「移民」は救世主か問題児か 反対論(三)

「国内国家」の乱立で日本社会が変質

 日本は今度インドネシアとフィリピンからの受け入れを認めたが、他のアジア、中南米、アフリカの各国からの労働者受け入れの要請を拒めるのだろうか。日本政府は摩擦を好まないので、いったん入れた外国人にフランスのように露骨に不平等を強いる冷酷な対応をしないため、2005年のパリの暴動のような反乱は起きないかもしれない。だが、その代わり日本人社会が妥協し、無理をして彼らに特典を与え――在日朝鮮人に与えているように――自分の利益を奪われ、屈辱を強いられるまでに市民権を後退させないだろうか。

 日本のような民族国家が受ける最大の被害は、社会が移民の受け入れで変質することである。固定した階級のない、移動性の高い柔軟な社会体質が日本の特徴である。外国人の定住化で、下層カーストや「国内国家」型集団が生まれると日本人の側は受け身になり、防衛的になり、日本人社会が知らぬ間に階層化し、保守的に固定化し、自由な流動性を失いはしないだろうか。

 それに人口問題とも密接な関係がある。人口減少が進んでいる時期に外国人を入れると、不思議なことに減少を加速する力にこそなれ、増加させる力にはならない。近年フランスは思いきって気前のいい額の助成金で若干の出生率の上昇をみたが、助成金の恩恵を受けているのはもっぱら移民労働者の家庭で、純粋なフランス人の人口は増えていないとも聞く。

 日本が今度、看護師と介護士の「無制限」労働許可に窓を開いたことはいわば蟻の一穴で、ここから水が漏れ、やがて堤防が決壊し、移民の大群に日本が襲われる日の近いことを私は恐れる。政策当局者の考えは甘いし、無制限に移入枠を増大させるのは許せない。

 世界の状況がすでに明示しているように、外国人労働者問題と難民問題とは同じ次元のことなのである。難民というものはあらかじめ存在するのではなく、発生するのである。誘因の存在するところへ向かって人の波が動き出す。

 何といっても厄介なのは国境を越えてすでに八方へ溢れだしている中国人の問題である。加えて、イスラム教徒は世界の人口の五分の一、十億人といわれているが、半世紀以内に人類の二人に一人はイスラム教徒になるという予測もあり、中国人より恐れられている。

 この点に関連して、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、カナダなどで心配されているのは白人の人口減である。ことにアメリカでは黒人とヒスパニックと中東イスラム教徒に白人が呑みこまれる日の到来への恐怖は、黒人奴隷の歴史をもつ国だけあって、想像以上に強い。オバマ大統領候補の出現はすでに微妙な何かを物語っている。

 アメリカ人はかつて日系移民を憎んだ。しかし今日本から労働者は行かない。日本を民主化させることに成功したからだと自惚れのアメリカ人は信じている。中東を民主化させればイスラム教徒は北米大陸にやって来ない。日本の先例からそう思ってイラクを攻撃したのだという説もある。

 こういう世界情勢下でイスラム教徒のインドネシア人に「労働開国」する日本の行政府の鈍感さと政治的無知には開いた口が塞がらない。

おわり

『SAPIO』7月9日号より

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