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文献学を破壊した宣長とニーチェ
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長谷川 : 一方、宣長の学問を「近代」の意識の営みとして眺めるとき、これを「破壊」と考えることはどうしても不可能です。ここでふっと浮かんできたのは、常識とはまるで違った「近代意識」の定義なのです。つまり「なにか決定的に重要なことがすでに終わってしまっている」という意識。
ただし、「その決定的に重要なことは、ふたたび喚起することができるし、また喚起しなければならない」と考える意識――そういうものを「近代意識」と呼ぶとしたら、宣長の学問はまさにそれだったのではないか。またそれは、この本のなかで「偉大な思想家」の一人として挙げられているニーチェとも共通するものなのではないかと思います。
西尾 : 文献学は「認識」を目的とします。しかし宣長やニーチェのような人にとっては認識とは、何かのための手段にすぎません。二人の発言は徹底的に文献学的ですが、同時に文献学の破壊者でもあります。通例の安定した客観性をめざす学問ではありません。
いま長谷川さんは宣長の学問には「破壊」の面はないとおっしゃいましたが、さてどうでしょうか。村岡典嗣の『本居宣長』(1911年)は、宣長に正統な文献学からみての逸脱があるとして、それを「変態」という表現で指弾しています。宣長は上古人の古伝説を背理、妄説のように信奉し、主張していると当惑感を隠せずにいます。ニーチェがワーグナーの音楽にギリシア悲劇の再来をみた乱暴さに似たような大胆さと独断ぶりは、上田秋成との有名な論争の仕方における宣長の論法の無理無体にも表れています。
いまおっしゃった「あることが終わった」のは、良いことではないが認めざるをえない、というお言葉は重要です。伝統的な神が危機に陥っていることは認めざるをえないけれど、だからといって神のない世界、つまり平板でのっぺらぼうな現実をそのまま認める国学者・上田秋成や儒者・富永仲基のような合理主義者の発言は容認できない。認識として同じことは百も承知だけれど、あらためてそれにノーという情熱が、徂徠と宣長にはきちんとあったと思うのです。
その情熱はときとして「破壊的」な性格さえ帯びます。徂徠は富永仲基から、宣長は上田秋成から、「お前たちのやっていることは私事だ(主観的だ)という言葉を投げつけられる。しかし、徂徠のような巨大な自我が信じること、宣長のような巨大な主観が展開することで、世界史が客観的に開かれていくのです。
宣長は幽霊を記録することを学問と心得た国学者・平田篤胤のような人間と違い、あくまで『古事記』の文献学的な探求にこだわり、そこから一歩も出ません。そのうえで最後に『直毘霊』(『古事記伝』第一巻「総論」の中の一遍)を書き、「からごころ」に激しい反撃を加えたのです。彼の信じている巨大な自我が『古事記』の解明につながるのですが、それは古代人の心に立ち返っているからでもあるのです。
長谷川 : いまのお話は宣長のいう、「人は人の事(ひとのうえ)を以て神代を議(はか)るを 我は神代を以て人事を知れり」という言葉の指すところでもありますね。多くの人はこの言葉を、ただもう神代をガリガリに信じ込んで、それによって人の世の中を判断しようとする狂信者の言葉、と考えるのですが、彼はただ、『古事記』に書かれていることをまっすぐのみ込もうといっているだけなのです。ただし、「神話をもって歴史を理解する」ということは、口でいうほどたやすいことではありません。そのためには、まず自分が「神代」のレヴェルにおいて世界を眺める、ということができなければならないわけですから。