坦々塾(第十三回)報告(二)

 3月14日の坦々塾のことはすでに一度報告がなされている。その後私のあの日の講演についていくつも感想が送られてきた。最初にご紹介するのは坦々塾の事務局長の大石朋子さんのコメントである。
 

先生のお話の中で、日本は戦争の目的は自存自衛であったがアメリカの目的は何だったか?
私はこの事については考えたことがありませんでした。

ヨーロッパと異なりアメリカは輸出国になって植民地を求める必要がなくなったので戦争を行う必要は無いということですよね?
ヨーロッパ諸国と違い戦争に慣れていなかったから、日本という国に対して恐怖だったという理由だけで戦争し、原爆を落としたのだとしたら、アメリカほど罪深い国を先進国として見習ってきた日本の教育は、つくる会の教科書により歴史を学び直す必要があるということを改めて感じました。

そして西尾先生のGHQ焚書図書開封を多くの人に読んでもらいたいと思いました。

日本はアメリカをヨーロッパの一国と勘違いしていた。
ヨーロッパには有る秩序が、アメリカには無いという事を理解できなかった。
そういう勘違いは私達の身近なところでもあることで、外交の難しさは当時のまま今に至っていると思えます。

私は先日の黄文雄先生の講座を受講したときの事を思い出し、逆にアメリカは日本と中国を同じアジアの国として一つに考えて本当の日本の姿を理解していなかった為、叩きのめすということに躊躇しなかったのだと思いました。
同じように日本がアメリカを理解していなかったのですから、お互いの理解不足から戦争が起きたと考えて良いのでしょうか?

ここ何年かでアメリカが中国に近づき始めたことは、足立誠之さんに以前お話いただいたUSCCを考えると、両国が近づいたから親しくなったと考えるのは間違いであると思います。
日本は情報収集が容易な国であることは中国と比べようがありませんがUSCCの研究が物語っているようにアメリカが中国の情報を収集しようとしているエネルギーを知ると、真のパートナーと考えているとは思えませんが、アメリカと中国で建築基準法を国際基準にしようと日本の頭越しに約束しているところを知るとこれまた自国の利益に走るアメリカの真意が疑問です。

今日の西尾先生のお話でそんな事を考えました。

文章:大石朋子

 日本はなぜアメリカと戦争をしたのか、とばかりわれわれは問うて来て、アメリカはなぜ日本を相手に戦争をしたのかと日本人はこれまで問わないできた。

 アメリカの鈍感さと無作法ぶりは、金融危機以来ますます目立ってきた。1920-30年代のアメリカの無軌道ぶり、傍若無人が問題のすべてだった。歴史は新たに読み直される必要がある。日本人の負け犬根性を叩き直すためにも、歴史が鍵である。

 いま発売中の西村幸祐責任編集の『世界に愛された日本』(撃論ムック)の私の連載第7回「アメリカはなぜ日本と戦争をしたのか、と問うべきだ」(一)に、坦々塾の私の講演の前半部分が掲載されている。

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 さて、坦々塾の会員の浅野正美さんが次の感想をくださった。立派なご文章である。私を過分に褒めて下さっている部分だけ削ってご紹介しようと思ったが、それも不自然になるので原文のまゝにする。私は少し羞しいし、知らぬ第三者の読者は鼻白むかもしれない。

 浅野さんは(株)フジヤカメラの営業部長さんで、49歳である。一度だけご一緒にお酒を飲んだことがある。そのとき彼が私を評して「西尾先生はご損な性格のかたですね。」と仰ったことばに私は少し傷ついた。

 私が何でも大胆に発言するのを損な役割だと評する人は世に多い。私は私なりに慎重な発言をしているつもりだが、他人から見るとそうではないらしい。

 たゞ私は損をしているとか得をしているとかいわれるのが好きではない。浅野さんにそう言われたとき少しムッとなった。私の文業が実績どおりに社会から評価されていないのを哀れと思って彼は「損をしている」と言ったらしいのだが、そう言われると私はますます不愉快になった。

 私には私の「神」がいるのだからご心配には及ばぬ、と言いたかったが、そのときは黙っていた。次に掲げる感想文を今度拝読して、私は浅野さんを誤解していることに気がついた。そしてホッと安堵した。有難いと思った。

 浅野さんは私が考えていたよりもずっと深い処で私を理解してくださっていると判ったからである。

 以下はそんないきさつがあってのご文章である。私のこのような心の内側の打ち明け話に浅野さんもきっと今びっくりされるているだろう。

毎回の西尾先生の講義を拝聴し、それぞれの講義のために費やされたであろう多大な事前準備と、思索の深さにいつも圧倒され、襟を正す思いがしています。先生のお話には独特のリズムとメロディーが感じられ、名曲を楽しむ心地に似た感興も味わっています。これは、活字にはない臨場感と一回性によるものだと思いますが、そうした場に居合わせる幸福は、私の生活にとって何よりも贅沢な時間となっています。

それぞれの講義と精力的なご執筆からは、いつも深い感銘と刺激を受けて参りました。無学な私が感想をなど大それたこと、もとよりお忙しい西尾先生の貴重なお時間をお煩わせすることは本意でないと考えておりましたが、勇気を持って書かせていただきました。

前回の坦々塾のことに限定せず、この一年余り、先生の謦咳に接する機会を得た中で受けた思いを述べさせていただきたいと思います。

この一年、先生からはたくさんの話題が講義や活字で語られてまいりました。金融危機に始まる世界経済の問題。雅子妃殿下をその本質とする皇室問題。三島由紀夫。田母神発言。焚書図書開封。そしてそれらすべてに通奏低音として流れている歴史認識問題。先生は常々、歴史とは現在の人間が過去を裁くためにあるのではないといいます。

また年代記の羅列や、事実とされていることだけを客観的に重視することにも異を唱えます。歴史とは、そのとき、その場に居合わせた人間の営みが産み出した悲喜劇であり、人間の存在とその思考結果、未来に対する期待を考慮しない歴史叙述は不毛であるとして、そういった歴史認識を徹底的に批判します。

歴史は未来からやって来る。

歴史に事実はない。事実に対する認識を認識することが歴史観である。

事実は動く。登山者の目に入る眺めが一歩ごとに変わるように。

相対性の中に絶対を求める。

上記の言葉は、講義の中で先生が語られた中から、特に印象に残ったものをノートから拾い出したものです。どの言葉にも、歴史の本質を捉えるにあたり、我々が肝に銘ずべき事柄が,短い表現で的確にいい表わされています。複雑極まりない人間の綾なす歴史を考える上で、大変示唆に富んだ表現となっています。愚鈍な私は、歴史とは通史のテキストを読めば学習できるものと考えておりましたが、そういった無機質な歴史理解こそ最大の誤りであったということを思い知らされました。

藤原定家は、古今集を編纂するにあたり、「文学は経国の大業にして不朽の盛事なり」といいました。定家は文学の意味を、物語、詩歌に限らず、言葉で書かれたあらゆる事象であると解釈し、物語を小説、歴史を大説と定義、物語も歴史も哲学も宗教も、およそ言葉で書き記されたものはすべて文学であると、そのように考えていたといいます。先生の歴史に対する真摯なお姿と、同胞に対する限りない慈しみや思いを伺いながら、先の定家の言葉をふと思い浮かべました。何かが共通するというのではないのかも知れませんが、先生の歴史観には文学者の視点があると感じておりますので、定家の言葉を連想したのかと考えています。

文学とは、何よりも人間の本質を追究することに主眼があるとすれば、人間が引き起こす歴史から学ぶということは、紛れもなく文学的な営為ではなかろうかと、そんなことをぼんやりと考えています。

かつて先生は、建前や偽善は、それをつねに言い続けることで、いつかそのことが習い性となってしまい、何ら本質に触れないきれい事だけの社会が醸成されてしまう、ということをお話しになったことがあります。人間が人間と関わり合って行くためには、そのような社交術は不可欠でありますが、個人も国家も利己的な存在であるという最低限の認識を持たないナイーブさは、とても危ういものに思えます。

話はそれますが、私の子供達が在籍した小中学校では、10年以上同じことを言い続けています。一つは「夢は必ずかなう」であり、もう一つは「地球温暖化防止」です。温暖化がブームになる前は「地球環境に優しく」でした。

授業でも、課題でも、また折々の行事の訓話においても、必ずこの言葉はセットで語られています。私も負けずに、我が子に向かって「夢は滅多にかなわない」「温暖化防止よりも大切なことがたくさんある」と言い続けなければなりませんでした。「夢は必ずかなう」などということが嘘であることぐらい、現場の教師はとっくに知っているにも関わらず、事なかれ主義と大勢順応で子供達に誤った考えを浸透させています。

普通の認識力があれば、ある程度の年齢を重ねることで、そういったことは幻想であることに気がつきますが、恐ろしいことに、多くの愚かな母親がその言葉を信じてしまうという現実が出来してしまいました。

偽善というものは、見かけは正しく、美しい言葉で飾られていますが、実体はただのきれいごとに過ぎません。そんな理想的な社会は決して実現しません。教育もマスコミも、自分のことは棚に上げて建前ばかりを喧伝して恥ることなく、社会にはそれを是とする嫌なムードが蔓延しています。営利を目的とする企業経営者の中にもそういうことを言う人が見受けられます。

多様性の中に絶対を求める。その多様性が、外の国からもたらされ、それを絶対として信じてきたのが戦後の日本人でした。自らの相対を、我が国の絶対にすり替えたのは、米国であり中国・韓国でした。さらには、相対そのものを捏造するというところにまで、事態は進んでしまいました。今や日本人が内部から外部の相対を絶対視するまでになってしまいました。自ら考えることを放棄した結果でしょうか。

人間は自ら考えることをしなければ、どんなに誤ったことでも信じてしまうほどに弱い存在であるということを、最低限このことを肝に銘じていきたいと思います。

先生の歴史観から受ける何よりの感動は、つねに人間を通して歴史を見るという姿勢にあります。人間の考えは実証できない、などという言葉の何と虚しいことかと思います。人は平気で嘘をつきます。

自らの利害のためであれば、他人をだますことも裏切ることもあります。その同じ人間が高い使命感や、理想のために、自己犠牲もいとわずに行動することもあります。一個の人間の中にすらこのような矛盾する要素が同居して、平気で折り合って生きています。先生は哲学や文学を通してつねにこの不可思議な人間の本質を追究してこられたからこそ、歴史の解釈に血が通っているのではないかと思います。

今でも印象的な場面があります。先生が小学生時代のこと。尊敬する人物として豊臣秀吉をあげたところ、教師から「秀吉は封建主義者だからだめだ」と言われます。それに対して小学生の先生は、こう反論します。封建時代に生きた人間が、封建主義者であるのは当たり前である。人は生まれた時代と、時代の価値観からは逃れられないのであり、その制約の中で精一杯生きていくしかないではないか。その論理でいけば、将来民主主義が否定されれば、あいつは民主主義者だったからだめだ、といって現代の人間を否定することになる。坦々塾に集うほどのメンバーであれば、民主主義の欠陥や欺瞞性は充分わかっていますから、この件では、場内拍手喝采となりました。

前回の坦々塾では、今もまだ厄介な隣人である米国について、何故米国は日本と戦ったのかという疑問が堤呈示されました。米国という国は、腑に落ちない行動ばかりする。いい加減で大袈裟、相手にすると途方に暮れ、世界が翻弄されてきた。知性は幼稚で幻想的である。

日本と欧州は、歴史的に封建時代を経験している。また、ルネッサンスや宗教改革といった文化体験も積んできた。そういった歴史の蓄積によって、双方の社会には文化的成熟が蓄積された。

文化の基底に理解し合える土壌があるが、米国と中国はそういった体験を経ていないため、無秩序である。この話を聞いて日頃疑問に感じていた両国の、大人になりきれていないような振る舞いに納得がいく思いがしました。

その幼稚さがディズニーランドや、大袈裟で騒がしいだけのハリウッド映画を産み出す原動力になっているのかも知れませんが、日本がそういった米国娯楽マーケットの有力な得意先になっているという情けない現実も一方にあります。

勉強会の終わった後、会場でとったノートをもう一度書き写すようにしています。その場では書けなかったことも、思い出せることは付け足すようにして、毎回復習をしています。そうそうたるメンバーの皆様を拝見すると、気後れすることばかりであります。不肖な教え子ではありますが、これからも祖国への強い思いを、先人が未来に向けた理想と期待を、歴史を通して現在を見るという姿勢を貫いて行こうと思っています。

坦々塾の塾生でいられる幸運をかみしめつつ。        文章:浅野正美

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