橋本明『平成皇室論』について

 今上陛下の学習院初等科からの同級生であった橋本明氏(元共同通信社総務)が『平成皇室論』という一書を最近出した。朝日新聞社からである。それについて私は一昨日(7月10日)、『週刊朝日』のインタビューを受けた。

 この本はすでに報道されている通り、皇太子ご夫妻の進退について相当に思い切った提言をしている。雅子さまの行状について、私的外出や公務の直前のキャンセルなどを系統立てて詳しく記録的に語り、今後皇后としての激務をこなせる可能性は少ないと見て、次の三つの選択肢を提言した。

 (一) 雅子さまは「別居」して治療に専念する。
 (二) 皇室典範を改正して「離婚」していたゞく。
 (三) 皇太子さまは自ら次期天皇になるのをやめて秋篠宮に座をゆずる「廃太子」の道を選ぶ。

 以上のような、三つの選択肢を考えるべき時が来ているという思い切って論理的に整理された内容の提言を行った。

 誰でもこのくらいのことはすでに考えているし、驚くほど新鮮な内容ではないが、たゞ公開の文書で妃殿下の行状を詳しく述べ立てた後でのこの三提案だから、事実上の「皇后失格宣言」といってもいい。

 インタビューなどのまとめに手を入れた1000字ほどの私のコメントは、次の『週刊朝日』に掲載される。著者の橋本さんも言っているが、この面倒なテーマの「けじめ」をつけられる実行者は天皇陛下のほかにはいない。陛下以外に問題を解決できる人はいない、と私も思う。

 それなら私にしても橋本さんにしてもなぜ書かずにいられないかというと、将来の皇室の変質が心配で、それに伴い日本の未来がさらに心配だからである。国民の一人として声を挙げずにいられないのは当然である。

 昨年の『WiLL』5月号の私の発言時に、公開の文章で問わずに直接殿下にお会いして口頭で奏上するのが正しく、私は「臣下の分」を弁えない不忠義者であると、ものものしく言い立てる保守派からの攻撃を受けたが、橋本明氏のような天皇陛下にいつでも会える側近でさえ、こうして本を書いて公開オピニオンに訴える形式をとっているのである。この点をよく見届けておいて欲しい。聞く処では橋本さんは陛下がカナダに旅立つ前に見本刷かなにかをいち早く陛下にお渡しになっているようである。

 雑誌や本で世論を喚起するのは現代の常道で、それ以外に肝心の方々のお耳には届かない。否、それをいくらやったとしてもお耳には届かないのかもしれない。橋本さんの今度の本は、私とは違って、間違いなく天皇陛下のお手には渡った。

 橋本さんも言っているが、適応異常とか鬱病とかはそんなに長くつづくものではない。私は雅子妃殿下はご病気かどうかは別として、皇室という環境そのものがいやで、伝統的行事とか日本古来の仕来たりとか和歌とか作法とか、そういう世界からできればなるだけ遠ざかっていたいという心理状態なのではないかと思う。美智子皇后への劣等感もそこには重なっているように思える。

 とすると、皇太子ご夫妻が宮中の主になられた暁には、公務の質をがらと替えてしまう可能性がある。そして、あっという間に病気は治り、代りに国民と皇室の一体感も消えて、まるきり異なった宮中の姿が伝えられるようになるかもしれない。そういうような局面になることを私も橋本さんも恐れているのである。いちばん心配なのはこれである。「民を思う心」が皇室にあり、「明き浄き直き心」の模範の柱が皇室にあるとの信仰が国民にある。その二つの型の呼吸がピタと合っている。それが今はまだある。この両方相俟つ関係がはたして守られていくだろうか。われわれはそれを心配しているのである。

 昨年12月羽毛田宮内庁長官がいわば天皇の意を体して「皇室そのものが(雅子さまに)ストレスであり、やりがいのある公務が快復への鍵だとの論があるが」それに「両陛下は深く傷つかれた」とおっしゃった。これは天皇から皇太子ご夫妻へ向けて二人のあり方を真剣に考え直せよ、というメッセージであったと思う。

 今年2月の皇太子殿下誕生日記者会見で、殿下はいろいろなことをたくさんお話になったが、肝心のこの点についてだけ、記者団から問い質されていたのに、するりと抜けるようにいっさいお語りになっていない。一番のポイントである。難し過ぎて話せなかったのだと思う。勿論ご同情申し上げるが、しかし問題は皇室が妃のストレスになるというここにきわまっているのである。だから橋本さんの本の三選択肢のような具体的な提言が出てきた。いちだんと輪はせばまっている。

 もうこうなったらケジメをつけていたゞくのは天皇陛下御一人のほかにはない、という橋本さんの結論も納得がいく。従って、妃殿下のお振舞に関するわれわれの立言もすでに限界に達したというべきで、もう私は終りにしたい。

 ただこれとは別に橋本さんの『平成皇室論』は妙に政治的なスタンスが介在する。一口でいえば平和主義、平等主義。今上陛下が現行憲法の改正を望まないという趣旨のご発言を、ご即位においても、ご結婚50年の際の記者会見においても、折りにふれなさっていること、また、昔のような格差社会(身分社会)にもどすべきではないとのご意向があるというようなことを、橋本さんは強調している。

 私見ではもう日本が昔の型の身分社会に戻ることはないが、皇室と一般国民の間の垣根が低くなることは皇室の危機に直結するというにがい現実を、橋本さんは見ていない。また、戦争行為を封じた現行憲法が今まで見捨てられないできたのは、日米安保条約とワンセットになっていたからであって、これが今問われている。国内に50個所も米軍基地を許し、米国の意のまゝの戦争にのみ狩り出される可能性をこの侭つづけていてよいのかという疑問は日増しに高まっている。左右両サイドから安全保障への不安が高まっている。今上陛下の現行憲法擁護のご発言は、こう考えると、なかなかに政治的である。日本の左翼に政治利用される可能性がある。否、すでにされ始めている。

 雅子妃問題よりもこの方が深刻な問題であるので、また稿を改めて論じることにする。

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