阿由葉秀峰が選んだ西尾幹二のアフォリズム(第二十一回)

(2-42)昔の子供は、大人になるまでに気の遠くなるような数多くの困難を乗り越え、厄介な課題を解決しなければならないことを肌身に感じて知っていた。そして困難な諸条件をクリアすることによって初めて大人になったのですが、今は何もまだ出来ない子供が自分を一人前の大人だと思っています。

(2-43)人間は自由ということに長期間にわたって耐えられない存在なのだといえるでしょう。人間は束縛を欲する存在なのです。束縛からの甘い解放の歌を歌いたがっている人に限って、えてして奴隷になりたがるものなのです。

(2-44)人間は、悪を避けてしまえば善だけで生きられるというような単純なものではないでしょう。むしろその逆です。悪の存在しない理想郷の看板を掲げ、いかなる自己愛も許さない社会では、悪は消滅したのではなく、意識下にもぐり、偽善という悪の形態をもって民衆の道徳感を麻痺させ続けているのです。
 悪を是認しない思想はそれ自体「悪」である。不合理の存在しない社会は、もっとも不合理な社会なのである、

(2-45)非核三原則がいけないのは、汚いもの怖いもの臭いものは全部国の外にしめ出して、目を伏せ耳を塞いでいれば外からは何も起こらずわれらは幸せだ、自分の身を清らかに保ってさえいれば犯す者はいない、という幼稚なうずくまりの姿勢のほかには、いっさいをタブーとする迷信的信条の恐ろしさである。

(2-46)文学者が自己表現をするためには自己を超えた何かを持つことが必要である。神であれ歴史であれ、何かを信じていることが必要である。自己を解消する何かを欠いた自己表現は、空しい心理の断片か、観察の断片かに終わるのが常である。

出展 全集第2巻 「Ⅴ 三島由紀夫の死と私」
(2-42) P525 上段「三島由紀夫の死 再論(没後三十年)」より
(2-43) P538 上段から下段 「三島由紀夫の死 再論(没後三十年)」より
(2-44) P539 上段「三島由紀夫の死 再論(没後三十年)」より
(2-45) P559 上段「三島由紀夫の自決と日本の核武装(没後四十年)」より

「後記}
(2-46) P594 

「阿由葉秀峰が選んだ西尾幹二のアフォリズム(第二十一回)」への5件のフィードバック

  1. >(2-45)非核三原則がいけないのは、汚いもの怖いもの臭いものは全部国の外にしめ出して、目を伏せ耳を塞いでいれば外からは何も起こらずわれらは幸せだ、自分の身を清らかに保ってさえいれば犯す者はいない、という幼稚なうずくまりの姿勢のほかには、いっさいをタブーとする迷信的信条の恐ろしさである。 <

    この言明がある限り、西尾先生の「原発反対論」は思いつきではないと確信できます。

  2. ◇◆国連一般討論演説内容の実行義務◆◇
    国連総会の一般討論演説で、南朝鮮大統領は「紛争時の
    女性に対する性的暴力は、時代や場所を問わず、人権と
    人道主義に反する行為だ」と述べました。さぞ高尚な思
    想の持ち主なのでしょう。よって、きっと率先してアメ
    リカで南朝鮮軍慰安婦像と米軍慰安婦像の設置をやり、
    冤罪の日本関連の像の撤去をやってくれるのでしょう。
    よって善良な日本人は、期待してその有言実行を見守り
    ましょう。

    事大主義から来る、強いものにはヘイコラし、相手が弱
    いと分かると徹底的に痛めつけるという、朝鮮族固有の
    差別主義的な精神性より、過去に以下のような非人道行
    為が多くありました。(現在も世界一の差別主義は健在で、
    民族内でさえ全羅道や済州島は被差別地域です。)

    1) 元寇において侵略軍の先兵となった高麗軍の対馬での
    残虐行為(妊婦の腹を裂いては胎児をつかみだし、乳飲み
    子は股を引き裂き、捕らえた男女の耳や鼻を削りとった
    後惨殺した。)
    2) 李氏朝鮮時代の権力闘争の敗者の一族郎党の処刑
    3) 明の安定時代には、漢族に媚まくりだったが、満州人
    勢力が優勢になると、満州人に寝返り、先兵となり明の
    漢族への残虐行為に及んだ。
    4) アメリカにヘイコラし参戦したベトナムのクアンナム
    省、クアンガイ省、ビンディン省、フーイエン省での大
    虐殺(元寇の高麗軍蛮行の再来)および現地女性に対する
    性的暴力(ライダイハン問題に繋がる。)

    その民族の人道主義大統領が、そのような行為には千
    年責任が継続する、と言った朝鮮族なので、被害者(特に
    日本人)に謝罪し、これらの正しい歴史教育をするので
    しょう。

  3. >2-42)昔の子供は、大人になるまでに気の遠くなるような数多くの困難を乗り越え、厄介な課題を解決しなければならないことを肌身に感じて知っていた。そして困難な諸条件をクリアすることによって初めて大人になったのですが、今は何もまだ出来ない子供が自分を一人前の大人だと思っています。

    (2-43)人間は自由ということに長期間にわたって耐えられない存在なのだといえるでしょう。人間は束縛を欲する存在なのです。束縛からの甘い解放の歌を歌いたがっている人に限って、えてして奴隷になりたがるものなのです。

    (2-44)人間は、悪を避けてしまえば善だけで生きられるというような単純なものではないでしょう。むしろその逆です。悪の存在しない理想郷の看板を掲げ、いかなる自己愛も許さない社会では、悪は消滅したのではなく、意識下にもぐり、偽善という悪の形態をもって民衆の道徳感を麻痺させ続けているのです。
     悪を是認しない思想はそれ自体「悪」である。不合理の存在しない社会は、もっとも不合理な社会なのである、<

    おそらくこの三っつの文章は、それぞれ違う方向性で書かれたものなのかもしれませんが、こうして並べて読んでみると、不思議なくらいに関連性の濃いものであることが確認できます。

    おそらく教育現場に携わる方々がこの文章に触れたときは、感慨深いものが生まれるはずです。
    「善」と「悪」を人間はどう取り組んでいかなければならないのか、その大きな「人生の本質的難問」をこの文章は取り上げています。

    私の長女は今幼稚園の先生なんですが、まだ二年目だというのにかなりの負担を強いられているようです。
    今の若者が出くわす具体的な難問は、おそらく会社の要求にどうやって応えられるかにおいて凝縮されているのではないでしょうか。
    このような事は以前からあるにはありましたが、今の時代の根本的な問題点は、年齢的な序列が完全に消え去ってしまっていますから、未経験な若者達に、余計な負担が重なっているのではないかという印象があります。

    若者たちがどんな時代においても先端で頑張るのはとても重要なことではありますが、しかし彼らが生き生きと仕事ができる条件の中には、「精神的な
    自由」がどこかに確立されていなければ、とてもじゃないですがやりきれないのではないかと思います。
    さらには、若者というのはどこかで隷属的な仕事に接することで、自身の内面の安定感を確保できるのではないかとも感じます。

    この二つの矛盾した言葉と精神の葛藤の中で、人間は自分自身の成長を感じていくのではないかと、私は思うわけです。
    そうした若者たちの紆余曲折を受け入れる会社と、それができない会社の「差」が、おそらく将来何らかの形で具現化されるのではないかと私は想像します。

    私が一番心配していることは、若者を鍛え上げるべき年配者たちが、元気を失っていることです。
    私たち50代の中には、会社が倒産して転職した人間がけっこういます。そのようなたちばですから、新卒と同じ扱いをされる方々も多くいます。
    ましてやパソコンなんか使いこなせない世代ですから、扱われ方が最悪なんです。そんな世代が今、地べたで頑張っているんです。
    しかし現場はどうかというと、若者たちは責任能力に耐え切れず、一年もしないうちに退職していきます。残っているのは私たち50代のロートルばかりです。パソコンもスマホも使いこなせない我々が、今、まさに今、世の中の底辺を支えているのです。

    本来なら私たちがその若者の理想像になって、仕事に従事できればと思うわけですが、会社と私たちの根本的な思想の乖離が、おそらく生じているのでしょう。
    この現象は局所的ではないことが今の日本の根本的な重要問題です。

    「もう数十年経てばこの問題なんか解消しますよ」と言う人間もいますが、そういう人間に限ってパソコンの扱いがやたらと上手いのが気にかかります。

    どうやらパソコン世代と我々世代の大きな違いは「失敗対処」の「差」ではないかと思うんです。
    私たち50代以降の世代なら、「謝る」ことは日常的でしたよ。というか人間としてそれは当たり前な意識です。
    どうやら其の辺で何かがかけ違えてしまいそうな現象が、今日本の隅々で起こっているんじゃないかという「杞憂」ではなく「不安」が私にはあります。

    「謝る」というのは、けして正しい行為ではないのかもしれませんが、「謝る」文化が失われると、すべてが争い出すわけです。
    これは「愚かな文化」です。
    本当に「怒る」自分が構築できなくなる背景には、「無理な怒り」を要求されているからではないでしょうか。
    自分の本当の「怒り」を、若者たちは完全に失望しています。
    その原因は、私たち50代の隷属的な社会人が、この社会で生かされていないからです。

    この問題はかなり深いでしょう。

  4. 敬愛する西尾先生と皆さんへ

    こんにちは。以前、アメリカの伝統保守派知識人の代表格の一人であるPat Buchanan氏の大東亜戦争の劈頭における日本軍の真珠湾攻撃についての公正にして洞察の深い文章をもって、この場で紹介させていただき、西尾先生と他の皆さんから親切な反響と好意的評価を頂戴しました日本を愛する海外の読者と支持者の一人でございます。さぞや、大変恐縮ながら、この一件は今は皆様には薄い記憶が留まることであろうと密かに思い期待しますが。この場で前回の書き込み以来、もう久しぶりですが、今回、あえて、拙文のメッセージを送る主目的は、一つの歴史の事実を明らかにすることで日本の名誉と国益に適う要件につきまして、願わくば、先生と皆さんのご協力を謹んで求めたいということでございます。

    単刀直入に、かつ具体的に述べますと、私の友人であるアメリカ人のフリーランス作家トムグードリチ氏(Tom Goodrich)の大東亜戦争の間における米国政府と米軍が日本の軍人と平民ともに対して犯していた残虐無道な戦争犯罪を暴き欧米社会に向かって広く知らしめるという日本の正義と国益に合致する大変正しく有意義な事業に関しての協力要請でございます。以下は、詳述させていただきます。

    まず、このグードリチ氏その人と前に書いた一つの重要な作品を少し紹介させてもらいましょう。彼は非常に優秀で良心的なアメリカ人であり、世の中の通論・俗論となる第二次世界大戦の戦勝国側が意図的に宣伝し戦後の国際社会に定説になっていた戦勝国史観を真っ向から否定し挑戦している歴史的洞察に富み正義感の強い好漢である。ここで特筆として取り上げたい氏の著書の一冊は、長年の資料収集と創作に没頭した末、ようやく出来上がった「地獄の嵐:ナチスドイツの滅亡1944から1947年に」(Hellstorm: The Death of Nazi Germany 1944-1947)という著作である。それは、戦中の後期と戦後当初のドイツの軍人と平民はソ連からだけではなく、所謂自称の民主主義国の偽善の米英などから受けていた苛酷にして凄惨なる仕打ちとその数々の衝撃的な事例を如実に描く歴史ドキュメンタリーである。この一書はすでに完成されアマゾンにて大変の好評を受けて、旋風のような読者からの反響を呼び起こした。実に、この分厚い本は、私は今中国語に翻訳しよいと決めまして、そして、未来に出来れば日本語に翻訳することもと念頭に置きます。決めまして、当然に、その大事業に厖大な時間を要することを覚悟し。そして、いったん、翻訳を完成したら、中国と日本で本書の訳本を出版する意欲がある出版社を探し、それぞれを出版して貰えるように全力を尽くしたいと思いました。今は中国語の翻訳は開始したばかりで、鋭意進行中です。日本語への翻訳に関して、小生は意欲こそ強く持つが、客観的にやや力不足を感じた。もし、西尾先生や皆さん或いは皆さんの友人・知人にはその興味を持たれる方が居れば、その事業を携えて頂いて宜しいですし、非常に歓迎・感謝すべき幸甚のことだと真摯に思います。
    http://www.amazon.com/Hellstorm-Death-Nazi-Germany-1944-1947/dp/097138522X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1412151493&sr=1-1&keywords=tom+goodrich

    さて、今回、皆さんに頼みたい本題に戻りまして、グードリチ氏が、同書の姉妹編として、ドイツと同じ敗戦国だった日本は戦争中と終戦の初期に米国に遭った不正にして残酷な処遇を写実する本を書こうと決意しました。それは、大東亜戦争において、米軍が日本の兵士と平民に対し仕掛けていた嗜虐的とも言うべき数々の虐殺や暴行(例えば、日本人の兵士の降伏を受け入れず、もしくは騙して日本人の投降を誘き出してその場で射殺したり、死んだ日本兵の死体を沸騰している湯に煮てきれいになった頭蓋骨を取り出して装飾としたり、日本兵の大腿骨と脛骨を処理して封筒を切り開く道具としたりすること等々、上述のすべては架空の物語ではなく真実そのものであった)とその背後にあった、それらの悪事を駆動した暗い心理的な歪みと恨みを発掘し掘り出して、一つ一つに克明に記録し検証することにある。それをもって、ツインズとしての二冊を完成して、一シーリスの完結を告げることになると思われる。誠に、勇気のある、賞賛すべき、支持と応援に値する事業ではないだろうか、と私はつくづく思いました。そのために、私は出来る限りの協力を惜しまないし、西尾先生と皆さんにも出来るだけの協力を求めたい所以がこれである。実に、最近、同氏が私にメールを送って日本人の有識者に向かってアピールするメッセージを私に日本語へ訳すのを託した。以下の「」中のようです:

    「親愛なる大東亜戦争に関連を持たれる日本人の有識の皆さんへ

    こんにちは!はじめまして、トムグードリチ(Tom Goodrich)と申します。アメリカのフロリダ在住のアメリカ人作家である。私は大東亜戦争における日本の立場を理解し好意と誠意をもってその時代の歴史研究を従事しております。実に、ただ今、戦争中に起こっていた日本の軍人と平民ともが米軍によって行われた各種の残虐な暴行や不正を調べ、それらを中心とする一冊の本を書こうと努めて参ります。ゆえに、言語上などの障碍による現在難航中の私の資料収集に関する事業について、あの戦争相関の歴史に通暁される、若しくは家族か親族の中に直接に戦争被害の体験を持たれる日本人の方々の熱心な助力を切に求めたいと謹んで思います。当時の米国政府と米軍が日本という国と人民に犯した戦争犯罪とその罪責を暴き歴史の真相を明らかにし欧米社会に広く知らしめるのが大変有意義な事であり、それは真実性と客観性に基づいての史実の究明が現在と未来の健全なる日米関係の構築にも資することを信じます、皆さんの知識と能力の範囲のことならぜひ、最大なご協力を頂きたい。これは、良心ある一介のアメリカ庶民である私の心底からの真摯なる願いである。ついでですが、私は全く日本語に通じないため、日本を愛し日本語に精通し私の一人の友人に頼んで、この私の願いを日本語へ書き直してもらったもので、ご理解ください。又、今後のやり取りに来ましては、英語が出来る方なら、願わくば、英語で進みましょうと期待します。そうでない方なら、前述の友達に資料を送り、彼に日本語へ訳し私に再び送ってもらうことにしました。いかがでしょうか。皆様のご協力を吝嗇なく賜るよう切望しております。再度、衷心の感謝を申し上げることをもって、筆を擱きます。

    グードリチ 拝」

    以上に話したように、グードリチ氏は大東亜戦争中と其の終末後に日本の軍人と平民が米国から掛けられていた不正で残酷な打撃・虐待・虐殺に関して新しい意欲作を書くつもる意思を表明したものである。私の浅見によると、それは欧米世界に初公開する極めて挑発的にして忠実の歴史を還元する「爆弾作」になるのに決まっている。そして、当初、同氏の良心と勇気に敬意を覚えて触発された私は、あらゆる出来るだけの協力を致す態度を氏に対し表明しました。すると、当人から早くも感謝と肯定のメールが届きました。私の肯定と応援の意思を深く感謝してくれたし、色々な感想と心情を私に素直に開陳してくれました。いわば、国際ユダヤ人勢力に作られた共産主義と金融・消費的資本主義は一枚のコインの両面・同じ穴のムジナに過ぎず、彼らの利益と思惑に決められた戦勝者史観は歪曲と改竄とマヤカシに充溢したもので不公正の極みだと認識されて然るべき。それで、これらの戦後の利得する連中が世界中に行っているプロパガンダに敢然と闘争し白日下に曝け出さなくてはなりません。従来の通念として正義の側と捉えられる戦争における米英ソ諸国の正体は実に邪悪邪険極まらないもので、連中の犯した反人道の罪は連中により冤罪を被られた独日両国より百倍も深く大きいものだ。ならば、同氏の本書を書く目的は、偽善と欺瞞と傲慢の極みであった米国の手によって日本に侵された数々の戦争犯罪を余す所なく暴露し、真の戦争犯罪と戦犯・張本人が日本ではなく、当時のアメリカ政府に在るという歴史の真実を示すに他ならない。まさに、正真正銘のインテリとしての氏の実直さと人格の高貴さを端的に顕示するものと思われる。グードリチ氏の姿勢を目に通した私は、氏は真実を追い求め広く公表することに一種の真摯で熾烈な使命感に燃えている誠実と信念の男と私が感じ取り、日本の名誉の為、真実を世間に広げ一人も多く知らせる為、勿論、協力を光栄として引き受け喜んで支援して参りたいとの意向を氏に教えていった。本当に、遣り甲斐の有る事業だと信じて疑わないからだ。それに同意・同感を抱かれる戦争の歴史に詳しい方や先の大戦に参加した元帝国陸海軍の将兵の親族、はたまたあの戦争中の米軍戦争行為の直接の被害者を持たれる方からの積極的な貢献も大いに心から期待し懇切に要請いたします。それが出来ると、グードリチ氏の事業に大きく役立てる一助になる筈なので、誠に幸甚だと思います。どうか、皆さんも御力の幾分を貸して下さり、真相を追求し自国の不正な対日戦争を批判しその悪行を暴こうとする良心たるアメリカ人の努力に助力して、共に今まで隠れていた戦争中の様々な戦争暴行と偽善と欺瞞を満天下に曝け出して行こうではありませんか。
    では、以下の質問に応えられる情報を持たれる方々が、奮って、グードリチ氏に協力し吝嗇なく貴重な情報をご提供して下さいませんか。ぜひ、ご理解とご援助・ご協力のほど深くお願いします。

    グードリチ氏が待望している資料は、主に以下の内容に関する出処付きの第一人称の証言である(日本人の目撃証言の直接か間接の伝え、平民、陸海軍の将兵、パイロットからは皆宜しい):
    1.より多くの戦中、終戦後における日本人捕虜への虐待事例に関する目撃証言・当事者証言が欲しい。無論、日本人のなかなか投降しない傾向と投降しようとも受け入れられず殺される結末のため、こうした証言の数はごく限られたものと否めないが、捕虜になってしまっても虜囚の悲惨なる経歴を乗り越え生き残った少数の日本人将兵からの驚かすべき語りが現存する筈だと信じられる。
    2.より多くの沖縄戦及び日本本土占領期におけるアメリカ人による日本婦女強姦の証言・情報、同じ沖縄戦と日本占領期における日本人平民への虐待か殺害に関する証言・情報がほしい。
    3.より多くの日本人政治的指導者や中、高級の将領に対する拷問並びに所謂「戦犯」の殺害に関する記録・証言がほしい。
    4.GHQによる日本占領期におけるアメリカ軍と民間人の犯罪・無法・跋扈に関するより多くの記録・証言がほしい。(注:マッカーサーが其の米国パブリックに示す報告の中に日本に居るアメリカ占領軍が正しく天使の如く描いたから、それを読んだ米国大衆はアメリカの対日軍事占領が一般の日本人民にとって巨大な祝福であったかのような印象を受けるに違いない。)
    5.より多くの日本への大空襲に対する日本人平民の思いに関する証言・資料がほしい。
    6.より多くのアメリカの対日占領期における日本人への虐待や侮辱に対する日本人の日記や便り等の資料がほしい。

    上述の内容に関わる情報が有る方は、グードリチ氏の電子メールアドレス即ちmtgoodrich@aol.com(英語)か私の電子メールアドレス即ちrikireiright@gmail.com(日本語)に送って頂きますようお願い申し上げます。どうも、ありがとうございます。

    阿笠 力 拝
    平成26年10月3日

  5. 焚書図書回封読み始めました。
    日本人の民族性は神道の影響が強く、キリスト教にはまったく理解不可能なことが多すぎるためにわからないものだと思います。
    世界の学問と歴史が白人目線でしか語られないことがあり、すべてはキリスト教目線を外して語られていません。
    しかし、日本人の民族性は古神道の精神によるものがかなり強いようなのでキリスト教目線では説明がつきません。

    日本が大東亜戦争に踏み入れざるを得なかったのは、完全に白人至上主義の人種差別によるものだと思ってます。
    現代でもアメリカでは黒人に生まれた時点で人生が終了するような環境ですから、当時は黄色い猿が白人様と対等に渡り合うこと自体が許されなかったでしょう。
    オランダ人の手記を記した本も読みましたが、日本軍が行った虐待というものが、
    ・非白人である日本人が白人を雇用したこと
    ・インドネシア人とオランダ人を同等に扱ったこと
    がありました。
    また、
    ・日本軍によってオランダ語を禁止され、インドネシア語を広められたこと
    ・インドネシア人が一人前の仕事を与えられ、活き活きしだしたこと
    にも我慢できなかったようです。
    言語学者によると植民地支配は、「言葉」を奪うことが絶大な効果を持つということなので、
    日本軍が植民地に行った「現地語の教育」で自分の国に対する誇りを取り戻されるのが恐ろしかったのでしょう。
    言葉を奪うというのが焚書にもつながってそうだなと今の時点で思ってます。

    捏造、歪曲、隠蔽をしたい放題やって自国を正当化するのが世界の常識なのに、
    何故か日本は自国を不当に貶めるためにやってますね。
    でも、ここ数年はかなり事実を言えるようになっていますね。
    事実に基づいた議論が活発になれば、いろんなことが好転しそうだなと個人的に思ってます。

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