新刊『民族への責任』について (七)

 お知らせ

日本文化チャンネル桜に出演します。

6月15日(水)22:00(一時間)   「大道無門」 渡部昇一氏司会 

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新刊『民族への責任』について (七)
民族への責任
 未知の女性からの手紙に私は次のような返事を認めた。私が未知の読者への返事を書くことはこれまで滅多にないことなのに、これは例外である。

 拝復

 あなたのお手紙を拝読して、妙に納得しています。少くとも不快ではありませんでした。罵倒されている趣きもあり、腹を立てるべきでしょうが、私が「日本国と日本民族が未だ存在している」という幸せな安心感の内部に包まれてこの本を書いているのでないことは、あなただってよくお分りのところでしょう。

 「貴方様は日本国と日本民族が未だ存在していると勘違いしているようですが」と書かれてありましたが、あなたがヨーロッパの大学の学位によって自分の人生を支えられると勘違いしている程度には、私も自分の住む国の歴史と文化がまだ辛うじて存在していると勘違いしても、そう間違っているとは思いません。私はあなたの雅子様への対抗心といささかの軽蔑感を興味深く思いました。そこからあなたのご出身の階級や郷土、ご両親のご身分など――まったく書かれていないだけに――いろいろ想像し、小説家的イマジネーションを働かせています。

 思い切って日本を切り捨て、外国で研究に打ち込んで、日本への幻想など露ほども抱かずに徹底して生きてみて下さい。その揚句の果てに、やっぱり日本に立ち還らなければ自分の存在を支えられないと思うか、そうならないで済むか、それは分りませんが、いや味なくらいの外国かぶれになることも、ひとつの生き方です。

 なにごとにつけ不徹底であることは稔りをもたらしません。私は足して二で割るものの考え方をするなとあの本の中で言いつづけましたが、今まで天皇について発言しなかった私の、今度の本における唐突なまでの皇室問題への言及が、あなたを刺戟したのかなと思いました。だとしたら、皇室はやはり鍵ですね。

 あなたが書いている内容よりも、私を侮辱するような言い方で何とかして私に噛みつこうとしているその動機にむしろ興味を覚えました。しかしよく分りません。もう少し素直に、普通に書いて下されば、もっとはっきり分るのにと残念でした。ただ『民族への責任』という近著に私は雅子さんのことをほとんど書いていないので少し変だな、という気もしています。

 外国で勉強をなさって「もう日本に帰らない」と断固意気がってみてもなにか心が満たされず、不安を未来に抱いて苛立っているお嬢さんという印象でした。

 どうかご自分の人生をもっと大事にしてやっていって下さい。
                                  
                                  不一

 もう一度この無礼な手紙を読み直してみた。それなりに筋が通っているのである。今の日本に非常に多い、独立心旺盛な知的女性の一人であることは確かだろう。そして、『民族への責任』を訴えた私の危機意識、最後の拠り所としての日本への熱い思いが、彼女をいたく刺戟し、立腹させたに相違ない。

 「日本と日本民族は、もはや存在しないのです」と繰り返されるリフレインが、なぜ西尾はこんな自明なことが分らないのか、このバカヤロと叫んでいて、今のこの国の知識層に例の多い典型的な反応の一つではないかとも思える。しかしそれでいて自分を必死に守ろうとしていてどこか痛々しさを感じた。

 普通のケースとは違った意味で私の心を打つものがあったので書き留める。

新刊『民族への責任』について (六)

 鎌倉市議を長くつとめた伊藤玲子さんが今度後進に道を譲り、人生最後の課題として、地方議員に保守系の新しい女性議員を次々と送り出したいと仰言る。自分の知っている議員になるためのノウハウを有能なご婦人に教えていきたい、ついてはそういう人を紹介しれもらえまいかといわれて私がすぐに思ううかんだのは、いうまでもなく長谷川さんである。

 伊藤さんにいわせると、世に議員になりたがる女性は多いが、大半が左翼である。これでは困る。保守系女性議員が増えないと、教育も行政も良くならない、と。

 この話を長谷川さんにしたら、保守系の女性はまず自分の家庭と家族を大事にするので、なかなか議員にならない。あるいはなれない。理由は簡単です、というのである。

 長谷川さんはお嬢さま育ちで、医者の奥様である。一男三女の母親である。家族と医院を支え、つくる会の広島支部事務局長をつとめてなおかつ「インターネット日録」によく時間が割けるものと感服する。

 さて、世の中にはさまざまな女性がいて、長谷川さんのような迷いのない強靭な人もいるかと思うと、迷いを見せまいとして迷っている、強気が表に露骨に出て、しかも決して愚かな人だとは思えないが自分の知力一筋に頼むあまり危くみえる女性もいる。

 未知の女性から一通の奇妙な手紙が来た。「本を読んでの感想」と封筒の裏に書いてあるので、期待をして開いたら、のっけから私をからかう言葉で始まる。何とかして侮辱しようと苦心している風が全文にみなぎっている。が、読み終わって、私はなぜか怒りがわいてこなかった。

 案外私と同じようなことを考えてもいる。私からそれほど遠いわけでもない。しかし書き方は徹底的に私を愚弄している。これは新しいタイプの女性かもしれないと思って、この手紙を紹介することとする。

 自著を出すと一つや二つ必ず面白いこういう手紙が届くものである。

 西尾博士殿

 貴方様ほどのエリートが皇室すなわち雅子様の虚像のキャリアや日本民族に関して完全な誤解をなさっておいでなのはもったいないことで貴方様ほどのエリートならば雅子様を本気で相手にするのも滑稽です。もっと狡猾にならなければなりません。

 雅子様は田園調布双葉編入、東大中退、オックスフォード大中退、外交官試験ノンキャリア受験、ハーバード大卒と言っても米国の大学の在籍期間は3年で学位は教養学位しかもらえないこと(ドイツの大学は卒業すると日本で言うならば修士号のレベルの学位が授与されますよね、私もドイツに留学していたので知っています)は皆が知っているしインターネットの掲示板では有名です。

 日本の一流大を卒業した雅子様より若い戦前の大地主などの旧家出身の女性達は皆海外の大学で博士号まで取得し様々な国際資格や難関の国家資格を取得すれば完全に雅子さまよりもキャリアが上になることを知っているので、もう誰も雅子様を相手にしていないし、地道に日々努力して自己研鑽しています。

 雅子様がドレスを着て華やかな皇室外交をしたいならしたいだけさせてあげればいいし、それで雅子様の虚栄心が満足させられ、戦後の米国による植民地化で肥え太らされた労働者階級(それは贅沢な小作人を意味する)が自分達の成功の象徴としてピザとティファニーを愛する雅子様が欧米できらびやかに活躍するのを熱狂を持って迎え、女系天皇が誕生して日本神話から連なる歴史が完全に途絶えれば雅子様は日本プロレタリア革命の女王として永遠に歴史に偉大なる功績を残すことになるのです。

 貴方様は日本国と日本民族が未だに存在していると勘違いしているようですが、日本国なんていう国は、もうずいぶん以前から存在しなかった。この国はナポレオン帝国下のワルシャワ公国と同じであり、戦前の地主などを支持基盤とする最も保守的であるはずの自民党、行政機関、皇室こそが最もワルシャワ公国なのであり、日米安全保障条約は双子の赤字を抱える偉大なる世界の基軸通貨ドルを外貨準備に持ち、そのドル資産で世界一の外貨資産の保有者だと誇る累積債務財政赤字国家日本と米国との間の連隊保証債務と同じです。

 連帯保証人は、金を借りたひとが金を返せなくなったら代わりに金を返してあげなければならない。二つの大学中退という華麗なるエリート・キャリアを持つ米国帰国子女雅子様は双子の赤字を持つ強い米国ドルの象徴であり皇太子は円の象徴であり二人の結婚はドルと円との完全な愛の結晶を意味し、この連隊保証債務によるオーストラリア・ハンガリー帝国は力強い米国株式相場に支えられて永遠に繁栄するのです。

 私は今二つ目の学位(一つ目はドイツ哲学、そして今は経済学)を取得している最中ですが、この後修士号を取得したらスイスのロザンヌ大学で博士号取得を目指し、もう日本には戻ってこないつもりだし、私の友人達にも米国以外の海外で博士号取得を目指して真の国際人になって二度と日本に戻ってこない方がいいと勧めています。

 連帯保証人には近づかない方がいい。私は靖国の英霊達が、もう自分達の郷土と自分の生家と自分の氏神と郷土の地主神だけを守って自由に羽ばたいてくれと言っているように思えてなりません。貴方様のようなエリートが幾ら頑張っても日本国と日本民族は、もはや存在しないのです。

 日本が再び生まれ変わるとき、それは米国ドルが暴落して米国株式市場が崩壊し、米国が世界の覇権国でなくなるときです。でも、そのときの日本は、もはや古代神話から続いた日本ではなくなるのではないかと私は思っています。大和朝廷による神話が成立する以前の、その郷土、その郷土の守り神と長い歴史を土台にした新しい国が生まれる可能性はあると思います。

                                (原文改行なし・適宜改行)

新刊『民族への責任』について(五)

長谷川「例えば、国旗国歌に言及しなくては、わが国の歴史の教科書とはいえません。驚くべきことに、八社中六社までが何の記述もありません。・・・・・・・また文化の基本は国語です。日本語の起源に詳しく言及しているのも扶桑社のみです」
 
 さらに歴史上の人物について、文化史の記述について、分量、質ともに他とくらべて扶桑社版が群を抜いていることは一目瞭然である、という数字上の事実を資料で説明した。
S「国旗国歌なんて、法制化はつい最近なされたばかりだから、歴史教科書にのせる必要はない。国歌のほうはまだ異論がいっぱいあって、教科書に書くべきことではない。それに神話上の人物が挙がっているが、神話は歴史じゃないから、書くことは許されない」
K「でも、日本にはあちこちに神社があるのですから、神話上の人物を教えることも大切ではないですか」
長谷川「東郷平八郎は国際的にも高い評価を受けてきたのに、扶桑社以外の教科書には登場しません。それでいて、名前を初めて聞くような、読み方もよく分らない人物、外国にとってだけ重要かもしれない人物がたくさんとり上げられています」
K「そうですよ。東郷平八郎は教えるべきです」
K氏はときどき助けてくれるが、話が途切れて、長くはつづかない。
K「扶桑社本がいいと思いますよ。日本は自信をもって生きていかなければならないんだから、私もこの教科書でいきたいですね」

 そう言ってくれるが、それ以上の支援はない。教育長は答申尊重を何かの一つ覚えのように繰り返すのみである。教育委員長は司会進行役で、自分の意見をいっさい言わない。議論が燃えあがり、壁につき当たり、しばし沈黙が支配する。夕方までもめても、どうしても噛み合わない。

 教育長は次のように何度も同じことを言った。
「ともかく教科書は教員が使うんだから、教員がいいと思うのが一番いい」
長谷川「じゃあ、教育委員は何のためにあるのですか」
教育長「いや、教育委員は大切なお仕事です。みなさんを尊重していますよ」
長谷川「こんなお飾りでは意味がありません」

 日本のどこをみても、どの角度からみても、どうも教育長が最大の闇の役割だということがわかる。
S「長谷川さんの異論は、選定審議会に報告しておきましょう。答申の結論は変えられませんよ」

 K氏はもうここまでくると反論しない。

 夕方になり、ついに最後に採択についての議決に入った。ただし票決はしない。議決文書が卓上に出される。教科書の各一冊ずつの正否の判定ではない。小学校と中学校の分を二つに分けて、それぞれの全部を合意するかどうかが問われる。長谷川さんは、「他の教科書に関してはいいですが、中学校の歴史と公民に関しては賛成できません。そう議事録に留めて下さい」

 K氏はそのときにはもう何も言わなかった。印鑑を捺(お)すというのでもなく、肯(うなず)いて終った。
「教育の荒廃を治すのはここにあると思って頑張ってきたのに、とても残念です」と彼女は最後にひとこと言い添えた。

 当「日録」の管理人の長谷川さんがどういうお人柄の方かは読者はお分りになったであろう。一部のつくる会関係者の間ではその行動力が高く評価されている。そういう人でなければ「日録」をこつこつと支えて4年目にも及ぶということがどうして出来るであろう。

 信じることに靭く、そして生きることに熱い稀有な方である。しかも美人である。

新刊『民族への責任』について (四)

 前回につづき本からの直接の引用である。

 長谷川さんはただ一方的に押し切られそうなその場の雰囲気を恐れたのである。さっそく電話で県の教育委員会に「しぼりこみ」の意味いかんを問い合わせた。指導第一課の門田(もんでん)剛年氏は市の課長と同じような答を言うばかりだった。長谷川さんが「一位をきめて報告するのはどうですか」というと「選ぶための諮問ですから、当然どれを選んだらよいかという判断ができなくてはなりません。だからそれは構わないのです」「判断するのは教育委員ではないのですか。だから順位づけしてはいけないはずだったと思いますが」「順位づけは構いません」というような応酬だったらしい。

 しかし、同和問題対策のため旧文部省から送り込まれた、辣腕(らつわん)だった県の前教育長辰野氏がきめたルールとは真向から対立する話である。辰野氏は少し前に広島県から転出した。たちまち元のもくあみということか。

 7月20日、廿日市市の臨時教育委員会が開かれた。メンバー構成を言っておくと、教育委員関係は五人で、教育長、教育委員長、教育委員S氏(広島大学名誉教授・生物学)、K氏(元中国電力常務。会社社長)、長谷川真美氏。それから行政から市の教育部長、教育総務課長、学校教育課長、ほか事務局の担当係。

 会議の冒頭、目を剥くような驚くべき発言が学校教育課長からとび出した。
「歴史の教科書はすでに検定を通っているのですから、どれもみな同じで、歴史の内容については今日はご議論いただくことは控えていただきたい。われわれは政治的に中立でなくてはならないので、教科書の内容に踏みこんだ討議は本日は行えません」
「それなら何を論じるのですか」とある委員。
「子供にとって分り易いとか、先生たちが教え易いとかに関してです」
教育長がここでひきとった。
「つまり、歴史観で選んではいけないということです」

 あまりのことに長谷川さんは唖然として、開いた口がしばらく塞がらなかったらしい。

 地方の小役人どもが何かを恐れ、必死に難を避けようとして、歴史の教科書の内容はみな同じなのだから、挿絵がきれいだからとか、図表がわかりやすいからとか、そんなことだけで討議せよ、という。しかし実際の教科書は、内容的に極左から中間左翼まであり、扶桑社本がそれらのすべてと対決している。なぜ逃げるのか。歴史の内容を論じなくて何で歴史の本の選択ができるであろう。私はおどおどした小役人の立居振舞いを笑ったゴーゴリーの風刺小説を思い出した。広島県廿日市市は帝政末期のロシアなのだろうか。
「それはおかしい」と教育委員のS氏が怒りだした。「このあいだは選定審議会から一方的なお話を伺っただけなので、今日はわれわれの側できちんとした討議をしたい」

 朝の9時半から始まって、中学の部に移ったのは昼すぎであった。

 長谷川さんは用意していた原稿に基いて、約10分意見を述べさせてもらった。
〈教育荒廃に際し、教育委員の果すべき役割は大きい。自分は“教育委員はただのお飾りか”という文章で疑問を表明したことがある。教科書を選ぶことは教育委員にとって最も大切な仕事である。文部科学省の学習指導要領をこそ採択の基準にすべきなので、そのことを市の採択要綱の文言に入れるようにお願いしたら、それは大前提だから入れなくてよいというお話だった。けれどもわが国の国土と歴史に対する理解と愛情を深めるようにという学習指導要領の精神で、はたして廿日市市の答申は書かれているだろうか。扶桑社版では生徒はただ暗記するだけで、考える内容が非常に少ない、と答申にあるが、これはまったく逆の評価で、出来事、背景、影響というものの材料を扶桑社のようにたくさん与えて初めて、生徒に自分自身で考える力を養うことが出来るのである〉

 大略こう述べて、学習指導要領の大きな目標を掲げた一文をコピーで配り、
「この精神に添うような内容の教科書は扶桑社しかありません。私は本委員会に出された答申を差し戻したい」
教育部長が「差し戻されても困る」という大きな声をあげた。教育部長、教育総務課長、学校教育課長が立ち上がって教育長の所に集まり、こそこそと話し合った。
「差し戻しがまったく出来ないわけではありません。ただきちんとした新しい答申を出せるかどうか分りません」
と部長が困惑した顔で、とりなすように言った。

S「長谷川さんは何が問題なのか、具体的に例をあげて言ってくれ」
長谷川「自分が調査した結果を発表していいですか」
S「どうぞ」

新刊『民族への責任』について (三)

民族への責任 さて、今回の新刊については、版元の徳間書店のお許しを得て、約8ページに及ぶある部分をそっくり全文掲示することが可能になった。

 「西尾幹二のインターネット日録」の読者にとって管理人の長谷川さんのお名前は馴染みだろうが、どういう方なのか、私とどういう関係にあるか、私がなぜ彼女に全幅の信頼を置いているのか、分らないという人も少くないであろう。現にオピニオン板にそういう疑いの書き込みがあったので、信頼への由来を明らかにするよい機会と思えてここに全文8ページを掲示する。長谷川さんがドラマの主役となって登場するシーンである。

 本当はこう書いて読者の気を引いて、あとは本を買って読んでくれ、と言ったほうが有利なのだが、この本は他にもいっぱい面白い売りの部分があるので、ケチケチしない。ここは全面公開といこう。

 

 広島県廿日市(はつかいち)市は単独採択区である。県から教科書採択の委託を受けた市の教育委員会は、選定審議会(校長代表、PTA連合会長、学識者という名の元校長二名等から成る)に責任をまる投げした。さりとて選定審議会は自ら教科書を読んで、研究するわけではない。調査員と称する中学の教師に再び責任をまる投げした。調査員は各教科ごとに五人いる。彼らのみが教科書を読んで、報告書をつくる。選定審議会はその報告書の答申に黙って従い、文句をいわずに上にあげる。教科書を実際に見てもいないのだから、何かをいえるわけがない。かくて報告書の答申はそのまま教育委員会にあがってくる。教育委員たちも教科書は展示場でみる以外には接する機会がない。よほど熱心な委員以外は展示場に行かないし、行っても小中学の教科書ぜんぶ見るのは百時間かけてもできない。そこで委員会になると、答申を承認するといって、教科書を見もしない人がパチパチと賛成の手を叩く。これが前回までのやり方で、今回もほぼこの通りで行きそうだった。

 前回、教育委員長が冒頭、教育委員会は時間がなくて開けなかったので、「専決処分」したから委員のみなさま、このままどうかお認めください、という妙はことばを使った。教育委員会は開かれていなかったのに、教育長が任されて決定したという形式だけを踏もうとしたからだった。

 廿日市市教育委員の長谷川真美さん(主婦)は、市教育委員会規則の「教育長の事務委任」の条項中に「教科書採択は除く」とあるのを発見していた。そこで、今回はあらかじめ教育委員長に逃げ道を封じるべく釘をさしておいた。パチパチとみなで拍手して終り、つまり審議もせずに事後承認、というわけには今度はいかない。

 しかしあがってきた報告書の答申を見ると、総評が書かれていて、一番下の枠に、中学の歴史は東京書籍がよいと考える、と書かれてあった。教育委員会にあがってくる前に、一、二社にしぼりこんではいけない、というのが、文部科学省の指導方針だったはずだ。長谷川さんはびっくりして、「これは『しぼりこみ』ではありませんか」
と問うた。事務局側を代表して、学校教育課長が、
「いえ、これは『しぼりこみ』ではありません。『しぼりこみ』というのは、調査委員の研究段階で、あらかじめ何社かを外して、数社にしぼりこんで比較調査をすることをいいます。調査の段階では全社を扱っていますから、『しぼりこみ』ではありません」
長谷川「でも順位づけをしているではありませんか」
課長「調査の段階では順位づけもいたしておりません」
しかし現に東京書籍が一位として示されているのだから、いけしゃあしゃあとよく言えたものである。
長谷川「じゃあ、出された答申はこの委員会で変更してもかまわないのですね」
課長「委員たちの話合いによって、可能ではあります。しかし、答申は重んじられなければなりません」

 教育長がその通りだ、と口を挟んだ。彼はその後も何度も答申の尊重をくりかえし強調した。
課長「県の教育委員会から『しぼりこみ』をしてはいけないと指導されていますが、これは『しぼりこみ』ではないし、こういう研究報告の仕方をしてはいけないとは指導されておりません」
長谷川「今日のここから先の討議は延期していただけませんか。中学の歴史・公民は国際問題にもなっていて、慎重に審議したいので、7月20日に延ばして下さい」

新刊『民族への責任』について (二)

以下の3点において日録をリニューアルします。

(一)[ブログとしての日録本体]
1)西尾幹ニのコラム 
2)新人のコラム(不定期・週1回予定) 
3)海外メディア記事の紹介(不定期)
日本に関する海外メディアの記事をピックアップして日本語に翻訳して紹介

(二)[会員制サイト設置]

(三)[オピニオン掲示板について]
上記の変更により、オピニオン掲示板は日録のコンテンツから外れ一般リンクへの組み入れとなります。

*詳細はここを御覧ください。

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 新刊『民族への責任』について (二)

 もう一度目次を見ていたゞけるとありがたい。

 今度の私の本には経済問題がかなり大きくクローズアップされている。日本の未来はこの面でも危い。

 本の帯広告には次のように書かれている。出版社の編集部が考えたキャプションである。

日本をいかに衰滅から守るか――
この一冊の本が日本人の運命を決める。

皇位継承問題、会社法改正、中国のガス田開発、歴史教科書と中国・韓国の反日気運、そして少子化の不安……、内と外から日本を揺るがすこれら一連の出来事は相互に関連がないように見える。しかし、その背後には「敵を見ようとしない日本人」の姿が見え隠れしてはいないか。立ちすくむ民族の性根を鋭く見据え、戦後60年の空白を撃つ警世の書。

 第2部に教科書採択のなまなましい体験記をまとめてのせた。4年―5年前の文章だが、今までどの本にも収録しないで今日という日を待っていた。

 けれども私の問題意識が「教科書」をはるかに越えて、先を見ていることは読者もすぐにお気づきになるだろう。

 第六章「平和のままのファシズム」は現在の、未来の日本の危機を予言していたつもりだ。冷戦の崩壊後、自由が勝利して、なぜ自由はいままた不安な暗雲に閉ざされだしているのか。

 付録3に「歴史認識」に関する私の発言の全リストを掲げたが、最も古い新聞の文章は1988年5月である。リストにある題目だけ見ていても、「歴史認識」の歴史が一望できるだろう。

新刊『民族への責任』について(一)

 先日西荻窪の飲み屋「吾作」で宮崎正弘氏と、一夕歓談した『民族への責任』(徳間書店¥1600)の見本が自宅に届けられていたので、一冊持って行ってお渡しした。そうしたらもうたちどころにメルマガに書評を書いて下さった。

 自著を、自分で紹介するのは難しいので、氏の書評を掲げさせていただく。そしてその上で、目次を掲示する。

 なおご好評いただいていた「宮崎正弘氏を囲んで―中国反日暴動の裏側」はまだ終っているわけではない。あと6~7回は連載される。

<<今週の書棚>>
西尾幹二『民族への責任』(徳間書店)     宮崎正弘

民族への責任最初に本書の独特な構成に気付かれる読者が多いだろう。
 四年前に書かれた一連の雑誌論文と、最近書かれた論考が、あたかも一対になって比較できる編集上の構成は、意図的な配置であると思われる。
 過日、杉並の居酒屋でご一緒したおりに、やおら西尾さんが鞄から出されたのが、この新刊だった。かなり分厚く活字もぎっしり。通読に時間がかかりそうだった。そこで小生は講演旅行に携行し、時間をみつけてようやく通読した。
 本書が扱うのは皇位継承、会社法改正、中国のガス田開発、中国・韓国の反日デモ、さらには少子化問題と対策にまでテーマが拡がる。一見、整合性がないように見えて、じつは四年間のブランクを一挙に埋める、つまり日本人に共通する自由の不在についての批判に纏められ、その狙いは通底するのである。
 教科書問題は北京とソウルの指令によって教育委員会の現場で採択されている。現場の委員達には脅迫まがいのFAXや電話が集中し、決断を示せない。
 大事なことを多くの教育委員が決断できないのである。
大げさな表現ではない、あのやる気のない文科省の役人をみていたら、こういう結果は予想できたことだった。
 教科書以外の問題も、「いずれも待ったなしの決断を迫っているテーマ」であり、日本を衰弱から守るための「悲しいまでの裁定の条件」であると西尾氏は言う。
 だが政治はつねに問題を先送りして次代に無責任にバトンを投げ、「どこかから吹いてくる政治の風にあわせて自分の道徳を政治に合わせた」。
保身に陥り、現実の解決を逃げた。
「現実には存在しない何らかの空想を選んで、しかも道徳や思想や教育の名においてそれを実行する。そうすることで、自分が道徳や思想や教育の『基準』をつくっているのだという恐ろしさの自覚すらない」。
 これが西尾さん特有の語彙によれば「平和のままのファシズム」である。同じことをすでに四年前にも書かれていた。
しかるに状況は四年前もいまも不変であり、「政治的道徳家は群れをなし、後から後から登場する」と嘆かれる。
教科書採択の決断のシーズンが四年ぶりにやってきたのに国民の危機意識は希薄であり、「やるか、やらないか」を一日延ばしにしてきた。小泉政権はやることをやらないで、やる必要のない郵政改革、道路改革という「粗悪品法律」の濫造という政治をしている。
中国についての危機意識も鋭敏であり、日本はいかにして自分たちの衰亡を防御するかを考えるべきであるに対して「中国はいかに自己の過剰と欠乏を調和させるかが究極の課題である」。
したがって「日本人と中国人の間には生命のリズムという点での共通性はなにもない。どちらにも危機があるが、その内容と性格を異にしている。日本人と中国人の間では、深い精神的な意味での共同作業は考えられない。『東アジア共同体』などというばかなことを言うのはやめたほうがいい」
 ついでながら本書52ページには小生も登場するが、その部分ははしょって、つぎに女性天皇擁護論批判の一節。
 「皇室の『本当の『敵』がみえないままで『皇室典範』に手を加えるのは、外敵に気付かぬままに国境を自由開放するのにも似ている。中国問題で奥にいる『敵』の仕掛けが見えない不用意な外務官僚』」もまた文科省の役人同様である。要するにかれらは「開かれた社会の自由が恐ろしいのである。自由に背を向けて、『閉ざされた社会』のシンボルやイメージに取り巻かれて、自分を守っていたい」のだ。
 現代日本への痛憤、悲嘆、哀切。読んでいて未来が悲しくなる。救いがない役人たちに政治教育道徳をまかせておくのはもう止めなければ、日本は衰退を免れないだろう。

 過分のことばを数多くいたゞき、宮崎氏には心より厚く御礼を申し上げる。

 このご書評の中に出てこないテーマや内容もあるので、まだ書店でご覧になっていない方のために、目次をお示しする。

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   目  次   民族への責任

中韓の反日暴動と歴史認識――序にかえて――

第1部 平成17年(2005年)

 第一章 民族の生命力をいかにして回復させるか   
    ――性と政治の関係

 第二章 領土問題           
    ――和を尊ぶ日本的美質ではもう通らない

 第三章 皇位継承問題を考えるヒント    
    ――まず天皇制度の「敵」を先に考えよ

 第四章 ライブドア騒動の役者たち     
    ――企業、司法、官庁に乱舞する無国籍者の群れ   

 第五章 怪獣は四つの蛇頭を振り立てて立ち現れた 

 第六章 アメリカとの経済戦争前夜に備えよ   
    ――日本の資本主義はどうあるべきか

 第七章 韓国人はガリバーの小人   

 第八章 第四次世界大戦に踏みこんだアメリカ  
    ――他方、北朝鮮人権法で見せた正義

第2部 平成13年(2001年)

 第一章 歴史の矛盾     

 第二章 文部省、約束を守ってください   

 第三章 売国官庁外務省の教科書検定・不合格工作事件  

 第四章 われわれのめざしたのは常識の確立  

 第五章 『新しい歴史教科書』採択包囲網の正体

 第六章 平和のままのファシズム  

 付録1 歴史を学ぶとは――扶桑社版『新しい歴史教科書』序文  
   2 教科書検定・不合格工作事件(平成12年)の略譜  
   3 「歴史認識」問題に関する西尾幹二の全発言リスト  

 初出紙誌一覧  

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 「領土問題」には地図が、「皇位継承問題」には皇室の略系図がのせられてある。後者は所功氏のご指導もいたゞき、苦心のうえつくり上げた3ページの自信作である。

 伏見宮家が南北朝時代に始まり、戦後GHQの指令で廃された11宮家の基で、今上陛下の系譜とは別であることはよく知られていると思う。今上陛下の系譜は江戸時代に新井白石が断絶を恐れて考えだした閑院宮家の流れをくむ。つまり、このとき緊急避難的な措置がすでにとられているのである。

 こうして生まれたのが第119代光格天皇だが、今度調べていて面白いと思ったのは、置き去りにされかけた系譜から光格天皇の皇后が選ばれていることである。過去にはいろいろな工夫がなされていることが分った。

 有栖川宮、桂宮は江戸時代に絶家し、伏見宮家のみが敗戦まで宮家でありつづけた。孝明天皇の妹に皇女和宮がいることは有名だが、その姉君の淑子内親王は桂宮家を継ぎ、女性で宮家の継嗣となった珍しい例である。しかしそれゆえであろうか、ここで絶家している。女性天皇の行方のあやうさを暗示していないだろうか。

 現在、三笠宮家の宣仁親王が桂宮と呼ばれているのはなぜかと不思議に思っていたら、これは祭祀継承といって、お祭りごとだけを引き継いでおられるのだと所先生に教えてもらい、成程と合点がいった。

 皇室の系図は入り組んでいて難しい。まあざっとこれくらい頭に入っていれば、一番肝心な議論にはこと足りる。大切なことはこのままでいけば20~30年後に皇室の「敵」が巨大な姿を現わすことだ。それは現代日本の社会意識そのものに深く根を張って、巣くっている。

 天皇家も迂闊であり、不用意であったと今にして思う。もうひょっとしたら間に合わないかもしれない。

東大文学部への公開質問状

 八木秀次さんとの共著
『新・国民の油断』(PHP研究所)に、「上野千鶴子」問題で、付録3として東大文学部に対し公開質問状を掲げている。

 同書は現在のところ三刷で1万3000部である。今の時代に多いといえば多いが、人が気づくには少いといえば少い。インターネットの伝播力を期待してここに再掲示する。

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 公開質問状

 「上野千鶴子」問題(本文169~178ページ、212~217ページ、225~232ページ参照)については、東京大学の社会的責任を問う必要があると考えます。

 『女遊び』(口絵6上、本文172~178ページ参照)は、上野千鶴子氏が東京大学文学部教授会に迎え入れられる前、平安女学院短期大学教員の名で出された本で、東京大学の資格審査の際の参考文献に当然なっていたはずですから、同書と同書著者を受け入れた社会的責任が、東京大学文学部長と社会学科主任教授とにあると思います。もちろん、それに先立ち、文学部教授会全体にも社会的責任があります。

 憲法で「表現の自由」と「学問の自由」は保障されていますが、表現の「評価」は無差別ではありません。社会的影響力の大きい機関は「評価」に対し、当然、社会的責任を有しています。

 『女遊び』がどのような文献であるかは本書中で紹介したとおりで、必要なら古書でなお入手でき、再調査が可能でしょう。関係各位はご調査のうえ、判断や評価が適切であったか否かを、いまあらためてマスコミにおいて公表してほしい。

 もちろん機関としての判断決定の見直しは、いかに失敗であるとはいえ、もう時機を失しているでしょう。けれども、文学部所属の教授たち、ことに社会学科所属の関係者が上野千鶴子氏の「評価」の見直しを、己の学問的良心に照らして再度ここで行うことは可能です。私たちのこの提案に対し、開き直って彼女を礼賛するか、賛同して彼女を批判するか、いずれも自由ですが、沈黙するのは社会的無責任の表明と見なします。開き直って礼賛する人の論法は見物で、いまから楽しみにしています。

 なお、『女遊び』は学術的著作ではないので、審査対象からは外していたという見え透いた逃げ口上は慎んでいただきたい。業績の少ない若い学者の資格審査においては一般著作も参考にすべきで、それを怠ったとすれば、かえって問題です。

 まして『女遊び』は、上野氏のその後の反社会的思想と日本社会に及ぼしている悪魔的役割と切り離せない関係にあるだけに、見逃したという言い方は弁解としても成り立たないと思います。

平成16年12月8日
                               西尾幹二・八木秀次

【東京大学文学部 学部長および社会学講座教員】
●平成4年 文学部長 柴田翔 /社会学教授 庄司興吉 /助教授 盛山和夫/似田貝香門
●平成5年 文学部長 西本晃二 /社会学教授  庄司興吉 /助教授 盛山和夫/上野千鶴子/武川正吾/似田貝香門
●平成6年 文学部長 藤本強 /社会学教授 庄司興吉/ 似田貝香門/稲上毅/盛山和夫/助教授 上野千鶴子/武川正吾
●平成7年 大学院人文社会系研究科長・文学部長 藤本強 /社会学教授 庄司興吉/似田貝香門/稲上毅/盛山和夫/上野千鶴子/助教授 武川正吾/佐藤健二
『全国大学職員録 国公立大学編』(廣潤社)より

上野千鶴子氏・略歴
昭和23年(1948)年7月12日生まれ。石川県立二水高等学校卒業。昭和47年、京都大学文学部哲学科社会学専攻卒業。昭和52年、同大学院文学研究科博士課程単位満期退学。同年、京都大学大学院文学研究課研究生。昭和53年、日本学術振興会奨励研究員。昭和54年、平安女学院短期大学専任講師。平成元年、京都精華大学人文学部助教授。平成5年、東京大学文学部助教授(社会学)。平成7年、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授(社会学)

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 以上の通りである。広い読者の注意を喚起したい。ここで取り上げている『女遊び』がどういう本で、なにゆえに公開質問状で関係機関の責任を問うまでしたかは、『新・国民の油断』を見て、判断していただきたい。

 同書は1月26日刊で、年初に東大文学部長と社会学科主任教授には版元より贈呈されている。

 あらためて彼らの社会的責任を問いたい。

『人生の深淵について』の刊行(五)

 日垣隆さんが『人生の深淵について』を、ご自身の会員制のホームページで取り上げてくださっていることを知った。関連部分が知人から送られてきたからである。

 有料サイトを無断で引例するのは失礼かもしれないが、拙著に関連する部分だけなのでお許しいただきたい。

 日垣さんは1954年生、初期の作品『〈檢証〉大学の冒險』を拝読した覚えがある。その後随分本を出されている。文藝春秋読者賞、新潮ドキュメント賞などの受賞者でもある。近作では『世間のウソ』(新潮新書)、『売文生活』(ちくま新書)が話題である。

 ことに後者は漱石の時代以来の作家の原稿料の研究を通じて、日本の著述世界の特徴を描いた作品だとの紹介があったので、面白そうだな、読んでみたいなと思っていたところだった。

 日垣氏は私について次のような記憶を語っている。

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 『日本の教育 智恵と矛盾』(中公叢書)で臨教審を批判した氏が、その後、中教審のメンバーを引き受けたこともちょっとした事件であったが、そのなかで果たされた努力と孤軍奮闘は、それ以上に鮮烈な出来事だった。中教審での役人に対する絶望の深さと、転んでもただでは起きぬ強靭な論理的提言力は『教育と自由』(新潮選書)と『教育を掴む』(洋泉社)に結実する。
(中略)
 氏の名を知る若い人は、せいぜいかつての「朝まで生テレビ」でのやや頑迷な物言いや、「新しい歴史教科書をつくる会」での抗争を思い浮かべるかもしれない。私にとって西尾氏は、思索の人であり、数少ない論理的な日本語の書き手である。

 以下、最新刊『人生の深淵について』(洋泉社、2005年3月刊)から引用する。

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 私は自分の本の中から自分で引用して、これは名言だろう、ここをぜひ読んでくれというわけにはいかない。しかし日垣さんのような人が抜き書きしてくれた箇所を引用することは許されるだろう。

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 《生産的な不安を欠くことが、私に言わせれば、無教養ということに外ならない。それに対し絶えず自分に疑問を抱き、稔(みの)りある問いを発しつづけることが真の教養ということである。》(「教養について」同書P198)
 
 《退屈は苦痛であり、退屈をなくすために人類は暴動を起したり、わざと自分の身を傷つけたり、果ては自殺するようなことさえ敢えてして来た。退屈がわざわいの根源であることは、古今の知恵者が倦(う)むことなく語って来た通りである。けれども、もし人が目の前に起こるたいていの出来事に退屈を感じないでいられるとしたら、その人の精神がむしろ貧弱であることの現われだし、いかなる事柄もいっさい退屈を感じないのだとしたら、痴呆にも近い。人間が退屈を感じるということは、まさに、知的活動をしている証拠なのである。
 
 知性の中には人間を複雑にし、不活性にする要素もあるが、また人間を冒険に駆り立てる要素も含まれている。知的冒険ほどスリルに満ちたものはなく、いったんこの味を覚えた者は、他のどんな仕事も、労働も、単調に見え耐え難いであろう。(中略)
 
 たしかに世の中には、自ら退屈することを知らぬほどすこぶる精力的で、忙しく立ち働き、この人生が面白くてたまらぬという顔をしている、じつに退屈な人種がいる。自ら退屈しない人間は、いつの世にも、他人を退屈させる存在である。》(「退屈について」同書P88~91)
 
 《すべての人間に人間としてのぎりぎりの自尊心が保障されたことは、いわば「近代」の証しであり、文明の勝利であろう。しかしそこにまた別の問題が生じた。万人に等しく自尊心が保証されたときに、自尊心の質も下落し、これだけはどうしても譲れないという自分に固有の領分に、誇り高い孤高の薔薇が開花することは難しくなった。
 
 人間がみな隣人仲間と同じように扱ってもらうだけで満足するのならば、ひとり高い自尊心を掲げ、それゆえに深く傷つき激しく怒るという人間の情熱は、尊重されなくなるだろう。しかしこれまで偉大な思想を生み、偉大な業績をあげて文化に貢献して来たのはこうした孤高の自尊心の持ち主たちに外ならないのである。》(「怒りについて」同書P14)
 
 《一般にマスコミ関係者や大学の知識人や評論家やジャーナリストは、政治や経済の実験から切り離されている。収入も低く、知的にのみ秀れていると自惚(うぬぼ)れている人が多い。そのために、概してこの内向的復讐感情(ルサンチマン)の虜(とりこ)になりやすい。新聞・週刊誌・テレビなどのなんとなく反体制的に偏向した編集の仕方を、そうした背後の心理原因から眺めてみる心掛けも大切である。
 
 人間にとってどうにも解決のできない困難な相手は、社会的・政治的な課題ではなく、自分という存在に外ならない。自分ほどに困った、厄介な相手はこの世にいない。〔中略〕
自由を妨げているのは自分であって、自分の外にある社会的障害ではない。》(「宿命について」同書P170~171)

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 日垣氏は同文の他の個所でこの本は「名著」だと言ってくれている。

 しかしなかには三木清の「人生論ノート」を思い出させて、しゃら臭いと言わんばかりの皮肉を言う友人もいる。人さまざまである。三木清とは似ても似つかぬ心の世界を展開していることは、読んだ人には誤解の余地はあるまい。

 徳間書店の元編集長の松崎さんが良質の短編小説集を読んだときのような読後感がある、と言ってくださった。つまり、読み易い一冊であり、哲学書ではないのである。

『人生の深淵について』の刊行(四)

お知らせ

 ★出版 5月号の月刊誌の私の仕事は次の二作である。

(1) ライブドア問題で乱舞する無国籍者の群れ
  『正論』45枚 短期集中連載「歴史と民族への責任」第3回

(2) 日本を潰すつもりか――朝日、堀江騒動、竹島、人権擁護法――
  『諸君!』45枚

 ★出演 4月8日(金)午後9時~10時 日本文化チャンネル桜 
 私が次のトーク番組に単独出演します。ミュージック・スペシャル(第一回)
  司会 烏丸せつ子(女優)、扇さや(ジャズ歌手)

 私の少年時代、喧嘩、初恋、好きな女優、好きな音楽、好きな映画、カラオケなどを語る。そして私も一曲歌います。
(チャンネル桜をごらんになりたい方は Tel 03-6419-3911へ)

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 『人生の深淵について』の刊行(四)

 私は道徳というものが嫌いである。正義も嫌いだが、道徳が顔を出すと、人間を考えるうえですべてが台無しになる。

 この本の冒頭は「怒りについて」と名づけられている。怒りは恐しい。人は怒りに駆られると何をしでかすか分らない。自分を制御できなくなった怒りは身を亡ぼす。現代では犯罪の現場以外に、そのような怒りの爆発の機会はない。

 怒りは文明のオブラートに包まれて、個人生活の奥の方にそっと隠される。この自己隠蔽は、現代人が自尊心を失っていることとある意味でパラレルである。

 大きな自尊心を持った人だけが後世が驚く大きな業績を達成する。しかし大きな自尊心はまた同時に一身を破滅させる危い感情と隣り合わせでもあるといっていい。

 つまり真に価値のある行為は危険と一体で、道徳とは関係がないということを私は言いたいのである。道徳は人間の行為を小さくする。

 自尊心を傷つけられ、怒りで判断を失うようなことは、誰でも人生のいろいろな場面で遭遇するだろう。が、それを恥じてはならない。それくらいの愚かさを持たない人間の自尊心はたいしたものではないのだ。

 「道徳的」であることや「社会的に正しい」ことはこの場面では次元が低いのである。高い宗教心を持つ者も道徳を決して尊重しない。道徳は信仰の妨げである。信仰は危険に生きることを内に含むからである。

 さて、私の本が人生の「深淵」についてと題した理由はここから察していたゞけよう。「深淵」とはきわどい場所であり、辷って足を踏み外したら、あっという間に奈落へ落っこちてしまうこわい場所である。

 私の本は「怒り」につづけて、「虚栄」「孤独」「退屈」「羞恥」「嘘」「死」「宿命」「教養」「苦悩」「権力欲」についてそれぞれ考察している。どの語もきわどい場所を示している。「人生の深淵について」という言葉の意味が何となくお分かりいたゞけるだろう。

 完本作成のための試みなので、一般誌紙の書評の対象にはならないと思っていたら、『週刊文春』(2005、3、31)に小さな記事が出た。

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 昨今流行の浅薄な人生相談の類ではない。個人的体験と歴史の相関をふまえ、内省を重ね抽出した“モラル”の本である。保守思想家として有名な筆者の、厳しい精神修養の足跡も感じさせる。

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 それからAmazonのレビュー欄(2005、3、16)に書評(筆者kitano daichi)が出た。その一部に次の言葉がある。

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 この本が解き明かしているのは、人生の様々な問題の結論や解決では決してない。生きることのどうにもならない理不尽さ、生きる意味を知らない苦しみ、死の恐怖・・・・・軽薄な励ましに満ちた人生論が多い中、本書の人生を誠実に見つめる姿勢に深い共感を覚えた。

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 どちらも読者に甘いことばを囁くたぐいの人生論ではないと言ってくれているのは有難いし、当っている。

 その意味でこの本のカバーに大きい文字で「生きることに不安を感じ、迷ったとき思わず手にとる本がある。それが西尾人生論だ!」は必ずしも正確ではない。むしろ「生きることに自信を感じ、気力充実しているときに手にとるべき本がある。それが西尾人生論だ!」というような言葉を掲げてくれた方がこの本の実際に近いだろう。

 この本を読むにはそれなりの勇気が要るからである。おどかしているのではない。心の奥に「驚き」を感じて欲しいからである。弱い心はただ読み過ごすだけで、驚いて立ち停まることを知らない。プラトンは「驚き」こそがものを考える泉だと言っている。

 その意味で宮崎正弘さんの「国際情勢・早読み」(2005.3.11)に付記された書評は、拙著が氏の心の奥に触れたことを示す文言があって嬉しかった。

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 本書に収録された文章の幾つかは扶桑社版『西尾幹二の思想と行動』で一部読んだ記憶があるが、こうやって定本となって新しいかたちにまとまると、ああなるほど、こういうかたちに結局は落ち着いたのだと一種不思議な感慨にとらえられる。
 大方の文章は、しかも四半世紀前に或る雑誌に四年間に亘って連載され、それから二十年間、単行本にされなかった理由こそが、本書をよむ愉しみ、本質的な人生論になる。
 小学生時代のささいな友人との衝突や、疎開先でのいじめや、青年時代の友情と破裂と嫉妬のなかで、微細な風景画をみるような、詩を書く少年のごとく、感受性に富んだ心理描写が随所に出てくる。
 西尾氏が人生にもとめたもの、友人のうちの何人かが、結局はつまらぬ人生を送った経緯などを対比されながら、やはり公表を今日までひかえた人間的な動機も読みすすんでいく裡に深く頷けるのだ。
 批評家の顔、翻訳者の顔、哲学者の顔、そして「行動者」の顔をあわせもつ近年の氏の複雑な思想の軌跡は、単なる保守哲学をもとめたのではなく、モラリストとして人生の真実を求める営為であったのか、とこの作品を読むと得心がいくのである。
 嘗て『テーミス』誌が西尾さんを「保守論壇の四番バッター」と評したことがあった。この希有の行動をともなう知識人は、しかし何故に書斎から飛び出したのか?
「言葉は何千キロをへだて、何百年をへだててわれわれに伝えられるとき、どんなに厳密な仕方で再現されても、万人に等しく、同一の内容が、そのままに正確につたえられるというものではない。受け取るわれわれが千差万別であることに左右されるからである。言葉の理解は受取手いかんに依る。われわれは誰でも自分自身の背丈でしか相手をはかれない」。
だから書斎にこもりがちの「読書する怠け者」を遡上にのせて、
 「もうひとつ大事なことがある。遠い異国や遙かな過去の詩人、哲人、聖者たちの遺した言葉が、よしどんなに魅力的で、深い内容をたたえていたとしても、それらの言葉は彼らの行為に及ばない。彼らの体験に及ばない。言葉は行為や体験よりも貧弱なのである。」
 ここで西尾氏は『ツァラトゥストラ』の次の言葉を引用されている。
 「いっさいの書かれたもののうち、私はただ血で書かれたもののみを愛する。血をもって書け。そうすれば君は血が精神であることを知るだろう。他人の血を理解するなどは簡単に出来ることではない。私は読書する怠け者を憎む」。
 三島由紀夫の檄文を思い出した。
 「行動」についても次のように考察されている。
 「行動とはーーたとえいかように些細な行動であろうともーーおよそ事前には予想もしなかった一線を飛び越えることにほかならない。事前にすませていた反省や思索は、いったん行動に踏み切ったときには役に立たなくなる。というより人は反省したり思索したりする暇もないほど、あっという間に行動に見舞われているものなのだ」。
 執筆時期とは関係なく西尾さんの人生の本質をめぐる行動哲学の源泉が四半世紀前にこのように開陳されていたのだった。

       3月11日 宮崎正弘の国際情報・早読み より

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 これを読んでいて、氏はあのプラトンの「驚き」を感じて下さったのだと思った。そして、書き方から感じたのだが、氏は文学者だということである。毎日のように綴られる「国際情勢・早読み」のグローバルな情報把握力にすっかり感服しているが、根はもともと浪漫派、詩人的なところのある人なのである。

 私は宮崎さんにメイルで書評のお礼を言ったら、折り返し次の返信が来た。

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 拝復 いただいた『人生の深淵について』は、古典的名作だと存じ上げます。
 アフォリズムに溢れ、しかし実体験からの箴言がまぶされていますから感動が深い
と思います。
 じつは家内も徹夜で読んで、次は娘が読みたいと言っております。
 月末「路の会」でお目にかかるのを楽しみにしております。
               宮崎正弘

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 奥様までが熱心に読んで下さっているというのである。これには感激し、心から感謝の思いを新たにしたのだった。