萩野貞樹さん追悼記念会の開催

 4月22日九段会館で萩野さんの追悼記念会が開かれました。参会者は102人でした。

 「厳粛でそして盛会でしたね」とか、「遺徳を偲ぶ会らしい雰囲気でしたね」とか告げる人が多く、終りの時間が来ても人々がなかなか立ち去らない、余韻を残した会でした。

 先に「追悼 萩野貞樹先生」(3月3日)で、私はご病気と死に至る説明は述べました。当日奥様からあらためて報告がなされ、われわれは最後の末期ガンの苦痛に胸塞がれる思いで聞き入りました。

 でも、弱音や泣きごとをいっさい口にしなかったそうです。彼はストイックな人でした。ガンは外からヴィールスに冒されるような他の病気と違って、自分と病気は一体なのだと言っていた由、覚悟のほどが察せられます。

萩野貞樹さん追悼記念会 平成20年4月22日
     
     式 次 第
開場
榊奉献
開会の辞 司会 西尾幹二氏(評論家)
黙祷
病状説明 故萩野氏令夫人
スピーチ
   中村 彰彦氏 (作家)
   桶谷 秀昭氏 (文芸評論家)
   吉田 敦彦氏 (神話学者)
   熊谷 光太郎氏(県立秋田高校級友)

献杯
   石井 公一郎氏(元・ブリジストン(株)専務)
榊奉献(開会前にお済みでない方々)
スピーチ
  安本 美典氏 (日本古代史学者)
  塩原 経央氏 (産経新聞論説委員兼特別記者)
  谷田貝 常夫氏(国語問題協議会事務局長)

閉会の辞 宮崎 正弘氏 (評論家)

 みなさんのお話もとても印象的でした。詳しく書けるとよいのですが、書きだすときりがなくなりそうなのでそれもできません。

 中村彰彦さんは大野晋氏の日本語のタミール語起源説を論駁した萩野さんの二十数年前の論文に出会ったときの感激を語っていました。桶谷秀昭さんは含羞ということを言っていました。吉田敦彦さんはギリシア神話の理解の深さについて語り、同席したお嬢さんのお一人が自分の教え児にもなるいきさつを説明していました。

 萩野さんには三人のお嬢さんがいて、会にもご出席でしたが、三女の方が東大大学院の博士課程で国文学を専攻しているそうです。自分の蔵書は娘に全部譲れると言っていたのを思い出しました。

 私が編集した『新 地球日本史』(扶桑社)第1巻に、萩野さんは見事な津田左右吉批判を寄稿して下さいました。『歪められた日本神話』(PHP新書)と重なる内容です。

 神話を神話として読むことを唱える萩野さんは、だからといって神秘主義めかしたことを言っていたのではありません。実証主義とか歴史批判とか言っていた津田の論述の仕方が実証にも批判にもなっていないことを緻密に、論理的に証明したのです。

 穏和しい方なのに論述の仕方は激しく、そして雄渾でした。ご参会の他の方もみなそう言っていました。

 私が萩野さんに惹かれたのは津田左右吉批判が10年ほど前の『正論』にのっていたのを読んだのが切掛けでした。徹底した津田批判の大きな本を一冊書いてよね、と言っていたのに、残念でなりません。

 私は会の終りごろに、萩野さんは若い才能ではなく、熟成した才能、人文学者らしく年を重ねて円熟していたので、あと10年生きつづけて下されば、目をみはるお仕事をなさったに違いなく、口惜しくて仕方がないと話しました。

 「国語問題協議会」や「文語の苑」の関係者の方が多く来ていて、理論的指導者を失ってとても打撃だと言っていたのが印象的でした。

 あらためてご冥福をお祈りいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です