朝日新聞に出たインタビュー記事

(平成と天皇)政治との距離を聞く 2017年12月14日朝日新聞より

 ご発言、政治性含めば危険  西尾幹二氏

 ――保守派の中には退位への反対論もありました。

 「人間は誰もが自己表現への欲求を持っているが、天皇陛下ほどそれを充足させる手段が奪われている方はいない。退位のご意向をにじませた昨年8月の『おことば』は一種の表現衝動だったのではないかと、私は解釈する。ご自身の身分の変更についてなら許されると、お考えになったのではないか。摂政を置けばいいといった反対論は『天皇はロボットであればいい』と言っているのに等しく、陛下の苦しいお立場への理解がまるでない。ただし、自己表現が政治的なテーマに向かうと危険だ」

 ――陛下の発言の政治性を指摘する声もあります。

 「2009年の天皇、皇后両陛下のご結婚50年の記者会見で、陛下は憲法に関して踏み込んだ政治的発言をなさった。その後も同じ方向性の発言を繰り返しておられ、陛下が平和主義を唱えているのは事実らしい。そうした姿勢は自主憲法制定、憲法改正を求めてきた戦後保守勢力の否定にもつながりかねない」

 ――なぜ平和主義を唱えることが問題なのですか。

 「陛下のご発言は、政治的権能のあるなしに関わらず影響力が大きく、国民を縛りかねないからだ。日本は戦後、米国という権力に守られてきたが、その米国が今、様変わりしている。平和を外国に頼っていればいい時代は終わりつつある。陛下を『最大の平和勢力』と呼ぶ者もいるが、陛下のご発言が国民の利害と一致しない状況が生まれたらどうするのか。国民が国際情勢を見極めながら自由に議論し、判断できるようにさせていただきたい」

 ■黙る保守、すがるリベラル

 ――天皇や皇室をめぐる言論状況はどうでしょう。

 「左右双方に危うさを感じる。まず、改憲を主張する保守派の多くはなぜ、陛下の平和主義的なご姿勢に疑義を表明しないのか。皇室を守りたい一念ゆえとも言えるが、皇室の問題になると恐れおののいて沈黙するようでは近代人として未成熟だ。保守派の中には、少数だが、いまだに天皇の『臣下』と自称する者がいる。皇室について言挙げすると、『朝敵』と批判する人たちもいる。そうした言論状況は、安倍晋三首相を『保守の星』として持ち上げ、他の評価を寄せつけないような、今の保守メディアを覆う硬直した空気ともつながっている」

 「一方でリベラル派は、改憲阻止のために陛下を政治利用しているのではないか。陛下のお力に取りすがろうとする姿勢は、彼らの護憲の主張に反し、過去の反皇室の言説とも矛盾する。改憲の問題においても、陛下のご発言の影響は測りがたい。既に憲法上の限界を超えている恐れもある。これ以上、一方に寄り添うような姿勢をおとりにならないでいただきたい」

 ――安倍政権の皇室問題に対する取り組みをどのようにみていますか。

 「安倍氏は、かつては男系の皇統を維持する方策として旧宮家の皇籍復帰などを提唱していたが、首相になってからは何もしない。『保守』と称しながら困難なテーマには深入りせず、保守政治家としての責務から逃げている。勢力拡大のため左にウィングを伸ばそうとしているが、これでは左右双方から信用されない。『保守』をつぶすのは『保守の星』ともなりかねない。結局、安倍氏の根っこは『保守』ではなく、ただの『戦後青年』である」

 (聞き手・二階堂友紀)

    *

 にしお・かんじ 35年生まれ、82歳。ドイツ文学者、評論家。電気通信大名誉教授。著書に「ニーチェ」「全体主義の呪い」「江戸のダイナミズム」など長編評論が多数。「西尾幹二全集」(全22巻)を刊行中。

 ◇天皇陛下の退位日は2019年4月30日と決まった。これまでたびたび問われてきた皇室と政治の向き合い方は、どうあるべきなのか。3人の識者に聞いた。

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