西尾幹二、最後のメッセージ(二)

西洋文明の光と影・・・


 日本で歴史といえば、基本的に西洋は西洋諸国の歴史、日本は日本史として別々に考えられ、その2つが本格的に交わるのは明治維新である。その後は、西洋をお手本に近代化しようとする日本が道を誤り日米戦争に敗れ、民主主義国家に生まれ変わる、そういうお決まりのストーリーが描かれる。しかし、西尾氏の新著はまったく違う。

 これまでの歴史は、近代市民社会と民主主義を確立した西洋こそが理想像だという意識に囚われているというのが、氏の考えなのだ。

《日本人の理想としての既成のこの西洋像が今ぐらついて、根底から問い直す必要があるではないかと言っているのがもとより本書の趣旨ではある》

 この本では、15世紀以降の西洋(もちろん米国も含む)と安土桃山時代以降の日本の500年近くが並行して論じられ、西洋諸国がアメリカ大陸やアフリカ、アジアへ進出して現地の人々を虐殺し、奴隷にし、略奪しながら、キリスト教社会を押し付けていく姿が描かれる。宗教的な情熱の下に暴力と科学で異教徒をねじ伏せようとする西洋、それに対抗しようとせず明治維新後には従属していく日本が描かれるのである。

 こう書くと、まるで反西洋、反米、反民主主義の本だと思われるかもしれない。ひねくれた人は「西尾幹二は欧米の民主主義を批判することで、ロシアと中国の味方をしているのでは?」といぶかるかもしれない。しかしそれは違う。氏は冷戦時代に触れた部分でこうも書いている。

《私は……ストレートにソ連は嫌いで、中国には関心がなかった。相対的にアメリカがいいと思っていた。今も同じ考えである》

 西尾氏の真意は明らかだ。西洋文明であろうが、米国であろうが、民主主義であろうが、物事には必ず光と影がある。光の部分のみを見て、影の部分に目を閉ざすのは愚かなことだ。

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