「『鎖国』の流れと『国体』論の出現」を拝聴して(五)

ゲストエッセイ 
伊藤悠可(いとうゆうか)
記者・編集者を経て編集制作プロダクトを営む。
NPO法人 日本易学研究指導協会理事長。坦々塾会員

 国民上下はなべて維新後の忙殺の時間を生きていたとも思われ、狂人走れば不狂人も走るといった模様を想像します。国民国家の黎明とは言え、先生にいつか教わったように、明治前期はまだ日本人は「江戸時代」(の余韻)を生きていたのではないでしょうか。幕府のほかに皇室というものがあったんだ、というのが庶民の感覚ではないかと思います。そこへ、いきなり「神」が国から生活のレベルにまで降りてきた。

 副島伯が「愛国心を育むより自国を侮蔑に導く」といった深意はわかりませんが、その副作用というか逆作用はわかるような気がします。偉人伝を小学校から読ませよう、という運動も一概には否定しませんが、かの人が偉人かどうかはわからないではないか。坂本竜馬が偉いかどうか、誰が決めるのか。司馬遼太郎に感化されてどうだ偉いだろうと言うような大人が偉いわけがないではないか、とへそ曲がりの自分は言いたくなるのであります。

 よく引き合いに出される福沢諭吉にしてもそうである。それはお前の人物趣味だと言われれば仕方がないが、教えるということに対する過信がすぐれて保守の人にあるのではないか。私はこんなところに「硬直」の弊があると見ているのであります。偉いかどうかはジッと自分で見つめていくしかありません。今生きている人についてもそうであります。

 明治のはじめ頃は、混血でも何でもして西洋人を受容し、気に入られなければという「社会改良主義」という極端な思想が息づいたり、森有礼といったどこから見ても侮日派インテリ国際人が当路の位置に坐ったりしています。新旧混淆、清濁混淆、東西混淆のまさに狂人奔れば不狂人もまた奔るという呼吸の荒さを思います。

 大正の蠱惑的空気にも見舞われたあと、それの掃除もしなくてはならず、赤色と同時にダーウィニズムも静かに浸透しています。大衆思潮のレベルではもう十分、「神聖」一本槍というものは落剥していたので、白鳥庫吉、山田孝雄の出現というのは無理ならぬ成り行きだったように私には感じられます。平泉澄の本は読み込んだ時期がありました。中世に魂を置いてみなければ自らの姿が映せない、行動が取れない。古事記や日本書紀には「清明」はあるが、「忠魂」(君臣の足跡)は歴史のほうにあります。

 ギリシャ人は「血」の上では消滅し、祭祀は遠くに途絶えています。日本には人皇百二十五代天皇が現に居られ、祭祀は伊勢、宮中でかわりなく続いています。山田孝雄は民族の帰郷すべきところを求めた学者で、『国體の本義』は時の国家の要請に応じて書いた“道標”にすぎないと私は思っていました。あの人はたしか小学校しか出ていなかったと思います。こういう人は今は居りませんが、また次の山田孝雄は現われるのではないでしょうか。平泉澄が「それでは戦えない」と思ったとしたら、山田孝雄は「日本人が帰る故郷を示してやらなければ青年たちは死ねない」と考えたのではないでしょうか。これは自分の想像です。方向は違いますが、平泉澄と両輪のように思えます。

 民族と国家について心配しているなら自分が真剣に考えたところを率直に語らなくてはならない、といわれる西尾先生は「皇室のことは語ってはならない」という日本会議に連なる人々とご自身を対比されました。けれど、私は別の見方をしています。

 「硬直した皇室崇拝をいう保守」と「西尾先生」という対比は成り立たないように思いました。日本会議の人たちのいわゆる「天皇や皇室については語ってはならない」という態度はどこから出ているのか。意外と平俗な心のはたらきから来ているのではないかというのが私の推測です。硬直はしているが山田孝雄に似ていない。

 なぜか、この種の人たちは同じ態度になる。「皇室を語ることは憚られる」。かつて美濃部達吉が天皇機関説を唱えて学府を騒がしたとき沈黙を守った学者がたくさんいました。ほとんど黙して語らなかった上杉慎吉もその一人だと思われますが、「天皇は神聖にして侵すべからず」というあの一言を残しています。

 ただ上杉には自分はこれだという節度と自制が感じられる。黙して語らないのも一つの態度です。けれど、先生が指摘する日本会議派といわれる人たちのそれは、節度や爽やかさという感じがない。むしろ一種の臭気さえある。この臭気がどこから来るのかと考える。これではないかと思い当たるのは「君側の臣」の自尊心であります。

 「天皇」「皇室」については常に多弁でいる人たちである。そして統一見解のような空気を有している。けれど、いついかなるときも「君側」について物を言っているように聞こえる。「君側の臣」と「一般の日本人」とがある。一般の日本人には教えてやらねばならない。知らず知らずそのように振る舞っているのかもしれない。倨傲がわからないのかもしれない。

文責:伊藤 悠可

つづく

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です