銀行北京事務所長 元カナダ東京三菱銀行頭取

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< 米国と中国と北朝鮮の関係>

 「朝鮮戦争なかりせば、台湾解放は1950年に片付いていた」と言うのが多くの中国人の本音であろう。中国空軍のパイロットだったある人が冗談まじりに「台湾海峡の上を飛んでいると思っていたら、鴨緑江の上でした」と語ってくれたものである。日本の左翼は朝鮮戦争を米国の陰謀と唱えたが、中国で聞いた本音は、以上のようなもので、「金日成は迷惑なことをしてくれた」というものであった。然し、国境の向こうに同じ体制の国が存在することは、国の防衛上不可欠なのである。それが「中朝地の団結」である。

 中国はその後、改革開放政策もあり韓国と国交を結ぶ。一方、北朝鮮は、日本人を拉致し、ビルマでの韓国閣僚テロ、大韓航空機事件などテロを繰り返し、核開発に踏み切る。クリントン政権は米朝合意で核開発を放棄させたつもりであった。北朝鮮はそれに違反して今日に至っている。

 既に6ヶ国協議が始まった後の2004年6月の第二回議会宛報告書で、USCCは北朝鮮の核危機について、「経済など実質北朝鮮の生殺与奪を握っている中国に圧力をかけさせ、北朝鮮に核放棄をせしめる」ことを議会、政府に勧告した。

 問題はいかにして中国に北朝鮮への圧力をかけさせるかである。

 一方、日本では報道されていないが、NORINCO(北方工業総工司)など中国の国有企業はイランなど懸念国へ、大量破壊兵器及び運搬システム(WMD・DS)の輸出を行っており、ブッシュ政権は制裁を実施していた。だが、違反行為は一向に収まらない。そのため、同じ報告書で、USCCは制裁内容の強化を勧告した。

 この二つの勧告に沿う動きは、2005年に開始される。

 6月ブッシュ大統領はエクゼクテイブ・オーダー13382(Executive Order, 大統領執行命令13382)を施行する。これは、WMD・DSを輸出したものとそれを金融などで援助したものの在米資産を凍結する権限を財務長官に与えたものである。

 更に、9月、米国は愛国者法に基づき、マカオのバンコ・デルタ・アジアに、北朝鮮の不正取引にかかわる預金口座を凍結させた。北朝鮮はこれにより大打撃を蒙り、米国に直接対話を要求するが、上記勧告に沿い、米国は微動だにしていない。

 2006年になると、中国外交に変化が起き始める。

 先ず、5月国連安保理のスーダンに係わる決議に同意したのである。ちなみに、スーダンの中央政府はアラブ系が握るが、この政府軍とアラブ系民兵が南部のアフリカ系住民のジェノサイド(民族・人種浄化、殺戮)を繰り返し、犠牲者は50万人に及ぶと言われる。国連安保理はその阻止のために経済制裁の実施を行なおうとするが、スーダンの石油利権を押さえ、偽装した軍隊まで派遣しているとされる中国がスーダン政府を支援し、拒否権をちらつかせるため、解決は常に頓挫してきたのである。しかし、ようやく曙光が見え始めた。

 又、中国銀行は北朝鮮の不正取引にかかわる資金取引停止で米国に協力を約した。次いで7月の北朝鮮のミサイル実験に対する安保理非難決議に加わった。同じ月イランのウラン濃縮停止にかかわる安保理決議にも加わった。これは、北朝鮮、(特に)イランに対する従来の中国の方針を転換させるものとなる。

 そして今回の北朝鮮核実験に対する安保理制裁決議への参加である。

 中国の一連の動きには、米国の働きかけが。愈々効果を上げてきたのではないかと感じられる。
前記エクゼクテイブ・オーダー13382が発動され、中国国有企業、中国の銀行の在米資産が凍結されれば、中国経済は崩壊の危機に晒されるであろう。

 中国経済の実態は、元上海総領事(故)杉本信行氏著「大地の咆哮」(PHP研究所)に詳しい。一例を挙げれば、東京には20階以上の高層ビルが100棟立っているが、上海には実に4000棟もあるという。上海は揚子江の運んだ泥が堆積した土地であり高層ビルを建てるのには、地下に相当数の鉄パイプを打ち込まなければならないし、それでも不十分だそうである。ところがほとんどの高層ビルはそんなこともせずいきなり建てられている。中国のビルはエレベーターも少ない。いずれビルは傾き、殆んどのビルのエレベーターは動かなくなるであろう、と記されている。そうなると高層ビルは使えなくなり、融資した銀行は膨大な不良債権を抱えることになるというのである。これは同書の”ほんの一部”であり、しかも杉本氏の本が中国の問題点の総てを網羅しているわけではない。

 ただ、エリート外交官の書いた同書の持つ意味は重い。

 USCCの公聴会証言によれば、中国の健康保険制度、年金制度など社会のセーフティーネットは崩壊しつつあり、その結果、苦しむ人々を救うためにあちこちに、”草の根”NGOが誕生、活動しており、その団体数は今や30万から70万に及ぶと言われる。その多くは海外からの援助を受けているらしい。

 中国自体問題が山積しており、安定とは程遠い状態にある。

 日本では、政治家やメディアは靖国問題が中国問題であるかのように唱えるが、靖国問題は、これら中国の山積する深刻な問題から、日本人の関心を遮断するための方便の意味合いの方が強いことは明らかである。

 東ヨーロッパの共産主義体制の崩壊は、ハンガリーでの自由の拡大が端緒であった。それから、東ドイツ国民のハンガリー経由の大量脱出が始まった。そして、ベルリンの壁の崩壊、ドイツ統一、全東ヨーロッパの共産主義体制崩壊、ソ連崩壊につながったのである。

 今中国は、北朝鮮問題でジレンマに陥っている。

 本音は、何もなしにそっとしておいて欲しいであろう。然し米国の圧力、日本の要求で、北朝鮮問題の処理に向かわざるを得ない。

 これからは、全くの推定である。中国にとって、現状維持以外のベストシナリオは、(病気でも、何でも理由はよい)金正日を亡命などで政権からおろさせ、朝鮮半島非核化させ(註:本当は中国にとってどうでも良いのであるが)、そのかわり、北朝鮮を実質中国の保護国化することであろう。

 ちなみに前記2003年7月公聴会で証人の一人は、「いざとなれば中国解放軍は北朝鮮に進駐するであろう」と述べている。米国は、当然そういったいくつかのシュミレーションを描いている筈である。

 注目されるのは、7月のミサイル実験に対する安保理非難決議は、日本が主導しているように見えたが、今回の核実験への制裁については、完全に米国の主導で行われていることが明白なことである。それは米国が、何らかのシナリオにそってうごきはじめたのではないだろうか。

 あるいは、米中間で虚々実々の取引が続いているのかもしれない。

 中国にとり、なによりも、処理が波風立たずにスムースに行くことが肝要なのである。さもなければ、東ヨーロッパで起きたことが、アジアで再現しかねないからである。

 こうしてみれば、北朝鮮問題は中国問題でもあるのである。

 韓国外交通商相の国連事務総長選出なども、最近の韓国の”太陽政策の変更”その他で、米韓の間に何らかの了解があったことも想像される。

 これから数ヶ月、北朝鮮(むしろ金正日政権)にとっては正に存亡の秋である。中国も万一に備え、準備を整え、体制の引き締めを図るであろう。

 勿論日本にとって、これからの数ヶ月は、正に国家、民族の運命を決めるときとなる。

 銘記すべきは、日本を標的とする200発以上のノドンミサイル総てに核弾頭を装備することを絶対に阻止し、北朝鮮から核とミサイルを一掃させ、拉致された日本人全員を救出することである。機会はこれ一度しか残されていない。

「北朝鮮核問題(五)」への11件のフィードバック

  1. 北朝鮮(でも何処でも)の核武装を阻止することは出来ません。
    日本政府は恰も原子力の平和利用などと云ふものが可能かのやうな幻想を国民に抱かせ続けたのでディレンマに陥つてゐるだけです。

    今の憲法を遵守して、非核保有国のリーダーとなるか、改正してNYでも攻撃出来るやうにし、広島・長崎の復讐が何時でも可能なやうにすべきです。
    結局両者とも不可能で曖昧(現実的?)な態度を取り続けることになることでせうけれども。

    靖国神社は日本古来の宗教とは丸で関係のない新興宗教です、そんなものを信じてゐる日本人が何処にゐるのでせうか。
    右翼の暴力を恐れるから、少しは選挙の票になるから、と云ふ問題で、遺族会が高齢化して自然消滅することが希ましい。
    折口信夫も靖国神社ほど醜悪な施設は前代未聞で、戦死したら自動的に神になるなどと云ふ宗教はなかつたと云つてゐたさうですから。

    中江兆民が云ふやうに、日本は古来から常識の国で、哲学による合理化も非条理な信仰も必要としない国民です。
    その多義性の象徴が天皇制と云ふことになるのでせう。

  2. 確かにここ数ヶ月は日本にとって正念場でしょう。

    安倍総理が西尾先生を再評価することを望みます。

  3. あがるま 殿

     小生は、靖国神社の神々は、祖国のために命を捧げられた有名・無名の国民が、等しく、八百万の神々に連なる一柱の神として祭られ、天皇陛下、皇族方から祈りと幣物を賜り、総理大臣から一般庶民に至るまで広く国民から敬意と感謝を捧げられ、護国の神々として天翔り国駆けりしたまうことを素直に信じる数多の日本人の一人です。これが「日本古来の常識」に基づく穏やかな認識であると存じます。
     日本古来の宗教に関し奇妙な信念をもたれる貴殿の方が明らかに極々少数派でしょう。また、どこの「折口信夫」かは存じませんが、随分「醜悪」な心根の日本人もいたものです。

  4. あがるま殿

    またまた変わった意見の持ち主が現れましたね。
    今日、米国の某有名シンクタンクで米国社会を見つめてきた方とお会いしました。ご指摘のように、米国人で原爆投下に対する日本の反撃を密かに恐れている人も多いそうです。しかし、そんなことを本気で考えている日本人は、まずいないでしょう。
    あちらのシンクタンクは、年500回くらいセミナーを開催するそうです。なにしろシンクタンクの好きな国ですからその数も多い。それだけ日本人も希望すればスピーチする機会はいくらでも多いそうです。ただ質問は矢継ぎ早に、ハイレベルで数多くの質問が寄せられます、当意即妙に受け答えできないと大恥をかきます。あなたのようなレベルでもし講演でもされたら、大変なことになりますよ。

    それはそうと、あなた様の靖国神社に対する不遜なご発言は、あなた様が何者かは存知ませんが、まともに答えるレベルのものではありません。

    ご遺族の立場にたって素直な気持で、戦地で亡くなられた兵士とその親御さんとの往復書簡を読んでみてください。その思いを追体験し、深く臆念できたとき、靖国神社の存在の意義が分かることでしょう。

    最近感じることですが、「天皇」「ご皇室」に対する想いが、真正日本人とそうでない日本人を分かつリトマス試験紙になることです。先日もある元保守系国会議員が飲み屋でふと洩らした言葉「昭和天皇はマッカーサーに会ったとき、命乞いをした・・」・・が問題になっています。当人は仮面保守政治家として、自ら正体を暴露したとして批判されています。
    「天皇制」などという言葉も、不用意に使わないほうがよろしいと思いますが、いかがなものでしょう。

  5. 思ひみる人の はるけさ

    海の波 高くあがりて

    たたなはる山も そそれり 

    かそけくもなりにしかなや

    海山のはたてに 浄く 

    天つ虹 橋立ちわたる

    現し世の数の苦しみ 

    たたかひにますものあらめや

    あはれ其も 夢と過ぎつつ 

    かそけくも なりにしかなや

    今し 君 安らぎたまふ 

    とこしへの ゆたのいこひに

    あはれ そこよしや あはれ はれ 

    さやけさや 神生まれたまへり 

    この国を やす国なすと

    あはれ そこよしや 

    神ここに生まれたまへり

    これ、誰が詠んだ歌か、どういう意味か、わからんのだろうな

    折口信夫先生を勝手に変な引き合いに出す人にゃ

  6. 黄色い私鉄 様 

    お知らせを ありがとうございました。

    教育再生会議のメンバーにヤーギさんとかおっちょこちょいの○田さんとかがいなくて「あぁ~よかった」。

    自己前宣伝のお好きな方ですね。○田さんは味方からも胸襟を開いた電話は永遠にもらえないでしょうねぇ。私は腹黒い人間だから「電話を録音している」って話はお墓までもっていくわねぇ。

    あっ、脱線しました。

  7. 神社は非命の最期を遂げた人物の祟りを宥めるためのものださうです。多数の若者が死んだ戦場の近くで行はれる盆踊りもそのための行事だつたとのことですが、戦場が海外では、折口のやうに一人で静かにで和歌を詠んで追悼するのが一番です。

    当時の指導者やその後継者が自分を彼らに対して罪あるものとして贖罪を求める施設なら、何の罪もない通常の国民には関係のないものです。
    靖国神社も信仰や宗教ではない、生活習慣だといつてゐるのですから、それを教派宗教化するのが正しいのでせうか?

  8. あがるま 殿

     貴殿は、真面目なお人柄のお方であろうと拝察致します。

     しかしながら、「思いて学ばざれば即ちあやうし」ということも免れ難いところです。

     吾が国に十万社以上もある古くからの神社の中には、確かに天満宮や鎌倉宮をはじめ「非命の最期を遂げた人物の祟りを宥めるため」に創建された御社もあるにはありますが、それが本筋のものであるというわけではなく、神宮神社の頂点に位置する伊勢神宮は、皇孫として皇祖神を祭り玉う天皇が神実(御神鏡)の同床を畏れ慎まれて伊勢の地に奉斎されたものであり、また、上は記紀にも顕かな神徳高き神々をそれぞれの御縁に因ってその地に祭る熱田神宮、出雲大社をはじめ由緒ある神宮大社から、下は国や地域のために大功のあった人徳高き方々を称え勅許を得てそれぞれ縁の地に祭った御社まで、実に様々ですが(尤も、戦後は新興宗教による自称神社も少なくないようですが)、総じてそのような流れが本筋です。

     靖国神社も凡そそのような流れに沿うものであり、法制上の整合性や政治上の所要から特異な存在であることが強弁された経緯もありますが、それは非本質的な論議であり、御魂を斎祭り鎮め奉るという観点からは、枝葉末節なことであると存じます。

     

     何れにせよ、先ず、吾が国古来の民族信仰についても、神社というものについても、もう少しオーソドックスな知識について学ばれてから思索を進められる方が「危うからざるところ」であり、実りある議論になるものと存じます。

     例えば、山田孝雄博士の「神道思想史」などは、神社神道、教派神道(これらは明治以降の区分ですが)、国学・古神道、儒仏諸派の神道についても偏りなく、格調高く、かつ平易に説かれた(講演録)名著であり、知る人ぞ知る隠れたロングリーダーであると存じます。老婆心ながら御一読をお勧め致します。

    (折口信夫先生は、有名な民俗学・国文学者であり歌人ではありますが、その私生活での流儀同様、やはりその神道に関する学説も鎮魂についての信念も独特なものであり、それのみに拠って一般全般を語られるのは、如何なものかと思われます。)

  9. 西尾さんも仰るやうに、日本の宗教は仏教も含めて既に古くから西欧の影響を十分すぎる程受けてゐて、古来のものではありません。折口も(本居宣長も)そこを問題にするのだと思ひます。

    明治神宮も靖国神社も、顕彰すると云ふ機能を表にたてた近代的なものなので、彼の賛同を得られなかつたのでせう。

    祖先崇拝の天皇家の宗教と一般の神道(と云はれる宗教もどきのもの)は分離して考へるべきものです。

    靖国神社は明らかに、怒れる魂を慰めるものです。

    布袋さんと和尚さんを区別しないやうに、常識は唯一ではなく、自己矛盾も含めた全体です。

    何に感動するのも自由ですが、山田孝雄の本にも矛盾が沢山出て来ることでせう。

    特殊な事情と云ふだけで、中国や社会主義韓国を説得出来ないやうな論理では、日本人も納得しません。

  10. >あがるまさま他皆様へ
    あがるまさまの10月25日付けコメントが内容が反映されていない状態だったようです。

    原因は不明・・・・

    現在再構築しましたので、コメントが反映されました。ご迷惑をおかけいたしました。

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