非公開:『GHQ焚書図書開封』への論評

 今のところ三篇の論評がなされている。

 二つは産経新聞、一つはWiLL8月号である。

 産経新聞は6月21日の石川水穂氏、27日の力石幸一氏のご論評である。前者は書評ではなく、この本の第一章の提出した戦後史の闇を切り拓く発見の解説である。後者は書評である。以下にこの二篇を掲げる。

 WiLL8月号は堤尭氏による書評である。このほうは雑誌が次の9月号になってからでないと掲示できない。

 ご論評くださった三氏に御礼申し上げる。

【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂 GHQ焚書の一端明るみに
2008年06月21日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面

 ≪3人の学者が関与≫

 戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が戦前・戦中の日本の書物を没収した「焚書(ふんしょ)」に日本の著名な3人の学者がかかわっていたことが、評論家の西尾幹二氏の研究で明らかになり、今月17日に発売された西尾氏の著書「GHQ焚書図書開封」(徳間書店)にその研究結果が詳しく書かれている。

 3人は、刑法学者の牧野英一氏と社会学者の尾高邦雄氏、倫理学者の金子武蔵氏である。

 西尾氏が3人の名前を見つけたのは、帝国図書館(国立国会図書館の前身)の館長を務めた岡田温(ならう)氏が「終戦直後図書館界大変動期の回顧(2)」に寄せた回想記の次の一節だった。

 「この年(昭和22年)の4月14日外務省の矢野事務官来館、この件(言論パージ)に関する協力方を求められ、次いで出版物追放に関する調査のための小委員会が設けられた。…専門委員として東京大学の尾高邦雄、金子武蔵両助教授、それに私が加わり、小委員会は主として帝国図書館館長室で、本委員会は委員長牧野英一氏主宰の下に首相官邸内会議室で行なわれた。…仕事としては余り楽しいことではなかった」

 西尾氏はさらに、「追想 金子武蔵」という本で、尾高邦雄氏がこんな追悼文を寄せている事実に着目した。

 「第二次大戦が終って、GHQによる戦犯の調査がはじまったころ、東大文学部にもそのための委員会が設けられ、どういうわけか、先生とわたくしはそれの委員に選ばれた」

 追悼文には、2人が貧しい身なりでGHQを訪れたところ、出迎えた二世の係官が驚いたことや、金子氏が動ぜず平然と調査結果を報告したことも書かれている。

 ≪GHQから東大に要請≫

 西尾氏はこれらの文献から、次のように推定した。

 まず、GHQから政府を通して東大に協力要請があり、文学部に委員会が設けられた後、金子、尾高の2人の助教授が指名された。2人はやがて帝国図書館に呼ばれ、専門委員として、出版物追放のための小委員会に加わった。小委員会での結論を受け、牧野氏が首相官邸での本委員会で没収の決裁を行っていたのではないか。

 西尾氏は、(1)3人の学者が具体的にどう関与していたか(2)3人以外に没収に関与した学者はいなかったか-などについて、情報提供を求めている。

 金子氏はヘーゲル哲学の権威で、西尾氏が東大文学部に在学中、文学部長を務めていた。尾高氏は東大、上智大教授、日本社会学会長などを歴任し、マックス・ウェーバーの「職業としての学問」の翻訳でも知られる。

 牧野氏は東京帝大法科を銀時計で卒業し、判事、検事を経て東大教授を務めた刑法学会の長老である。戦後は、貴族院議員や中央公職適否審査委員長などを務め、文化勲章を受章した。

 西尾氏は先の文献で3人の名前を見つけたとき、「言いしれぬ衝撃を受けた」という。

 研究によれば、GHQの民間検閲支隊(CCD)の一部門であるプレス・映像・放送課(PPB)の下部組織、調査課(RS)が没収リストを作成し、実際の没収作業は日本側に行わせた。没収リストは昭和21年3月から23年7月までの間、46回に分けて順次、日本政府に伝達された。昭和3年から20年9月2日までに刊行された22万1723点の中から、まず9288点が選ばれ、最終的に7769点が没収された。

 ≪今も続く国際的検閲≫

 「焚書」とは別に、GHQが行った新聞や雑誌に対する「検閲」の実態は、江藤淳氏の「閉された言語空間」(平成元年、文芸春秋刊)で明らかにされた。

 この検閲には、「滞米経験者、英語教師、大学教授、外交官の古手、英語に自信のある男女の学生」が協力した、と同書に書かれている。また、その数は1万人以上にのぼり、「のちに革新自治体の首長、大会社の役員、国際弁護士、著名なジャーナリスト、学術雑誌の編集長、大学教授」になった人々が含まれているが、経歴にその事実を記載している人はいないという。

 GHQが去った後も、「閉された言語空間」は続いている。江藤氏は国際的検閲の例として、昭和五十七年夏の教科書問題を挙げている。日本のマスコミの「侵略進出」の誤報をもとに中国・韓国が教科書検定に抗議し、記述変更を約束させられた事件である。その後も、中韓両国が検定教科書に干渉し、それを日本の一部マスコミや知識人が煽(あお)り立てるようなケースが後を絶たない。

 江藤氏に続いて、戦後知識人の“正体”を突き止めようとする西尾氏の研究の進展を期待したい。

(いしかわ みずほ)

産経書房 GHQ焚書(ふんしょ)図書開封
西尾幹二著(徳間書店・1785円)

 最近の大学生は、対米戦争があったことすら知らないといわれる。「GHQ」と聞いてもピンとこない若者が多いだろう。

 戦争の記憶が薄れていくのはある意味仕方のない時代の流れである。しかし、日本には、歴史を歪(ゆが)める特殊な力が存在した。

 GHQによる占領政策である。江藤淳氏が『閉ざされた言語空間』で取り上げた「検閲」の問題は有名である。

 戦後、7000冊以上の書籍が消されたことは、これまでほとんど知られることがなかった。本書はこの「焚書」の真相に初めて迫った労作である。

 本書の目的は2つある。一つは、この文明破壊ともいうべき焚書の実行プロセスを解明することである。ナチスによるユダヤ人虐殺もユダヤ人の協力が不可欠であった。GHQの焚書にも日本人の協力者があったことが、著者の調査でわかってきた。

 そしてもう一つは、戦前の日本人が世界をどう見ていたかという問題である。戦前は軍国主義一色に染まっていたというイメージが戦後定着している。しかし焚書書籍にそういった熱狂はない。

 日本人は敵の意図も実力も十分知りつつ、やむにやまれず自衛戦争に突入していったことが、焚書図書を通して浮かび上がってくる。

 戦前の日本といわれて、磨(す)りガラスを通したようなぼんやりとした像しか浮かんでこない人がほとんどだろう。焚書がそうした事情にどうかかわるのか?

 研究はまだ緒についたばかり。戦後63年目に、ようやく日本人は歴史の出発点にたったといえるのではないか。

力石幸一

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