『日本と西欧の五〇〇年史』への感想(二)

星野彰男氏より

追伸

 400頁を超える御著を拝読いたしました。こういう類書は日本史を除いたとしても、世界的にも無いと思われ、画期的です。欧米文明の暗黒史ですから、タブー視されて来たのでしょう。日本史側からも、少なくとも戦後には無かった。西欧世界のその暗黒史の見方に近い一例はスミス重商主義論です。彼はそれを『道徳感情論』では「ヨーロッパ人による人類史上、最も残酷な不正」(要旨)と言い、『国富論』でも「暴力的」と批判する。また、度重なる戦争を重商主義政策に帰します。

 英国が築いた貴論「海洋帝国」はWN(スミス国富論)の「植民地貿易の独占」批判にぴたりと符合します。前信でWN体系破綻説に反論するにはWN体系肯定説を採らざるを得ない、と書きましたが、同様のことはスミス本人にも言えそうです。つまり、彼は重商主義を「完全に除去」しようとし、それに取って代わるものが「自然的自由の体系」(「見えざる手」)とし、それを「ユートピア」とも言う。仮にそこに難点があると考えたとしても、その指摘をすれば、その分、折角の重商主義批判が割り引かれ、達成され難くなる。「楽観的」に見える根拠はそこにあろう。実際にはその重商主義批判は達成されず、その後、2度の世界大戦を含む史上最大の悲惨な事態を引き起こしてしまった。その点から見ても、「楽観的」とは言えまい。現時点でどうかは、また別の問題であろう。

 御著は「西欧」の暗黒史を総括的に鋭く解明した功績を認められるが、正にそれに取って代わるべき解決策に相当するのがスミス体系で、そこに社会科学の出番があろう。とすると、それは「楽観的」なのでなく、現実的なものであろう。そして改めてその妥当性が問われていく。他の代案があれば、それも一種の社会科学として受け止められていく。有無を言わさず、現実は戦後世界として動いており、その現実の実証的解明が必要とされていく。

 御著では欧米文化への肯定的評価も強調される。これは暗黒史の中から形成され、その論理を捉えた一代表例がスミス体系(市民社会)になると考えます。ルター等の「自由と必然」問題が大きな主題とされ、教えられますが、本件はヒューム(1739~)にもあり、スミス(1776)を介してカント(1781)が「二律背反」とした大問題で、時間・空間における有限・無限の矛盾律と同様に解決不可能とされた。ただしカントは「不定背進」(これに着目した例を寡聞にして知らない)により、その問題を経験的に論ずる他は無いと解した。これはWN体系視点の受容と思われ、経験科学の一拠り所を意味しましょう。

 マルサス(1798)以降はWN体系破綻説一辺倒で、ヘーゲル、マルクス等すべての論者がこの本来的な経験科学の実像を捉え損なって来た。こうしてその後の社会科学界は同破綻説によって、WN体系に含蓄されていた当の暗黒史告発から人々の目を逸らせて来た。御著は社会科学のその欠落を鋭く突いています。このような経過も含めて、御著の日本論を含む問題提起を改めて考えさせて頂きます。

2024年5月10日

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