日本をここまで壊したのは誰か(二)

「経済大国」といわなくなったことについて―――あとがきに代えて

 最近日本人は「経済大国」という言葉を気羞しくて使えなくなっているような気がする。いい傾向である。世界には「大国」と「小国」はあるが、「経済大国」などという概念は存在しない。

 あんなに貧しかった中国が経済力を外交や政治に使い始めるようになって以来、日本人はこの言葉を用いなくなった。それまで長い間、日本は経済力があるというだけでそれを国際社会の中で政治力と誤認してきた。外交も防衛も経済力に肩代わりさせてきた。しかし経済力がそのまま何もしないで政治力になるわけがない。そう錯覚する時代は終わった。それを終わらせたのも中国の台頭である。

 ずっと以前からアメリカの経済は政治力であった。経済が「牙」を持っていた。経済で戦争もしていた、と言いかえてもよい。日本の経済には牙がなかった。軍事力を使えないからカネを出す。アメリカとは逆だった。しかし貧しかったはずの中国の経済には、貧しい時代の最初から「牙」があった。中国は日本から援助を受けながら、アフリカなどに援助して、着々と政治力を育てていた。

 最近クロマグロの禁漁か否かを決める国際会議で、中国がアフリカの票をとりまとめて政治力を発揮し、日本に協力した一件は記憶に新しいが、日本も永年アフリカに援助していたはずなのにいっこうに政治力を身につけていない。

 経済で外交や防衛の肩代わりをするのではなく、経済が国家の権力意志を表現し、自己を主張して他国を支配する手段としての役割を日本は果していない。しかし経済が「牙」を持たない限り、経済それ自体もうまくいかなくなるのだ。すなわち経済が自分を維持することさえ難しくなる、そういう状態に日本は次第に追いこまれつつあるように思える。そのことにいまだ気がつかないのは、外交官や政治家だけではない、経済は経済だけで翼を広げられると思っている現代日本の能天気な企業家たちである。

 ボーダレスとかグローバリズムとか多国籍とかいって、国家意識を失っているのが今の経済人である。トヨタ事件は日本側の技術や経営の問題では決してない。トヨタの油断や新社長の失策の話でもない。アメリカという国家が発動した政治的行動である。軍事力を使わない軍事行動であった。

 これを契機に私は永年抱いていた経団連や日経連を代表する人々への疑問、彼らが政治を動かし外交を捩じ曲げてきた十年来の言動の問題点を、本書で初めて取り上げ、明らかにしようと思った。

 十年より前には、私の考える国家像と政治観は、いま挙げた経済団体の代表者の方々との間でそう大きなへだたりはなかった。それどころかむしろ財界には知友も多く、私の読者と考えられる支持者も少なくなかった。

 歴史教科書と靖国と拉致は三つの象徴的タームである。重要なキーワードとしての役割をここ十数年の日本人の政治意識の中で果している。左翼がこれに反対するのなら分かる。そうではなく財界人をはじめ保守的な階層の人々が承知で問題の所在をあえて知らない振りをするようになった。日本社会は急に変質し始めた。中国の台頭と自民党の崩壊は並行して進んだ。

 なにか新しいことが始まっている。

 本書第一部はその問題を考えた。四篇の評論は平成22年(2010年)の二月初旬から四月半ばまでの間に集中的に書かれた最新の文章である。

 なにか新しいことというのは大元に根があり、原因がある。しかも新しい事態、この変質は突き止めておかずに放置しておくと取り返しのつかない国家の衰弱につながりかねない。

 近い原因は1993年から中国とアメリカに江沢民とクリントンの反日政権が生れたことである。両政権は「経済大国」日本を解体させるというはっきりとした戦略的な攻撃を開始していたのに、日本人はぼんやりしていて、最近まで気がつかないか、あるいは今も気がついていない。そしてそのことは勿論80年代またはその以前に遡って原因があり、歴史的に考察するべき根を持っている。旧戦勝国による日本の「再敗北」、もしくは「再占領」という事態が進行しているといっていい。本書はその流れを示唆的に解明しようと心掛けた。

 日本は本来あるべき方向、国家としての自立自存とは逆の方へ向かって変化し始めている。しかもどこへ向かうのか明確な国家像もなく、茫々たる海洋を諸国に小突き廻されながらただひたすら漂流している幽霊船のようである。

 昭和43年(1968年)頃ハーマン・カーンは21世紀に日本は名実ともに世界一位の国になり、「日本の世紀」が訪れるだろうと予言した。わが国はそれに近い所まで登りつめて、そのあと腰が折れて実際にはそうならなかった。

 外からの激しい破壊工作(ボディブロウ)に、何がなされているかも気がつかずに打撃され、ぐらっぐらっと揺れて倒れかかっているのである。

つづく

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