東中野氏は静かな寡黙な人だが、情熱を内に秘めた、心の勁(つよ)い方である。誹謗中傷や孤立無援に耐えて、困難な課題を黙ってやり遂げる人だと、非常に早い時期に私は直観していた。
南京事件に取り組んだ当初、多分、こんな大きな暗い、長い、出口のない洞窟の中を歩きつづけることになろうとはご自身も思っていなかったろう。
他のテーマに転じたいと何度も心は誘惑されたに違いない。
けれどもテーマが氏を掴まえて離さなかった。というより、テーマが氏に襲来したのだ、そう言った方が正確な所だろう。
「路の会」で最初にスピーカーをお願いしたとき、日本史の古い時代のお話をなさりたい様子があった。「勿論、それでもいいのですよ」と私は言った。氏はもともと東ドイツの研究家で、私は氏の『国家破産 東ドイツ社会主義の45年』展転社(1992年)を自分の仕事で参考にさせていただいたこともある。
「あの本のつながりのお話でもよいのですが。」と申し上げると、暫く考えていて、「いや、やっぱり南京事件について話させていただきます。」ときっぱり仰言った。
『新・地球日本史』(産経連載だった)にご執筆いたゞくときも、私が題は「南京虐殺は存在せず」でいきたいと考え、そう申し上げた処、少しも迷わずそれでいきますと仰有った。決めたタイトルを替えたいと言ってこられる人の多い中で、氏に迷いはなかったし、あり得るはずもなかった。
今度、氏の念願の一つが実った。『南京事件「証拠写真」を検証する』(草思社¥1500)は、表紙帯に、「『証拠写真』143枚の初の総括的検証」とあり、その上に、「合成、演出、ひそかな転載、キャンプション改竄。証拠として通用する写真は一枚もなかった。」と書かれている。3年の歳月をかけ、当時の写真雑誌に出た写真3万5000枚以上を点検した結論である。
この本の出版を引き受けて下さった草思社も偉いが、ソフトカバーにして値段を安くし、初版3万部でスタートした英断は効を奏し、現在8万部のベストセラーとなり、問題の普及に役立った。
3月30日の「路の会」で、東中野修道氏は143枚の画像を投射して、会員に次々と説明してくださったが、ここでは著作権の関係があるので限られた枚数を氏に選んでもらって掲載することにした。
選ばれたものは、私が誰にでも分り易く、面白い例をあげて下さいと頼んだ結果として選ばれた。
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南京事件「中国側証拠写真」を検証する 東中野修道
●A 爆撃跡で泣き叫ぶ幼児?
●B 遭難後の父子
●C 運ばれる幼児
この場面は色々な人がとりあげていますが、本書では次のように言っています。
日本軍の爆撃を受けて破壊された上海南市の停車場で幼児がひとり取り残され泣き叫んでいる写真は、見る者の心を揺さぶらずにはおきません。ところが写真Cから、男性が幼児を抱えて線路に移動して撮影していたことがわかります。写真Aでは幼児だけが撮影されています。
●D 斬首後の首を提げた「兵士」?
●E 海軍水兵の制服
写真Eの海軍陸戦隊(水兵)の制服を見ていただきたい。写真Dは、襟の白線が広すぎます。日本の海軍陸戦隊の制服とは明らかに違うのです。
●F 「わが同胞を生き埋めにする」兵士?
(中国の歴史教科書に出ている写真です)
黒い部分(写真右上)と、その前の盛り土の手前の黒い部分を影だとすれば、その影を作った物体があるはずですが、それが存在しません。生き埋めにされようとしている5人と、穴の大きさが合わず、白いシャツで後ろ手に縛られている人の身体は、その後方で見物している兵士に比べて小さく、遠近感が合いません。複数の写真を一つにした「合成写真」のように考えられます。
●G 南京における公開処刑?
●H 公開処刑の日照角度
見物人の服装が矛盾しています。彼らは夏に近い服装をしていますが、南京陥落は12月13日、冬でした。しかも陥落から2ヵ月もすると、南京は平穏な生活に戻っており、南京の欧米人の日記などにも公開処刑の記録はいっさい出てきません。写真Hの兵士の右足の踵に注目してください。靴の真下に影が生じています。角度Θは約78度でした。南京事件の冬の12月頃をみてみると、この角度Θが少なくとも45度以下でなければならないのです。
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143枚を見終えて会員が懇談したが、黄文雄さんが、「中国人は古代の昔から贋物づくりの名手で、伝統でもあるので、これは普通のことです。私は若い頃から戦場をめぐる写真贋造の話は噂できいていて、実物を見たこともあり、今日見せていただいたのとよく似ていたので、あゝあの手の種類だなと思い出します。」と仰言ったのが私には印象的だった。
東中野修道氏の力作が早く英訳されて,現在米国の書店のアジア関係の棚で幅を利かしているIris Changあたりの反日プロパガンダ本の隣に並び,解毒剤的な役割を果たすことを期待しています.
今月8日は欧州での第二次世界大戦終結日ということで,毎年この時期になると米のTV番組等ではユダヤ人のホロコーストが取り上げられます.2000年英国でホロコースト否定派の歴史家が起こした名誉毀損裁判が話題になりましたが(http://www.channel4.com/history/microsites/H/holocaust/index.html),このような否定派の挑戦に対抗するため,最近ホロコースト情報提供サイトでは参考資料として以下の文献をよく掲載しています.
Denying History: Who Says the Holocaust Never Happened and Why Do They Say It? / by Michael Shermer and Alex Grobman.
Berkeley: Univ. of California Press, 2000.
本書の第一著者は懐疑的思考法を唱道している協会(http://www.skeptic.com/)の主宰者で,似非科学批判本等で有名な著者です(邦訳:マイクル・シャーマー著『なぜ人はニセ科学を信じるのか』).問題は,本書の最終(9)章冒頭から7頁を費やして,Iris Changの The Rape of Nankingに情報源をほぼ頼り,ホロコースト否定派といわゆる『南京虐殺』否定派との間の並行性を説いている部分です.著者らの『南京虐殺』否定派に関する記述部分はIris Changの著書の引用で済まし,懐疑的思考の唱道者とは思えない手抜き仕事ぶりで(英語文献に頼り,日本語文献を独自に読んだ形跡なし),Changの同書を”… an examplar of first-rate historical detective work,…”[p.236]と賞賛しています.米国の公共放送局PBSでは,今年のホロコースト関連番組の一つとして,故杉原千畝氏を顕彰するドキュメンタリー番組(http://www.pbs.org/wgbh/sugihara/)を放映しました.その一方で,第二次南京事件とホロコーストとの平行性が前掲書の広範な流布を介して常識化すると(カリフォルニア州辺りでは既に進行中のようですが),杉原氏の件も当該並行性の影に掻き消されてしまうかもしれません.この本が泡沫的出版社から刊行されたものであればまだしも,有名大学出版局が版元なので,その将来的影響が気にかかります.
東中野修道氏等の著作が逸早く英訳されることを切に願って止みません.
5月11日付の私のコメントで「第二次南京事件」とタイプしていましたが,「第三次南京事件」の誤りでした.訂正します.