第17回坦々塾勉強会講演要旨(二)

第17回坦々塾勉強会講演要旨 平成22年3月6日(土)

講師 佐藤 松男
演題「福田恆存の思想と私」
(年号はすべて昭和で記載してゐます)

Ⅲ 国家を超える価値―T.S.エリオットとの出会ひ

 55年、清水幾太郎「日本よ国家たれ 核の選択」の国家論は、個人を超えるものとしての集団を認めるが、集団を超える個人を認めない単なる戦後の個人暴走の反動でしかないと清水氏を批判。

 エリオットは1939年に「クリスト教社会の理念」の中で、国家に対する忠誠と教会に対する忠誠は、後者がいつも優位にあるとしてゐる。また、「文化の定義に対する覚書」の中で展開した教育論を補充するため、エリオットは1950年にシカゴ大学で「教育の目的」と題する連続4回の講演を行ひ、「善き国民は、必ずしも善き個人(人間)ではない。善き個人(人間)は、必ずしも善き国民ではない。」と述べてゐる。かうしたエリオットの考へを援用し、国家を超える価値を我々読者に対してなんとか解らせようと訴へかけてゐる。我々は、軍人でなくても善き国民として個人を超えるもの、すなわち国家に忠誠心を持たなければならない。善き個人(人間)として、国家を超えるものすなわち良心、歴史、自然の源泉に忠誠心を持たなければならない。善き個人は、良心に賭けて国家に反抗する自由がある。たとへその自由が認められてゐない制度の下に於いても。このことを考へるにあたつては、ソポクレスの「アンティゴネ」が我々にヒントを与へてくれる。国家を超える価値の模索は、福田先生の終生のテーマであつたが、29年の「平和論の進め方についての疑問」をきつかけとした平和論争の際にも、既に明確に主張されてゐた。「個人が国家に反抗する制度ではなく、さういふ哲学が最も必要であると思ひます。私の平和論争の発想の全てはそこにあります。」(「個人と社会」)福田恆存が世の保守主義者、現実主義者とは明確に異なる所以である。

Ⅳ 文民統制といふこと

 福田先生にとつては、日本の近代化といふ問題が物を書き始めて以来、終始、心のうちに蟠り続けてきたのであり(全集第五巻の覚書)、38年「軍の独走」等を緒として、55年の「日本よ、汝自身を知れ< 軍事政権といふこと>」に至るまで、日本近代化達成における軍の役割と戦後最大のタブーである軍事政権について、執拗に論じ続けた。以下自説を交へつつ、その骨子を紹介する。

 駐日大使ライシャワーが、明治憲法下において、軍が文民政府から独立してゐなければ、日本は実際に歩んだ道と異なる道を歩んでゐたらう、つまり満州事変も大東亜戦争も起こらず、したがつてその敗北もなかつたであらうと言つてゐたことに対し、福田先生は、軍が文民政府から独立した、所謂軍事政権でなかつたら、ヨーロッパ列強の侵略にあひ、シナのやうに半植民地化されるか、ロシア革命が飛び火し、日本は共産化されてゐたかもしれないと批判した。軍が日本の近代化に果たした役割は極めて大であり、同時にその即物的生き方と過酷な訓練のため、軍こそが日本の近代化の代表選手でもあつた。

 54年の森嶋通夫との論争に於いても、わけの解らぬ西洋からの「借り物の言葉」の最たるものとして、「文民統制」を取り上げ詳述してゐる。戦後日本は文民統制ではなく、軍排除の文民独裁であり、その証拠に安全保障会議には、首相、副総理をはじめ主要各省大臣が構成メンバーであるが、制服組のトップである統合幕僚長がメンバーから除外されてをり、首相が必要と認めた時だけ出席し、意見が述べられるにすぎない。ヨーロッパでは、大統領または首相のもとに制服組のトップである統合幕僚長は国防大臣と対等で直属してをり、閣議や国防会議に出席する権限と責任があり、時には直接大統領(首相)に意見を具申し得る。アメリカに於いては、オバマ就任翌日に安保会議が開かれたが、メンバーは国防長官、統合参謀本部議長、中央軍司令官、駐イラク司令官等、ほとんどが制服組で占められてゐる。日本に於いては、制服組が排除されてゐるだけでなく更に、防衛省には制服組に対する目付役、監視役として、警察庁・財務省などの出向官吏でほとんど占められてゐる内局が存在してゐる。

 文民の容喙が軍政だけでなく軍令まで及べば、楠木正成の故事にもあるやうに、湊川の敗北に繋がることになる。

 福田先生は孤立を怖れず、空疎な言葉と観念の氾濫する時代風潮を常に批判し続けてきた。昭和55年、その時既に論壇の主流になつてゐた浮薄な保守的論調に対しても、「同じことが言へるやうな風向きになつたからそれに唱和するといふのが、私の嫌ふ戦後の風潮である。」(「近代日本知識人の典型清水幾太郎を論ず」)と斬り捨てた。

資料 西尾先生と福田先生の対談抜粋が過去の日録で読めます。

http://www.nishiokanji.jp/blog/?m=20041111

文責:佐藤松男

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