非公開:『諸君!』4月号論戦余波(二)

 もうネットサーフィンはしないと書いたが、『諸君!』4月号論争についてこういう掲示があったと教えてくれる人がいたので、ご紹介する。

 最初の松永太郎氏は、私がもち出した英文の本などに詳しい方のようで、いまさらもう何年もたつ古い本を持ち出すとは何ごとだ、「情けなくなる」と私は叱られたが、まあそう言われても仕方がない。ただ詳しい方面の関係者には余りに自明なこれらの本さえ秦さんはひとつも目を通していなかった。そして、そんな文献は全部無価値で、歴史家にとっては検討に値しない本だと乱暴なものの言い方をしたのである。松永さんはこのことも分ってくれたようでありがたい。

西尾vs 秦 論争 呆れた「諸君」4月号、秦郁彦氏の発言  by 松永太郎  @甦れ美しい日本  
2009年3月6日 NO.277号

月刊誌「諸君」4月号に「 田母神俊雄=真贋論争」を決着する、捨て身の問題提起か、ただの目立ちたがりか、などと題して、歴史家の秦郁彦氏と西尾幹二氏の対談が掲載されている。

ちなみに、この対談で、西尾幹二氏が紹介されている、ニコルソン・ベイカーの「ヒューマン・スモーク」、ジェラルド・シェクターの「聖なる秘密」や「ヴェノナ」関係の本は、すべて、筆者が、すでにこのメールマガジンで、ご紹介ずみの本ばかりである。

 ヴェノナ文書といわれるものが、公開され、それを基にした歴史書が何冊も英米で発表されるようになって、もう何年もたつ。それなのに、今さらのように、それをもとにして「論争」が行われ、「陰謀論だ」「いや、そうでない」などという話が言論誌で展開されるのを見ると、今の日本の現状を鏡に映しているような気がして、興味深い、と同時に情けなくなる。

 それにしても、この「諸君」の対談のタイトルは、節度がない。この対談でも、次のような問答がある。

 秦 こういうものは日米関係にもけっしてよい影響は与えません。一部の人々の間で、田母神氏が英雄扱いされているのは、おそらく彼のお笑いタレント的要素が受けたからでしょう。本人も「笑いを取る」のを心がけていると語っています。

 これに対して、西尾氏は、

  日米関係に悪影響云々は政治家が言うべき言葉で歴史家の言葉ではありません。田母神さんを侮辱するのは、やめていただきたい。軍人には名誉が大事なのです。

 と答えているのは、当然のことながら、さすがである。軍人を侮蔑したり、軽蔑したりする「インテリ」の悪い癖は、そろそろやめたほうがよい。

それにしても、秦氏が「日米関係に悪影響云々」を言うのは、本音が表れた、というべきであろう。もって東京裁判史観を叩き込んだ占領軍の洗脳工作の怖さが伺える。アメリカの歴史家の間では、ほとんど常識と化している「ルーズヴェルトは日本を戦争に追い込んだ」という説を言うことさえ、日本の現代史家は、恐ろしくて、いえないのである(「日米関係に悪影響があるから」)。

 それにしても、この対談における秦氏の無知にはあきれかえる。彼は、最初にあげたような本はぜんぜん読んでいない(自分で言っている)。いないまま、ホワイトがソヴィエトの工作員であった(コードネームさえ付いている)、という事実を、平清盛がペルシア人だったという説と同じような荒唐無稽な説としているのである。これでは話にならない。これらの本は、すでに少なくともアメリカでは歴史家の評価も確立しているのである。それともまだ翻訳されていないし、誰も読んでいないから、何を言っても大丈夫だと思っているのだろうか。

 権威主義的な学者や評論家は、都合が悪くなると、相手を陰謀論と決め付ける。しかしルーズヴェルト政権が、日本を締め上げて戦争に追い込んだ、というのは、陰謀論ではない。では、ルーズヴェルト政権は日本との平和を望み、最後まで、和平交渉に全力であたっていたのであろうか。そんなことはないことは、「ハル・ノート」を見れば、すぐにわかる。そして、その原案を書いたのはハリー・デクスター・ホワイトであり、彼は、ソ連の工作員だったのである。

 まだ言いたいことはたくさんあるが、とりあえずの感想を書いておきたい。
  文:松永太郎

次は佐藤守氏のブログである。佐藤さんには『諸君!』3月号の拙論もあったことをお知らせしておきたい。

西尾vs 秦 論争 似非保守派学者に「諸君」は食いつぶされた  「子供達を戦場に連れて行く?」   @軍事評論家=佐藤守のブログ日記  から
2009-03-04 

同時に言論界にも面白い現象がおきている。

 保守派総合雑誌の「諸君」が休刊になったのである。文芸春秋社の目玉の一つで、「紳士淑女」欄は私の愛読していたもので残念だが、昨年末、それも田母神“事件”以降、「諸君」に登場する「保守派物書き」が、田母神氏を批判する度に「一般書店での売れ残り」が目立っていたから、私はこのことを感じていた。

 つまり、「諸君」が重用していた保守派物書きや歴史学者などの「正体」がばれ、読者が何と無く「胡散臭いもの」を感じたからであろう。同誌の「休刊」は残念だったから、昨日一冊購入したが、これには「西尾幹二氏と秦郁彦氏」の撃論が出ていて、二人を良く知る私としては興味津々である。

 明らかに西尾氏の“勝ち”だが、こんな似非保守派学者に「諸君」は食いつぶされたのだと感じる。勿論、それを見抜けなかった編集者の目も問題だが。

文:佐藤守

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