『GHQ焚書図書開封 9』の刊行(四)

GHQ焚書図書開封9: アメリカからの「宣戦布告」 (一般書) GHQ焚書図書開封9: アメリカからの「宣戦布告」 (一般書)
(2014/03/19)
西尾 幹二

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宮崎正弘氏の書評

西尾幹二『GHQ焚書図書開封9 アメリカからの宣戦布告』(徳間書店)
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 このシリーズ、はやくも第九巻である。初巻から愛読してきた評者としては一種の感慨がある。今回、焦点が当てられるのは、GHQがまっさきに没収した『大東亜戦争調査会』叢書である。

 これが日本国民に広く読まれるとまずい、アメリカにとって不都合なことが山のようにかかれていて、戦争犯罪がどちらか、正義がどちらにあるかが判然となるので焚書扱いしたのだ。

 ところが、GHQ史観にたって戦後、アメリカの御用学者のような、歴史をねじ曲げた解釈が横行し、いまもその先頭に立って占領軍史観を代弁しているのが半藤一利、北岡伸一、加藤陽子らである、と西尾氏は言う。かれらの主張は『語るに値しない』と断言されている。

 当時のシナは「内乱」状態であり、さらにいえば「いまの中国だって、内乱状態にあるといっても言い過ぎではありません。

1960-70年代の毛沢東の文化大革命だって内乱のうちに入ります。ところが戦後に書かれた日本の歴史書は中国をまともな国家として扱っています。

中国を主権をもったひとつの国家であるがごとく扱っています。しかしシナとはそんなところではなかった。日本はなんとかしてシナを普通の国にしようと努力した」というのが歴史の真相に近いのである。

 アメリカは端から日本に戦争をしかける気で石油禁輸、在米資産凍結、パナマ運河通行禁止などと戦争とは変わらない措置を講じた。ルーズベルト大統領が狂っていたからだ。だから「悪魔的であった」と『大東亜戦争調査会』の叢書は書いた。

 同書には次の記述がある。
 「通商条約は破棄され、日米関係は無条約状態に入ったとはいえ、外交交渉は引き続き継続されていたのである。その最中において、かくも悪辣きわまる圧迫手段を実行した米国の非礼と残虐性とは、天人ともに許されざるところである」
と。

 けっきょく、アメリカの悪逆なる政治宣伝と強引な禁輸政策によって日本は立ち上がらざるを得ないところまで追い込まれた。日本は自衛のために、そしてアジア解放のために立った。

 だからアジア解放史観を絶対に認めないアメリカは、その「宿痾」に陥った。しかし「アメリカがこれを認める日がこない限り、真の意味での、すなわち両国対等の『日米同盟』は成立しない」のである。

 いま、世界中で反日プロパガンダを展開しているのは中国と韓国だが、『正しい歴史』をもってアメリカ人を説得するために、国家を挙げて日本はお金を使えと西尾氏は提言される。

 つまり「国家を挙げて外交戦略とプロパガンダを繰り広げること。いいかえれば、外務省が『戦う外務省』となること、それが必要です。これを措いては、中韓の反日宣伝に対抗する方法はない」

 事態はそこまできた。日本の主張を声高に正々堂々と世界に発信する必要があり、外務省はそのために粉骨砕身努力せよ!
         

“『GHQ焚書図書開封 9』の刊行(四)” への 5 件のフィードバック

  1. 他の著作ですが、閑居人さんという方のアマゾンレビューより(「天皇と原爆」)。
    (以下、抜粋)
    「大東亜(太平洋)戦争」の原因を、日本の陸軍と海軍との勢力争いに矮小化し、「連合国」を国際正義の体現者のように錯覚することは、アメリカの知的誘導に過ぎない。「大東亜(太平洋)戦争」という日本民族の苦難を、当時の国際情勢を踏まえた、アメリカの世界政策の影響として捉えていく著者の視点は、読者を深い考察の世界に導いてやまない。
    (抜粋終わり)

    これがまさに本書の帯に書かれている「戦後の歴史書から抜け落ちている日本と日本人のリアル」ということですね。
    すぐ日本人は世界からどうこう思われると困るというような体面的なことを口にしますが、まず事実を精査して日本人のなかでとことん議論を深めなければ、反日左翼が暴れまくって戦後中断してしまった、日本人の主体性の回復はなされないと思います。ちょと極端ですが、戦後日本人はGHQと共産主義左翼が選別してきたエサだけ食ってワンワン吠えていたとしか思えないふしがあります。
    また「リアル」というと、私は当時の米国がアメリカ本土だけでなく南米各国の日系人をどのようにして収容所に追い込んでいったかも(せめて日本人なら)リアルに理解しておくべきと思います。それを詳細に知れば、米国が神にでもなったようにナチスのユダヤ収容所を人類の罪などと一方的に裁く資格などないことが理解できます。またそれは慰安婦問題などに関しても同様です。

  2. (最近連載の村山氏抜粋のアフォリズムを読んでいて思い出したりしたことを以下に記載いたしました)
    ヨーロッパに関する過去の西尾先生の言動については、十数年前に出版された「自由と宿命・西尾幹二との対話(洋泉社)」が非常に参考になりました(逓信協会雑誌の編集者であった池田俊二氏がゲーテとエッカーマンとの対話をめざして企画。この対話は非常に建設的なもので、西尾先生の対話本のなかでは金完燮(キムワンソプ)との対話などと同様に印象に残りました)。内容を忘れていたので読み返してみました。
    労働移民の問題が取りざたされているので、特に関連部分の対話を抜粋しますと、

    (以下、抜粋)
    池田:「<人の自由化>は悲劇的錯誤」は国際化というようなスローガンを掲げて、外国人の単純労働者を入れようという動きについて、数百万のトルコ人を入れた西ドイツが、いかにそのために苦しみ、悪徳や残虐を生み、双方が不幸を背負っているかという例を引いて子供っぽい正義心や安っぽいヒューマニズムのもたらす悲劇を訴えられたうえで、強く反対されていますね。一番衝撃的だったのは、ドイツの青年がトルコ人に変身して、移民労働者の生活を実体験し、西独社会の偏見と差別と残酷を内側から告発した本がベストセラーになったというくだりです。先生は「一国の社会心理がすでに平衡バランスを失ったところでしか、こういう本は書かれない」と評されていますね。

    西尾:日本の社会心理もすでに同じような疾患に陥っているのかもしれませんね。ちょっと話題が飛ぶようですが、日本の歴史を日本人がしきりに否定的に描く露悪趣味はこれに似ています。なぜ限界を越えてまで自分を告発することが道徳的浄化になると思っているのか、そういう人間が私にはまったく分からないのですが、ナチス後遺症のドイツとたしかに共通する一面があります。中国や韓国にだけでなく、アメリカにまで出かけて行って、つくり話に近い旧日本軍の残虐行為を、国際法廷に持ち出そうとやっきになっている一群の人々がいます。戦時中の旧敵国の残虐には寛大で、日本が悪かったから仕方ないのだと最初に免罪し、旧日本軍の悪事になると目の皿にして探し回り、外国に御注進して歩いている精神の不可解な人々が相当数いるのですが、トルコ人に変身したドイツ青年と異常さにおいて似ていますね。

    池田:ある作家が外国人労働者を「日本の社会や組織に不足している部品を外国から輸入してくるような」安易な考え方に疑問を呈しながら、日本人が甘ったるい「外国病」や「国際化ノイローゼ」から解放されるためにも、外国人を一度入れてみろ、そして西尾先生の言われるような「破滅的な災厄を子孫に遺す」ほどの事態を一度経験してみよ、それによってまともな民族に鍛え直されるであろうと言っているのに対して、先生は、それは神以外の何びとも口にしてはならない言葉だ。神が人間に与える運命・試練なら致しかたない。しかし人間が人間のためにする努力目標は、人智を尽くしてあらゆる災厄を防ぐことだとおっしゃり、西ドイツの場合でも、それは宿命とは受け取られず、政策の不幸な失敗と意識されていると附言されていますね。

    西尾:一国の長い歴史に基づく問題、民族構成や文化構造にかかわるような問題はすべて人間の知的計画性の外にあり、とうていそれの及ばぬものを秘めているという予感を持たない人が少なくないのは、まことに遺憾です。人間の力で社会を思った通りに改変できると簡単に考えている。
    (抜粋終わり)

    この対話のなかで西尾先生の過去の著作に大変詳しい池田氏から、西尾先生のヨーロッパに関する見解は時代とともに変わったのではないかという鋭い疑問(追及?)に対して西尾先生が自問自答しながら回答されています。その回答が興味深く、また夏目漱石など知識人の西洋への対峙の歴史を俯瞰し、いろいろな観点から照射して整理したものとしても非常に興味深い内容でした。

     恣意的につまみ食いして箇条書きにしますと、
    ・トーンに違いはあっても日本と西洋のどちらが優越などという視点では書いていない。夏目漱石も一見西洋の優越性を説いているように見えるが(よく読みなおしてみると気づくのであるが)夏目漱石は西洋と日本のどちらが優越しているとも断定していない。
    ・日本の古代では隆盛した中国から長期間に渡って文化を流入させたのに対して、近代のおいては衰退がはじまったヨーロッパから短期間に文化を流入させた。もはやヨーロッパに見習うべきものはないという日本人がいるが、ヨーロッパの直面した問題を日本人は克服してないという問題意識があった。
    ・夏目漱石の時代はまだヨーロッパが強大であったが、現代はヨーロッパの勢い(経済や文化など)がなくなってきたのでヨーロッパの精神的優位性に脅威を感じる日本人が減ってきたのではないか
    ・日本人に対して書かれたものとドイツ人に対して書かれたものではトーンが異なっている。
    ・後から自分の記述を読み直して当時意識されてなかった意図に気づくことがある。
    ・「ヨーロッパの個人主義」で書きたかったことのひとつは「悪意に裏付けられた西洋人の生命力のしたたかさ」である。
    ・「江戸時代のダイナズム」など日本人としての自画像に取り組むにあたって日本と西洋または日本と中国との比較も深めたりして自分なりの日本再発見があった。
    ※これら以外にも多く分析あり。一見矛盾しているようでも、立体的・多面的に見ると矛盾はしてないのですね。力不足により意味をねじまげて伝えていることを恐れます。

    もっとも納得したひとつが、「ヨーロッパ自体が変質していると思いますけど、それでもまだ第一次世界大戦までのヨーロッパというのは、やはり世界の華だったんですよ。これは、横光利一の時代になっても変わらないわけです。『旅愁』の中で、当時のパリ市の予算が日本の国家予算に匹敵すると書いてあるんですよ。東京都の予算は今どうですか。フランスと比較することはないでしょうが(笑)。つまり、それから地球上には考えられないことが起こっているわけですよ。だから、世界と日本の関係をこの時の地図上で見ることは、よかれ悪しかれもうできないんですよ。私はあまりにも過去の人たちの言葉の表面に引きずられると危ないと見ています。言葉の奥で言っていた動機とその精神は、漱石の問題にしても、鴎外にしても、荷風にしても今なお生きている。しかし、表面の言葉に表われたことは、私はそのままには継承できないという気がいたしております・・」

    むかし漱石の倫敦塔(ロンドン塔)などを読むと、よくここまで英国人の意識深くに入り込んで、日本人として誠実に考えぬいたものだなと感心したことありますが、あまり現代日本人として現実感ありませんでした。でも上記のようなものを読んで振り返ると、孤独に耐えて考えぬいた漱石への親近感のようなのを感じました。

    いろいろな日本人がカールレビィットの「日本人は1階の日本文化の上に2階に西洋文化を安易に増築して矛盾を感じないのか。どうやって1階と2階の間を行き来するのか」という指摘を引用してきましたが(古代シナも含めると3階建ての一戸建て(笑))、これはこれで日本の危うさと同時に柔軟性の高さも象徴していると個人的に思っております。以前に読んだ岡田英弘氏の著作で、日本の歴史学や歴史観は、日本史と東洋史と世界史の3つが並存して互いの整合性をあまり意識しないで気ままにやっている、そしてこういうのは世界で日本くらいだと皮肉っぽく記載されていましたが、これも2階建ての日本を象徴する逸話ですね。これはこれで器用な日本人を象徴して面白いと感じました。たとえば世界史では、国連は戦争防止のための人類の進歩かもしれませんが、日本史的には戦勝国クラブであり米国とソ連、中国の呉越同舟。多元的見方ができるのはボンクラではない証拠でないでしょうか。

    話があちこち拡散しますが、そのとき岡田氏の著書を読んでいくと、著書最初のほうは日本が中国で火事場泥棒を働いたとか日本について厳しく記載されていましたが、著書の後半にいくと中国は恐ろしいので気をつけろと日本を憂うる内容になっているので最初とトーンがえらく違うなと感じたら、エッセーの書いた時期は1970年代から2000年代に渡っていたのですね。このように時代が変わればトーンが変わるのはやむえないというか自然であると思います。

  3. アマゾンレビューでふと見つけた下記指摘は、いかに日本人が左翼によって特定の歴史事実だけ植えつけられてきたかというのをよく示しています。

    (以下、抜粋)
    NHKスペシャルは、さも「植民地主義が終わろうとしていたのに、その世界の流れを日本が気付かず戦争を始めた」とのコメントを紹介していたが、これこそ「日本がとにかく悪い」と押し付ける論者達の大嘘八百である。それどころか、・・・、終戦後、イギリス、フランス、オランダは元の植民地に戻ろうとして、独立戦争になり、追い出されている。アメリカでは、その時期まだ人種差別が続いていた。ベトナム戦争には黒人兵が登場するが、第二次世界大戦の映画には黒人兵(混血除く)は登場しない。日韓の夫婦はいたが、白人と黒人の結婚さえ出来なかった。 大学の時代から、少しは政治や外交に興味はあったが、民主党の愚かな政策と「裏マニュフェスト」の存在を知ったお陰で、もう一度近代史を勉強する切欠ができ・・
    (以上)

    戦争を反省するにしても、従軍慰安婦騒動に何年も明け暮れたように、なぜあそこまで戦後の日本人がおそるべき自閉症におちいっていったかというのは日本人に徹底追及してほしい。上記の宮崎正弘氏コメントのなかで、半藤一利、北岡伸一、加藤陽子の3名が挙げられてます。たしかに批判されるべきは批判されるべきでしょう。
    しかし反日左翼のおそるべき運動会を1980年代にたっぷり見せ付けられた人間からいうと、実はなんら左翼ではない北岡伸一氏などには同情的です。左翼のおそるべき排他的執念はほんとうにすさまじかったですから。あの情勢のなかで少しでも正当な言論(非武装中立は現実的でない、東京裁判史観の呪縛をいつまでも受けるべきでない、など)を世に伝えるためにはやむをえずある程度譲歩するしかなかったのではないかと想像します。いや西尾先生みたいな例もあるのだから抵抗できただろうと批判されるかもしれませんが、左翼全盛でなければ西尾先生は竹山道雄先生のように確実に東大教授にふさわしい器を持った方です。北岡伸一は左翼の踏み絵を踏んで反日精力の牙城で闘ったのだと思います。そしてそのなかで左翼史観に除々に洗脳されていったのでしょう。

    反日左翼の執念はとんでもない、おそるべきもので、私北朝鮮と韓国が戦争なっても日本の国土だけ守って韓国など助ける必要まったくないという戦争敬遠主義ですが、日本の左翼は絶対に許すべきでない、全面戦争するしかないと(もちろん暴力ではなく言論でですが)ずっと確信してきました。在日韓国人を敵視する日本人もいますが、ほんとうの敵は反日左翼で、この連中の中核は外国人ではなく日本人そのものです。
    偽善的表現かもしれませんが、日本の現代史で世界史になにか貢献できることあるとすると、いかに共産主義というのは中国やカンボジアのように虐殺を起こさなくても、一見平和な日本でも知識人など人間を芯まで腐らせて醜くするかというのを世界の人にフィードバックして伝えることだと思います。そして日本の共産主義左翼の歴史を徹底的に暴き出して叩きつづけることだと思います。

    共産主義者およびその影響を全身に受けた人間というのはいかに総じて狂っているか、たとえばキリスト教も偏狭だという人がいますが、とてもではないですがそんなレベルではない。まともなキリスト教徒もいますが、まともな共産主義者はほぼいない。学者馬鹿かキチガイがほとんどです。いかなる宗教とくらべても狂っていて、唯一オウム真理教よりはまだましというくらいでした。
    1970年代の日中国交樹立後、日本人がお人好しにも中国やそして韓国方面にも手をのばして一生懸命近代化を助けました。日本の芸能ドラマや歌は当時の中国韓国にもそれなりに人気あり結構輸出もされました。そうやってこつこつ気づきあげた親日感情を共産主義左翼はオセロのようにいっきに憎しみに変えたものでした。もちろんこの連中の道具は得意な、これしか特技はないだろうという、歴史認識でした。日本に憎しみをもたせるという手口はもはや芸術的レベルであり、いろんな機会をとらえて、中国人や朝鮮人の日本への憎しみの鮮度をたもつことに驚くべき執念をかけたのです。そしてことあるごとに対日感情を悪化させたのは日本の右翼や国家主義者であるという印象操作も死に物狂いでやったのです。絶対に共産主義思想の中核は平和哲学や人道哲学ではなく、憎しみの哲学です。じたばたし騒いで大衆の憎しみをあつめる飛びぬけた能力をもっていました。

    共産主義運動と革命が、反体制運動ではじまって、その後権力をとったら独裁に変わるというルールはもののみごとにその本質をあらわしています。要するにこの連中は権力がほしいのです。権力を憎むのも権力がほしいという潜在意識の裏返しです。1980年代などまあ反日左翼は政府を憎み、自民党を憎み、サンドバッグを叩くようにわめきちらしていましたが、それはいくら自分たちのイデオロギーを叫んでも、日本の大衆に受け入れられず相手にされないという欲求不満から爆発していたことは明らかでした。そしてそのはけ口となって精一杯その言い分をまきちらしていたのが朝日新聞などです。自民党のなかにも単純な復古主義者などがいたから徹底的に標的にされて、スケープゴートにされました。共産主義とリベラルの異常な結合が日本社会の混乱をまねきました。無責任ではなく責任あるリベラルの思想も育ちませんでした。育ったとすると左翼の異常さを反面教師として学んだ日本の若者がいたからでしょう。共産主義とメディアが結合したのもほんとうに不幸でした。でたらめ頭脳のモンスターであるマスコミはほんとうに狂ったものでした。江戸末期に狂信的マスコミというものがあったら日本は無謀な攘夷一徹にすすんで確実に西洋に植民地にされていたでしょう。

    学生のころ読んだドストエフスキーの共産主義分析は実に的を射ていると思いました。ドストエフスキーは共産主義者が破壊屋であることをよく見抜いており、共産主義者は物理的暴力と精神的暴力をずるがしこく使い分け、精神的暴力では学問を悪用して巧妙に大衆を洗脳する、若者の底の浅い正義感を利用して怒涛のように洗脳していく、そして無秩序な進歩願望を煽って破壊衝動に転換させていくなどおそるべき実態を透視していますが、戦後日本ではまず学生運動など過激運動など物理的暴力が中心となり、その後物理的暴力が体制側により鎮圧された後は精神的暴力に専念しました。そしてぞっとするほど巨大な精神的後遺症を日本に残しています。道徳の破壊などそれは大変な猛威でした。これらはくれぐれも後世の日本人に伝えてほしい日本の実像です。

  4. いつも興味深く楽しませていただいています。

    林健太郎の自伝的な文章の中に、「1930年代、植民地主義が終わろうとする動きが欧米に明確に起きていた。しかし、日本は、その動きを捉えることができなかったのである」という一節があります。

    NHKスペシャルと同じです。

    この文章をむかし読んだとき、「ここでぎりぎりの『踏み絵』を林健太郎も踏んだんだろうな」と思いました。この『踏み絵』を踏まないと、いろいろと不都合が起こる世界があります。
    もちろん、林健太郎は、戦後のフランスやオランダ、イギリスの執拗な植民地の回復運動などよく認識していたことでしょう。

  5. 今日は西尾先生
    GHQ焚書開封を読まさせてもらっています
    しかし一部売り切れているものもあります
    増版か文庫化していただければ幸いです

    宜しくお願いいたします

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