先の見えない船出 (二)

7月28日に今年三冊目の本の担当者(青春出版社)二名と打ち合わせ会が行われました。本はすでに9割できあがっていて、書名でさんざんもめました。担当者の一人はこの5月に結婚したばかりの清楚な美しい女性記者で、彼女とお酒をくみ交わしながら自分の新刊本の書名をあれこれ論じ合うのは楽しいひとときでした。結局、題はシンプルに勝るものなし、という私の意見がいれられ、最初の案『日本を救う日本人の条件』はやめて、同行の課長さんの出したいい提案で、『日本人の証明』ときまりました。10月刊行予定です。

 『日本がアメリカに見捨てられる日』(徳間書店)と『日本人の証明』(青春出版社)は刊行日が近づけば詳しい目次面の紹介を含む内容説明をおこないます。次に少し作業が遅れていますが、ひきつづき本年4冊目の企画は八木秀次氏との対談本『新・国民の油断』(PHP研究所)で、ジェンダーフリー批判です。男女参画反論本の決定版を出したいと思っています。相手にダメージを与える本質論を、分り易く平明に論じて、戦っている各方面の指針となるべく期待に添いたいと考えています。私はいま山のように集めた資料と格闘しております。

 さて、これで終わるのならいいのですが、ここからが私の最大の難所です。『男子、一生の問題』を含む今までの4冊のうち3冊はすでに事実上終っているのです。7月30日に筑摩書房と扶桑社の担当者の両方に会いました。これはこれからの話です。筑摩書房の「ちくま新書」『あなたは自由か』は1年以上も前に70枚書いて止まっているのです。70枚読み返してみたら、これがなかなかいい。『諸君!』連載が終ったのだから、もうこれ以上は待てない、という、筑摩の湯原さんの気迫もさることながら、今まで書いた内容に自分で満足していることから、やはりこれはやり遂げなくてはいけないと思いました。「月刊誌のように毎月各章をお宅までもらいに行きますよ」といわれて「そうしてもらおうか」と弱々しげに答えました。

 同日夜、扶桑社の書籍編集の新責任担当常務の鈴木伸子氏にお会いしました。昔からの仲間の眞部栄一氏と吉田淳氏と四人で、わが家に比較的近い五日市街道寄りの高級寿司屋へ行って歓談。ここで決定されたことは重い。ひょっとするとこれで私の体力は尽き果てるかもしれません。

 『国民の歴史』のパート2を書くという要請はかねてあり、関連書物をすでにどんどん集めています。今度は新しいところに限定で、『国民の現代史』でいきたい、とか。日米・日中・日ソと革命の歴史20世紀、スパイと武士道の戦い、情報戦に敗れこの半世紀の「冷戦」を他の国は戦い抜いたのに、それをもせずに腑抜けの殻となったわが国とわが民にいかなる愛の涙を注げるか!

 8月1日第二回目のAldrich研究会。当日録の無頼教師さんが『国民の現代史』の話を伝えきいて、730ページのR.J.Aldrichという人の“the hidden hand―Britain,America and Cold War Secret Intelligence”を持ちこんでこられた。私のための勉強会が開かれることになったのです。すでに第二回目ですが、なかなか進みません。むつかしいし、量が多い。

 こうしてともあれ皆さんの愛情と支援につつまれてどうなるか先の見えない戦いに船出しました。

 私は自分の書きたい本を書けるだけ書くのが一番楽しい人生だと思ってきましたから――大学の会議と、大学生に話をするのが好きではなかったから(今の学生には何を話しても空しいのです)――今はある意味でとても充実していて、幸せなのです。ただし大きな仕事が時間的に間に合うのだろうか――これが問題です。

 『国民の現代史』を私は2005年6月刊と主張しています。扶桑社の眞部さんは3月か4月だといいます。そんなこと不可能です。私は長嶋茂雄氏と同じ年齢なのです。

 私は長嶋さんと同じ齢だってことを忘れるなよ、と言って別れました。

 ふと気がついたら『江戸のダイナミズム』を本にする仕事もきっとあるはずだったのに、いつしか忘れているのです。終ったことはもう終ったことで、心の中で処理されてしまっているからでした。

先の見えない船出 (一)

 8月25日刊行予定で『日本がアメリカから見捨てられる日』(徳間書店)の校正がいま急遽進められています。その第一章は、「他人の運命にも国家にも無関心なあぶない宰相」で、最近の関係論文を収めますが、当日録の最新稿「小泉首相批判について」(一)(二)(三)をも収録することにしました。その関係で(一)と(三)の各後半を若干加筆修正しました。現在日録に掲げられているのは加筆修正後の文章です。思想内容に変更はありません。

 7月22日に「江戸のダイナミズム」(『諸君!』9月号最終回「転回点としての孔子とソクラテス」)の校了をすませた後、23日から8月2日まで、一日を除いて毎日、会合、会議、ミーティング、出版社との打ち合わせ、新しい勉強会がつづき、あっという間に10日間が流れました。ここで起こった出来事のうち詳しい内容をお知らせした方がいいものももちろんありますが、それは後日に譲り、10日間に何があったかだけを連記します。

 「新しい歴史教科書をつくる会」の新会長選出をめぐる理事間の調整の最終段階に入り、7月29日の理事会で内定し、8月2日に正式に決定しました。事務局長が手順を踏んで公式発表をするから待ってくれというので、私はここで新会長の名を公表するのを差し控えます。2~3日中に、2名の新加盟の女性理事の名と共に新聞その他で公開されるだろうと思います。

 11月20日福田恆存先生の10周年のご命日に次の企画が実施されることとなり、内容打ち合わせを去る7月25日に行いました。

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 福田恆存歿後 10年記念―講演とシンポジウム

日時:11月20日午後2時30分 ¥2000 
場所:サイエンスホール  地下鉄東西線竹橋駅より7分
公開:福田恆存未発表講演テープ「近代人の資格」(昭48)
講演:山田太一  一読者として
講演:西尾幹二  福田恆存の哲学
シンポジウム:西尾幹二・由紀草一・佐藤松男
主催:現代文化会議
 Tel. 03-5261-2753(夜)
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 7月26日には私学会館にて九段下会議第一回オープンフォーラムが行われ、参加者は約50人でした。当日録の書き込み者も数名参加していました。安倍晋三氏が最初に挨拶、城内実氏(衆議院議員)の講演、山谷えり子氏、衛藤晟一氏の発言もあって、大いに盛り上がりました。参加者からもいい提案が出ました。この件は日録にあるていど詳しく報告いたします。信頼できる新しい保守の、知識人と政治家の協力体制です。

小泉首相批判について (三)

それでも世間では、小泉首相は今までの首相がともかく誰もやらなかったことを幾つかなしとげたと思っているいる人がいまだに案外多い。他に代れる人がいないのだからとにかく相対的にましなこの人を降ろす理由はない、と。

 それから、小泉首相を追いつめると民主党を利し、民主党と公明党が連立を組む最悪の政権を心ならずも作り出してしまう結果になると心配する向きもある。

 さらに、小泉政権の解消が北朝鮮との国交正常化を食い止める結果に必ずしもつながらないのではないかと問う人もいる。また日本が国交正常化をしてもしなくても、金正日政権の存続には直に関係がなく、中露韓の三国が金正日政権の維持にひきつづき貢献するだろうとの予測を述べる人もいる。

 また、小泉首相は北が拉致や核をめぐるピョンヤン宣言を忠実に実行しない限り、これ以上どんな援助もしないし、巨額の資金を北に渡すことはしないと再三言明しているので、さほど心配は要らないと安心している人も多い。それでいてピョンヤン宣言に拉致のことも書かれていなかったし、首相が会談で核査察を問い糾さなかったことも人々はとうに忘れている。

 つまり、意見の大勢は小泉首相に任していてもまだまだ安心で、かりに退任に追いこんだとしても、そのあとに不安のない、より良いシナリオが思い浮かばない、という点におゝよそ一致しているのではないか。

 これらの人々に私は次のように申し上げる。

 小泉首相はもともと人間的に無責任であぶない政治家だった。そしてその個人的な冒険を好む、お坊ちゃんの遊び人体質のあぶなさが、今米大統領選の近づく国際情勢下のここへきて一段ときわ立ってきているようなので、ここいらで手を引いてもいらいたいと希望しているのである。

 私はにわかにこう言い出したのではない。前から同じ観察をしてきている。『男子、一生の問題』を読んだ方は、その4章の「ノルウェー旅行で買った一枚の地図」のくだりを覚えておられるであろう。地図を買って自分の旅の中の位置がはっきり分った経験から、正しい言葉やぶれない言論が地図と同じようにいかに必要かと述べた箇所である。

 小泉首相の第一回訪朝(2002年9月17日)から半年以上経たあたりで以下の文章を私は書いている。

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小泉首相は拉致の二文字どころか、核問題や核査察について何一つ宣言文に言及せずして、言われるままに黙って調印してのこのこ帰ってきた。

 私は小泉訪朝の日に、この事実をすでにはっきり問題視している。未来が見えない人間は、動物のように一寸先をしか見ずに、本能だけで生きている。テレビのキャスターたちの間抜けづらが思い出される。言葉や思想がどうしても必要な所以(ゆえん)である。

平成15年(2003年)2月21日、全日空ホテルで国際日本フォーラムの緊急提言委員会が開かれ、イラクと北朝鮮をめぐるアメリカ支持のアピールを採択して、私も署名した。その席上、田久保忠衛氏が、「ピョンヤン宣言で小泉首相が核のことを取り上げずに、10月16日にアメリカからたしなめられるという一件があったが 、年が変わっていまごろになって日本が核を騒ぎ出しても、「だから前に言ったじゃないか」とブッシュに言われそうで、まことにバツが悪い」と発言し、同席者は皆そうだと思った。

言葉と思想を持つ人間は先をきちんと見ている。政治家にそれがない。ことに小泉首相にそれがない。彼が日本人をどこへ連れて行くのかわからないのでじつに不安である。

 私たちは霧の濃いノルウェーの山と湖のただ中をさまよっている感じがする。

 何とかして一枚の地図が欲しいものだ。真の言葉の果たすべき役割がこれである。しかしマスコミが広がって、情報が多く、贋物の言論がはびこり、われわれは蹌踉(そうろう)と砂漠の中を歩いているような不確実性にさらされている。(120-121ページ)

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 以上の通り、私は最初から小泉首相が日本をどこへつれていくのか、支持率が高く独裁的な人であるだけに不安でならなかった。2004年5月22日の再訪朝で金正日に個人的に脅迫された節があると睨んで、いよいよもうダメだ、日本は本当に危いと思い出した今までの経緯は私の複数の論説で分ったであろう。

 小泉首相の国際外交判断力は昔の金丸信と変わらない。彼が拉致の5人をとり戻したことは事実だが、あれは北に忠実な4人を選び、米兵がらみの1人を加えて、向こうから投げて寄越した北の謀略で、日本の世論がすぐ北へ戻りたがった彼ら5人を守ったのであり、首相の功績ではまったくない。世論が燃えなかったら小泉氏は5人をすぐ北へ戻したろう。小泉内閣になってから「誰もやらなかったことを幾つかなしとげた」事実はない。「改革」は掛け声だけで、なにもまだ成果がなく、タイム・イズ・オーバーである。

 先の参議院選挙の期間中、小泉総理は「構造改革の成果がようやく出て来た、景気が回復して来た」と改革の成果を盛んに強調していたが、内実は「構造改革な景気回復」であり、米国、中国への輸出の増加によるものと分析されている。

 私はしみじみ最近、貧富の格差がこの5、6年で広がったと感じている。規模の大きい資産家が出現し、次々と邸宅を建てている反面、リストラで子供を高校中退させるローン破産者も激増している。大企業、中堅、中小企業という企業間格差、また都市と地方の景気回復の格差が広がる一方である。

 小泉政権をこのまま続ければ、自民党は確実に次の選挙で民主党に政権を渡すことになる。リベラル左翼から旧社会党まで含む民主党の政権を私は望まない。また、小沢一郎氏の無責任な渡り鳥的行動をも支持しない。早く自民党内で首相交替の手を打ってもらいたい。 

小泉退陣で、安倍政権になお間があるなら麻生太郎氏も、平沼赳夫氏、高村正彦氏もまだいて、民主党政権なんかにはすぐにならない。小泉首相はアメリカの意向も国民の反対も無視して、北朝鮮に大金を支払うようなことはない、と思っている人が多いが、小泉氏に限っては分らない。にわかに何をするか分らない。

 金正日政権の存続はたしかに小泉政権の動向とは関係ない。たゞ日本の国内は国家観をもち世界がもっとよく分っている政治家を指導者に頂いておいた方が安全である。

 半島には近く激変があり得る。北朝鮮が一番恐れているのはアメリカではなく、中国とロシアかもしれない。中露に敵対して、一転してアメリカに依存し、アメリカ軍の駐留を求めるという思ってもみない展開をしないとも限らない。戦争なしで北朝鮮に突然星条旗が立つかもしれない。ジェンキンス氏はひょっとしたら金正日のブッシュ宛の密書を携えた使者かもしれない。彼はなぜあんなに簡単に日本行きを承諾したのか。

 しかしそれは金正日が民主主義というものの力を誤認した場合で、簡単に起るとも思えない。たゞし、中国とロシアに金正日は心を許していないはずで、追いつめられて何が起こるかまったく分らない。過日の中国からの金正日帰路に起こった駅爆破テロは、中国の仕業か、北の内部の反体制派の仕業か、それが分らないので、米情報部は必死に調査中だろう。いづれにせよ、米対中露をめぐる激しい水面下のつばぜり合いが起こっていると思う。

 いよいよ何か決定的なことが起こったとき、日本が尻軽になって北朝鮮とアメリカの両方に瞞され、利用されるということがあってはならない。また、核つきの統一朝鮮の成立を許してもならない。

 目まぐるしいこれらの動きに小泉氏はいずれにせよ耐えられる器ではない。

 なお、さいごに付言しておくが、いよいよ次は蓮池薫氏が口を開く番である。洗いざらい彼があの地で高い立場で経験し、知り得たいっさいを文章にし、本にし、公開すべきである。彼と地村氏にはそれをする義務がある。

(8月3日午後加筆修正)