31)教会の道徳と、世俗社会の道徳と、この二つはいわゆる政教分離以来、相関関係にあり、一つの社会に、二つの道徳が同時に並行して存在することが、道徳の画一化を救う要因となっていることは確かである。人々はつねに、絶対の世界と、相対の世界と、この二つに同時にまたがって生きることを要請される。
32)世捨て人の、すね者の孤独は、結局は人恋しさの裏返しでしかないだろう。敗北者の孤独は、人一倍に権力欲が旺盛だということでしかないだろう。
33)不安や恐怖は、他のいっさいの善なる感情より、積極的な感情である。そして不安や恐怖が、敵意や復讎心をはじめとする不合理な感情の母胎である。そして不合理な感情は、いつの時代にも、理性より積極的である。
34)外交は自他双方の悪の是認からしか出発しようがない。自分の愚かさと弱さを知ることも、一つの強さである。他人の悪をおそれ、避けるためには、自分の悪の自覚をも深めておかなくてはならない。善を行なうこともまた、悪の一手段であり、ときには自覚的に悪を犯すことが、善となる
外交の場には絶対善も絶対悪も存在しない。
35)人間は束縛や桎梏(しっこく)を打ち破っても、自由にならない。人は不自由にぶつかってはじめて、自由の何であるかに触れうるのである。
出展 全集第一巻 ヨーロッパの個人主義
31) P313下段より
32) P316上段より
33) P320上段より
34) P329上段より
35) P338下段339上段より