「侵略」非難は欧米の罠にすぎぬ

 月刊誌『正論』9月号(今店頭に出ている)に、「日本民族の偉大なる復興」(下)の「『侵略』非難は欧米の罠にすぎぬ」を発表しました。この論文はかなり野心的で、新しい考え方を掲げることを企画している内容のつもりです。(上)(下)読まなくても(下)だけでもいいので、これを読んだ方にこれに即してコメントしていただけたら大変にありがたい。

 ブログのコメントはブログにだけつけられるものでなく、活字現行にも応答していただきたいとつねづね考えています。よろしくおねがいします。

「「侵略」非難は欧米の罠にすぎぬ」への24件のフィードバック

  1. 通読しました。斜め読みの域を出ていません。しっかり読んだうえでコメントします。

  2. 正論8~9月号の『日本民族の偉大なる復興』読みました。 西尾先生のこれまでの歴史認識・時事評論の分かり易い集大成?と新たな論述、安倍総理への期待表明。全く同感です。(また、以下長文のコメントですみません。)

    講和条約などで清算が済んだ過去の戦争・紛争について、繰り返される執拗な中韓政府の歴史認識の外交問題化は、もはや戦争の継続というよりは明らかに新たな宣戦布告と理解すべきと思います。もはやここで反撃しないと苛め抜かれることになり、世界に汚名が定着し子孫に禍根を残し、場合によっては亡国の事態になると思います。もはや政府が主体的に取り組み国論の分裂を収拾努力し、効果的な反撃を戦略的に用意周到に行うべきと思います。 そしてその本当の狙いは、欧米人の笑止な上から目線の勝手な歴史認識の是正かと思います。そこまで覚悟しないと、安倍総理の憲法改正は尻つぼみに終わるのではと危惧しています。歴史認識問題に関する国内の論説風潮の危機感は以前より高まったようにも感じますが、まだまだ本質に迫ったものが少ないですし、安倍総理も戦略があるのかないのか、歴史認識の外交問題化はしないの一点張りでなんだか心配です。

    実は、私が工学系の人間の故か、西尾先生をはじめ真正保守派の論説に賛同納得しつつ物足らなさを感じ出したのは、まさにその時が迫り、もはや思想家の時代から実務家の時代に移行しつつあるのではないかと感じているからかもしれません。 例えば、村山談話や河野談話をいつどう正しい談話に変更するか、外務省HPの歴史問題Q&Aの自虐回答をどう改訂し記述し広報するかなどです。そこで試みに、後者の外務省HPについて後述の通り検討作文してみましたが、実際に基本文書(案)を書いてみると様々な問題が一挙に見えてくるような気がしました。
    それは、そのような文書あるいは談話を公表する、勇気、タイミング、戦略、理論武装、反日日本人・マスコミ・外務省対策、首相直轄総合情報機関法制などなどです。そして、日本の世間一般の風潮は、以下のようなつぶやきが大半と思われます。これを思うと気が萎えてきます。 しかし、本命の憲法改正、特に前文と9条の変更(の議論)は歴史認識との関連が深く、議論・反発を呼ぶのは確かで、歴史認識に及ぶ深く広い国民的議論をしておかないと国民投票での賛同は得にくいのではないかと思います。中韓が執拗に外交問題にしたのを勿怪の幸い、やはりこの際、政治に歴史を持ち出すべきではないですがあえて今回だけ完璧に反論し、その勢いで憲法改正すべきだと改めて思いました。秋至るかと思います。

    「政治の優先順位は、経済財政、震災復興、TPP、年金福祉、エネルギー、そしてやっと憲法で、歴史認識などやってる暇はないし。何の益がある? コストばかり掛かる。」
    「歴史認識への反論は経済に影響があるから、金持ち喧嘩せずで放って置けばよい。」
    「いつまでも昔のことを言う必要もないし聞きたくもない。中韓もどうかと思うが、気にせず言わせておいて未来志向で行くべきだ。」
    「中韓の言うことを世界の誰もそんなに気にしていないし、影響はない。中韓の退潮はほぼ確実だから、犬の遠吠えは放って置けばよい。」
    「歴史認識などは思想の問題なので、独裁国家と異なり民主国家は国民に強制できない。政府はその旨主張し内容はノーコメントで、多様な意見の民間に任せるべき。」
    「すでに戦後定着した歴史観に関する日本の反論をまともに聞いてくれる国はない。言っても無駄。」
    「米国が退潮する中で中国に太刀打ちできるのか。米国を刺激するな。」
    「米国が反対する中で、米国も刺激する内容を敢えて反論する必要は無い。」
    「国内の意見が分裂しており、歴史認識の統一は至難だし、混乱のもと。」
    「反論は相当難しくしかも英語などでやらなくてはならない。日本人は下手・不得意。」・・・・・・・・

    最後に、外務省HP歴史問題Q&Aの改正私案を以下に記してみました。全8問の中で、問題の4件についてのみドンキホーテになって改正案を記述してみました。外務省の現在の回答は、あくまでも外交問題化を避けるとの政府方針に基づいていますが、改正案は上述の考え方で、中韓の執拗な外交問題化宣戦布告に日本政府が受けて立った場合を想定しています。(外務省の原文へのアクセスは:外務省HPトップページ>よくある質問集>アジア>歴史問題Q&A  です。)

    問1.先の大戦に対して、日本政府はどのような歴史認識を持っていますか。
    1. 先の大戦(大東亜戦争)については、サンフランシスコ講和条約締結前、すなわち戦争状態下占領下で行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)での判決理由に代表される歴史認識が広く行き渡っていることは理解しております。 しかしながら、これまでの多くの実証研究などから明らかにされておりますように、上記認識が真実とはいえず自衛的戦争と理解する歴史認識が正しいものと認識いたしております。
    2. もとより、先の大戦で犠牲になられた方、物心ともに大きな被害を受けられた方々に日本政府は深い悲しみ哀悼を捧げ、かつ敗戦国としてこれまで多くの償いを実施してきました。そして、歴史認識には国ごとの相違があることは当然ですが、それを含めて、サンフランシスコ講和条約をはじめ多くの関連条約等を以って、国際法に基づき先の大戦はすべて清算され、恩讐を超えて未来に向けて友好を深めることを各国と誓い合ったことは各国政府も理解されております。残念ながら、そのような多くの努力を無視し国際法の精神に反して、執拗に不毛で挑発的な歴史認識問題を扇動し外交問題化する非文明的な動きがありますが、それは現在の平和な国際秩序を大きく損なうものと深く危惧するものです。

    問5.「従軍慰安婦問題」に対して、日本政府はどのように考えていますか。
    1. 「従軍慰安婦問題」とは、先の大戦において日本政府および日本軍が公的に組織的に、女性(外国人はもちろん日本人(当時の朝鮮人も含む)を含む)をその意思に反して強制的に性的奴隷として従事させたか否かの問題と理解いたします。その理解から、従軍慰安婦は存在せずまたそういう制度も無かったと言う意味で否であり、この問題は我が国を故意に貶めるための悪質なキャンペーンと認識しています。 ただし、戦地での強姦事件などを防止し軍規を保つために、当時の娼妓制度の延長として、戦地で当該民間業者が開業することを、日本政府および日本軍が組織的に認めて便宜を図っていたのは事実です。そして、現在の売春防止法の精神からすれば娼妓制度は許されることではありませんが、当時は多くの国と同様に公的に許可ないし容認されていたのも歴史的事実です。
    2. また残念ながら、朝鮮での当該民間業者(多くは朝鮮人)の中には女性を騙して拉致し搾取するような者(女衒)がおり、その被害者の女性達が辛酸を舐めたことも事実です。そのため、日本政府および現地警察は当時そのような業者を取り締まり、そのような女性を救出しています。 そして、当時の朝鮮は日本の統治下にありましたが朝鮮人の自治活動を促進しており、その道議会議員の8割が朝鮮人、知事も警察幹部も朝鮮人であり、さらに女性達の親兄弟親族が大勢いたことも考慮すれば、そのような中で大勢の朝鮮女性を公的に強制連行し性的奴隷にすることなどは、全く不可能であることは自明であることを特に強調しておきたいと思います。
    3. 以上の認識と比較して、これまでの河野官房長官談話との齟齬を指摘される方も多いかと思います。同談話は前述の悪徳業者により被害に合われた方々への同情、そして当時の娼妓制度への思いを表明したものであり、日本国が組織的に女性を性的奴隷として駆り集め管理したことを認めたものではありません。そしてその同情的な日本的な心情として、条約上の制約から民間募金を通してではありますが、当該女性の方々にできる範囲の救済を日本政府として努力できるようにしたものであります。確かに同談話は日本的対処で誤解され易いものであった点はありますが、それを故意に曲解し日本国民と政府の誠意を無視し、あたかもかつての日本国が組織的に多くの女性を性的奴隷としたとする悪質なキャンペーンが張られている現状を残念に思うと共に、国際秩序を破壊するものと危惧しています。 これまで日本は世界の良識を信じ事実が理解され誤解が自然に解けると期待し、またプライバシーに係わる問題として論争を敢えて控えておりましたが、執拗かつ不毛な非難がエスカレートし国益が損なわれている事態を重く受け止め、ここに強く反論することとした次第です。
    4.この問題の定義を、当時の日本の娼妓制度自体として問題を拡大する動きもあるようですが、そのような見当違いの攻撃には呆れると共に無視するしかないことは、良識的な世界の人々は理解しています。もちろん、現在の人道的な売春防止法的精神からすれば、当時の娼妓制度は唾棄すべきものではありますが、この人類最古の商売が現在でもいくつかの国で公認管理されていること、その中で当時の日本は他の多くの国と同様に、娼妓制度の廃止に向けた歴史の途上にあったことだけは指摘しておきたいと思います。

    問6.「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。
    1.日本政府としては、虐殺命令が当時出されていないこと、日本軍の南京入城(1937年)当時の日本軍の軍規は適正に保たれていたこと、そして多くの証拠(参考x参照)から、東京裁判などで主張されたような大虐殺事件いわゆる「南京大虐殺」は無かったと認識しております。
    2. 当時は中国側の事情から戦時国際法違反の非戦闘員を装った便衣兵(ゲリラ兵)が残念ながら多く、そのうち悪質な行為を行った数千人に対して処刑が行われ、また、そのような混乱の中のことですので、(当時の南京に住む欧米人の「南京国際委員会」による過大な被害届でも)日本兵の不法な行為は425件(うち殺傷事件は49件)でした。しかし、便衣兵の処刑は戦時国際法に則り行われ、日本兵の犯罪も多くが軍法会議により適正に処罰されています。このような当時の実情を針小棒大に「南京大虐殺」とすることは、東京裁判を有利に進めるために新たに捏造主張されたプロパガンダと認識しております。
    3.  サンフランシスコ講和条約以前の諸係争(東京裁判を含む)については、サンフランシスコ講和条約及び日中平和条約の締結批准とそれによる賠償などで、既に解決され過去のものとしたことを各国と相互に確認いたしております。 あらためて当時の多大な戦争犠牲者の冥福を祈るとともに、関係国は国際法に則り相互理解を深め未来志向で共に歩んで頂きたいと強く思います。

    問7.極東国際軍事裁判に対して、日本政府はどのように考えていますか。
    1. 極東国際軍事裁判(東京裁判)は、サンフランシスコ講和条約締結前、すなわち戦争状態下占領下で行われ、連合国が日本人の重大戦争犯罪人を裁くために設置された裁判で、28名が平和に対する罪や人道に対する罪等により起訴され、病死または免訴となった者以外の25名が有罪判決を受けたものです。
    そして、この裁判は、パル判事や弁護人の指摘のとおり、国際法に基づかず事後法による裁判であることなど、非常に問題が多かった裁判と認識しています。
    2. 一方、我が国はサンフランシスコ講和条約第11条により極東国際軍事裁判所の裁判を受諾しており、国と国との関係において、この裁判について残念ながら異議を述べる立場にはありません。 しかしながら、国際法ではアムネスティ条項により、講和条約締結後は戦時の一切(東京裁判も含まれる)が水に流されることになりますが、その例外事項として戦勝国側は講和条約締結後の日本の法的反撃を封じるために条約第11条を講和の条件として課したと理解していますし、これは国際法専門家の常識です。つまり、講和後に当該裁判実施国に対し不当な裁判として再審請求や損害賠償請求をする日本の権利を放棄させられただけなのです。したがって、法理上「裁判を受諾した」ことは「判決理由を受諾した」ことにならないこと、また多くの歴史の反証も既に明らかになってきたことも考慮すると、日本政府の歴史認識行為にあたっては、東京裁判の拘束を受けるものではありません。

    以上

  3. 私は彼ら英米の正戦とアラブのジハードの共通の根はともに聖典にする旧約の世界にあるとします。その故にわが神を持たざる者は人間と見ていないことになる。ぺりシテびとを皆殺しにしたとかあの経典は殺戮の話に満ちています。多分ジェノサイドの淵源はそこにあるのでしょう。自分の立場は東京裁判は正当であり日本は侵略したと思います。今後先生の禁書にされた本を読みこんでみたいと思います。そのうえでこの問題を問いていきます。国民党と中共は同根でした。ファッショは小枝を束ねるという意味で当
    初ムソリーニ以前のイタリアのコミュニストを揶揄したことばでした。日本は議会制民主主義が敗戦まで機能していました。岸信介のサイパン失陥時の倒閣運動による東条の失脚に小磯内閣の登場あるいは中野正剛の逮捕状を出さなかった司法当局の判断などファッシズムとは到底いえません。

  4. <アメリカ依存中毒あるいはアメリカ信仰と批判されているであろう私の言明>
    例えれば、アメリカは教師。私は優等生。という役ふりかもしれません。
    教師は学級全体を統率、先導している。優等生は一番にそれに従い模範を示している。
    さて現実問題です。教師は間違う事もある。しかし誰かが「先生は間違っている。」と反旗を翻し、ひとたび教師の権威が疑われたり、傷つけばそれは学級崩壊に繋がりかねないではないでしょうか。そこで優等生が出て、「先生の真意はこうだ。先生はそんなに間違っていない。」と生徒を再先導しなければ、学級は各生徒のエゴと謬見で収集のつかない混乱に陥るということはあり得ないでしょうか。
    私もアメリカが全知全能とは毫も思ってはいませんが、教師として合格点であるし、歴史的既成事実として世代的に私の育ての親でもあります。アメリカを立てて、第2位でフォローして行かなければ、全世界の平和安寧秩序は安らかに保てないと思う者であります。

    先生は仰るかもしれない。日本が第1位、教師になるべきであると。
    しかし、私見ではいかに日本民族が偉大であろうと、世界の教師になる資質、体力を備えた人材は、私を含めまだまだ少ないと判断せざるを得ません。これは今流行の「反日」思想ではありません。私の思想が「親世界」に向かっているに過ぎないまでです。

  5. (上)を再読して気づいた点で、国家は謝罪しないというのはその通りですが、それは国家が法的機関であるのに対して、謝罪は倫理上のことだからでしょう。従って、法的に一度解決した事柄を蒸し返すことは避けるべきですが、倫理上の謝罪は一度すれば済むものでなく、心のあり方としては半永久的に持続されるべきものでしょう。謝罪に関わる政府談話はそういう性格のものと思われます。「罪の文化と恥の文化」のすれ違いとも言えますが、謝罪心情を解決済みと見なして恥じないとすれば、「恥の文化」にも反するのではないでしょうか? 中世ヨーロッパでは、宗教上の「決疑論」が法と倫理を一体化し、近代自然法にもその混同があったが、スミスやカントはそれらを区別し、その面での近代合理化が実現した。それに反する諸々の全体主義や共産主義は、破綻を余儀なくされてきた。その教訓を学ぶべきでしょう。

  6. 正論の論文、拝読させて頂きました。個人的理由から体力を消耗しているので、文字通りコメントしか出来ません。

    私は、政治歴史の論文で、悔恨、策略、憤怒、憎悪のみの情が盛られたものはあまり読めません。何故なら私は、私個人に関する自己内面の悔恨、策略、憤怒、憎悪で既に日々疲れ切ってしまっているからであります。
    私はそれらを踏まえつつも、希望、正道、喜び、博愛に満ちた先生の政治歴史論文を読みたいと思います。

    そんな私はナイーブの誹りを免れないかも知れませんが、かといって万人の万人に対する闘争の世界では、私は出家遁世するしかないとも思っています。

  7.  以下は、以前こちらにコメントした村山談話違憲失効論関連投稿ですが、東京裁判史観というのは反日左翼が捏造した洗脳史観であって、判決に準拠したものではありません。
     「侵略国は国家無条件降伏」、この米国の脅迫条件を免れたのは、枢軸国では日本だけであり、国家無条件降伏したドイツ向けの裁判所条例を、軍無条件降伏しただけの日本にも適用したのは、事後法批判以前にポツダム条件違反です。

     それでも東京裁判は行われてしまったのですから、せめて東京裁判・戦争裁判判決に準拠して反論してみては如何でしょう。

     慰安婦問題が事実なら、WWI後に戦勝国15人委員会で定められた強制売淫事件という明確な戦争犯罪であって、WWⅡ後は慰安所・慰安婦は戦犯捜査対象でした。
     その結果、戦犯起訴されたのは米英蘭中を合計しても10件に満たない。
     中韓には講和条約の戦犯受諾条項には無関係ですが、戦犯判決を受諾させた米国が、起訴されてもいない捏造性奴隷碑を設置するのなら、日本も受諾留保等の抗議する資格がありますw。

    「 村山談話はアジア侵略と植民地支配を謝罪反省していますが、東京裁判が有罪認定した侵略対象は欧米植民地と中ソであり、アジア各地の戦犯裁判では、中国を除きアジア侵略の有罪認定は無く、逆に植民地支配妨害と独立支援が有罪になり、日本人が処刑されています。

     東京裁判・戦犯裁判判決を講和条約で受諾している日本が謝罪反省すべきは、有罪になった罪です。
     不起訴や無罪になったものを、「罪」とは言いません。

     戦犯裁判で有罪になった罪は、欧米植民地侵略と植民地独立支援です。(現地における戦犯行為はB級)

     また、満州侵略は、清・満民族から日本が盗取した領土名目で、満民族国家を漢民族に「返還」名目で略奪させる為の侵略認定。

     中国侵略は、侵略容疑で緒戦の上海戦から南京攻略を指揮した松井大将を東京裁判で起訴しましたが、中国側の侵略行為に対する応戦であったため侵略は無罪認定されています。
     当時アメリカは、日本の中国侵略を非難し、対日制裁・中国軍事支援を行い、日本を戦争に追い込みましたが、東京裁判が日本の侵略無罪を判決しているのですから、アメリカは侵略支援国家だった事になります。
     
     ルーズヴェルトは侵略国に従来方式の降伏は認めず、国家無条件降伏を要求し、枢軸国は国家無条件降伏したドイツを含め、ドイツに宣戦布告した枢軸国まで国家無条件降伏扱いされ、講和会議・条約無しで戦争終結しました。

     しかし、日本だけは、カイロ公報(日本国の無条件降伏)に反しポツダム条件提示され、従来方式の軍無条件降伏のみで停戦し、講和会議・条約により戦争終結しました。
     これは、枢軸国の中で唯一、日本だけがアメリカによる侵略国認定を免れた事になります。
     特攻だけじゃなく、ペリリューや硫黄島などの軍人だけじゃなく、サイパンや沖縄・満州などの民間日本人が、日本を無条件降伏から救うために命を投げ出したからです。

     敗戦直後、アメリカの報復感情により「日本は国家無条件降伏した。」と宣伝され、国家無条件降伏ドイツ向けの裁判所条例が、そのまま不法に日本にも適用され、降伏受諾条件違反の東京裁判が行われてしまいましたが、ソ連中国の悪行を知るに従い、国家無条件降伏では無い従来方式の講和が行われる事になったのです。
     
     東京裁判史観というのは、判決を無視した特定日本人による歪曲捏造史観であり、日本が東京裁判判決を正しく認識すれば都合が悪くなるのは欧米であるというのが「村山談話違憲失効論」になります。」

  8. 西尾幹二氏は指摘されます。「(アメリカの)覇権意志は、ある種の宗教的情熱に裏打ちされていて、グローバリズムという名の世界政府指向を自らの国益と重ね合わせているのである」。まさにそのとおりだと思います。そしてアメリカ人は、そのグローバル指向をつねに建国の原点に結び付けようとしています。たとえば、9.11事件の跡地に建設中の新しいタワーを「ワン・ワールド・トレード・センター」と名づけ、高さを1776(アメリカ独立宣言発布の年)フィートとするそうです。また第二次世界大戦の実質的なアメリカの参戦を画した法律、武器貸与(レンドリース)法は、法令第1776号とされました。
    保守、リベラルを問わず、大多数のアメリカ人の行動は、意識している、していないにかかわらず、グローバリズムに収斂して行くようです。ウォールストリートに代表される金融、経済の世界は、まずグローバリスト・ナンバーワンで、これはどなたもご理解できるところでしょう。この世界の人々は回転ドア(政府中枢と、人事で行ったりきたりすること)とロビー活動、政治献金で政策を左右できるだけにもっとも発言権の強い勢力だと思います。(その目的は、「国益」というよりも、「私益」を堂々と表にも出しているように思われます。)反面、リベラルな人々は、多様性を重んじ、自由、平等、人権の名のもとに、ボーダーレス社会を夢見て、特有のグローバルな世界に憧れています。一方、保守派のなかのネオコンの人々は、冒頭に述べた覇権意志をあからさまにするグループなので言を俟ちません。
    これらに相対する勢力は、普通の国では、ナショナリストなどと呼ばれるわけですが、(いかんせん、アメリカのナショナリストは強烈な国家意思=普遍的覇権意志を持つ人々として、上記のグローバリストの範疇に入ってしまうので・・)、アイソレーニショニスト(孤立主義者)というような呼ばれ方をされていて、何か淋しげな特殊な人、という印象が与えられてしまいます。しかしこの人たちは、国民国家としてのアメリカのアイデンティティをしっかりと保ち、本当の国益を見据えた人たちなのだと思います。この人たちは、必ずしもそれだけで、日本人の味方というわけではありませんが、話せばわかる、筋道のわかる人々なので、アメリカ以外の国々の、それぞれのアイデンティティを守りたい人たちとも話が合うだろうと思います。
    なぜこんなことを言うかと言うと、日本のなかでも、やたら、改革、規制緩和を叫んで金融資本主義に迎合する確信犯的グローバリスト(どちらかというと、国益より業界益、社益、私益優先)、そして(山の彼方の)平和な一つの世界を夢見る多数のナイーブな人々が、好んでアメリカ(を主とする世界)のグローバリズムに取り込まれようとしているからです。陰謀論といった次元の話ではなく実際に、グローバリズム(ワン・ワールド)の世界には、少数の実権者がすべての情報を握って大多数を支配する、ジョージ・オーウェルの「1984年」が現われる可能性があります。IT、SNSの発達は、技術的にそれを一層容易にするでしょう。
    今後、アメリカのグローバリズムに障碍となって立ちはだかるのは中国でしょう。中国には歴史的な「中華思想」を淵源とするグローバリズムがあります。今年6月、オバマ米大統領と習近平中国国家主席が、儀礼外交では考えられないほどの長時間、米中首脳会談を行いました。世界を二分する二大軍事国家のトップ会談でした。偏見で言うのではありませんが、両人とも非白人です。その前、世界のカソリック信者の総帥、ローマ法王が、ご自身イタリア系としても、第三世界、アルゼンチンから選ばれました。これらのことは、これまでの世界史(近代史以降)が参考にはならない、先行き容易ならざる世界が拓かれてくることを暗示しています。かつて米中は、その豊饒と貧困で対照的な二国でした。いまアメリカは中産階級の没落化、中国は富裕階級の現出とその屹立化で、同じような分配構造の国と化しています。要は似たもの同士と言ってよいでしょう。おたがいの叩き合いが世界に大惨禍をもたらすだろうことはおたがいに知っているはずです。そこで懸念されるのは、この二つのグローバリズムが「共存」して行くことが考えられます。二焦点の楕円形みたいなワン・ワールドも考えられなくはありません。周辺にある諸々の国民国家は、それぞれのアイデンティティを見失いたくなければ、この渦に巻き込まれないようにする必要があるでしょう。今後の容易ならざる世界の対応には、これまでの保守対リベラルの二分法の思考だけでは本質を見誤る問題が沢山出てくるのではないでしょうか?

  9. このコメント欄のこれまで6件のコメントだけからでも、歴史認識問題に関する日本人の内面の縮図を見る思いです。暗澹たる思いです。真の憲法改正は無理で、反撃しない日本は世界の中で精神的に苛め殺されることになると。
    日本は侵略国で倫理的にも謝罪し続けねばならないと信じている、あるいは漠然とそう思っている日本人はやはり相当に多いのでしょうね。 西尾先生をはじめ多くの真摯な研究・思索のこれまでの多くの成果を少しでも比較し検討すれば、現実を直視できる見識ある日本人なら腑に落ちると思うのですが・・・・。(私には理解し難いのです。自国が侵略国で倫理的にも謝罪し続けねばならないとするその信念の所以・思考メカニズム自体が研究対象になるようにも思います。 ヒューマニズム、リベラリズム、コスモポタリズムなどのゆき過ぎかと推測しますが・・・GHQ政策・戦後教育の成果も感じます。ナショナリズムは悪ではないこと、リベラリズムには毒があることが理解されていないのではとも思います。)
    中国人、韓国人あるいは米国人が今の日本の情況にあれば、これだけの材料が揃えば猛然と自己の正当性を団結して主張し反撃するのだろうなと想像します。もっと怪しげな根拠で平然と(ただし巧妙に執拗に)日本を論難しているのですから。それだけ日本人は誠実で実直、いや大人しいのかもしれません。先程、家内ともつくづく語り合ったのですが、本当に日本は実直過ぎてお人好しで、その所為で誤解され易い、いじめっ子国の餌食になり易い利用し易い国だと。これだけ歴史包囲網の集団いじめが激化しつつある今、刺し違えるくらいの気迫をもって猛然と反撃しないと手遅れになると・・・。 先の大戦が日本の侵略だと思う日本人が多く、未だに国内で揉めている様では間に合わないと・・・。
    要するに、講和が成った過去については、民間はかまわないが双方の政府は蒸し返さないのがルールで、それを敢えて一方の政府が蒸し返すのは魂胆があるからで、それに対しては蒸し返された政府は反撃あるのみで、黙っていれば押し込まれるだけということです。 蒸し返すこと自体が悪・ルール違反でその内容の真偽は実はどうでもよいとも言えます。 しかし、海外に身を置くと特に感ずる海外の厳しい論調に加え、日本の友人と自称する知日派外国人識者でも、総じて「蒸し返しには理があるので黙っていた方が良い」ですから、本当の味方は少ないと覚悟しなくてはならず、この四面楚歌の状況で反撃するのは本当に勇気、気力、智恵、体力、信念、統率力が要ると思います。安倍総理の3年が最後のチャンスのように思います。安倍総理にも?はありますが、他にもっと見識と実力のありそうな人物・ステイツマンはいるでしょうか。 
    一方で、そのように非常に難しい(経済的被害も覚悟する必要のある)外交言論政治戦になるのは確実なので、(とてつもない悪を行ったが本当は反省など心底全くしていない、だから黙って将来の復活に向けて着々と準備中の)ドイツ人のように、(ドイツ人のような悪を全く行わなかった)日本人は信念だけ捨てずこのまま黙って争わず、いつか復活する日を期して経済を軍事を蓄えていけばよいのかもしれないとも思います。しかし、その中で育つ子供達は卑屈な国民に成り果て、飲み込んだ毒が全身に廻ってしまい、日本が復活する日は、「日本民族の偉大なる復興」は、永久に来なくなる可能性は大きいと懼れます。ドイツ人が飲み込んだ毒は自身の猛毒で彼らは自覚し対処しています。それに引き換え日本の毒は他国に注入され自覚されず全身を蝕む可能性が高いと思われます。・・・・・だからやはり、解毒するのは今でしょ!!

  10. なぜ法と倫理を分けることが近代合理化なのか? それは、法が外的権利関係のことで、倫理が内面的自主性のことだからである。法を破れば処罰されるが、合法内で倫理に反しても処罰されず、衆目の非難の対象にさらされるだけだ。ところが、法と倫理が混同され、一体化されると、単なる倫理違反も処罰の対象になり、当然、そのための処罰機関が構成される。いわゆる異端審問機関で、思想が調査対象とされる。これは、近代以前に存在したものだが、現代の全体主義や共産主義にも再現した。秘密警察等により個性や自主性を抑圧するそのようなシステムは自ずと破綻し、その社会的弊害は度々実証されてきた。思想史上、そのことを明確化したのは、カントより先のスミス『道徳感情論』(1759)だが、われわれの力不足もあって、同書のそのような含意はほとんど注目されてこなかった。

  11. 上記(5)で私は戦後日本に関わる自分の意見を述べたわけでなく、西尾氏の今回の論文(上)75頁で、「講和がすでに謝罪である。講和は勝者にとっては報復の確認だが、敗者には二重謝罪を防ぐための防壁である」とされたことの意味を、私なりに敷衍してみただけである。

  12.  西尾先生の論じられた問題は広範な問題に及んでいるのですべてにコメントすることは私の能力を超えます。日米関係の問題だけ述べます。
     先の大戦での日米の戦争をどう考えるかは大事な問題で、私たちは中韓が我が国を戦犯国扱いするのに対しては冷静に事実に基づき反論すれば足ります。やっかいなのは、両国がアメリカを自分たちの陣営に引き込もうとし、遺憾ながらこれに同調する米国人が少なからず存在することです。
     ただ、心あるアメリカ人の中には西尾先生とほとんど同じ史観の持ち主もいました。西尾先生はご存じだと思いますが、対ソ封じ込め政策の立案者で最晩年にはブッシュのイラク戦争に反対した偉大な外交家ジョージ・F・ケナンがその人です。
     ケナンは、その有名な講演の筆記録「アメリカ外交50年」(岩波現代文庫)の中で、西尾さんとほぼ同じ視点から20世紀前半を回顧して先の大戦に至る米国の対日政策を厳しく批判しています。
     満州について、ケナンは、「歴史的にいって満州は中国の一部ではなかった。」と言い切ります。そのうえで、日露戦争以前にロシアがこの地域に有していた権益について、「現世紀への転換期において中国政府がもっていた行政能力と技術では、北満州で鉄道を建設したり、あるいは建設されるべき鉄道に対し適当な行政的保護を提供したりすることは困難であった」と述べ、ロシアのこの地域への進出を当然の帰結とみます。そして、これに脅威を感じた英国と我が国が日英同盟を締結し日露戦争を通じて我が国が支配力を及ぼすようになったことについて、当時の米国が承認を与えていたことを指摘します。にもかかわらず、両大戦間の時代に、米国の政治家が「道徳的ないし法律的原則」の見地から、「日本の立場に向かっていやがらせ」をしたことを指摘し、日本と開戦して勝利し日本の勢力を駆逐して何が起きたか。ケナンは、「今日、われわれはほとんど半世紀にわたって朝鮮および満州方面で日本が直面しかつ担ってきた問題と責任を引き継いだのである。他国がそれを引きうけていた時には、われわれが大いに軽蔑した重荷を、今自ら負う羽目になり苦しんでいるのは、確かに意地悪い天の配剤である」と断定します。ケナンはいたずらに日本を敵視して中国に肩入れして日本と開戦した米国の外交政策を厳しく批判しているのです。実際、ケナンは、終戦後、日本の弱体化をめざした米国の占領政策を転換させ、左翼陣営が「逆コース」と呼んだ政策の実行に貢献します。
     ケナンは、過度に道徳的あるいは法的正義をふりかざしがちな米国の外交政策の傾向を厳しく批判し、その観点から相手の無条件降伏を求めるアメリカ流の戦争のやり方にも反対しています。
     私たちは、過去の米国の東アジア政策の失敗の原因が、過度に日本を敵視し(戦前)、あるいは警戒視(戦後)する一方で過度な中国への期待や幻想を抱いてきたことにあることを米国の有識者にわからせる努力をしなければなりません。東アジアにおいて、米国の最も良き理解者は我が国であり、我が国との協力を軸に東南アジア諸国、インドと連携して中国およびやがてはその衛星国となる朝鮮半島を封じ込めていくのが最良の政策なのだと

  13. 「日本民族の偉大なる復興」という表題は、おそらく編集部の意向なのでしょうが、西尾先生の論文は表題で損をしていると思います。今までにも何度か感じる時がありました。
    でも真意は伝わります。国民を励ましてくれているのですね。日本人が日本人であり続けるように。先生はずっとそうですものね。ありがとうございます。

  14. 上記各項で法と倫理の区別を強調したが、本来は、それらは人間世界の事柄として一体のものである。たとえば、裁判で同じ不法行為でも、その被告の改悛の情等の倫理的態度の有無により情状酌量の余地も生じてくる。また、その不法行為の中に、ある大義名分(倫理)の主張があって、何がしかの理が認められうる場合に判決の度合が異なってくるなどである。このように、すべてにわたってあまり機械的に法と倫理を割り切るべきでないことは当然だがが、その上で、なおかつ大局的には、法と倫理は区別されなければならないということが拙論の趣旨である。ちなみに、スミスの『道徳感情論』やカントの『純粋理性批判』(1781)は、期せずしてこのような裁判的思考を駆使している。両者とも、ヒュームの懐疑的方法を受け止めた上での批判的思考を、各著にこのように具体化している。

  15. >nagasakuさま
    西尾先生によると、その表題は習近平の「中華民族の偉大なる復興」をもじって、わざとつけたアイロニーだそうです。
    わかる人にはわかるはずなんだけど・・・・と少し不満そうにおっしゃっていましたよ。

  16. 管理人さま
    ご指摘ありがとうございます。ぜんぜん気づきませんでした。全人代で言ったんでしたっけ?何たわけたことをって思ってすぐ忘れていたのかな?そのアイロニーとしてなら許します。って何様だ俺は?失礼。西尾節だったのね。

  17. 追記
    実は9月号だけしかよく読まなかったのでした。先月号をしっかり読み込んでれば示唆されていたのかも。読者としての手落ちです。今後は気をつけます。

  18.  非常に残念な事ではあるのですが、「村山談話違憲失効論」は保守系の皆様の賛同が殆ど得られません。
     「東京裁判に基づいて反日に対抗する」、これが理解されないのは、歪曲捏造された「東京裁判史観」に洗脳され、これを前提に反発しているから、ポツダム条件違反の東京裁判の意味や判決を理解出来ないままなのです。
     侵略国定義され一方的講和宣言で戦争終結したた枢軸国と異なり、従来方式の講和会議が行われた日本の場合、本来は西尾先生の主張される「敗者には二重謝罪を防ぐための防壁」である講和が、講和条約とは無関係の中韓により攪乱されている。その原因は、日本人が洗脳されている事に今も気付いていないからだと思いますね。

  19. かなり(8年くらい?)前の8月中旬に、東京裁判の内容について読売新聞が詳細な検証を行ったことがあります。その結果、9割ほどが裁判の結果と同様の判断であったと記憶しています。これに反証しうるその後の検証はあるのでしょうか?

  20. >星野様

     日本は、米国の侵略国家無条件降伏要求を撤回させ、軍無条件降伏のポツダム条件受諾して降伏しました。
     ポツダム条件で戦犯裁判実施を受諾していますが、この戦犯とは43年に連合国が公表した通例戦犯項目32項目(後1項目追加)であって、国家無条件降伏したドイツに適用された平和に対する罪・人道に対する罪の裁判所条例を日本にも適用した事は、事後法以前にポツダム条件違反です。
     しかし、東京裁判が実施された以上は、各地で行われたB級裁判判決と同様、講和条約上の受諾義務があります。
     当然ながら、受諾しているのは有罪となった罪であり、不起訴や無罪になった罪について謝罪賠償を行う義務も責任もありません。
     
     東京裁判で裁かれた平和に対する罪は、所謂侵略罪ですが、領域に対する進攻の侵略罪と、進攻地の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた通例戦争犯罪は別の事件です。
     尚、人道に対する罪はドイツ向けの罪で、ドイツ国籍を有する人々やドイツ占領下で行われた「国内法上合法的」虐待等について処罰するもので、朝鮮に於ける奴隷的状況が事実であれば朝鮮侵略罪と共に人道罪も起訴されていた筈ですが、どちらも不起訴です。
     
     以下、先ずご自身で検証されては如何でしょう。
     東京裁判では、アジアを侵略していた欧米に対する侵略行為が罪となっているのに、「アジア諸国侵略」を謝罪反省している根拠は何ですか?
     各地のB級裁判で、休戦協定違反等の名目を含め欧米植民地支配妨害・独立支援行為で日本人が処刑されていますが、日本の植民地支配がどの裁判で有罪になっているのですか?
     カイロ公報に基づいて、日本が満民族から盗取した台湾・澎湖島・特に満民族国家満州を、漢民族に返還していますが、漢・満民族は同族ですか?
     第2次上海事変から南京攻略までの日本の戦争行為が侵略として起訴されましたが、無罪になっているのは何故ですか?

  21. 福原様
    早速のご説明ありがとうございます。余り知られていないご指摘にも啓発されます。私の素朴な疑問としては、判決を受けた軍人たちの罪状には中国での軍事行動が多く含まれていましたが、それら主要指導者たちの罪は、彼らだけに転嫁できるのでしょうか? そうであれば気楽になれますが、それでは済まされないでしょう。「統帥権」のような組織上の問題もありますが、それは判決の対象にはなじまないし、「侵略」にも似たようなことが言えそうです。そういうことも含めて、特定個人が処罰の対象に絞られたと考えます。彼らは「侵略」行為に積極的に関わったからこそ処罰されたのであって、それ以外には考えられないのではないでしょうか? その意味で、前掲読売新聞の判断はかなり的確だという印象を持ちました。

  22. >星野様
     読売新聞の判断というのは、ナベツネさんの東京裁判史観に基づく意向を受けて公表されたもので、私の村山談話違憲失効論は東京裁判判決に基づくものです。
     東京裁判史観は、日本の侵略戦争を判決に基づき非難するという建前ですが、侵略対象を判決の欧米諸国では無く、アジア諸国にすり替えています。
     東京裁判で有罪となった、欧米植民地侵略、対ソ局所国境侵略、満州侵略・中国侵略は、個別に検証されなければなりません。
     
     まずその前に、侵略は国家行為であって軍人個人の行為ではありません。
     従って、WWIのドイツ皇帝のように戦争を惹起し中立国に進攻を命じた・・国家行為について全権を有していた者では無く、一時期作戦を指揮する立場であった者については、B級・通例戦争犯罪を裁くのが限度であって、侵略罪を問うのは不当であり、「彼らに転嫁できる」ものではありません。
     何故、A級・対平和罪が裁かれる事になったかと云えば、米国が枢軸国を侵略国定義し、自らは防衛国と定義し、侵略国には国家無条件降伏を要求し、講和を認めなかったからです。
     これは交戦法規慣例違反濃厚です。
     ドイツの場合、C級・対人道罪で多くの者を死刑に出来ましたので、A級・対平和罪は添え物でしたが、日本の場合は朝鮮半島の奴隷状況は無く、南京の死者も戦死が主であり、対人道罪では1件も起訴出来ませんでした。
     そして日本のA級・対平和罪も、チナ(中国の意)のプロパガンダを信じた米国が、世界侵略・征服の証拠があると思い込み捜査を始めましたが当然に証拠は無く、広範の共同謀議により起訴立件しようとしましたが、極刑までの対平和罪の証拠は見つけられませんでした。
     そこで、侵略に加えて通例戦争犯罪を無理矢理関連付け、東京裁判で処刑したのです。
     
    侵略について 
    >特定個人が処罰の対象に絞られたと考えます。彼らは「侵略」行為に積極的に関わったからこそ処罰されたのであって、それ以外には考えられない
     
     東京裁判史観の読売新聞判断などは全く評価していませんが、日本が侵略認定された期間に総理大臣は15人ほど変わり、陸海軍はバラバラの「軍国主義国家」で、偶々作戦方針に関与した特定個人を挙げても、私の戦犯裁判準拠主張とは全く関係がありません。
     
     講和条約で受諾している戦犯裁判判決は、A級東京裁判のほか、準A級の丸の内裁判、B級は横浜以下アジア各地50箇所以上での裁判判決があります。
     侵略罪が問われたのは、チナ南京法廷酒井中将(説明省略)と東京裁判の被告らのみです。
     (ポツダム条件が提示された時点で、対日侵略定義は無効になった事を前提に)
     東京裁判の有罪判決を講和条約で受諾したのですから、今「侵略戦争」を否定しているのではありません。
     侵略有罪の対象が欧米諸国であるのに、アジア諸国侵略に判決が歪曲捏造されている旨主張しているのです。
     各地のB級の裁判判決でも独立支援等が有罪になっているのですから、戦犯判決を受諾した日本が有罪となった罪を謝罪反省するのなら、アジア解放を謝罪反省する談話を公表しなければならなくなると主張しているのです。
     
     対ソ局所国境侵略を名目に、過去に二国間条約で完全解決している千島・樺太南部を奪取出来、中立条約を破棄して日本の同盟国満州を侵略出来る判例は、竹島・尖閣問題に関して日本のカードになるでしょう。
     
     満州侵略は、日本の進攻自体は事実ですが、カイロ公報にある通り、清国人から盗取した清国人国家・満州を漢民族与える、千島と同様、米国による対中賄賂のようなもの。
     満州問題は二国間条約で完全解決し、日中間の国交は回復していたのに、これも過去の条約を無視し、他国の領土を無関係の第三国が略奪出来る判例となっていますね。
     
     チナ侵略については、上海戦から首都南京攻略戦までは、チナ側の先制侵略に対する応戦であった事から、日本の侵略は無罪になっています。
     第二次上海事変当時、米国は日本の対中侵略を批判し、対日経済封鎖して日本を戦争に追い込んでいったわけですが、東京裁判判決が「米国は侵略支援国家」だったと判決している事になります。
     
     星野様にはまだご理解頂けていない主張なので混乱させてしまうでしょうが、日本による上海から南京まで占領行為がチナによる侵略に対する応戦行為であった事が、東京裁判で確定しています。
     この領有権について、日本は親日南京政府に譲渡していますので、降伏時の返還には含まれていません。
     チナが沖縄の領有権を主張するなら、日本はチナの侵略に対する賠償として上海から南京まで貰えるでしょうww。

  23. 福原様
    一面識もない私の素朴かつ単純な疑問に対して懇切丁寧なご回答を下さり、真にありがとうございます。私の浅知恵には到底及ばぬ複雑な背景があろうことは百も承知している積りですので、改めて考えさせていただきます。
    それにしても、日本の軍部が度々越権行為を行ったことは、その越権指導者が個人責任を負う覚悟で敢えて行ったことでしょうから、私の前信の趣旨はそれに関わっています。それを止む無く追認した最高司令部の責任も問われますが、それが特定指導者を通して対象にされたものと解されます。いずれにしても、決着済みのことを蒸し返すことは避けるべきで、決着済みでないことについては将来に委ねるしかありえないでしょう。
    植民地化が侵略か否かは歴史的・相対的にしか判断できませんが、少なくとも現地住民の反発を受け、大規模な戦争を引き起こして敗北した場合が失敗のケースで、それが俗に言う「侵略」の烙印を押される。それが法的に確定できるのは、植民地支配が崩壊した今後の世界に限られるのでしょう。

  24. >星野様
    >植民地化が侵略か否かは歴史的・相対的にしか判断できません

     侵略か否かは、戦犯裁判判決で確定しており、歴史的・相対的に判断するものではありません。
     日本の植民地支配とアジア諸国侵略を有罪とした判決が存在しないのですから、村山談話は講和条約11条で受諾している戦犯判決を歪曲捏造しているのです。
     従って、憲法98条2項に違反する村山談話は、同条1項に基づき失効します。

     現地住民の反発と云われますが、華僑や欧米植民地利権を確保したい人々の反発はあろうと、アジア各地で日本軍と共に戦った人々の存在が抹殺されていますね。
     親日南京政府軍は日本軍と共に戦いましたが、チナ中共は彼らを偽軍と呼び、120万名を斃したと教育しています、
     南京政府が存続していれば、中華民国の重慶政府との和睦が可能であり、その後の文革などの中国人大虐殺が防げた可能性が高く、チベット・ウイグル・モンゴルや周辺諸国への侵略も起きなかったでしょうね。

     それでは、終了させて頂きます。

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