現代世界史放談(七)

EUの未来

 三番目は、EUの理念の行き詰まりです。EUの未来はどうなるか。結論を言いますが、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアの南ヨーロッパ諸国の経済破綻が非常にはっきりしてきたのはご承知のとおりで、ギリシャ問題はそれの代表例だったにすぎませんが、日本でも似たようなことが起こっているのです。

 八増五減とかいって、議員定数の調整という問題が起こっており、たとえば参院選で島根県と鳥取県を合体させるとか言っていますよね。これはヨーロッパの例と同じです。東京の繁栄と地方の衰微というドラマが、北ヨーロッパの繁栄と南ヨーロッパの衰微という形で表れているんです。

 お金になる仕事は全部、北ヨーロッパ、ドイツやノルウェーに行ってしまう。そのような仕事を持っている人たちは北へ北へと渡って行って、北の富を大きくするのに役立っている。南の国々には公務員と老人と子供ばかりが溜まってくる構造、これが日本の東京と地方の動きとよく似ている。

 日本の場合には、地方交付税という形で地方に還元するという考えがあり、このシステムに誰も反対しません。東京都民は地方を助けないといかんと思っているし、ふるさと納税なんかもあります。

 同じことでドイツが実行すべきことは二つある。ドイツが首都になることです。地方交付税と同じように、どんどんお金をギリシャやスペインに回すということです。文句を言わないで、ドイツはこれまで安くなったユーロで輸出がし易く、儲けに儲けてきたわけですから、ここいらでグローバリズムのために自分を棄てなければいけない。

 しかし、ドイツ人は絶対にやらないでしょうね。なんで我々は、とドイツ人は憤る。ギリシャ国民のあまりに有利な生活保護まで引き受けなければならないのか、と。国というものが邪魔をする。今度はナショナリズムがグローバリズムの邪魔をする。東京と島根県のようにはいかない。でも、私の常識は次のように考えます。

 ドイツが東京都になるか、EUを解体するか二つに一つしかない。当然、動きとしては後者でしょう。十年ぐらいかかるかもしれないでしょうが、そちらにいかざるを得ない。

 EUがなぜできたのかを考えますと、なぜダメになるかの理由もわかります。思想的には、共産主義が崩壊したときに歩調を合わせるかのように始まった。共産主義の普遍主義、国境を取っ払うグローバリズム、それの代替が欲しいということから始まったのがEUです。根は左翼思想なんです。アメリカニズムのグローバリズム、いわゆる連邦主義に対抗する必要もあり、その時に「日米経済同盟」が地球の40%の富を獲得していたんです。1990年代初頭です。ヨーロッパは焦った。

 この日米経済同盟のパワーに対抗するために、ヨーロッパは一つにならなければならない。もう一つは、共産主義のグローバリズムがなくなった代わりに、ヨーロッパは別のグローバリズムを作らなければならない。EUはこうした守りの動機から生まれたので、もともと消極概念でしかない。

 もう一つは1970年にニクソンショックがあって、ドルが兌換紙幣ではなくなり、ドル札を刷ればアメリカの消費は自由気儘だと予想される事態になった。ヨーロッパはすごく恐れた。アメリカは責任なしの消費大国になる可能性がある。実際、そうなっていくわけです。

 それを抑制させていたのは、共産主義社会の存在だったんです。共産主義と張り合っているアメリカがバランスを取っていたんです。つまり1970年から20年間は、ドルがそれほどめちゃくちゃなことにならなかった。

 しかし1990年に共産主義という他山の石がなくなったら、アメリカが慢心して手放しのことをやるようになって2008年のリーマンショックに立ち至るわけですが、そういうことをヨーロッパは始めから恐れていたので、自分たちがグローバリズムに立て籠もるんだということにせざるを得なかった。恐怖からきた守りの思想ですよ。決定的な間違いがそこにはあります。ユーロはドルの代わりができない。なぜなら、統一軍事力がないからです。

 かつて軍事力を伴わない国際機軸通貨があり得たかというと、ない。ボンドもイギリス英国の支えがあり、いまのドルもそうです。湾岸戦争が起こって、あれはドルとユーロの戦いですから、戦争してでもドルを守るという意志をアメリカが示したことになり、ユーロはあそこからどんどん駄目になった。ユーロが力を失っていく勢いというのも激しかったのですが、アメリカはNATO(北大西洋条約機構)を手離さなかった。そしてEUを国として認めなかった。

 EU共通軍隊というのを絶対にアメリカは許さなかった。日本に独自の軍隊を許さないように、EUもアメリカは自分のものとして囲い込み、温存させようとし続けてきたのです。いままではそれでうまくいった。それでヨーロッパ共同体を潰したんです。
 かくて次に中国というのが軍事力と金融による両面の覇権を狙い出しているというのが、アメリカがいま目の前で見ているドラマです。

つづく

月刊Hanada 2016年6月号より

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