九段下会議の考え方 (五)

*****「新しい全体主義」の予兆*****

西尾: 今、ベルリンの壁の崩壊の話がありました。それから3年を経た92年、私は現場を見たくて東ヨーロッパ諸国を歩いて、『全体主義の呪い』という思想ルポルタージュを書きました(昨年改編されて恒文社21から『壁の向こうの狂気』として出版されています)。その際の経験として忘れがたいのは、東ヨーロッパで出会った知識人の多くが、「西側の自由主義社会が恐い」「自由はテロールである」「言論の自由も恐いが、商品の自由も恐い」等々と語り、氾濫する商品にめくるめく思いがあるのと同時に、セックス情報などを含む過剰な自由の到来におののいていたことです。特に情報化社会、情報の過剰ということは、情報に密封されていた東側の国民にとっては信じられないことで、彼らにとって新しい全体主義の姿ではないかと受け止められていた。

 その一方、東ヨーロッパの人々は壁が壊れる前の長い間、西側マスコミや思想界の空気もよく知っていて、なぜ西側の人は共産主義にかくも寛大なのかという疑念も抱いていた。例えばサルトルは毛沢東を礼讃し、思想のためには残虐な事件が起こっても止むを得ないというような発言をしていた知識人ですが、なぜサルトルのような東欧の人たちを苦しめている思想を放置しているのかという、西側の知識人への強い疑問というのが激しく噴出したのです。

 奇しくも閉ざされていた東側から西側を見ていた人々の方が、西側のソフト・ファシズム、つまり新しい全体主義の予兆を予言していたのです。今日の日本の状況は、ある意味で、当時の彼らの予言した現実が到来したとも言えるのではないでしょうか。

伊藤: 自由の勝利どころか、新しい全体主義だと。

西尾: ベルリンの壁が落ちたときは、みんな青空を見た思いがした。林健太郎先生なども、信じられないことが起こったと言って喜びの文章を書かれたし、私もそう思った一人です。けれども、私にはいつまで続くのだろうかなという思いもありました。というのは、幻想好みの知識人は、また何かを始めるに決まっているからです。ベルリンの壁が崩壊した年は、昭和天皇崩御の年でもあり、それから平成が始まりましたが、予想もつかない形で今八木さんが「平成の革命勢力」と言われたような新しい状況が近づいていると思うのです。

 しかし、これは実は日本だけの問題ではないのです。私が恐れているのは、ドイツと朝鮮半島でもそうした問題が出てきていることです。先ほど、西側が共産主義に対して無警戒であることに、東側の人々が苛立っていることを述べましたが、1960年代に旧西ドイツはある種の左翼民主革命派に完全に占領されたという見方さえあるのです。そしてドイツは90年以降、今度は東ドイツの影響を受けてきた。今やかつてのドイツの姿がどこにもないことは、現在のシュレーダー政権にはっきりとうかがえます。シュレーダーという人物はもともとドイツ赤軍の流れの人なのです。そうした人物が政治の中枢に踊り出てきて、しかも旧東ドイツのイデオロギーと合体してしまっている。

 同じことが朝鮮半島にも今起きています。信じられないことに、金正日の魔術にかかってしまっている韓国国民の大きな流れがあり、今の大統領、盧武鉉は北の走狗です。

 これらの分断国家が抱えた問題は、本質的には西側の自由主義の危機なのです。健全なのはむしろ旧東欧諸国です。散々自分たちの体制の悪を見てきたが故に、自由というものに幻想がないからです。逆に、自由と解放の恩恵を充分享受してきた西側勢力に、依然として自由と解放への幻想があり、それがつけいれられる隙となっている。つまり自由と解放を求める心理が反転して抑圧と拘禁、あるいは新しい拘束や束縛を求める心理となり、新たな全体主義に移行する可能性があるということです。

 もちろん日本は分断国家ではないけれども、実は東西イデオロギーの最前線のところに位置しています。すでにシュレーダーや盧武鉉などと似たような考えをもった者が、この国の政治や行政を闊歩しているのではないですか。朝鮮半島やドイツがおかしくなってくるにつれて、そういう思想が日本にも勢いよく入ってきて、今後危険な状態になるのではないかと思います。

伊藤: 勝ったはずの保守が空洞化し、むしろ思想的には蝕まれているということですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です