阿由葉秀峰が選んだ西尾幹二のアフォリズム「四十三」

全集第7巻 ソ連知識人との対話 ドイツ再発見の旅 より

(7-1)言論の自由は、いい言論、悪い言論の選別を個人個人の良心に委ねているのであって、自由の結果、悪い言論がはびこって社会が崩壊する危険をも当然内にはらんでいるのである。低俗氾濫もある程度覚悟のうえである。いい言論、悪い言論の基準は個人によって異なり時代によって異なる以上、低俗化への潜在的可能性は止むを得ないのであり、それを許す自由が言論の自由なのであるから、自由を原則とする世界は、つねに危うい瀬戸際を歩みつつ、社会自体がなにものかに試され、挑戦されていることを知っていなくてはならない。

(7-2)ヨーロッパでは地つづきに無理に線を引いて、互いの約束ごととして、フィクションとして、近代国家が作られた。個人と国家の関係は、自由で、契約的な意味合いを持っている。
 フィクションという自覚があり、契約という意識があれば、個人と国家との関係はいつでも毀せるし、粗末に扱ってもいいように思えるかもしれないが、じつは現実はそうではない。逆に非常に大切にする。自分で選択した関係だという自覚があるから、大切にせざるを得ないのだろう。

(7-3)私たちの社会では自由を僭称しながら、政治や教育は経済優先の風潮に流されて、本来の機能を発揮できないでいる。スポーツや芸能までが商品広告の犠牲となっている。学問や思想は情報過剰の中で溺れかかり、何がもっとも価値があるかという評価の基準は失われ、政治の原理でしかない多数決の傾向に毒されている。これがたしかに、批判される通り、自由主義社会の現状である。つまり自由はあるようでいて、案外にない。ただ私たちは自分自身のこういう欠点を批評する自由を持っている。それがじつは人間性の自立のためには決定的に大切な要素なのである。

(7-4)人間は製作し、工作する動物である。と同時に人間はなにごとかを未来に賭けて生きている存在である。社会主義社会は人間が自分の個性を試して生きようとするこの可能性を廃絶したのではないか。老舗や秘伝による伝統的職人芸ももう生かされないだけでなく、未来へ賭ける実験者としての生の形式もここでは認められない。社会主義社会は人間の心を尊重するというのはいったい本当だろうか。

(7-5)個体が自分勝手な生き方をして、社会との諧和を無視してかかれば、じつは個体は有効な働きが出来ずに、死滅する以外にない。したがって意識するとしないとにかかわらず、「個」にとっては「全体」がいかなるものであり、それとどう関わって行くかは、生の目的の基本をなす重要な課題といえるだろう。
 それが、世界的に見て、非常にいま怪しくなっている。政治的全体主義がややもすると擡頭するのは、「個」が世界状況の中に置かれたこの不安に、つけ入られる隙があるからに相違ない。

(7-6)人間は必要な自由のみか不必要な自由を持っている。人間には善をなす自由のみならず、悪をなす自由もあるからである。悪をなすも、なさないも、それこそ個人の自由である。それが自由ということである。いいかえれば自由はつねに試されているといえる。

(7-7)革命を試みた社会というものは、それの成就した暁には、必ずといっていいほど秩序の再建に向かい、新たな個人の実験や社会の流動化を嫌い始めるようだ。芸術家を少し前の時代の美意識や価値観に押しとどめて、口では革命を礼賛しながら、いささかも革命的でない精神を奨励するという奇妙な結果を惹き起こす。なぜ革命を経た後の社会が、それを知らない社会よりも「保守化」への傾向を一層強めるのか、私には人間性の秘密の一つに思えてならない。例えばフランスはあの輝かしいフランス革命を持ったお蔭で、農業国として固定化し、その工業力は十九世紀末にすでにドイツなどに立ち遅れ、今なお身分秩序の厳しい保守的社会構造を色濃く残存させているではないか。

(7-8)相手のエゴイズムを怖れるあまり、自分のエゴイズムをできるだけ抑えようとする。相手を独裁者にしたくないために、自分が独裁者になろうとする野望を我慢する。それをルールにしたのが、欧米の民主主義であり、契約の思想である。

(7-9)待つということは、待たないでよくなる至福の瞬間を待つということなのである。たとえこの世で得られない瞬間だとしても、いつか幸福な終着が訪れるのを信じればこそ人は待てるのである。

(7-10)今の時代に外国に出かけて、いちいち日本的にはにかんでいても仕方がない。こちらの率直な声には外国人はかえって耳を傾けるものだ、

(7-11)誰でもみな自分中心の世界像を描いて、それで心を安定させている。

(7-12)世人の今日的な関心の多くが、考えることの根拠を問う、あるいは生きることの根拠を問うという姿勢をとかく欠いていることだけは、動かせない事実であるように思える

(7-13) 日本人は外に対しては自分を主張せず、臆病であるといわれている。その弊はいっこうに改まってはいないのに、国内では自分で自分を自慢する破廉恥なまでの臆面のなさ、自己主張、羞恥の欠如、空威張りがもっともらしい知的な衣をつけて横行している。それがジャーナリズムの光景である。
 それが繁栄と平和のつづく無思想の時代の、このわれわれの精神生活のいらだたしげに、むなしく飾り立てられた姿である。じつに情けないことと言わなくてはならない。

(7-14)本当の経験は自分で困難にぶつかるよほどのことがない限り容易にできないという不自由な限界のなかでしか、起こらない

(7-15)結局われわれにはどこにも故郷はない。それでいて、自分の生活を成り立たせている多くの部分が、自分の内部に故郷をもっていないことにもつねづねおびえている。近代日本人のどうしょうもない孤独がここにあるといえよう。

(7-16)勤勉であることを放棄して、一体、日本人が世界の中で他に伍してやっていけるいかなる財産がほかにあるといえるのだろうか。

(7-17)二十世紀に入って以降の「文化人類学」や「比較文明論」の各業績は、表向きは、異文明への理解と寛容の上に成り立っているが、裏返せば、西欧的世界解釈の新しい拡大形式ではないだろうか。
 しかも、非ヨーロッパ世界はそれに対抗する学問上の方法論をもち得ず、今や自分自身の未知の部分を発見するためにさえ、ヨーロッパから借りて来たこの対象認識の方法を採用するしかなくなっているのである。

(7-18)総じてヨーロッパ人がアジアに対する「公正」や「公平」を気取ろうとするときは、ヨーロッパの優越がまだ事実上確保されている場合に限られよう。もし優位がぐらつき、本当に危うくなれば、彼らの「公正」や「公平」は仮面をかなぐり捨て、一転して、自己防衛的な悪意へと変貌することにならないとも限らないのだ。

(7-19)音楽が言葉から離れオペラが真のドラマ性を失っていることを批判したのが、ほかならぬワーグナーの総合芸術論ではなかっただろうか。彼は西欧芸術の源であるギリシアにあっては、音楽、言葉、舞踏、造形が一体となっていたことを強調した。そしてその後の歴史しおいて次第に音楽のみが分離し、音楽が言葉を捨てて自分だけの形式に向かうか、または言葉を軽んじながら利用するか、そのいずれかにならざるを得なかった点を彼は遺憾としたのだ。前者が純音楽の発展であり、後者がいわゆるオペラであることは、あらためて言うまでもないが、ワーグナーはこの二つの近代音楽のあり方に対し挑戦的で、ギリシア的全体性の復興を願った人である。

(7-20) イギリス人は一般に物を製造する職業を軽蔑し、商業より工業を一段と低く見る。それに対し、ドイツはその逆だ、という指摘がよくある。
 イギリス人の家庭に行くと、たしかに台所用品など大半が外国製品であることを、イギリス人自身が誇りに思っているようにさえ見える場合がある。他人が額に汗した労働の結実を金で買い集め、享受する方が、それを製造するよりも高級な生き方だとする永年の習慣が、いまだに抜け切れないのであろう。

(7-21)もともと生と死は一つである。死があってはじめて生が成り立つ。昆虫や野生動物の例を見るまでもなく、種族の繁殖のためには、個体は自己の消滅を顧みない。大量に死に、そして大量に誕生する―それが生物の自然な、健康な姿であろう。古代社会の密儀において、通例、生殖と死とが対立的に捉えられていないのはそのためである。この二つは元来、自然の全生命に所属していて、個体が死んでも生命そのものは亡びず、死はそれ自身すでに生命のうちに含まれ、生命の一部を成していると考えられていたからである。ところが近代のヒューマニズムは、ただひたすら個体の生命にだけ執着し、延命を絶対善と考えてきた。その結果、生命そのものを薄め、弱めるという思い掛けぬ事態を招いたが、それも近代のヒューマニズムが大自然の生命に根本をおいて違反する思想があったからではないか。

(7-22)日本の大学は世間の批判だけでなく、大学同士の相互批判をも厚い壁で拒むような昔からの慣行に閉ざされて運営されている。何か突発事件が起こらない限り、世間は内部の出来事を知ることは出来ない。

(7-23)日本人は他人の悪や不徳義に対する用心を欠いているだけではなく、自分が悪や不徳義を犯すかもしれないという自分の内面悪の可能性への用心をそもそも欠いている。他人に対しても、自分に対しても甘いのである。だから分別もある大学教授たちが子供っぽい犯罪を繰り返して、間尺に合わない社会的報復を受けているのだ。すべてが無自覚なのである。善と徳の幻想に包まれた日本人のこの深い沼のような無自覚状態は、社会の隅々に瀰漫している

(7-24) 生徒の自主性を自由に育てる、といえば聞こえはいいが、それは生徒を無限に甘やかすこととじつは紙一重の差なのである。一定の訓練を与えないでおいて、どんな創造力も子どもからは生まれては来ないであろう。無から有は生じない。

(7-25) 数学や理科の学力国際比較で日本の子供はトップに位置しているといわれる。しかし大学生以上の水準になると、日本の学問の独創性がいつも疑問になるのはどういうわけだろうか。日本は教育熱心な国だが、幼い子供の頃から画一的方式で全員同じになるように教育し、おとなしい羊を量産していはしないだろうか。

(7-26)どの国民も自分の身の丈に合った政府をしか持つことが出来ない、とよく言われるが、それは教育についても当て嵌まる言葉で、どの国民も自分の賢さと愚かさの両方をその中にもののみごとに映し出しているのが教育制度である、と私には思えてならない

(7-27)教育制度というのはまことに生き物の身体のようなものである。身体のある部分をもう古くさい、役立たぬしろものだからと切り取ってしまうと、ホルモンのバランスを失い、思わぬ副作用が発生したりする。

(7-28)例えば将来秀れた歴史家になろうとする人間がいたとして、彼は高等学校の時代にはたして歴史の専門教育の手解(てほど)きを受ける必要があるだろうか。それより、ギリシア語やラテン語の、若いときにしか出来ない訓練に没頭することの方が、将来歴史研究に専門的に従事するうえでも、はるかに有益なのではないだろうか。

(7-29)いま私たち日本人の眼に、災いをもたらすと映じている教育上の問題は、今は眼に見えないかもしれないが、日本人の知恵とどこかでつながっているかもしれないのである。災いだからといって、切り捨てたときに、どんなしっぺ返しが来ないとは限らない。そこまで予見しなければ改革の手は打てないし、教育はそれほど複雑なメカニズムのうえに運営されているのである。いいかえれば教育は人間の営為であって、同時に人間を超えたなにものかの意志に動かされている運動でもあるのである。

(7-30)おそらく、「格差」という病原体が、じつは眼にみえないところで、日本の近代社会の健康維持とバランスの保全に役立っているという隠れた現実が存在することに、問題の基本があるのではないだろうか。ヨーロッパの場合には「階級」というものが細菌と薬剤の両面の役割を果たしている。それを失った日本の近代社会は、代償として教育に「格差」を持ち込んでバランスを保ったといえよう。その結果、教育はポジション獲得のための手段と化し、荒廃した一面、実社会に不明朗な「階級」を再生産させないですませた日本人の知恵が、そこに認められるともいえよう。
 もし「格差」という患部を教育の世界から切除しようとするなら、その代わりに実社会に、教育よりも薬剤として効きめのある「格差」を用意しておかなくてはならない。が、ことさらの手術を施さないでも、賢明な日本の実社会は、徐々にそのような形態に衣更えしつつあるようにも私にはみえる。

出展全集第七巻
「Ⅰ ソ連知識人との対話(一九七七年)」より
(7- 1)(44頁上段「第二章 一女流詩人との会談」)
(7- 2)(57頁下段から58頁上段「第三章 フィクションとしての国家」)
(7- 3)(141頁下段から142頁上段「第九章 ソ連に〝個〟の危機は存在するか」)
(7- 4)(142頁下段「第九章 ソ連に〝個〟の危機は存在するか」)
(7- 5)(147頁下段から148頁上段「第九章 ソ連に〝個〟の危機は存在するか」)
(7- 6)(154頁上段から下段「第九章 ソ連に〝個〟の危機は存在するか」)
(7- 7)(167頁上段から下段「第十章 世紀末を知らなかった国」)
(7- 8)(203頁上段「第十二章 メシア待望」)
(7- 9)(217頁下段「第十二章 メシア待望」)
(7-10)(220頁上段「あとがき」)

「Ⅱ 自由とはなにか」より
(7-11)(245頁上段「文明や歴史は複眼で眺めよ」)
(7-12)(251頁下段「全体が見えない時代の哲学の貧困」)
(7-13)(258頁下段「無思想の状況」)

「Ⅲ 世界そぞろ歩き考(一九七〇年代)」より
(7-14)(264頁下段「世界そぞろ歩き始め」)
(7-15)(270頁上段「ヨーロッパの中の日本人」)
(7-16)(293頁下段「ヨーロッパの憂鬱」)
(7-17)(300頁下段「ヨーロッパ文化と現代」)

「Ⅳ ドイツ再発見の旅(一九八〇年代)」より
(7-18)(349頁下段「仮面の下の傲慢」)
(7-19)(378頁上段「ミュンヘンで観た『ニーベルングの指輪』」)
(7-20)(387頁上段から下段「技術観の比較」)
(7-21)(398頁下段から399頁上段「人口増加に無力なヒューマニズム」)
(7-22)(428頁下段「ドイツの大学教授銓衡法を顧みて」)
(7-23)(432頁上段から下段「ドイツの大学教授銓衡法について」)
(7-24)(434頁下段「個性教育の落とし穴」)
(7-25)(442頁上段「ドイツの子供たち」)
(7-26)(445頁下段「思わぬ副作用」)
(7-27)(452頁下段「思わぬ副作用」)
(7-28)(455頁下段「思わぬ副作用」)
(7-29)(469頁下段「思わぬ副作用」)
(7-30)(470頁上段から下段「思わぬ副作用」)

「阿由葉秀峰が選んだ西尾幹二のアフォリズム「四十三」」への2件のフィードバック

  1. すべて他人ごと

    「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」(2019・10・13 )に〈西尾幹二〉といふ文字がありましたので、コピペします(當然原文のママです)。
    ☆      ☆       ☆       ☆       ☆ 藤井聡編集長『クライテリオン』11月号
    総力特集「安倍晋三 この空虚な器」

    かつてラジオ番組対談で、ホストが鳥越俊太郎氏だった。
    「小泉政治は靖国参拝でプラス百点。郵政改悪民営化でマイナス百点、ゆえにプラスマイナス零点です」と評者(宮崎)が答えたことを思い出した。
    西尾幹二氏は小泉純一郎の政治を評して、「靖国でふっとわれわれに寄ってくるそぶりを見せる」だけだと、その欺瞞を早くから見抜き「狂人宰相」と名づけた。
    また西尾氏は、安部首相に関しても、もっとも早くから猛烈な批判を展開してきたことはつとに知られるだろう。
    保守論壇は諸手を挙げて安部首相を歓迎していた時期だったゆえに、西尾
    氏の安部評価は、異形の激論と取られた。しかし昨今は保守論壇が分裂し、安部批判派が増えた。それも急速に増えた。
    理由は簡単である。
    靖国神社参拝に行かなくなった。プーチンを二十数回も会談しながら、中味がない。北朝鮮の拉致問題は一歩も進まない。トランプのボチ化した。こともあろうに中国に「一帯一路に協力する」といいだし、日中友好を演出することに汲々となり、外国人移民を奨励した。極めつけが消費税10%導入だ。

    財政出動が日本経済を救うのに、小泉ブレーンとして日本経済を破壊した
    竹中某を周辺において、経済政策を滅茶苦茶にしてしまった。あれほど反
    対論が渦巻いたのに、財務省にみごとに操られ、プライマリーバランスとかの怪しい理論に振り回される始末だった。
    改憲論議は奇妙な加憲議論とすり替えられ、どこにも理念は感じられなくなった。
    要するに首相の器に非ず、期待は雲散霧消し、保守論壇の安部評は冷え
    切っている。それでもなお政権の座にあるのは、安部に替わる政治家がい
    ないからだが、この特集でも西尾氏が藤井編集長と対談し、替わりはいくらでもいるとし、安部批判のダメ押しをしている。
    政策とは、いかに思いつきが良くとも、予算化されて初めて実行されるのである。予算段階で、財務省の力は圧倒的につよく、防衛予算ばかりか、多くの景気刺激策をばさばさと削減された。反対に日本の景気がわるくなるように財務省は国民の生活が困窮化するような措置を講じた主犯である。
    アベノミクス初期だけは経済効果をあげて株高を招いたものの、その後は
    さっぱり。
    「鰻の蒲焼きの匂いはするが、結局、国民は蒲焼きを食べられずに終わり
    そうだ」と藤井教授が舌鋒鋭く比喩するのである。
    ☆      ☆       ☆      ☆      ☆

    「保守論壇は諸手を挙げて安部首相を歓迎」とは、他人ごとのやうですが、宮崎さん自身が、安倍さんを最も歡迎し、その神輿を擔いだ一人でせう。數年前、どこかの座談會で、西尾先生が安倍批判を始めたら、宮崎さんがそれを遮つた、宮崎さん「こすい」と、本欄で宇井山さんが非難されたのを覺えてゐます。

    前にも書きましたが、私がもの心ついた時に全盛だつた民主主義のチャン
    ピオンや平和教の教祖・傳道師は一人の例外もなく、嘗ての大東亞戰爭の
    理論的指導者が横滑りで務めてゐました。

    これに興味を感じて、その事情を研究しかかりましたが、なに、研究なぞするまでもありません。皆が他人ごとのやうに生き、時が經てば、その過去を他人ごとのやうに語るーーそれだけのことです。何もかも、かけがへのない我が事とはしてゐないのです。そして、昨日は昨日の神輿を、今日は今日の神輿を擔げばよろしいのです。氣樂なものです。

    敗戰ほどの大事件ではなくても、60年安保など、その後風向きが變るやうな出來事をいくつか見ましたが、いづれも同じです。ワッショイワッショイのデモ行進は、自分では本氣でやつてゐるつもりのやうでしたが、福田恆存の預言のとほりに、瞬く間に、「烏合の衆」として「雲散霧消」したのですから、彼等が安保などを決して我が事としてゐなかつたことは明かです。だからこそ、何ごともなかつたかのやうに、平然と社會に出ることもでき、快活に、能率よく働いて、實績をあげました。

    西尾先生は保守系の會合などで安倍批判をすると「お前は左翼か」と睨ま
    れるとおつしやいました。先生に對してなんたる! などと深刻になる必要
    はありません。彼等もなりゆきに從つたまでで、我が事として怒つたのではありません。風向きが變れば、全てを忘れてにこにこすることでせう。

    私でさへ、安倍さんの惡口を言つて、身近な人たちから白い目を向けられ
    たことが何度もありますが、彼等が今後どう變るかーーそんなことには興
    味がありません。安倍神輿のことなど忘れるに決まつてゐます。彼等の一
    人が以前、「9條2項をそのままにして、3項を追加すると、えーと」と眞劍に考へるのを見て、私は吹き出し、冷かしたことがあります。相手は
    冷かされたのではなく、眞面目なのを襃められたと思つたやうです。でも、そんなことも覚えてゐないでせう。

    すべては他人ごととして扱はれて、過去に追ひやられ、忘れられるのです。

  2. 戰後青年

    拙文を讀んだ坦々塾の仲間が、チャンネル櫻の「〈討論〉表現者クライテリオン・スペシャル:安倍総理『器』論とは真実か?」を送つてくれました。
    簡單に、次の禮状を出しました。

    ☆ ☆ ☆ ☆

    御親切忝く存じます。
    急いで見ました。
    仰せのとほり、水島總社長、つい最近、「拉致問題では一生懸命やってる安倍さん」と言ひましたね(たしか、「内々の話を聞いて知つてゐるが」とか、勿體をつけた上で)。

    水島「安倍さんは、世界中の指導者を相手に亙りあつてゐる」
    西尾「亙り合つてなどゐない。バカにされてゐるだけだ」
    水島「あれ、そこは私と少し違ふ。先生の批判は左翼みたい」
    も、最近のことでせう。

    それが今囘は「私は激しく批判してゐる」とは。 昨日のことは覺えてゐないのでせう。かういふのは、「覺醒した」とは言はないでせう。敗戰後に、俺は平和主義者だと言ふのと同じです。これを厚顏無恥と言つては襃め過ぎです。何も自覺してゐないだけなのですから。

    やはり西尾先生は、常に眞劍に、誠實に考へてこられたから、その過去を正確に語ることがおできになるのですね。最初、どのやうにして、安倍さんに惹かれ、間もなく、どのやうにして、それが見かけ倒しだつたと氣づいたか。すべて納得できるお話でした。

    最初、安倍さんの言動に接した時「嬉しかつた」ーーとは先生、正直に、きちんと思ひ出されましたね。 それを遙か遠くから眺めてゐた私の氣持も、この一語に盡きます。今さら思ひ出したくはないけれど。

    嘗て、小林秀雄が「過去を正直に思ひ出すことのむづかしさ」と言ひましたが、これは全うに考へることの難しさと同義ですね。 大抵の人はそれをしないので、後で嘘をつくことになるのでせう。本人は嘘といふ自覺もない。融通無礙で、最も氣樂ではありますね。水島さんはその典型でせう。

    私の場合は、かなり忠實に先生のあとに蹤いてきたと思ひます。といふと、聞えがいいかもしれないが、先生に考へていただいて、それに從ふだけですませてしまつたといふことです。そして大きな誤りがなかつた。やはり、持つべきは師ですね。

    しかし同じ坦々塾でも一樣ではありません。有志による、先生の快氣祝ひの席で、私は「安倍シンパはこの中にもゐますよ」と口走り、御心配をおかけしましたが、政治信條による集まりではないのですから、 何シンパがゐても不思議でないことは言ふまでもありません。

    安倍さんの本質はただのボンクラ・低能(先生のお言葉では、「戰後青年」)でせう。良きにせよ、惡しきにせよ、獨創的、あるいは破天荒なことはできません。喋ることもやることも、誰かの入れ智慧(刷り込みも含む)か人眞似だけです。あの表情や話し方から、この人にはオリジナリティ零であることに氣づかないとすれば、氣づかない方がをかしいでせう。

    でも、さういふ、自我皆無の人こそ國を滅ぼすのだと、私が氣づいたのは第二次政權發足のしばらく後ですから、こちらもあまりいばれません。大概の亡國がさうだと、人から教へられたのです。

    平林たい子は中曾根康弘を「ぺらぺら燃えるかんな屑のやうな男」と評しましたが、あの屑は、氣の利いた風の科白も言へたし、節廻しも巧みだし、パフォーマンスも上手でした。今の屑は、舌が短いのか、長いのか、發音が惡く、しどろもどろの上に、中身もnothing なので、テレビ畫面に現れたら、スウィッチを切るしかありません。

    安倍首相がブッシュ大統領に對して、慰安婦問題について謝罪したとは、今度、西尾先生によつて初めて教へられました。少し驚きましたが、いかにも安倍さんらしいとも思ひました。ブッシュも初めは面喰つたでせうが、ぢきに、謝るのは、喧嘩を吹つかけるよりはずつとマシだと安心したことでせう。

    プーチンに至つては、「安倍はどんなに虚假(こけ)にしても決して怒らない」と、安心しきつてゐるのでせう。だから、いつも無警戒に、快く握手などをしてくれるのでせう。

    9月5日未明、プーチンは北方領土・色丹島での水産加工工場稼働を祝ふ式典に、中繼映像で参加し、その後 ウラジオストクで安倍さんとの27囘めの會談に臨みました。これには安倍廣報紙たる産經も「安倍首相は首腦會談など開かず、さっさと歸國した方がよかった」と激怒しましたが、安倍さんが怒つたといふ話は聞きません。ふざけやがつて! といふマトモな感情が發動しないのでせう。

    議會で安倍さんがカンカンに怒つたところは見たことがあります。でも、國外に出ると、さういふ感覺が痲痺してしまふやうです。

    「世界中の指導者」も、少し安倍さんに接すれば皆、プーチン同樣の評價をするに違ひありません。これこそ「外交の安倍」「安倍の外交」なのです。

    我等日本國民にすれば、政策云々の次元の問題ではありません。ただ當事
    者能力皆無といふだけのことです。さういふ人の支持率がまだ50%もあるのですか。如何なる國民も自分達のレヴェル以上の政治家を持つことはできないさうですね。

    全ては、もう遲過ぎですね。かねての約束のとほり、私は貴兄とともに、西尾先生の「こんな國は地獄に墮ちるだらう」との御託宣に從ひます。

    11月の坦坦塾でお目にかかれませうか。お元気で

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