立春以後(一)

 当「日録」を文字どおり日々の記録めいた形式で綴ろうとすると、たしかに毎日のように何かがあり、とかく日常の表面を追いかけていくだけになるが、それなりに書くことはある。

 2月5日(木)には「一木会」に顔を出した。この会についてはまだここで報告したことはない。

 日下公人さんをチーフにした勉強会で、浜田麻記子、堤堯、久保紘之、宮脇淳子、大塚隆一(日本ラッド社長)、鈴木隆一(ワック社長)のほか数氏がいつも集まる常連で、毎回講師を呼んで私のひごろ聞けないようなお話を伺う。

 針灸をめぐる東西比較文明論、宇宙の話、リチウム電池と未来の自動車といった、自然科学や技術系のテーマがわりに多い。私には勉強になる。

 今回は座長の日下さんご自身のお話であった。「核武装への手順」というテーマである。1、国内の地馴らし、2、対国外行動の二つに分けて、さらに項目を立ててお話になった。内容は多分どこかの雑誌に出ると思うので、控えておこう。

 日下さんは現代の大久保彦左衛門である。飄々(ひょうひょう)とした語り口で、難しい問題を、人の意表を突くことば遣いでもって平明に切り崩すように話すのを得意としている。これは万人の認める処だろう。私はまったく真似ができない。

 今回は志方俊之さんも座に加わっていたので、軍事問題は賑やかな展開となった。ソマリア沖への海上自衛隊派遣の不備について、志方さんから批判があった。眼の前で外国船が海賊から襲撃されているのを黙って座視するしかない日本の軍艦は、そういう場面が生じたら、国際非難を免れないだろう、と仰った。まったくその通りであると思った。麻生さんはなぜ力強く動き出そうとしないのだろう。

 勉強会が終って、いつもの通り、近所の寿司屋の二階で酒を飲みながらの懇親会が開かれた。私の『諸君!』3月号論文について、堤堯さんと宮脇淳子さんのお二人が早速に読んで下さっていて、「大変良かった」とお褒めのことばがあった。けれども田母神論文の世間の扱い方については評価が割れ、久保紘之さんと大塚隆一さんから言論界が軍人の言説に振り回されるのはみっともない、との手厳しい批判のことばが出され、酒席の論争になった。久保、大塚両氏は私の『諸君!』論文はまだお読みではなく、それへの直接の論難ではない。

 2月7日(土)東商ホールで『WiLL』編集部主催の講演に出向いた。1時30分に編集部の松本道明さんが拙宅まで迎えに来て下さった。会場に着くと田母神さんの講演がほゞ終りかけていて、間もなく控え室で再会した。相変わらず毎日のように講演のプログラムに追われておられるようで、大変な人気である。

 そのあと坂本未明さんと田母神さんとのトークショーがあって、ひきつづき私の講演「歴史を見る尺度」の時間になった。この講演会は昨年末の会場に入り切れなくて、いったんお断りした入場希望者にのみ門戸が開かれたのだそうで、新しい客寄せはしていない。それでも500人以上の入場者だった。みんな田母神さんの人気のせいである。私は刺身のつまである。

 司会の花田紀凱さんが私の講演の前に、聴衆に向かって例の『諸君!』3月号論文が良かったとまたまたお褒めのことばを口にし、よその競争誌の掲載論文をもち上げてくれた。今回はどういうわけか褒められっぱなしであるが、敵陣営ではそれだけ強い抵抗感と警戒心を呼び起こしていることだろう。

 講演が終って、ワックの編集と営業の総スタッフを合わせて十数人と一緒に、夕食会を楽しんだ。お酒の席は人数が多い方が賑やかでよい。

 私の講演「歴史を見る尺度」は『WiLL』4月号にのる予定だそうである。表題は替えられている可能性がある。

 尚『諸君!』4月号で秦郁彦氏との対談が予定されている。12日に行われる。

 こうして毎日起こったことを綴ると、それなりの分量になるのである。しかしこういうことをダラダラ書いても仕方がない。ひとつの例として今回は書いてみたが、ひとがすぐ飽きるだろう。

 時間はどんどん経っていく。何が起こってももう動じない年齢である。しかし時間の速さだけは恐ろしい。

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