小冊子紹介(三)

抜粋集『江戸のダイナミズム』の中から、ポイントをなす幾つかの文章を抜き出します。(出版記念会事務局)

『江戸のダイナミズム』抜粋文(六)

 中国史には神話はない、あっても重要な意味を持たない、という固定観念が日本人を縛ってきました。儒教史の影響だけでなく、無文字社会日本には口頭伝承があったから神話的思考が長く続いたけれども、文字を創造した中国には古代から口承の成立する余地をなくしていたので合理的思考が早くに支配した、というような思い込みが強かったからです。

 しかしそんなばかな話はありません。中国にも文字以前の社会があり、甲骨文字は呪術祭祀用で、数も不十分です。内藤湖南の引用にもあるように盲人の口頭伝承は重要な意味を持っていました。(305ページ)

『江戸のダイナミズム』抜粋文(八)

 古典はすべてそれを守る人、攻める人の後世の意志によって動いていく世界です。ただ一つの原典などは存在しません。後の世の歴史的社会的状況の制約を免れません。古典は一つの原典に絶対的な正統性を認める仕方によってではなく、神話や伝説を含むさまざまな偏向を踏まえながら、その複雑な相互の関わりの中から読みつがれ、選び取られていくべきものです。

 徂徠はそのような相対化の精神を知っていました。「學問は歴史に極まり候事に候」(『徂徠先生答問書』上)という名文句が彼にはありますが、ここでいう歴史は神話と対立する不変不動の世界ではなく、動く世界、相対化された世界のことだと私は思っています。(380ページ)

『江戸のダイナミズム』抜粋文(九)

 古代世界は急速に衰退して、文化や学芸はローマ帝国の東の地域に引き継がれました。いわゆるビザンツ時代です。

 ビザンツでも高等教育は栄え、古典は尊重されました。しかし時間が経つとしだいに学校が採用した選択範囲に漏れた古典のテキストを読む人は少なくなりました。ギリシア最高の悲劇詩人アイスキュロスの劇は七編、ソフォクレスの劇も七編がわずかに残るのみで、他の劇が現代にまでひとつも伝わっていないのは、ビザンツの学校での規定図書に他の作品が選ばれなかったからだというのです。古典は永遠ではないのです。古代の写本は消滅し、ビザンツ時代には学校用以外の写本は滅多に作られませんでした。この単純な事実を知ると、私は言いようもない感慨に襲われます。

 いかに多くの優れた他の作品が古代世界の没落とともに木屑のごとく消えてしまったことでしょう。また、私の一代でさえ目に見えて分る日本の衰退は、文化や学芸にすでに反映していて、学校の選択範囲に採用されなかった古文や漢詩文、否、昭和文学ですら消えてなくなってしまう運命を示唆しているように思えてなりません。(387ページ)

『江戸のダイナミズム』抜粋文(十一)

 言語と文字は別でした。言語は半ば音です。しかし半ば文字でもあります。文字には文字だけの法則があります。しかも日本語の文字は外国語の音と遠いところで交わっています。それとは関係なしに日本語の音は動かざるを得ません。日本語表記が「仮名遣い」という悩ましい宿命の難事を抱えつづけた根源はここにあるようです。

 お気づきと思いますが、これまで16章に及ぶ本書の叙述において、ことあるたびに強調したモチーフの一つは、あらゆる文明に共通する文字以前の長期にわたる音声言語の存在です。(424ページ)

『江戸のダイナミズム』抜粋文(十二)

 儒仏に汚されない純粋な古代の古語を介して古代人の真実を知るという宣長の方法を、観念論というのはたやすいです。彼はそんなことは百も知っていました(中略)。

 宣長が洞察していたのは使用された外来文字の背後に、長大な時間をかけて伝わってきた日本語という音だけの言語世界の示す、21世紀にまでつづいた民族の魂の表現なのです。「清らかなる古語」は厳密には不可能でも、音は聞こえる者には聞こえるのです。それをイデオロギーという者こそ逆イデオロギーの徒にすぎません。(487~488ページ)

つづく

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