ある哲学者の感想

 12月12日に『保守の怒り』をめぐって坦々塾で3時間もかけて討論した。みな異口同音に認めたのは平田文昭氏の、思いもかけない発想に満ち溢れた強靭な思索力と鋭い現実分析力だった。新しい思想家の誕生を見る思いがした。しかし討論会は「保守」概念をめぐってやゝ迷走し、肝心な論題になかなか踏みこめなかった。

 数日後に坦々塾の会員ではない人で、昔からの友人の山下善明さんから『保守の怒り』の読後感が届いた。山下さんは明星大学教授、哲学がご専攻である。ドイツの出版社から、ドイツ語で書かれた立派な哲学書を出されている方だ。

 以下に、いかにも哲学者らしい独特な解釈に基く読後感を紹介する。「保守」概念に一石も投じている。平田さんがどう思うかは聞いていないが、私はこの考え方に共感している。

西尾幹二先生へ

前略失礼します。
『保守の怒り』読了しました。

 私は先回の総選挙でも自民党に投票しました。ところが鳩山新首相によりますと、今度の選挙は「民主党の勝利ではなく国民の勝利である」のだそうです。自民党に投じた私は、非国民、反国民ということになります。そしてこの度御両名の「怒り」に触れました。正に踏んだり、蹴ったりです。

 農家の次男坊として田舎を離れてしまった私は、ずっと「農家の長男」に頼らんとして、自民党に投票して来ました。その一代目が岸~佐藤、二代目が三角大福中でした。竹下、小渕、森はまだしも二代目の名残りでした。そして三代目が安倍、福田、麻生でした。鍬も鋤も持ったこともないこの三人。(鈴木、小泉は漁師の息子ですが、小泉は博奕打ちに身を俏しました。海部、宮沢などは養子の一言でいいでしょう)

 平田氏も同じ考えのようです。氏は言う「自民党に言いたい。共産主義を退治したのは成長と分配に配慮した経済政策と智恵のある政治であって、つまり民に飯を食わせ、その家族に墓、正月とお彼岸を守ったからです。・・・勝利は堅実な政策と国民の常識と勤労によって勝ち取られたのです。」(P.270)

 「国民の常識と勤労」は敗れて、今や非国民、反国民となりました。「墓、正月とお彼岸を守る」ものとて無く、今やそれらは打ち捨てられました。守る「長男」はいなく、荒れるがままになりました。西尾氏は自分よりはるかにラディカールだと言うが、平田氏は決してラディカリストではない。そのradixを農にもつ氏が、どうして急進主義者でありえよう。平田氏が「もの言わぬ、しかし堅実な日本人生活者こそ、そしてそれこそが保守ですが、ぎりぎりのところで皇室を支えているのです。」(P.234)という時、堅実な日本人生活者と皇室を余りに短絡したか。いいえ。氏も言うが如く「この瑞穂の国を治める君主たるべきものであるという神勅によって皇室は存在している」(P.153)のですから、堅実な日本人生活者、「墓、正月とお彼岸」を守る農民民草は、まっすぐ天皇に絡がっているのです。

 「万世一系」とは、「国土」が万世一系ということです。天皇は「領土」の皇帝emperorではなく「国土」の天皇なのです。しかし「国民が勝利した」今、日本の国土は「日本国民だけのものではない」んだそうです。つまり、「国土」はなくなりました。皇室も民営化されると思います。「旧郵政省のある霞ヶ関の土地。あれは普通だったら絶対手に入らないですけど、民営化してしまえば手に入ります」(P.43 )、皇居のあるあの超一等地も。

 どうして、こうなったのか。

 平田氏は語る、「靖国史観では全戦没将兵は忠勇無双で陛下の万歳を唱えて死んでいった。そこに功績の優劣はない。従軍した戦争はすべて聖戦です。しかし参謀本部や外務省であれば、作戦の得失、用兵の成否、政略の巧拙など、冷酷な検証がなされてしかるべきでしょう。この両者は並存し得るし、しなければならない。左右ともこのことがわかっていない。」(P.241)

 この両者とは何か。それは「戦争」の「戦」と「争」の両者のことです。左は「争」だけ見て「戦」を見ない。右は「戦」だけ見て「争」を見ない。だから「左右ともこのことがわかっていない」。左はただの「争い」反対でしかないのに、平和主義の使徒だと思っている。争いを避けて「相手のいやがることをしない」小心卑劣な「親(シン)」が「和」だと思っている。「国土」の和人が再び倭人になってしまっていることにも気付かずに。

 右はどうなのか。確かに戦は平田氏の言う如く必ず聖戦です。しかしその戦いの美しさに、美談に見惚れてしまっている。左が平和主義の自分に自惚れているのよりは少しはましでしょうが。

 農民なら知っています、自然との「戦い」においてすら自然との「争い」を避けえないことを。平田氏が「保守の人は経済を語らず、語れず、政治の人は経済に疎く」と言うのなら、私は言いたい「保守の人は鍬も鎌も握らず握り得ず」と。

 『江戸のダイナミズム』への私批評(傍線)でも申しましたことを図にしますと。

  自然B(ジネン)「善悪の彼岸」(P.321)
線b________________________宿命「運命」(P.122)

       戦い
歴史・・・・・・・・・・・・・・善悪の渦流
       争い

線a_________________________
  自然A(シゼン)善悪の此岸

 左の人は、争いしか見えませんから、争いを避けて、自然Aに落ちます。そこは善悪の此岸として対立なきところですから、「善人」となれます。中曽根元首相は鳩山を評して「政治は形容詞ではなく動詞でやるもの」と言ったそうですが、「善人」鳩山は、政治家としてどころか、その人生そのものに動詞がありません。

 右の人は折角の「戦い」も、争いなく、従って自然Aもなく宙に浮いています。西尾氏は「60年間論争疲れしているのですが、どうしても最後の一歩が踏み出せないのです」(P.118 )と言いますが、最後の一歩も何もない、そもそも踏み出す脚がないのです。自然A(シゼン)に立脚していないから、自然B(ジネン)に出る動力をもたないのです。勿論自然B(ジネン)は出るところではありません。

 親鸞の言葉で言えば、「善からんとも悪しからんとも思はぬ・・・・・形もましまさぬ故に自然(ジネン)と申し候ふ」でありますから、「ある」ともいえませんから、出るところではありません。しかしそこに出でんとする動力があってのみ、線a,即ち運命、宿命があります。「ゲーテが見た、神と自然が調和した秩序」(P.325)があります。「歴史はすべて肯定、善も悪も含めて肯定されるべきもの」と西尾氏が言う所以のものがあります。線aが見えない限り、「歴史の内側ばかりみて」(P.115)いることになります。思想が見えず、現実が見えず、「現実が見えないから現実と戦う(傍線)こともできない」(P.73)

                                 敬具 
山下善明

 なかなか難しい言葉遣いだが、「戦争」の「戦」と「争」の両者は並存し得るし、しなければならないのに、ばらばらに分離して、左の人も右の人もそれぞれ線aと線bの外に出してしまって宙に浮いている。日本人がこれを克服しまともになるには「農」に立脚した自然への回帰が必要だと仰有りたいのだろうか。少し単純化して分り易く私なりに読み直すとそういうことかと考えてみたが、山下さんは平田氏の思想に一つの哲学的な解釈の図解を示して下さったのである。

 もう一度読み直していただきたい。いろいろ含みのある、山下さん一流の、現代日本批評になっているように思える。

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