原発論争

 今日のこの日から当「日録」はコメント欄を復活することを宣言する。妨害者の乱入に悩まされてコメント欄を久しく閉鎖して来たが、復活を望む声も少なくなく、もうそろそろ開いて、自由な書き込みを歓迎すべきときではないかという声に従いたい。

 なお、コメントは、コメントと書いてある部分をクリックすると、一番下に記入欄が現われます。コメントは承認制となっています。

 原発事故とそれをめぐる今の国の状態について、WiLL6月号(4月26日発売号)に20枚ほど寄稿した。私の関心は大きくいって三つあった。第一はアメリカとの関係、今回の対日支援の本当のところは何であるかを考えてみた。第二は原発を操る人の質の問題、広い意味での政治、必ずしも政治家だけではなく、官僚・企業人・学者を蔽っている相互無批判な集団同調の心理を分析した。そして第三は資源エネルギーの未来のテーマ、原発に代わる代替エネルギーは果してあるのかないのかについてである。しかし今回は第三の主題には筆は及ばなかった。主として第一と第二の現状分析に終った。題して「最悪を想定できない『和』の社会の病理」。以上は文化チャンネル桜での私の発言内容と方向においてほゞ同一である。

 4月16日(土)に放送された文化チャンネル桜の原発事故をめぐる討論を見て下さった方は予想外に多かったようで、いろいろな反響があった。最初は仕事の関係でいま親しくお付き合いしている編集者の方(50歳台)からのメールである。

 

桜チャンネルを興味深く拝見いたしました。
西尾先生が常日頃述べられている東大支配の構造が、原発推進そのものであると、とても理解できました。
推進する側の官僚体質と自信が、とても気になりました。それにしても、菊池様は話は長いが、言葉が活きていてユニークな方ですね。

浜岡原発は、恐ろしい。
どうなるんでしょうか。また、お話をお聞かせください。
取り急ぎ、感想まで。

 「菊池様」とここにあげられている方は私の右隣にいた元GEの技術者、福島第一原発の施行管理担当者であった菊池洋一氏のことである。日本の原発を現場で最初に手がけた人である。

 次のメールはまだ若い外資系企業のビジネスマン(30歳台)の知人からである。

 昨日、チャンネル桜の3時間討論をネットで拝見しました。非常に明確で分かりやすいメッセージでした。GEで当時福島原発の施工管理をされていた方のコメントも重みがありました。
先生の現在の原発問題と将来のリスクを混同せず分けて議論する手法、国民が背負わなければならない将来のリスクの損害の大きさと原発推進のメリットの大きさの不均衡、 現在の原発を管理する制度上の問題、あるいはその背後にある根本問題、目の前にあるリスクに対する行動指針、どれもが明快で、原発推進派の優等生論文を言葉遊びで行動が伴わない暗愚と痛烈に批判されるあたりは全面的に共鳴しました。誰に囚われることなく自分でリスクを測り、シナリオを考慮し、行動することが求められる非常時である筈なのに、何か停滞感があるのは何なのだろうと思います。企業であれば即刻崩壊しています。

 ここでもやはり菊池さんは注目されている。

 WiLLの論文には書き落としたことがいくつかある。あまり人は言わないが、気がついている人は気がついているテロの危険である。今度の事故でテロリストに原発の弱点を公開してしまった形だ。爆弾を使わなくても電源設備をこわせばよいのである。使用済核燃料棒が高い処に貯められている構造も建屋の強度を殺いでいる。

 チャンネル桜の水島社長は福島第二原発の現場にも今度足を運んでみたそうで、驚いて言うには、入り口周辺に警備する人の姿もなく、まったくの無防備であった由。私の言う日本社会の病理とはこういうことを指している。事例は無数にある。

 この国の国民はこんなあぶない道具を使いこなす力がそもそもないのかもしれない。軍事ということからかけ離れて65年もうかつに過ごした。日本人は原子力潜水艦を建造した経験も運転した経験もないのだ。企業人や学者や官僚が手に余る危険な「火の玉」を扱っているという自覚が余りにも欠けている。原子力安全・保安院の係官は東京で電話連絡を受けているだけである。福島の現場に始めて係官が二人顔をみせたのは、何と事故発生から38日も経ってからのことであった。誰かが言っていたが、なぜ東電の会長と社長は防護服を着て、率先して放射能のある現場に入って、作業員の働くそば近くに行ってみようとしないのか。

 さて、私の友人の中にはテレビ討論での私の発言に反発し、否定的だった人もいる。尾形美明さんは元銀行マン、私の友人の一人である。私は彼から次のように手厳しく叱責されている。

今まで、チャンネル桜の討論を見ていました。
西尾先生はじめ、原発反対論者の意見の粗雑さと幼稚さに正直驚きました。
日本には「47の火の玉(運転中の原発のこと)がある。これを直ぐにとは言うわけには行くまいが、どう整理していくかが課題だ」などと言います。原発は制御不能な「火の玉」なのですか?試しに、原発を利用している国々に訊いてみたらいいですね。大笑いされるでしょう。

 要するに「原発NO」が当然という意見です。さらに、地熱発電だとか、太陽光発電だとか“代替”エネルギー源についても活発に発言していましたが、それが「代替にならない」ことを全く理解していません。勿論、そういったクリーンエネルギーの開発にも努力すべきですが、原発に代替になるはずがありません。
例えば太陽光発電で、半導体製造工場の稼動が可能だと考えるのでしょうか?

 元GE職員だったという人物の饒舌と、その話の内容のなさには呆れました。原発の周辺では「乳児の死亡率が54%も高い」のだそうです。何を根拠にそんなバカなことを言うのでしょうね。

 また日本が原発を止めても、フランスやアメリカが止めるはずがありません。中国やロシアだって同様です。いや、中東の産油国でさえも、原発建設を計画しています。化石燃料は有限であり、何時までも依存できないからです。

 技術開発には失敗が伴います。その失敗を活かしながら、より安全な技術を求めて行くしか人類が生き延びていく道はありません。(それも、世界人口が100億人を超えても無限に、というわけには行かないかも知れませんね。どこかで人類は、食料やエネルギーなどで“限界”に直面する筈です。いや、意外と水資源かも知れません。)

 少なくとも、エネルギーに関しては、「第二のプロメティウスの火」と持て囃された(産経紙、福島敏雄「土曜日に書く」)原子力を活用するしか、人類が高度の文明生活を享受する道はありません。
もし、原発を拒否するのであれば、人口を5分の一くらいに減らす覚悟をすべきです。
原発反対論者は、「3割電力消費を減らせば、原発不要」などと言いますが、それはあくまで“当面”でしかありません。

 チャンネル桜の討論を見て、つい、高ぶってしまったようです。失礼しました。

尾形拝
「つくる回ML」4月16日より

 ここでは菊池さんがひどくネガティヴに扱われているのは少し困るが、私自身はこのような叱責口調で批判されてもそれには理由があると思われるので別に驚かない。尾形さんには理由があるのである。理由は原子力に替わることのできる何らかの別の有力なエネルギーは存在しないという彼の確信から来ている。彼は次のようにも言っている。

エネルギー問題は安全保障の要でもあり、この安定的な供給がなければ、日本社会は「1日たりともやって行けない」ものです。そしてその主流は、現在のところ、火力発電か原発しかあり得ません。一時、期待された、「核融合」の実用化は無理なようです。

 極論ですが、電力需要を減らす一番確実な方法は、人口を減らすことです。これは石井さんの言い方を逆にしたものです。「安くて使い勝手が良く、大量に安定した電力」なければ、世界の死亡率は急上昇する、ということです。
でも、現実は年々、65百万人前後の人口増加が予想されます。(『世界国勢図解』)

 これも極論ですが、「原発で死んだ人は、何人いますか?」という考え方も出来ます。チェリノブイリでは直接の被爆で4千人が死んだと言われます。スリーマイル島では、死者はなかったのではないでしょうか。
一方、交通事故では世界中で毎年何十万人も死んでいるのではないでしょうか?でも、「自動車を廃止せよ!」という運動は起きません。ガス中毒も何万人かはいるでしょうね。でも「ガスを使うな!」という運動は起きません。

 これは、水島代表が先日、チャンネル桜で述べられていたことですが、こういう考えも出来ると、私は思います。要するに、江戸時代の生活に戻る覚悟がなければ、大量の電力を消費せざるを得ないのだ、ということです。

という具合で尾形さんのもの言いは止まる処を知らない。原発は人類の未来そのもので、他に取って替わるエネルギー源はない、という動かぬ前提から発していて、この前提が存在しつづける限り、彼の立論も終わる処を知らないであろう。

 私は今日は第三のこのテーマはペンディングにしておくと言った。よほど勉強しないと確信をもつには至らない。言論界も今後このテーマで沸騰するであろうが、まだ結論は早い。

 ひとこと言っておけば、自動車事故や飛行機事故を例にあげているが、これらの事故は限られた死者が出るだけで終わるのであり、原発のように土地を汚し半永久的に人の住めない死の土地を作るのとはわけが違う。原発は国土の歴史への破壊の可能性を孕んでいて、日本のように国土の狭い国には不向きである。

 もう一人の友人の粕谷哲夫さん(元商社マン、70歳台)はブログ「株式日記と経済展望」の末尾にあるコメント欄を引用して、それにさらに自らのコメントを付けて送ってきた。内容は未整理だが参考になると思う。

原子力発電の未来を問う!(Unknown)
2011-04-19 18:57:24
1/3【討論!】原子力発電の未来を問う![桜H23/4/16]
http://www.youtube.com/watchv=IRG8G_a7hBk&feature=player_profilepage

パネリスト:
 齋藤伸三(前原子力委員会委員長代理・元日本原子力研究所理事長)
 竹内哲夫(前原子力委員会委員・元日本原燃社長・元東京電力副社長)
 林勉(エネルギー問題に発言する会代表幹事・元原子炉メーカー技術者)
 兵頭二十八(軍学者)
 菊池洋一(元GE技術者・福島第一原子力発電所施工管理担当)
 鈴木邦男(作家・政治活動家)
 西尾幹二(評論家・文学博士)
 前田有一(映画批評家)
司会:水島総

2/3【討論!】原子力発電の未来を問う![桜H23/4/16]
http://www.youtube.com/watchv=9gk44zLpx4Y&feature=related

菊池さんの話、地上波では絶対放送できない内容でした(東京電力が結構スポンサーをしていますから)。確かに延々と話されて、聞いていると疲れも感じましたが、内容は非常に貴重なものでした。本当に原子力を推進していくのであれば、彼のように配管工事や施工工事の怖さや大事さを知っている技術者に大幅に権限を与え、『最高の原子炉を設計できるのはあなたしかいない』と言って、応援するべきだ。

必見動画 !!! 政府の情報隠しは旧ソ連の「ファシズム」と同じだ(Unknown)
2011-04-19 19:11:37
佐藤栄佐久前福島県知事がズバリ指摘
http://gendai.net/articles/view/syakai/130029
【動画】日本外国特派員協会で行われた佐藤栄佐久・前福島県知事の会見
http://facta.co.jp/blog/archives/20110419001004.html

(粕谷) この動画によると 昨年6月に 福島第一原発の2号機で停電事故が起きていた、幸いにも緊急電源が間にあって大事には至らなかったが、佐藤は東電に対し、 不測の事態にたいする予防、危機管理を強化するよう申し入れたが、東電は、「天敵」佐藤の要望を一蹴したという。今回の津波事故は 人災 と断言していた。
このプレスクラブでの発言は、多くの外国人記者によって世界中に流されるであろう。
佐藤は、自分の国策逮捕的な 政治的な動きは 安倍晋三の首相就任以降激しくなったようなことをほのめかしていた。どうも道州制反対の佐藤知事への圧力か?口を濁した。あそれらの問題は 自著【知事抹殺】を 読んでくれと宣伝していた。
佐藤は原発そのものに反対ではない。原発をやるならきちんとやれという立場である。
また日本の原子力政策は 通産省が完全支配しており、路線が敷かれた後はいわゆる政治の介入の余地はないというような実態にも触れていた。
福島原発の 推進には渡部恒三が大いにかかわっているようだが、 その点の記者の質問についての 渡部にたいする批判的な発言はなかった。
刑事被告人にんされただけに 佐藤の怒りは並大抵なものではない。

原子力発電の未来を問う![(Unknown)
2011-04-19 22:06:02

3/3【討論!】原子力発電の未来を問う![桜H23/4/16]
これだけ怒っている西尾先生の姿は久方ぶりに見た。西尾先生の怒りは、東電に対して、かなり強い。
東電の勝俣会長や、清水社長は、会見で頭を下げ謝罪の言葉は口にしたが、悪びれる様子も無く、そこにはなんらの当事者意識も感じられない、非人間的な姿が見て取れた。心の中ではなんとも思っていないのだろう。自分たちがしでかしたことに責任も持たず、むしろ俺たちは被害者だと居直っているのではないか
テレビでアホ発言したが、あとで謝罪した勝間などまだ良いほうだ。東電幹部たちのあの態度からは、人間の温かみなど露ほども感じられない。
日本人とはこんな冷徹な生き物ではなかろう。このことに西尾先生は怒っておられるのだろう。

http://www.youtube.com/watchv=kmnnevZeVhA&feature=BFa&list=SP4F05DB19CE6DD039&index=3

Unknown(Unknown)
2011-04-20 00:33:45
福島原発事故の現状について 京都大学原子炉実験所小出裕章先生に聞く

【福島原発】2011/4/19/火★1.作業員からも工程表に疑問-2.Meltdownとは 1/2 8分44秒
http://www.youtube.com/watchv=asrdKaAP1Rg

【福島原発】2011/4/19/火★1.作業員からも工程表に疑問-2.Meltdownとは 1/2  9分20秒  
http://www.youtube.com/watchv=47dJI69Yuhc

(粕谷) 動画投稿者は URL だけでなく何が報じられているか ぐらい書け!!
この動画にたいする 以下のコメント たいへん参考になる。
日本の原子力行政がいいかにいい加減か よくわかる。

コメント

紙の防護服…。車から5分程しか出なかったらしい枝野は、見たところかなりチャンとした”宇宙服”タイプを着用している様子だったが、その1着分だけでも命がけで作業して下さっている現場の人にまわすべきではないのか…。

本当に助かります。毎日アップしていただけるので、その時点での最新の分析がわかります。これからも期待しています。

主要紙の世論調査によると「原発やむを得ず」と考える人が一定数いることが明らかになった。
何故、事を小さく思わせる楽観的な状況を皆簡単に信じてしまうのでしょう?
事の深刻さを分かっている人はかなりいますが、依然として「原子力は日本の電力の1/3なのだし安いのだから仕方がない。」という洗脳から抜け出せないでいる国民。消費税はあれだけ皆が反対するのに、、、。
悪者を管氏に集中させ、野党はじめ皆が責めていますが、確かに初動云々はあったにしろ、問題の根源はもっと奥深くにあって、「安全神話」を作り既得権益を得てきた原子力安全委員会や推進派学者たちや東電の周りの取り巻の所業には考えが到達しない。
我慢強さは世界一の民族でしょう。でも今回の場合はそれは逆効果を生んでしまうのでは?という気すらしてしまいます。

アップありがとうございます。
小出先生の話は現状把握に役立ちます。

斑目!?・・・聞きたくもない名前が出てきた。

「希望的工程表」は、「民主党のマニフェスト」と同じだ。
「根拠無き楽観」は、この国の信用を失くし、国民を不幸にする。 小出先生ありがとうございます。 UPをありがとうございます。

小出先生、スタッフの皆さま、こうして日々信頼おける情報を提供して下さり、ありがとうございます。読み込んでいます…

* 小出先生と同じで、一日も早く冷却システムを作り上げて欲しいと思っています。
何か、良いアイデアはないものかと考えています。
全然役に立っていませんが・・・。

 今回は保守系の人でも二つに割れていて、岡崎久彦さんなどは「事故は次への飛躍への教訓」「工学は失敗を糧に育つ」などと言っているようである。尾形さんと同じ立場である。

 さいごに青山繁晴さんの最新の意見を掲げておく。私の知らない知見だった。

(汚染水の放射性物質の濃度を低くする作業については、フランスのアレバ社の技術を取り入れるということなんですが)

 東電や日本政府がこういう現状だから、フランスやアメリカの手を借りると安心だという雰囲気が日本にけっこう広がってて、特に高名な評論家やそういう方々が、フランスやアメリカが入ってくれるからという感じでおっしゃってるでしょ。よく現実を見てほしいと思うんですが、アレバはフランスの国策会社で、国が9割方株を持ってる。アレバの技術を使ってる核技術施設はすでに日本にあるんですよ。それは青森県の六ヶ所村の核燃料サイクル施設、あるいは核燃料の再処理工場なんですが、これフランスの技術を入れたためにずるずるいつまでも稼働できなくて、もう20回近く先延ばしになってですよ。で、元々の費用は7600億円でできるはずが、何と2兆2000億になってるんです、すでに。これ日本国民が知らなくて、国際社会ではほんとに有名な話で、このロベルジョンさん(CEO)も含めて、国際社会ではもうフランスは六ヶ所村を食い物にしてると言ってるわけですよ。

 じつは使用済核燃料の処理は世界でどこもまだ成功していないのだと聞いている。アメリカとフィンランドは燃料の残りは全部土中深く埋めこむ計画だがまだ計画の段階である。日本とフランスは再利用する方向で、高速増殖炉は日本特有の技術ではあるが、平成14年4月に停止してしまった。成功していない。他方、六ヶ所村の再処理工場は別の方向だが、ここも最終試験段階でトラブルが発生している。かりに成功してもいっぺんに処理できないので中間貯蔵施設に使用済を何千本と保存しなくてはならないが、その施設がまだ出来上っていないとも聞く。しかも、再処理ができても「高レベル放射性廃棄物」はさいごにどうしても残るのである。これを地下300メートルに埋めこむ計画のようだが、どの自治体も受け入れを拒否している。300メートルといっても日本列島は地震大国である。地殻変動で将来何が起こるか分らない。燃料の最終処理はフランスも成功していない。フランスは日本に望みをかけてきたのだと思う。

 世界は福島を転機に原子力への考え方を変える可能性があると私は考えている。しかし私はまだまだ知識が足りないので確たることはいえない。諸々のオピニオンを以上すべてここに掲げてみたのは、これからゆっくり考えるための一助になればと思ったからである。

「原発論争」への21件のフィードバック

  1. 最近、WILLもあまり読んでいないし、チャンネル桜も見ていないので、コメントはしばらく差し控えたいと考えていましたが、どうも気が落ち着かないので、2~3点述べさせていただきます。

    私は、20年位前までは原発反対派だった。高校時代の同級生に東京電力に入社したトップクラスの秀才がいて、彼は、原発を進めなければ21世紀の日本は亡ぶ、といっていたので、同窓会で論争したことがある。論争といっても、甲論乙駁したわけではなく、ただ互いの立場を主張して対立していただけのことだが。

    私の原発反対の理由は、第1が核廃棄物の最終処理(技術)ができていない。トイレのないマンションを造るのと同じだ、ということ。
    第2は、細長い日本列島に原発を配置したら、格好の攻撃目標とされる国防上の問題。
    第3が、安全対策をコストに参入すれば、水力・火力に比べて高コストにつくということ。(この時、日本の電力費は諸外国より割高だということを大分大声で主張したらしい。自分では忘れてしまっていたが、数年後の会合で、他の同級生から指摘された。)
    原子力発電がなければ亡んでしまうというなら、そんな国は亡んでも仕方がないではないか、その位のことはいったように思う。ただ、今振り返っても、原発そのものの放射能、放射線漏洩の危険については心配していなかったことになる。その辺の技術に対する信頼感は十分にあったのだろう。

    原発反対派から転向したのは、左翼思想からの離脱の一環ともいえるが、原発反対・循環型(再生可能)エネルギーを主張している「先生」(名前も忘れてしまった。)の、「自然の」省エネ生活の優雅さが、現実離れしており、原発等の大量エネルギーの供給のもと、人々の働きで生み出した剰余価値(これはなマルクス経済学の概念だが、この場合ピッタリなので、敢えて使わせていただく。)のおこぼれに与った贅沢に過ぎない、と感じたことが切っ掛けだったと思う。そこから、積極的な原発肯定論に至るには、長い道のり、といえば少し大袈裟になるが、それは省略する。

    簡単にいえば、最終処理問題を解決しなければ、人類の危険に繋がるが、直ちにその危険が来るわけではない。目前のエネルギー問題、経済問題から逃げたり目をそらすわけには行かない、原子力技術は最先端技術の一つであり、又人類の認識の最先端の一部であり、その流れと力を無視したり、そこから外れたりすることは、所詮現実逃避に過ぎない、そう考えると、トイレのないマンションのように、入居したらその日から行き詰まる例えは当てはまらない、いわば、必要悪の肯定のようになるが、何れ肯定しなければならないならば、積極的に肯定することが、問題の根本的解決にも繋がるだろう、ということである。

    ここから、人類破滅の危機と背中合わせのところに、原発肯定の文明はあるということだ。それを必要“悪”というなら、そんな我々の存在自体が悪なのだ、と開き直るより、仕方がない。

    原発の第一線、最先端の技術者や労働者は、絶えずその緊張感の中にいるのではないか。そこから生まれた原発の安全技術には十分信頼性がある、と私は思う。
    福島第一原発は、M9規模の地震で停止し、津波で補助電源が流されるまで冷却を続け、その後も緊急冷却装置が働いていたという。
    東電の経営者、その背後にいる原子力安全院や経産省、広い意味での政府が、ほんの少ししっかりしていて、津波対策や、補助電源の二重化でも進めてれば、こんな大事にはならなかったはずだ。原発の安全技術そのものはいささかも破綻していない。(技術の絶対的肯定をいうわけではない。)

    中越地震のときもそうだったが、原発本体の安全に全く問題はなかったのに、周辺の配水管の破裂などによって放射線漏れが起こったのだが、その教訓は全く生かされていなかったという。信じられない怠慢である。東京電力にしても、2~30年前の経営者だったらこんな馬鹿げたことは起こさなかったのではないか。
    政治家、官僚、経営者、わが国の指導者達の堕落、これが今回の事故の原因であって、原子力と文明の関係やら、原子力技術の問題だとかいうことではない。いや、そうでないと断言することは誤りで、結局そういう問題があることは明かであり、それは当然論じられるべきことだが、先ずは、わが国の堕落・腐敗を取り除き、国家再建の契機とすることが先決だと思う。それを欠いた抽象的な文明転換論は、上滑りなものになろう。

    中途半端な結論じみたものになってしまいましたが、今回の事故は、否応なくわが国の再建が懸かっていると思います。「安全神話」や、放射線の脅威の問題など、問題はたくさんありますが、もう少し勉強し、整理して、コメントさせて頂きたいと思います。

  2. 桜チャンネル、興味深く拝見。
    西尾氏が良い意味で浮き上がっていました。なぜなら西尾氏の立ち位置はほかのメンバーと次元を異にしているから・・。「未来を問う」というタイトルにかかわらず、そういう文明史的観点からの問題意識はほかの人にはほとんど見られませんでした。冒頭、西尾氏はアメリカの見方を披露されましたが、この辺の議論がその後まったく展開されなかったことが残念です。菊池氏発言は色々の受け止め方があるにせよ、さもありなんというリアリズムが大変参考となり面白く聞きました。
    小生はこれまで原発に関しては無関心派で、スマイリーアイランドにせよ、チェルノブイリにせよ、アメリカ人、ロシア人のやったことだから、とまったくその詳細を知ろうともせず、日本人の原発安全神話を鵜呑みにしていました。今回震災の当初も、これで原発の限界を知ることができる、今後のためには(被害は被害として)それほど悪いことではあるまい、程度にしか思っていませんでした。
    しかし、だれかさんではないけれど「勉強すればするほど」、ハード、ソフトの両面で、日本の原発がいかに脆弱であったかを知るにいたりました。
    そして小生の感想はーまさに原子力とは「破壊」(負)のエネルギーであって、これを「正」のエネルギーとして制御する能力はまだまだ人類(とくに官僚民主主義が跋扈する日本人)には備わっていなかったのではないか?負債をため込んでいることに気がつかず、電力(世の中のすべてを動かしていると言ってよい)の便益を享受し放題してきたのが現代文明だったのではないか?「自然」から、驕れる人類に対し、その貸しの清算を迫られているのが今回の電発事故ではないだろうか?ーというものです。
    福島原発問題は現在進行形です。You Tube「予言されていた原発震災/広瀬隆インタビュー」によれば、同第一原発の四つの号機のそれぞれの収束の確率はfifty-fiftyだそうです。すなわち四つ全部が無事におさまる確率は0.5の4乗、すなわち6.25%となります。これが本当のことでないことを祈るばかりです。この人の本、「原子炉時限爆弾」(ダイヤモンド社)は、いま本屋で平積みになっていますが、第1刷発行は昨年10月であり、必ずしも「きわもの」ではありません。しかし一読、地震(とくに活動期に入ったらしい)とうまく折り合いをつけて暮らしてゆかざるを得ない日本人にとって背筋の凍る本ではあります。(祝コメント解禁)

  3. 原発で何人死にましたか?、ということですが、飛行機事故、自動車事故では全部ではなくとも、便益を得ている人達が事故によって死亡するか負傷する割合が高い。原発事故の場合は都市部で便益享受している人達は死亡も負傷もせず土地も汚染されず、リスクを負わないで、高みの見物をしている。東京湾に原発を林立させたら、原発事故では大した死人はでない、という論にもやや納得できる。長期にわたって原子力に代わるエネルギーを研究・開発していくのが求められることであり、どうせ他国が推進するというが、今後は国際的な規制により順次廃止していくようにするのが、日本のとるべき姿勢ではないか。太陽光発電で半導体工場が運転できるか、できるでしょう。蓄電池の進歩と変換効率の向上で。エネルギー問題は、現状維持に固執する姿勢では解決しない。

  4.  福島原子力発電所の重大事故は日本人の核アレルギーを倍加させたのではないかと危惧している。私は前々から田母神前空幕長と同様に我が日本の核武装に与する者の一人だからです。日本を取り巻く諸国は日本国憲法にいう「平和を愛する諸国民」のいる国なんかでは決してなく、いつでも牙を剥いて我が日本に襲い掛かろうとしている恐ろしい国々ばかりである(台湾は除く)。此度の原発事故によって日本が衰微して行くことだけは何としても避けたいものです。 <東大泉HM>

  5. 東電は、「天敵」砂糖の要望を一蹴したという。今回の津波事故は 人災 と断言していた。

    東電は、「天敵」佐藤の要望を一蹴したという。今回の津波事故は 人災 と断言していた。

    だと思いますが、些細なことですが、、、

  6. 西尾先生 お元気そうでなによりです。

    今すぐ、この政権を廃止しなければ、後になって、あの時、力ずくでも止めさせるべきだった。
    と後悔することになる。

    何度も書くが、菅は無能なのではなく、日本破壊のために
    着々と手を打っている。(朝日ジャーナルは明確に宣言した)

    原発事故は支配権力を行使する口実として都合がよい。
    (原発情報を一手に握り支配、脅しの道具とする)
    よって、早期に終息させることはない。

  7. すでにご承知でしたら申し訳ありません。

    放射線についての知見が大阪のテレビで放送されていました。
    中村仁信先生の見解です。
    http://www.youtube.com/watch?v=568Sd6ogKY4
    http://www.youtube.com/watch?v=bteQASzqo5A&feature=related
    http://www.youtube.com/watch?v=c9JJF6Vg04Q&feature=related

    テレビで発言の場を得ている武田先生は保安院の責任について
    言及しておられます。
    http://takedanet.com/2011/04/post_20b2.html
    http://takedanet.com/2011/04/post_255b.html

    ——————————————————-

    現場作業員の方は、被爆量が上限に達せば作業出来ないのですから
    作業員の数を確保せねばなるまいに、政府は全国から労働者を集め
    る苦労をやっているのでしょうか。
    事故のはじめにロシアの学者さんが、数万人動員せねばなるまい、
    と語っていましたが政府は行動に移しているのでしょうか。

  8. 元GE技術者の菊池さんを検索していてユーチューブで今回の討論を見て西尾先生のサイトに辿り着きました。
    推進派のメンバーは現役では無いにしろ、只今渦中の大悪人とされる方々のOBで面白いメンツだと感じました。
    反対派にはもう少しデータに詳しい方々居ると良かったですね。

    今回の震災と原発事故で僕も初めて地震のメカニズムや原子力という事を調べたり、実際の東電や保安員の記者会見、その他の原子力の専門家の方々のインタビューなどを全ての時間を通して見たりしました。
    色々な知識と情報が入り交じり、何が本当で何が嘘なのか識別するのに困っています。
    多くの学者達や海外のメディア、フリーランスの記者は東電や保安員、安全委員は情報を出さずに誤摩化していると言っています。
    でも、もし東電も実は何も分かっていなかったら?本当に恐ろしい状況です。
    または東電は言わないだけで、すでに原発を収束させる目処が立っているとしたら?でも何故発表しないのか?でもそれなら安心だし、それこそ色々なものがただの風評被害だし・・

    今、僕の中では疑心暗鬼と猜疑心が渦巻いています。

    どちらにせよ、放射能という前代未聞の公害が降り注ぐ現実において
    まともな情報や戦略をしっかりと示してもらえないというのは日本国において最悪の事態なのだと感じます。

    今後の日本(数十年先という事で)という事では、やはり消す事の出来ない火は使うわけにはいかないと個人的には感じます。
    エネルギーが足りないから今までのような便利な文明的な生活ができないからリスクを持って原発を使うというのは有り得ないと感じます。
    何故なら人の生きる道とは便利から得るものでは無いと感じるからです。
    今後のエネルギー問題は人々が何を求めるのかというところにも多くの議論をして欲しいと思っています。

  9. はじめまして。
    チャンネル桜の討論会を見ました。
    私はバブルのころ大学生で朝まで生テレビがスタートしたころでした
    そのとき西尾先生をお見かけしその言論にカタルシスを覚えたものでした
    その後興味をもち数冊ですが先生の著著を購読させていただきました。
    最近になりyottubeなるネット動画が発達したおかげで先生の講演会など
    を拝見する機会もめぐまれ勉強させていただいておりました。
    今回福島の事故が起きて以前として知識人のなかには原発推進派が
    います。政治評論家の三宅先生、経済学者の岸先生、石原都知事等
    は原発は必要といっています。私はタカ派的な言論者の発言に快感を覚える一方で原発にはずっと反対でした。今回の事故をきっかけに尊敬する西尾先生が原発推進について異論を唱える立場になっていただいたのはうれしく思いまた心強くも感じました。原発がコストが安いというのはまったくのいんちきで洗脳です。どうか今後とも脱原発への言及をよろしくお願いします。

  10. 覚醒者の声 紹介(部分)
    困った洗脳された老人たち–別に大江健三郎だけが異常なのではないでしょう。こんな連中をのさばらせている日本という国が異常なのです。私の町にも、大江と同じような考えの元小学校校長で現在児童文学者がいます。戦前、教師になり戦後はGHQや共産主義者の矛盾だらけの出鱈目を子供たちに注入してきた狂育者です。—http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-719.html
    うちの両親—-昭和18年生まれと、昭和23年生まれなのですが、残念ながら完全なアホです。母親は、韓国ドラマを2本ぐらい、毎日見ています。見ないように勧めても、絶対にやめません。見続けます。そんな両親ともに、熱心な民主党支持者です—-http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-719.html

  11. 西尾先生曰く「私はまだ知識が足りないので確たることはいえない」。といふことは、これから勉強なさらうといふことだらう。やれやれ。先日編輯者から「先生は200歳まで生きるつもりですか」と揶揄されたことを先生御自身が披露されてゐましたが、それを思ひ出しました。私としては、先生がそのエネルギーを分散されることを好みません。しかし原發と言へば、國家の消長に大きくかかはる重大な問題であることは疑へませんので、御勉強も已むを得ないでせう。
    願はくは、御身いとはれますやうに。

    先生が「知識が足りない」とおつしやるのですから、私なぞは「知識皆無」といふべきでせう。從つて、以下に申すことは、全て、論據なし、情緒的に考へれば――を前提とします(それを一々斷わりませんが惡しからず)。

    尾形美明さんの激語に感銘しました。尾形さんの強い信念に共感し、「原發反對論者の意見の粗雜さと幼稚さに驚いた」に贊成したくなりました。このかたは相當な「知識」をお持ちのやうですね。

    西尾先生の「日本社會の官僚化の缺陷が表面化したのだ」とのお言葉に私は反對です。むしろ官僚化の不徹底・不十分が樣々な頽落現象を齎してゐるのだと考へます。勿論、官僚化の徹底とは社會主義化を意味しません。部分的に、役人の得意な分野があり、そこは役人にやらせるべきだと思ふのです。それを取り違へて、政治主導などと言ひだすからをかしくなるのです。
    まづ監督行政。縱割り行政といふと、惡いことに決つてゐるかの如く言はれます。たしかにさういふ面があり國民に迷惑をかけてゐる面はありませう。しかし繩張爭ひはマイナスだけではありません。戰前遞信省の役人を務めた人から聞きましたが、けふは商工省とやつてくるぞ、けふは農林省とやるぞと血刀を引つ提げるやうな氣持で役所を出た、そしてそれが役人をしてゐて、最大の生き甲斐、やり甲斐だつたさうです。それは役人にとつていいといふだけではなく、社會に
    もプラスになります。行政は原則的には獨占ですから、ややもすれば澱みがちです。そこで、これは俺の仕事だと奪ひ合ふことは活氣を生みます。あつちでは今
    あんなやり方をしてゐるが、こちらにやらせれば、かういふやり方で、倍も效率をあげてみせる。――さういふ竸爭・喧嘩は生産的にもなりえます。なによりもやる氣がある證據です。「これは自分の仕事ではない。そちらの仕事だ」と押付け合ふやうになつたらおしまひだ」、そんなことを、通産と情報通信の奪ひ合ひ
    の最中だつた郵政事務次官と話した覺えがあります。
    郵政事業についても、私は役人が、一錢の税金も使はずに、實に巧みに運營してゐるのを横目に見てをりました(私自身は役人ではないが、そのそばにゐて、彼等と附合ふのが商賣でした)。勿論細かく見れば、いくつも問題はありました。しかし、明治以來培つたノウハウはよくできてをり、それによる全體の運營は見事でした。これを他の人達にやらせても、決してかうはうまくいかないだらうと確信してゐました。そこへ小泉さんの「改革の本丸は郵政。民營化に贊成か反對か、國民に訊きたい」とのお言葉。西尾先生は、これに猛烈に反對されましたが、それは多分郵貯・簡保資金がアメリカに吸收され、やがて支那大陸に消える
    ことを憂へられたのだらうと臆測してゐます。まあ、そんなことが國民に分る筈はありません(私も反對でしたが、それは郵便を主にした考へでした)。そして、結果は御承知のとほり、ワーッとなだれを打つやうな小泉支持でした。
    私は60年安保以來久しぶりに、我が日本國民のバカさ加減を存分に味はひました。こまかな理屈は分らなくても、普通の人間なら小泉さんの、あのふやけた,したり顏を見ただけで吐き氣を催す筈です。我が國民の神經はいかなるものなのでせうか。そして、あれほど踊らされた「郵政」が民營になつて何か一つでもいいことがあつたのか、今、どんな状況なのか、我が國民はまるで無關心です。これも、そのレヴェルを示してをり、いかなる國民も自分たちの程度以上の政治家を持つことは出來ないといふ言葉の眞理なることを思はせます。
    閑話休題。論據は違ふにしても、先生も私も郵政民營化に反對でした。そして今、先生は「官僚化の缺陷」とおつしやり、私にはそれが、失禮ながら流行の觀念の如く感ぜられ贊成できません。バカ國民によつて選ばれた政治家よりも、試驗を通つた役人の方が優秀な場合はいくらもあります。

    先生曰く「原子力潛水艦ひとつ建造していない。そんな國が『平和利用』だけやろうとしてうまくやれるはずがない」。これには全面的に贊成です。ただし私は「潛水艦」の他に、原子爆彈・核兵器を加へたいと存じます。

    以上、駄論を竝べ失禮しました

  12. 初めてコメントします。

    地震の直前の桜の討論で「何年後かはわからないが三番目の核が落ちますよ」との発言に戦慄しながらも同意していました。論理的必然としてそうなると。

    放射能レベルが「安全だ」という政府、学者の物言いがどこか性急で誤魔化しのようで猜疑心を拭えません。覚悟なき戦後日本の覚悟なき原発であったことが安全派の学者にも表れているということなのか、それとも・・・。

    我々は何十年後かのハルノートを書いたのは実は・・を待つことはできない。それを待たずに今判断するのだから想定外も想定しておかないと。ということで、以下参考までに。

    http://okazaki.incoming.jp/danpei/archives/2010/01/aaacaeaeieaeeac.html
    オバマ大統領の連邦政府科学技術主任のジョーンPホールドレンという人が、政府学会向けの教書をおおっぴらに書いて、世界政府が強制断種や人口削減をどのように政策としてやるべきか教えています
    Ecoscience: Population, Resources, Environment
    ttp://www.amazon.com/Ecoscience-Population-Environment-Paul-Ehrlich/dp/0716700298/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1263189191&sr=8-1
    Forced abortions. Mass sterilization. A “Planetary Regime” with the power of life and death over American citizens.

  13. ニュース
    菅直人、大震災発生のとき『これであと2年はできるな』と発言した」…勝谷誠彦、テレビで断言

    24日、ジャーナリストの勝谷誠彦氏は読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」にて、 東日本大震災が発生したときに菅首相が「あと2年はできるな」と発言したことを紹介した。 「複数の中枢の人物から聞いている」とのことで、辛坊治郎氏の「本当なんですか」の 問いにも「本当です」と断言した。※有志による勝谷氏発言動画:ttp://www.youtube.com/watch?v=oow26pmfadI

  14. 紹介
    なぜ原子力なのか 2011年04月25日(ビル・トッテン)–地震の多い日本の国土に55基もある。原発が安くもクリーンでも安全でもないことを政府が認めないなら、国民から政府にそれを突きつけるしかない。
    http://blog.livedoor.jp/n2ublog-00032/

  15. 問題
    外国人相手の会見、海外メディア 出席ゼロの画像

    ■ 海外は、民主党政府も東電も役人も何も信じてないよ。日本人がバカなんだよ 外国人相手の会見には、海外メディアは誰も来ない。ウソばっかついてると知っているからだ。日本人は本当にバカだ。カネもらってるマスコミの言うことを聞いて、アホの政府の言うことを聞く。オマエら、自分と人と、どっちが信用できるんだよ。http://www.nikaidou.com/archives/12955

  16. ピンバック: 太陽光発電価格
  17. 私は、これまで西尾さんの政治的主張とは相容れない立場であると自任してきましたが、今回ばかりは賛同を表明したいと思います。

    原発の問題については、徹底したリアリズムに立つべきであると思います。
    本来保守派の方々は、リアリズムを得意としてきたはずなのですが、こと原発に関する限り非常に観念的となっているように思います。
    反原発は左翼の妄動だとか、そういった低次元な認識から解放されるべきです。
    地震国である日本では、今後も高い確度で原発震災が発生し得ますし、菊池氏も仰る通り現場の(技術レベルではなく)施工レベルは、これに耐え得るものではないということは明白なのです。
    また、実際に事故が発生した場合の被害の甚大さは、経済的メリットとバランスしないものでしょう。
    現実に存在する危機を認め、これを抑え込むことこそがリアリストの面目ではありませんか。

    贅言いたしませんが、1点重要な論点を挙げておきます。
    「原発廃止で電力供給不足が生じるか?」という問いです。
    原発推進派が必死になって隠すアキレス腱がこれです。
    経済産業省資源エネルギー庁編『電源開発の概要』に、電力各社の発電所ごとの供給能力が掲載されていて計算できるのですが、実のところ原発をただちに全廃しても供給能力に全く問題はないのです。
    そのからくりは、「発電量の3割を原子力が占めている」のは事実であるが、これは「原発は出力を調整できない」ため、「出力調整を火力で行っている」のであり、「火力発電所の稼働率はとても低い」のが実態なのです。
    中部電力など、浜岡の3基で計350万キロワットしか原発の供給能力がなく、火力2390万キロワット、揚水を除く水力186万キロワットを約62%稼働させれば通年の電力需要が賄えます。
    また、夏場の最大電力需要時(約2500万キロワット)でも節電すれば余裕で賄えます。
    見落とされがちですが、東電管内のいわゆる「計画停電」も、原発停止によるものではなく、震災で火力発電所も被害を受けたことによるものなのです。

    私も自然エネルギーは大好きですが、原子力を即自然エネルギーで代替する必要などないし、またそのようなことは非現実的としか言いようがありません。
    さしあたり、有り余った火力で原子力を代替しつつ、将来的に自然エネルギーにシフトしてゆくのがとるべき進路でしょう。

  18.  偶然にYOUTUBEで桜チャンネルの「原子力発電の未来を問う!」に辿り着き、小生が10数年前の「つくる会」会員時代から好きだった西尾先生の発言を聞きました。(本当にお元気そうでなによりです)
     長い間、原子力開発に従事してきた者として、今回の福島第一の事故は、まさに晴天の霹靂であることは率直に認めなければならないと考えています。BWRの設計に詳しい訳ではありませんが、「津波による全電源喪失」を想定していなかった、また、「全電源喪失を設計条件から排除できる程の対応」を用意できていなかった、との事実は「技術的未成熟」を意味するものであり、「日本の原発は大丈夫」という慢心があったであろうことも事実だと思います。
     しかし、今回の事故が即、原子力の終焉を意味するかのような結論は、やはり、先走り過ぎていると思います。「人間の科学技術は、まだその程度なのだ」というのが小生の実感です。西尾先生の言うように、確かに、ある種の「たるみ」「癒着」等の、事故を防げ得なかった体制的要因はあるのだとは思います。しかし、いくら確率論的なリスク評価手法等が進歩したところで、今回のような「1000年に一回の津波」を想定して設計対応すべきか否かという最後の判断は確率論では出て来ないでしょう。
     福島地方に10数メートル規模の津波があった事実が、数年前に公の場で指摘されていたとの情報もどこかで読みましたが、このような情報をフィードバックして、どこの発電所にも合うような可搬型非常電源を用意すべきだったのではないか、という指摘も正しいと思います。確かに、このような理想的な体制があれば、炉心損傷に繋がる事態は防げたでしょう。
     しかし、人間の技術である以上、このエアポケットにあったような失敗をゼロにすることは出来ないのだと思います。NASAの2回の大事故を思い出しますが、失敗を教訓として、技術は進歩して来ています。原子力に限って、何故、「失敗を教訓」とすることが許されないのか、というのが小生の反論であり、如何は自問自答です。

    Q) 今回の事故が本当にカタストロフィであって、取り返しのつかない結果を(既に)もたらしているのか?今回の教訓を活かしても、同じような事故が起きると考えなければならないのか?
    A) 現在まで死亡・障害者はゼロ、また、放射能汚染の量も限定され、修復可能。今後、少なくとも「全電源喪失-○時間」を想定外とする方法は、明確にでき、全日本的な対応がこれを可能とするだろう。許容線量については、今回の事故の経験から「低線量率放射線被曝」の健康影響に対する議論が活発化し、これまで、なおざりだった基準の見直しが始まるだろう。
    (基準が昔のままで変わらないのは、単に、見直しを必要とするような事故がこれまでなかったことを意味するものであり、逆に、これほどに原子力は安全にやってきた、また、必要以上に基準を低くしても経済的に成り立っていることを意味します。国際機関といっても、これまで見直しの圧力がなく、なにもせずに来たということも言えるのではないでしょうか?)

    (最悪のチェルノブイル事故についても、死者が4000人などという言がどこかにありましたが、これはデマの類です。命がけで原子炉のカケラを除去した消防隊員40名というのが本当で、その他は、ヨウ素不足傾向の大陸にあってミルクを沢山摂取した若年層の甲状腺ガン患者の発生があったものの、その他は事故との因果関係が明確ではありません)

    Q) 原子力なしに、日本の経済力を維持できるか?
    A) 70年代のオイルショックを乗り越え、石油価格の高騰を抑えてきたのは、原子力だったのではありませんか。トイレットペーパ騒ぎ、深夜放送の一時休止等を思い出すべきでしょう。日本を戦争に追い込んだのも、オイルです。

    Q) 新エネルギーを使えるか?
    A) 否定はしません。しかし、原子力と同等に論ずる代替エネルギーとなるかについては疑問ですし、何より、事実が証明している(今後もする)でしょう。

    Q) 原子力のシェアは増やせない。(原子力は出力を変更しにくい)
    A) フランスは、既に、75%以上の原子力のシェアを持っています。当然、日負荷変更に対応しています。出力を変更できない等という言い方は間違いです。

    Q) 気候変動は本当か?
    A) 米国でさえ、最近は否定しなくなりました。基幹電源として、二酸化炭素を排出しないと言えるものは、原子力しかありません。

  19. 「日本人の限界」
     私はこの福島第1原発の事故をつぶさに見て、ある意味日本人の知的能力の限界をまざまざと見る思いがしました。事故処理の不手際もそうですが、津波が想定外だったといういいわけもまた何ともばかばかしい。そして問題の根本はもっとさかのぼったところにあるように思いました。津波を想定しなかったことを含めて、この日本の原発が全て米国の知的産物の上に立っていて、決してその枠から出られずにいる現実。つまりは日本人の知的能力の限界を示していると思うのです。
     1号炉はGE製(実際に製作施工したのは日本の企業かもしれませんが、設計図はGEです)であり、2号炉から6号炉まで、いや、日本中の沸騰水型、加圧水型を問わず全ての原発が米国が設計図を引いたものをコピーしたものです。あのフラスコ型格納容器(元GEの社員が小さすぎると指摘)がそのまま継承されている。つまり、日本人が作る原発が米国で設計された原発設計図から抜け出せないのです。個々の小さな製作の段階では日本人らしい改良の上手さで世界一の品質を誇っていて、この事故の後でも世界一の原発を作れるものとおもいます。しかし、あくまでマイナーチェンジの繰り返しの結果の品質世界一なのだとおもいます。だから、今作っても40年前のものと同じフラスコ型の格納容器であり、ドーナッツ型の圧力抑制プールなのです。そこに日本人の知的能力の限界がみてとれないでしょうか。あの形の原子炉を設計したアメリカ人の知的能力の高さに気づくべきです。さまざまな最悪条件を考え、あの形になったのだと思います。
     しかし、最初の設計者、原子炉、原発の基本設計思想を考えた賢い技術者にも考え及ばなかった事があります。それは、その原発が地震国でも使われるということです。何故なら、地震多発地帯に原発を作ろうなどという発想がこのスーパーエンジニアにはなかった。カリフォルニアなど一部に地震地帯はあっても、米国は基本的に安定した大陸の岩盤だからです。そんな地震地帯に立地しなくても地震のない場所は沢山あるわけです。何とも簡単な結論です。
     ところが、一方日本には地震のない立地などない。それなのに、地震のことなど考慮する必要の国の設計思想を元にした原発をそのままコピーしてしまった。マイナーチェンジで地震に少しは強い構造は作った。しかし、不十分だったみたいで、福島第1原発は津波が来る前に非常用発電機が故障していたという説もある。また、余震で東通原発が電源系統を全て失ったという事実もある。
     日本人には設計の基本思想から巨大なシステムを組み立てる知的能力に欠けているといえるのではないか。コピーとその改善でしかない。巨大なシステムであるがゆえに基本の設計思想までさかのぼって改善することができない。何故ならとてつもない知的エネルギーが必要だからです。このことは物の分野だけでいえることではないと思います。今回の事故での政治や行政のあり様を見るにつけ、機能しない原子力安全委員会や保安院のあり方という行政システムも上手に作り得なかったことが分かります。結局、このシステムもコピーであり、この行政システムの設計思想など日本人の考慮の外にあったわけだと思います。
     地震国日本では当然考えるべきことが、あまりにも巨大なシステムであるが故に考察されなかった。思考の省エネをやった訳でしょう。日本では原発のプラント全体を免震構造の上に乗せなければならなかった。浮体構造物の上でもいい。原発はちょっとでも揺れてはいけないのです。炉と発電タービンが一体でないといけない。何故なら、それらを繋ぐ配管が弱いからです。今回は津波だけがが問題だったと考えるべきでない。”地震国日本”を設計思想から外されたがゆえに津波のことも忘れさられたのであると思う。もし、最初に原発の基本設計をしたスーパー知能が日本で原発を設計すれば、当然揺れのことも津波のことも考えた上で設計思想を立てただろう。そこがポイントだと思います。
     浜岡原発が停止されることになった。中電幹部もほっとしているのではにだろうか。首相からいってくれたのであるから。青山繁晴氏(関テレ、アンカー)によると、4月に訪日したクリントン国務長官の強い助言があったからだということだ。これがなければ菅首相には止められなかっただろう。いや、日本人の首相にはだれも。続けているものは止められない、それが日本人だと思う。そして、浜岡を再開する時は東海地震の後ということになるのではないだろうか。何故なら、今後首相になる誰も、完全な自信を持って浜岡を動かせないからだ。全ての責任が動かす首相にかかってくるからである。
     原発には耐用年数というものがある。40年ということらしい。つまり原発は順次停止されていくだろう。しかも、耐用年数を越えての運転はもはやできないだろう。その責任は耐用年数を越えての運転を決めた人間にかかるからだ。あと10年後には日本の原発は半分に、そして、20年後にはほとんどゼロになるかもしれない。運転差し止め訴訟がなくてもあり得ることだと思う。
     発電量の限界によって、原発を前提にした上げ潮経済派がその考えを保てなくなるのは望ましいが、科学技術のおもしろさを知る者としては、この地震国でも全く問題のない原発を作ってもらいたい。恐らく既存の物ではだめだ。設計思想から日本オリジナルなもの。チェルノブイリ級の事故があったとしてもすぐに解決出来る方策を組み込んだ原発を。
     そして、それでも残る問題はテロや他国からのミサイル攻撃だろう。少なくとも北朝鮮はためらわず原発にミサイルを撃ち込んでくる。しかも、その中には死の灰をたっぷり詰め込んでおけばいい。原発というのは、人が近づけなければ容易に暴走することが、今回のことではっきりした。この戦術は軍事関係者ならすぐに気づくだろう。日本は、米国のように広い国土で、しかも敵国から遠いところにあるという立地にない。問題の多い国がすぐ近くにいるのだ。さて、どうする? 
     今後、事故が収束に向かいはじめたら、事故の調査が委員会を設けて行われるだろう。その時、本質を突いた事故調査報告書が書かれるだろうか。米国であれば、何万ページにも及ぶ報告書が書かれることが今までの例からもうかがわれる。さて、日本人にそれだけの報告書が書けるだろうか。これもまた、巨大なシステムである。日本人の知力がまた試される。

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